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010 「魔法使い、階層ボスらしきものと戦う2」

「この剣で僕は――――お前を斬るッ!」


 僕は、剣を地面に突き立てて一気に立ち上がる。

 前に進もうとするが、足取りはふらつく。

 それでも、さっきよりは体の自由が利いた。

 朦朧とする意識、そのなかで僕はトロルのことだけを考える。

 体の熱が、痛みが、僕の行動を後押ししてくれる。


「ティニアスっ……、逃げてくれ」


 僕は剣を両手で構え、トロルをにらむ。

 そうしてやっと、トロルはこちらに目を向けた。

 僕にまるで警戒心を見せず、ただ邪魔だと認識したのか、めんどくさそうに構える拳をこちらに向ける。

 そして、放つ。


「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 ダンジョン内がびりびりと揺れる咆哮、今はなぜかそれが心地よい。

 小鳥がさえずるような感じで、心が落ち着くんだ。

 だけど、まずは目の前に迫る巨腕をどうにかしないと。


 思うと、トロルの拳の軌道が視える。

 それは嘘か真か、ティニアスのいる左側に曲げて、まとめて片付けようとしてるらしい。

 本当なら根拠や理由がないのだから、信じることはないと思う。

 だけど、しっかりと視えたんだ。

 それは嘘や幻想なんかではなく、事実。

 それなら話は早いと、もう痛みには慣れたから、思いっきり右足から踏み込んで走り出す。


「アルクさん!」


 ティニアスが僕に声をかける。


「大丈夫!」


 うまくことが運べば、なんの問題もないんだ。

 だから、うまく運べるようにするための僕だ。

 まだトロルの拳は、軌道の中程。


「いけるぞ、僕の剣よ――――届けぇ!」


 視えた通りに、トロルの軌道は曲がった。

 もし視えていなければどうなっていたか。

 と考えながら、僕はティニアスの前に滑り込む。


「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 僕は、トロルの軌道上にある位置で剣を左上段に構え、剣身の角度を微妙に傾ける。

 これは、特に意識していない。

 ただ、そうしたほうがいい気がしただけだ。

 そして、力を込める。


「くっっ……おらぁぁ!」


 踏ん張る地面さえも破壊されてしまいそうな衝撃が、剣を伝って体へと流れる。

 とても耐えがたいものだけども、剣を離したら全て終わりだ。

 歯を食いしばって、拳を横に押し出す。


――――ズゴォォォォン。


 トロルの拳の軌道は、見事に横にそれた。

 この階層の壁を突き抜け、トロルの二の腕辺りまでが埋まるほどだ。

 僕は、それを好機と見た。

 好機……もう自分でもなにを考えているのかわからない。

 それでも、そうすれば勝てるという自信がある。

 だから、剣を振る。

 振る!


「二度と僕たちの前に姿を現すなっ!」


 僕は、階層の地面を壁ごと大きくくり貫き、そこにトロルを落とそうとする。

 しかし、僕の振った剣の剣閃はうなり、予想だにもしない斬撃を生み出す。


「ア、アルクさん!」


 トロルが暴れてくり貫く範囲は大きく広がり、その斬撃は遥か階下まで翔んでいき、もうめちゃくちゃだった。

 だけど、まさかティニアスまでがそこに落ちるとは考えていなかった。


「ティニアス! ああくそっ、もうどうにもでもなれ!」


 元々は、僕が剣を振ったからこうなったんだ。

 なのに、ティニアスだけを危険な場所へ向かわせるわけにはいかない。

 これは、僕がティニアスと共にここへ来た責任……というのは建前で、ただ彼女を救いたい。

 僕のせいとかもあるけど、救いたい。

 僕は、彼女に心も体も救われたから。

 今度は、僕が彼女を救いたい。


 僕は、覚悟を決める。

 そして、連鎖的に崩れ続ける不安定な足場から飛び降りる。


「あ”あ”あ”あ”あ”!」


 下から吹き付ける強風が、顔だけでなく声をも歪ませる。

 そのため、下にいるはずのティニアスに声もかけることができない。

 しかも、下に行けば行くほど空気はひんやりとしてくる。

 だから、息をする度に、喉を棘ついた冷気が通り抜けていく。


「あがっ!?」


 唐突に始まる頭痛が、僕の意識を刈り取ろうとする。

 なんとか意識を保とうと歯を食いしばったり、爪を立てて拳を作るが、それでもぐぁんぐぁんと脳が揺られて気持ちが悪い。

 今までこんなことなかった。

 今日が初めて、さっき剣を握ってからずっと――――


 そこで一度、僕の意識は途切れた。





―◇―◇―◇―◇






「……ア…クさ…、…ルク…ん、…ルクさん!」


 どこかで、僕に似た名前を呼ぶ声が聞こえる。

 その声はところどころかすれて、非常に聞き取りずらい。

 だけど、なんとなく耳に入ってくる。


「……ルクさん、アルクさん!」


 アルクさん、そう呼ばれてようやく気づけた。

 この声の主は、ティニアスだ。

 どうりで聞いたことのある声だと思ったよ。

 僕は、なんだと言い返そうとして、体を起こそうとする。

 しかし、鉛のように体は重く、とても動かせなかった。


「アルクさん、大丈夫ですか!」


「う、うう……」


 大丈夫、そう言いたくて口を開こうとすると、口が石膏で固められたように動かず、言葉さえ出ない。

 なにが起きたんだ?

 僕は、一体どうなってるんだ?


「アルクさん、この回復薬を飲んでくたさいなのです! そうすれば、幾らかましになるはずですわ!」


 言うと、ティニアスは僕に、緑色の液体が入った小瓶を渡そうとする。

 だけど、僕は体が動かないからそれを受け取れない。

 それに、自分では飲めそうもないから、どうやって飲もうか。

 

「いくのですわ、アルクさん」


 ティニアスは、小瓶のふたのコルクをぱかっと開ける。

 そして、その液体を僕の唇の隙間に押し込む。

 その臭いは消毒液のようで、味はとても苦い。

 さらさらした液体ではなく、なぜかとてもどろどろとしていてとろみがすごい。

 そのため、僕の渇ききった喉は悲鳴をあげながら、その液体に道を開ける。

 するとどうなるか、喉に激痛がはしる。


「う”う”う”あ”、ガホッ、グハッ」


 のたうち回って痛みを緩和したいけど、動かないんだ。

 だから、僕はよけいにその痛みに苦しめられる。

 しかし、ティニアスは僕のためにこんなことをしてくれているんだ。

 だめだ、我慢しなければ……。


 思って、汗ばんだ手を強く握る。

 うっ血しそうなほどに、骨が砕けそうなほどに、僕は強く手を握る。

 だけど、さっきは手が動かなかったはず。

 これは、回復薬の効能だろうか。

 徐々に、体全体に広がっている疲労感や痛みがとれていく。

 そして、液体を飲み終わる頃には、自分の力で立ち上がることができそうなくらいに力が戻ってきていた。


「ごめんティニアス、迷惑ばっかりかけて……」


「迷惑だなんて、アルクさんは私を助けてくれたのですわよ? このぐらいどうとでもありませんわ」


「それでも……ありがとう、ティニアス」


「ええ、どういたしましてですわ」


「そうだ、ここはどこなんだ?」


 僕は、上を見ながら言う。

 どれほど落ちてきたのか、それさえも曖昧なほどの大きな穴。

 その距離などを計る方法はなく、ひたすらに上るしかないのだろうかな。

 

「多分ですが、ここは最下層であると」


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