008 「魔法使い、階層ボスらしき魔物と遭遇する」
翌日の朝、早めに起きた僕とティニアスは、宿を出て迷宮へと足を踏み入れていた。
じめじめとした空気、その中に獣臭さや生臭さが混ざっている。
そんな中僕は、一所懸命に苔むした壁を手探りで漁っている。
「なにをしていらっしゃるんですの?」
「えーとね、ここら辺に抜け道があったと思うんだけど……あっ、ここだ!」
壁に指の太さくらいの不自然な穴があり、そこに僕が人差し指をはめ込むと地面が振動する。
僕が穴から指を引き抜くと、目の前にある石壁が上に上がっていく。
その先に、暗い空間ができて階段が見えるようになった。
「わぁっ、初めて知りましたの、こんな仕掛け!? アルクさんは、よく知っておられるのですわね!」
「よく知っているというか、うーん……。ここは、僕がつまずいたときにたまたまこの穴に指が引っ掛かって、偶然発見できたんだ。そうそうこんなところでつまずく人なんていないし、知っている人はごく僅かだと思うけどね」
「ほぉー。ですけど、この下はどこに繋がっておりますの?」
「んーと、中層だった……はず。でも、ちゃんとダンジョン内には出るよ」
「なら、どんどん行くのですわ!」
「いや、ちょっと待って! って言っても遅いか、はぁ……」
僕の制止も聞かず、いや、そもそも聞く前に彼女は行ってしまった。
なにを言いたかったかというと、この階段から行ける中層というのは下層とかなり近い中層なんだということ。
つまり、下に行くほど魔物の強さは上がっているので、かなり強い魔物に出会う可能性もある。
だから、慎重に進もうとしたんだ。
そもそもこの階段を使うことになったのは、僕がティニアスを連れていると騒がれるから。
今度の寄生主は、あんな若い女の子だ……可哀想に、あの寄生野郎に……寄生ばっかしやがって、欠陥魔法使い……という風に注目を浴びる。
注目を浴びると自然に周りに冒険者は増え、徐々に魔物の数がその階でのみ減ってしまう。
だから、なるべく人の少ない中層へと向かう。
それでも注目を浴びないとは言えないけど、上で騒がれるよりは全然ましだ。
「おっと、僕も行かないと……」
暗い階段の段を注視しながら、早足で階段を駆けていく。
親切に明かりなんてないので、壁に手を付けながら慎重にだ。
ここでいいところは、魔物が階段には寄ってこないことかな。
そもそも、こんな人一人通れるかの通路に押し寄せてきたら、道が詰まってしまう。
その程度の知能はあるのか、それとも近づいてはいけないという本能で避けているのか。
どちらにしても、ありがたいことこの他ない。
おっ、そろそろ出口か。
下の方に、うすぼんやりとした光が見える。
なぜかわからないんだけど、ダンジョンの壁は発光するんだ。
階段では光らないんだけど、その辺りはよくわからない。
で、下の方の出口は上を開けたときに連動して開くようになっている。
「いよっと。ティニアス……あれ、ティニアス!?」
僕は、最後の二段を飛び下りてから階段の近くを見回した。
だけど、ティニアスの影は見えなかった。
そこで僕は焦る気持ちを抑え、そっと耳をすました。
まだ近くにいれば、足音なんかが響いて聞こえるかもしれないからだ。
すると、思ったよりも反応は早かった。
――――キンッ。
キキンッ、キンッ。
階層内に、なにかが剣を弾く音がこだまする。
「ハッ、ハッ、ハアァッ! ですの!」
そして、特徴的な語尾のついた声。
気がついたら僕は、駆け出していた。
早く会いたいから、というより、心配な気持ちが大きい。
この迷宮で魔物から逃げるとしたら、彼女より僕の方が知っていることは多いから。
「ティニアス!」
僕が駆けつけたときには、既に事は終わっていた。
壁や地面は、返り血で一面の赤。
散らばるのは、スケルトンと呼ばれる魔物のバラバラになった体。
それは、冒険者の亡骸が操られている魔物。
しかし、そのスケルトンは魔物というには不完全で不自然に見える。
「アルクさん、これは由々しき問題ですわ。この階層に、死霊術の術師がいるみたいなんですの。見てください、この亡骸たちを」
彼女は、床に散らばる亡骸の一つを指し示す。
それで僕は、改めて違和感を感じた。
「なんで……こいつらは本当にスケルトンなのかな? 普通なら、肉が腐って骨になった状態を使役するはずなのに。これじゃあまるで、死んだ直後に術をかけられて、直ぐにここに来たみたいな」
「そうなんですの。いくらなんでもおかしいですわよね、こんなこと。ここに来たことのない私でも、変に思いますの」
「うーん、こんなこと初めてだ。中層に来るほどの力を持った冒険者が、こんな風に操られるなんてね」
見たところ、スケルトンの装備はそれなりのものだった。
一人は、魔物の上質な皮をなめして防御力を高めたもの。
多分、特殊固体のものだと思うんだけど、普通の皮と色やら艶やらが全然違う。
一人は、鉄ではない金属で体をガチガチに覆ったフルプレートメイル。
動きにくそうだけど、これを着てダンジョンの中を動けていたんだから、それなりの筋力もあるはずだ。
一人は、ローブを来た魔法使い。
沢山の魔方陣がローブに刻まれており、緊急時に使えるようにしているんだろう。
その全員、装備が全壊している。
いくら魔物とはいえ、ほとんど人間であるこのスケルトンに的確な攻撃をできたティニアスは、素晴らしい。
無慈悲であるとは思えないけど、一応彼女の顔を伺う。
すると、悲しそうな目をしていたので、心苦しくはあるみたいだ。
「許せませんの、こんな輩。アルクさん、死霊術師を共に探すのですわ!」
ティニアスは、拳をギリギリと強く握り、怒りを露にする。
「僕も同意見だ、ティニアス。ふざけてるよこんなの、そいつはもう人間じゃないよ!」
僕が言うと、またしても地面が振動しだした。
今度は、ズシンッ、ズシンッという重みのある振動だ。
つまり、自然なものではない。
なにかが歩いている、そう考えるのが妥当なところであると言える。
「来ますわ、アルクさん!」
ティニアスは、剣を一振りしてこびりついた血を弾き飛ばす。
そして、両手に長剣を持って構える。
僕は、情けないとは思いながらも後方に下がって退路の確保をする。
「危ないと思ったら、直ぐに逃げましょ――」
「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
緑色の体色をした人形の魔物が、壁を突き破って通路を塞ぐ。
その姿は、ダンジョンの天井に半分を奪われて臨むことはできない。
どれだけ大きいのかと興味も沸くが、そんなことを考えている暇はなかった。
「だめだ、ティニアス! こいつは、トロルっていう魔物の特殊固体! 本来は下層にいるはずの魔物だけど、多分この階層のボスだ!」




