007 「明けの明星、ギルドへと赴く2」
「ガイラックさん、あの、アルクさんが追放されたって本当の話なんですか?」
「ああそうだ。なんだ、文句でもあるのか?」
いや、文句なんてありませんよ。
ですけど、アルクさんがいなくなって困るところなど、デメリットは沢山あります。
それでも、充分日々生活していけるくらいのお金は貰えますけどね。
「ないならそれでいい。今日は、それについてのことだ。その空きを埋めるために新しいメンバーを募集したんだが、ギルドに行けば誰が応募してるか分かるだろ?」
「そうですね」
「だから、さっさと確認したいんだよ」
追放したメンバーの存在をなかったかのようにして、どうしてそんなにあっさりとパーティーを変えてしまえるの?
もうアルクさんが戻ることはないだろうけど、それでも後少しくらい時間を置いてからでもいい気はするのに。
なんか、そのためにアルクさんが追い出されたような感じがします。
すごく嫌……だし、悲しいです。
でも、どうにもできない。
「っと、着いたぞ、ギルドハウス。流石にまだ日が昇って一二刻しか経ってねぇから、中は混んでないだろ。さっさと済ませるぞ」
辺りの建物より一際大きく存在感を放つ建造物――――ギルドハウス。
そこに足を踏み入れ、独特のお酒臭いような汗臭いような臭いを無視してカウンターへと歩む。
気のせいかもしれないけど、今日はなんだか落ち着けない。
いつも隣に立っていてくれる、アルクさんがいないから。
こんなにも違うんだ……。
そんな私の思いは私の心の中でくすぶり、誰にも言えない。
「おいハーベスト、腕利きの魔法使いは見つかったか?」
カウンターまで着くと、彼は真っ先にギルド職員を呼びます。
いつも私たちが来れば、必ず我先にと対応する職員を。
「もちろんです。ランクはB、あなたたちと同じですよ」
「腕利きっていうか、それじゃあ妥当な線じゃねぇか。まあ、それでもいないよりはありがたいけどな。で、どこにいる?」
「えーと、あそこに座っている方ですね」
言うと、ギルド職員はギルドハウスの隅に腕を伸ばしました。
そこを見ると、体つきの貧弱な一人の少年が椅子に座ってじっと待機しています。
Bランク、そう言われなければ気づけないほど病弱に見えます。
「分かった、ありがとな」
彼はギルド職員に軽く目配せして、少年に近づきます。
すると、少年はこちらをちらっと横目で見ました。
やはり気になる、もしくは嫌なんでしょうか。
アルクさんも言ってましたが、このパーティーの魔法使いの扱いはあまりよろしくないみたいですから。
なにせ、完全歩合制。
前衛として前に出ない魔法職は、その分沢山の魔法を使わなければいけなくなるんです。
しかし、あまり魔法を使いすぎれば体内に蓄積された魔力が著しく減り、生命活動さえ困難になって死に至ります。
だから、難しいんです。
タイミングを見極め、的確に魔法を打ち込むことができなければこのパーティーでは生きていけないんだ、と。
アルクさんは、魔法は使えませんでしたが、ダンジョンの構造を覚えたり魔物の注意を引いたり魔物の解体などをしてくれました。
だから充分な活躍はしてると思ったんですけど、彼らがそう言うなら、悔しいですが私はなにも言えません。
ただ、はいっと返事をすることだけしか。
「やぁ、俺の名前はガイラック。お前の名前は?」
言いながら、彼はテーブルを挟んで少年の向かい側の椅子に座りました。
少年はそれに合わせて顔を上げ、彼の方を見ます。
「僕はセトです。よろしくお願いします」
きちんとお辞儀もして、礼儀作法も申し分ないです。
見たところ、私の肩ほどしか身長がないのですが、それでもなにか圧されるものは感じます。
気迫というか、重いなにかを。
「こちらこそよろしく。で、早速だけどダンジョンへ行こうと思う。お前の実力を見たいからな」
「え? いきなりそんなことを言われても、準備が……」
「準備なんて必要ないだろ。さあ手続きしに行くぞ」
「……はい」
彼が無理矢理に話を丸め込み、セト君の言い分を無視します。
でも、アルクさんは準備なんて必要としていませんでしたね。
魔法を使わないためにその時間を削れたんでしょうけど、彼は勘違いしているようです。
まあ、ダンジョンに潜ってさえしまえばそこで気づくでしょう。
心配なのは、そこから無事に帰ってこれるかですね。
いくら治療術師の私がいても、酷い傷を負ってしまったら直すのに時間がかかりますから。
その危険性と釣り合わせると、かなり危ないのですけど……。
「そう言えば、ガイラックさん。パーティー登録は済ませたのでしょうか?」
「当たり前だろ。ハーベストにもう頼んである」
自分で書かなければいけないはずではないのでしょうか。
ですが、終わっているならまあ……もうどうにでもなれです。
彼は、乱雑する丸いテーブルの間をジグザグに通り抜けて、カウンターへともう一度行きます。
「ハーベスト、早速だけどダンジョンに潜りたい。依頼はなんかあるか?」
「それなら、昨日の夜に入ったとびきりの依頼があります!」
ギルド職員は、カウンターの奥へ小走りに向かいます。
「おっ、どんなのだ?」
ギルド職員が奥で書類の山を漁っている間、彼は嬉しそうにカウンターの奥へと身を乗り出します。
その様子を見たいようだけど、丁度棚が死角になって見えないみたい。
それからしばらく。
ギルド職員が一枚の紙を持って、こちら側に小走りで来ました。
「あったあった、これですよ」
ギルド職員は、持っていた紙を表向きにカウンターの机に置いて、丁寧に向きを直して押し出します。
しかし、まだギルド職員が指先で触れているのに、ガイラックはそれをがばっと奪い取ります。
その様子に呆れてしまいましたが、私も依頼の内容に興味をそそられます。
そっと後ろから紙を覗くと、なにやら危なげな依頼内容が書かれていました。
「今回の依頼は、ダンジョン内の階層を無視して徘徊しているとされる、竜種の特殊固体。暗黒竜の討伐ですよ!」
まさかとは思ったんですけど、そのまさかを裏切るまさかです。
端的に言うと、特殊固体が来るのかなぁーぐらいは予想していたんですが、竜種の討伐依頼とは。
竜種というのは、魔物の中でも上位五本の指に入る強さを持つ種族なんです。
そんな魔物の特殊固体だなんて、正直私たちの手に負えるとは思いません。
それに、ギルド職員の方も、冒険者の身の丈に合わない依頼を勧めるのは禁止されているはずなんですけどね。
そっとギルド職員の顔を見ると、確かに微笑んでいます。
私は正直、そこでゾッとしてしまいました。
そして、学びました。
本当に恐ろしいって言うのは、こういうことを言うんだなって。
話を戻しますと、今回のものは流石に危ない上に怪しい依頼ですし、ガイラックさんは当然受けないと思います。
流石に――――そう、流石に。
「決めた、俺らはこれを受ける。邪魔だったアルクがいなくなって、初めての丁度いい腕試しになりそうだしな」
「ええ!? ほ、ほんとうですか? こんな依頼、達成できるか分かりませんよ?」
「俺にできないことなんてないんだ。
それをお前は、邪魔しようって言うのか?」
「いえ……その、危ないって伝えたかっただけです」
「ハッ、俺にとってお前らの危ないだなんて屁みたいなもんだ。だから、余計な心配ばっかしてるじゃねえよ、うぜえな」
「……すみま、せんっ!」
なんで私が謝っているんだろう。
そうだ、ガイラックさんに怒鳴られて怖くて……。
あ、アルクさんは、いつもこんな風な思いをしていたのかなぁ。
私――っ、アルクさんに今までのお礼の一言も言ってないのに……どうして、こんなっ……。
うっ、あれ、おかしいな。
ううっ、目から汗が出てきちゃうなぁ……。
「なに泣いてんだよ、アルクでも泣いてなかったって言うのによ」
確かに――ガイラックさんの言う通りです。
どんな思いをしていたのか、だけどアルクさんは泣いてなかった。
だから、私も泣かないで、泣かないように。
泣いちゃいけないんだ!
私は、服の袖でまぶたの裏に溜まった涙を拭って息を吸います。
きっと、この気持ちを声にすれば届くから。
きっと、この気持ちは薄れることがないから。
だから、声を出します!
「いつか会うときまで! その時まで、涙はお預けですよぉー!」




