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明かされる真実

 その日の探索は、最初こそ順調に進んでいたかに見えた。

 22階と24階、それぞれの階層で女神の泉を発見し、充分に休憩してから万全の態勢で次の階に臨む。

 そうして訪れた25階で事件は起きた。

「この辺、アンデッド多くない?」

「そうだな……これだけ何度も起き上がられると面倒すぎる」

 アンデッド……生ける屍の群れは、倒しても戦闘中なら一定確率で起き上がるという厄介な特性がある。1体2体ならどうということはないが、十数体も同時に襲ってくると、倒しても倒してもキリがない。

 この迷宮のモンスターは倒されると消滅する性質があるので、完全に倒したかどうかの判断はしやすいが、それでも油断すると足元をすくわれかねない。

 必然的にリンティの範囲魔法やエリヤの退魔の奇跡で一掃することが多くなり、二人はもちろん全体的な消耗が激しかった。

 25階層に到達しても状況は変わらず、戦闘は激しさを増すばかりである。

「これで全部か?」

「どうやらそうみたいなのです。周囲に気配はありません」

 フィナが最後の骸骨兵士にトドメを刺すと同時に、残った死体が一斉に掻き消える。なんとか乗り切ったものの、皆の疲労は隠せない。

 まだ余裕はあるものの、早めに切り上げることも検討すべきだろう。

「こっちに部屋があるみたい」

「私、見てきます!」

 行く手に現れた扉を確認し、ペコが勢いよく飛び出していく。敵がいなければ休憩できるという目算もあったのだろう。罠がないか確認し、閉ざされた扉を開ける。

 そうして広がった部屋の光景に、彼女は目を奪われていた。

「女神の泉よ、ラッキー♪」

「む?」

 何かがおかしい。

 ここは25階層である、予想が正しければここに女神の泉があるはずがない。

 嫌な予感がした。

「待て、戻れ!」

「何よ、別に何も……」

 警戒しながらも部屋の中に入っていくペコを追いかけ、慌てて部屋に飛び込む。彼女の華奢な腕をつかみ、即座に引き返そうとし……文字通りバクン、と目の前の扉が口を閉じた。

 途端に部屋の材質が動物の内臓のような肉々しいものに変わる。

「な、擬態部屋(フロアイミテーター)!?」

 宝箱などに擬態するモンスターの一種である。部屋そのものに擬態し、相手の望む幻を見せ、部屋におびき寄せる性質があるという。

 一度吞み込まれれば最後、硬い外殻により外からの救出は難しい。

「何よこれ……」

「……ッ、“黒舵(クロカジ)”でも開かないか」

 ただの扉なら簡単に開けることができるが、こいつはサイズも大きいせいか力が強すぎる。開く力は弱いが閉じる力は強い、まるでワニの口を思わせる性質をしていた。

 壁から胃酸のようなものが溢れ出す。さらに、イミテーターパラサイト……擬態モンスターの寄生虫が次々と飛び出してくる。

 こいつらで消耗させ、ゆっくりと消化する算段らしい。

「ひっ、気持ち悪い……」

「落ち着け、こいつら自体は大したことない!」

 昆虫のような足の生えた白いヤツメウナギのような不気味なモンスターに応戦しながら、どうにか脱出の策を巡らせる。

 女神の翼は安全な場所でしか使えない。

 グングニルの神器解放(オーバーロード)で内側から破るにしても、二人には反動を相殺する手段がない。狭い空間で撃てばこちらも被害を受けるし、外にいる仲間も巻き込むだろう。

 ペコの火力も奇襲前提のもので、壁を破るほどの力はなかった。

 殆ど手詰まりの状況だが、事態をやり過ごすだけなら一つだけ策はある。

「はあはあ、とりあえず変なモンスターは何とかなったけど……これからどうするの?」

 適当な資材で足場を作り、そこで身を寄せ合っていると、ペコが不安を口にしていた。

 外からはフィナの剣戟やリンティの魔法の炸裂音が聞こえるが、消化液で部屋が満たされるのが先かもしれない。

 もはや一刻の猶予もないだろう。

「ごめんね、ボクが油断したせいで」

「そんなことないさ……俺も迂闊だった」

 落ち込むペコに適当に言葉を返す。先程から頭の中でアラートが鳴っているため、それどころではない。

「もし生きて帰れたら、お詫びになんでもするわよ」

「なんでも? じゃあ、俺のモノになってくれるか?」

「はあ!? いきなり何言ってんのよ、気でも狂ったの?」

 当然の反応である。

 この状況で告白するほど、二人の間には特別なものは何もない。

 だが、こちらは真剣なのである。

「いいから、俺のモノになるって言ってくれ!」

「ちょ、そんな……ボクにはお姉様という心に決めた人が……」

 戸惑ってはいるが、本気で拒む様子はない。吊り橋効果というやつだろうか、危機的状況が彼女の判断を鈍らせている。

 もう一押し、二押しといったところか。

「お願いだ、君を守りたいんだ!」

「カイト……でも、ボク達出会ったばかりなのに」

「時間なんて関係ない、君は俺の大切な人だから!」

「ボク、ハーフエルフだよ?」

「それがどうした、俺は気にしない」

「胸だってないし」

「それも君の魅力だろ?」

「あと、貧乏だし……」

「俺が食わせてやる!」

 言ってて自分でもおかしいとは思うが、こちらは真剣なのである。こうでもしないと、彼女を守ることはできない。

 その熱意が伝わったのか、ようやくペコが折れていた。頬を紅潮させ、うるんだ瞳でこちらを見てくる。

「カイト、ボク……あなたのモノに……」

「ペコ……」

 そして、二人の距離が縮まり――。


  ※


 轟音とともに扉が破られる。

 部屋を満たす消化液が完全に流れ出るのも待たず、フィナが部屋に飛び込んでいく。

「ペコ! カイト! どこだ!?」

「カイトさん! ペコさん!」

 遅れてリンティ達も中に入るが、どこにも人影は見当たらない。

「そんな……二人とも消化されちゃったの?」

 アルトががっくりと膝を落とす。

 ペコは勿論、カイトも大切な仲間だ。はじめて好きになれたかもしれない、同年代の男の子だったのに。

「物凄い茶番の匂いがしたのに……まさか、こんなことになるなんて」

 エリヤも普段の余裕が消えて愕然としている。

 リンティに至っては、現実を受け止めきれず呆然としていた。

「そんな……カイトさん。ペコさんもどうして……」

 涙が頬を伝う。泣いたのは、母親が亡くなった時以来だろうか。

 でも、これは紛れもない事実である。二人は死んだ、永遠に戻ってくることはない。

「私のせいで……うぅ、わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

「リンちゃん……」

 泣きじゃくる少女の身体を、アルトが優しく抱きしめる。

 フィナも自分の力のなさを痛感し、血がにじむほどに唇を噛み締めていた。

 擬態部屋は何とかなったものの、重苦しい空気が包み込む。

 それを打ち破ったのは。

「いてて……お、何とかなったみたいだな」

「カイトさん?」

 いつの間にそこにいたのか、カイトが何事もなく……いや、頬に真っ赤な手形を付けてそこに立っていた。

 特に隠れる場所などなかったはずなのに。

「あら~♪」

「え、どういうこと?」

 何やら楽しげなエリヤと、状況がつかめないアルト。普段は冷静なフィナも本気で戸惑っていた。

「カイト、今までどこにいたんだ? それに、ペコは……」

「ああ、逃げ場もないからストレージに隠れてたんだ。ほら、ペコも一緒に……」

 言いながら、ストレージからペコを取り出してみせる。

 彼女は物凄く不機嫌なオーラを全身から発しているが、少し見ない間に二人の間に一体何があったのか。

「実は救助が来るまで二人でストレージに隠れようと思ったんだけど、所有者権限? ってのに引っかかって、ペコをストレージに入れるのに手間取って……何とか俺のモノって認識させてやっと入れることに成功したんだ。いやー、参ったね」

「なるほど、カイトさん最低なのです」

「なんで!?」

 女性陣の目が白い。

 ペコも顔を真っ赤にして怒り狂っている。緊急事態という言い訳は通用しそうにない。

「そういうことなら先に言いなさいよね! バカ!」

 カイトのもう片方の頬にも手形が付けられるのに、それほど時間はかからなかった。


  ※


 その日は探索続行不可能と判断し、女神の翼で帰還することになった。

「……疲れた」

 あれから女性陣がまともに口をきいてくれない。理由はわからないが、それほど怒ることでもないだろうに。

 彼女たちと別れ、丸太小屋のベッドに横になりながら考え込む。

 やはり、自分には一連の出来事は荷が重い。死にかけたところをポンコツ女神に異世界召喚され、チートガチャでURスキル“黒舵”を入手し、仕方なく無人島でサバイバル生活をする羽目になって……。

 嵐で遭難したリンティを助けてからは、アルトとも出会い、成り行きで女神の迷宮に潜って第一の試練をクリアした。最初のボス、ラットマンキングとの戦いもずいぶん昔のように感じる。

 その後、新たに合流したフィナ、エリヤ、ペコとも仲間になり、迷宮の探索は捗っていた。連携もそれなりに上手くいっていたと思う。

 だが、自分の判断ミスで何度も危ない目に合わせてしまっている。いつか死者すら出してしまうかもしれない。

 勇者になって魔王を倒す。女神に託された使命は面倒くさいので果たすつもりもなかったが、運命は否応なくその道を進ませようとしているように感じた。

 ただ、自分より小さな女の子が大きな使命を背負いながら、真っ向から立ち向かおうとしている。

 それを見て、何もせずにはいられないのも自分の素直な気持ちであった。

“後悔してる?”

「変なタイミングで出てくるな」

 女神の言葉が頭の中に響き、まどろみかけていた意識が現実に引き戻される。

 常に頭の中まで監視されてると思うと気分が悪い。

“仕方ないじゃない、全部わかっちゃうんだもの”

「…………」

 例えポンコツでも神は神、本当にすべてが見えているとしたら、それは人智が及ばない神の領域である。

 だが、それは同時に別の疑問も芽生えさせた。

 それならどうして、魔王の誕生を許したのか。どうして自力で解決しないのか。どうして同じ危険を冒してまで異世界の人間に運命を託すのか。

「答えてくれるか?」

“当然の疑問よね。なら、一つ昔話をしてあげる。

 昔々、この世に神はなく、あるがままの世界が広がっていました”

「となると、世界はお前が創造した訳じゃないのか?」

“その通り。あなたたちの世界と大して変わらないわね。

 ただ一つ違うことは、魔法が存在したこと。人々は魔法を使って生活を潤し、魔法を使って戦争すら引き起こした。やがて、魔法は人々の制御を離れ暴走し、大いなる災いが降り注いだの”

 よくある話である。行き過ぎた力が破滅をもたらすのは、どこの世界も大して変わらない。

“人々は災厄を鎮めるため、一つの方法を思い付いたわ。魔法と対になる力を用意し、それをぶつける”

「それが……奇跡?」

“そう呼ばれるようになるのはずっと後だけどね。でも、それには二つの問題があったわ。一つはそんな力をどこから持ってくるか。これに関してはあなたの存在が答えといえばわかりやすいかしら”

「まさか、異世界……俺達の世界から?」

“正解。当時は魔法の暴走で時空すら歪んでいたから、たまたま偶然繋がった世界から力を持ってこようとしたの。だけど難題はもう一つあった。誰がそれを使うか……異世界の力を丸ごと使うなんて所業、当時の人々でさえ困難だったわ。たった一人、異世界から迷い込んだ少女を除いては”

「それって……」

 それが事実だとすると、彼女は同郷ということになるのだろうか。

“まあ、召喚時に巻き込まれた人々の中でたまたま生き残れたのがその子ってだけの話なんだけど……大昔の人々は知らない世界で頼れる者のない少女を騙し、異世界のすべての力を注ぎこみ、世界を滅ぼす災厄にぶつけた……そんなことをすれば、彼女もただでは済まないと知っていながら。

 かくして世界は救われました、めでたしめでたし”

「待て、彼女はどうなったんだ?」

“わかるでしょ? 異世界の力と完全に同化してしまった彼女は、運よく生き残ったものの今度は死ぬこともできず、永遠の生を受けてしまったの。世界を救済した英雄ともてはやされ、それはやがて信仰という形へ変化していき、いつしか女神と呼ばれるようになった。その力は奇跡と呼ばれるようになり、信者も沢山できたわね。でも、為政者にとって都合の悪い存在となってしまった結果、ある日突然次元の狭間にポイ、力だけ利用される都合のいい存在(おんな)になりましたとさ”

「…………」

 壮絶な話に言葉も出ない。

 でも、だったら、どうして。グルグルと思考が渦巻く。

「じゃあお前は……」

 本当は何のために自分達を呼び出したのか。

 疑問が口を吐いて出るより早く、丸太小屋の外から誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。

「カイト、いる?」

「ペコか? どうした?」

 続きを聞きたい衝動に駆られながら、ベッドから抜け出してドアを開ける。そこには少しバツが悪そうな表情をしたハーフエルフの少女が佇んでいた。

 月明かりに照らされて、森の妖精は幻想的な雰囲気を纏っている。

 彼女は小さな包みを差し出し、

「これ、エリヤが持ってけって」

「これは……弁当か? ありがたい」

 晩飯を食べてなかったことを思い出す。

 受け取ろうとした指先が少しだけ触れ、ペコは慌てて手を引っ込めていた。顔が少し赤い。こちらも否応なく意識させられてしまう。

 心臓が高鳴る。あまり意識していなかったが、昼間はとんでもないことを口走ってしまったような。

 しばらく沈黙の後、先に口を開いたのは彼女だった。

「あの、もう怒ってないから……ううん、謝るのはこっちだね。ごめん……それから、ありがとう。あんなに必死に助けてくれようとしたの、嬉しかったよ。……ん」

 ちゅ、と不意打ちで頬に口付けしてきたペコは、はにかみながらクルリとターンすると、

「おやすみ! また明日!」

 そう言って手を振りながら来た道を戻っていく。家まで送ろうと言い出す暇さえ与えない。

 エルフの血が混じってるなら夜目は利くだろうということにして。

「アスタリテ、さっきの話の続きだが……アスタリテ?」

 返事はない。だが、おそらく聞いてはいるのだろう。

「お前がどういうつもりで俺を呼び出したのかは知らない。ただ、少なくともあいつらを見る限り、この世界はそう悪いもんでもないって思うな。だから、俺は俺の信じるモノを信じる。ただそれだけだ」

 やはり女神は何も応えてくれなかった。

 部屋に戻ってペコの持ってきた弁当をつまんでいると、箱の下に手紙を見付ける。

「ええと、これを読んでる頃には私はもうこの世にはいないでしょう。冗談はさておき、みんなが殺気立ってるので軽く煽っておきました。お姫様は次に顔を合わせたら魔法を撃ち込みそうな勢いなので注意してください。アルトちゃんは男嫌い度が加速しています。フィナちゃんはたまに人斬りの目になって、気付くとお皿とかが真っ二つになっていました。正直やりすぎちゃったけど許してね。愛するエリヤより」

 読み終わると同時に無言で丸めて放り捨てた。

 今夜のうちに島を出た方がいいのだろうか。一応、フィナたちが乗ってきた小型艇もストレージに入ってるし。

 だが、おなかが一杯になったせいか急に眠気が襲ってきた。ベッドに移動する余裕もない。

 これは、ひょっとして……。

 意識が闇に落ちる。覚えているのはそこまでだった。


  ※


 翌朝目覚めると何故かリンティのかわいい寝顔が目の前にあった。

 すやすやと寝息を立てているが、どうにもわざとらしい。

「……起きてる?」

「すやすや……すやすや。起きてないです、寝てるのです」

 うん、起きてるね。

 周囲を見回すといつもの丸太小屋ではなかった。どうやら寝ている間に小さな家のリンティの部屋に運び込まれたらしい。

 そして反対側を見ると、何故かアルトの寝顔があった。

 こちらも狸寝入りか、と一瞬だけ訝しむが、明らかに寝息が本物のそれである。

「すぅすぅ……うへへ、リンちゃんそこはくすぐったいよぉ」

「普通に寝てる!?」

 なんだかよくわからないが、これを仕込むとしたら一人しかいない。

「エリヤ、いるんだろ?」

「あら、バレた?」

 呼ばれた少女がクローゼットから姿を現す。手には『ドッキリ大成功!』と書かれたプラカードを持っているが、一体何がしたいのか。

 とりあえずアルトが起きる前にダブルベッドから降りる。

「で、リンティは何をやってるんだ?」

「寝たふりなのです、起こさないでください」

 ネタ晴らしも済ませたというのに、かたくなにベッドから動こうとはしない。恥ずかしいのか顔を赤らませながら。

 エリヤに何を吹き込まれたのか知らないが、少なくとも手紙にあったように怒っているような様子はなかった。

 それはいいのだが、やはり何がしたいのかわからない。

「エリヤさん、なんだかずっと見られてる気がするのですが……これで本当に大人になれるのでしょうか? 初めては痛いとか言ってましたけど、特に痛くもなんともないんですが。私とカイトさんの身体の相性? とやらが良かったんでしょうか?」

 無言でじっとエリヤを見やる。

「ほら、カイト君は私と一緒にお風呂に入ったりペコちゃんは入れちゃったりフィナちゃんなんてあんなにいっぱい血が出ちゃったし、仲良しイベント続いたでしょ? それでお姫様も大人の女として見られたいっていうから、既成事実の作り方をちょっと……ね。これが駄目ならいっそ逆レ――」

「ストーーップ!!

 ちょっとどころか大人の階段すっ飛ばして飛行機で最上階に突っ込む勢いなんだが……お姫様に何させてんだ」

 おそらく男女の営みなどほとんど知らないような世間知らずの少女に、エリヤはとんでもないことをやらせようとしたらしい。

 リンティもリンティで、もうちょっとマシな相手に相談すればいいのに。

「いやよくないし。そもそもなんでそんな話になってんだ。そういうのは帰ってからゆっくりと……それこそ、平和になってから貴族のせがれなりなんなりと付き合うような」

「カイト君、やっぱりわかってないのね。お姫様の気持ちもそうだけど、私達のことも」

 エリヤの口調が不穏になる。寝ているリンティもビクッと身体をこわばらせていた。

「どうして私達が女の子だらけなのかとか、疑問に思わなかった? 魔王の討伐に関わる重大な使命が、こんな年端もいかない少女達に託されているのか」

「それは、この島が男子禁制とされているから……」

 確かアルトが言っていたことである。だが、男嫌いの彼女以外、特にそれを咎めようとはしなかった。

 それは何故なのか。

 そもそも、いくら戒律があるとはいえ魔王の脅威に対抗するための女神の島探索である。そこに経験不足のリンティやアルトが混じっていることも不自然だった。

「それが建前だって薄々気づいているんでしょ? 女神の迷宮を突破した者は伝説の勇者となる。そんなおとぎ話にすがって、大事な戦力を死地に送り込む為政者(バカ)はいないものね」

「エリヤさん! やっぱり、その話は……」

 狸寝入りをしていたリンティが慌てて飛び起きる。だが、あまりにもか細く弱々しい。

 何かにすがるように、悲壮な表情でこちらを見詰めてくる。

「我々はね、ただの贄としてこの島に送られたのよ。もちろん、為政者にとって都合のいい大義名分を着飾らせてね。大きな災厄が起こるたびに人々は女神アスタリテに慈悲を乞うた……この島は、その贄をささげるための祭壇なのよ」

 昨日女神が言っていたことを思い出す。心の中を黒いものが渦を巻く。

 はらわたが煮えくり返るとはこのことだろうか……今すぐにでもすべてを破壊したい衝動に駆られる。

 だが、そっと触れてきたリンティの冷たい手が、それを寸前で思いとどまらせていた。

「カイトさん、私はあきらめてはいないのです。女神の迷宮を突破して、魔王を倒す力を手に入れる。それを信じられたのはカイトさんのお陰なのですよ」

「リンティ……」

 初めて会った時からそうだったが、芯の強い子である。意志の強さ、心の気高さ……ひたむきで頑張り屋で、見ているだけで力を貰えるような気がしていた。

 いや、見ているだけではなく、彼女のために何かしたいと思えるまっすぐさが少女にはある。

「でも、この子は公爵家の娘なんだろ? どうしてそんな……」

「ダージュ公爵家の初代当主、ダージュ大公は前国王の弟君で大変有能な方だったと伺ってるわ。それ故、辺境の領地に飛ばされたとも。それでも善政を敷き民衆からも慕われる良き領主だったの。だからこそ、現当主に変わってからも中央からの圧力は強くなる一方だったみたい。そんな折、かねてより親交のあったとある領主が財政破綻の憂き目にあい、ダージュ公は莫大な資金援助を行ったらしいわ。だけど、中央はそれを事実上の勢力拡大と受け取ったみたいなの。その矢先、世界を滅ぼす魔王が現れた。これ幸いと中央はダージュ公爵家に女神の島の探索を指示したわ。勇者に選ばれる者は王家の血筋を引くものでなければならないとか色々と条件を付けて、従わなければ難民を押し付けて……わたくしもその一人だからあまり言いたくはないのだけど」

「胸糞悪い話だ……」

 反吐が出る。

 そんな政争の具として巻き込まれ、それでも幼気に何かを信じて運命に抗う少女を愛おしく思ってしまう。

「だからって、公爵は……自分の娘なんだろ?」

「お父様は悪くないのです。女神の島の探索部隊には、ベルガナさんも指名されてて……一人でも多くの領民を守るためには、こうするしかなかったのです」

「レディ・グレースは未婚で跡継ぎはいないし、アルトちゃん一人では領地を守れるとは思えないから……最悪、公爵様と伯爵様が結婚すれば、安定して領地を守れる。そう判断したらしいわ」

 さらりと鬼畜発言が飛び出すが、言われた当の本人は眠ったまま。

 憎たらしいほど幸せそうな寝顔だが、こいつはこいつで、それを知っててリンティを守るためにここまで来たとすると、大した肝っ玉かもしれない。

「エリヤも知ってて志願したのか?」

「ええ、私は元々アスタリテ神官だから、女神の御許に赴くのは本望よ。まあ、面白そうだからというのもあるけど」

「えぇ……」

 そういう性格なのは重々承知のつもりだが、面白そうという理由で死地に飛び込める精神は理解できなかった。

 ただ、彼女の能力的に帰れるという予感はあるのかもしれない。

「勿論、ペコちゃんもフィナちゃんも知ってて参加してるわよ。知らないのはカイト君だけ……でも、あなたの存在は本当に予想外だったかしら。たぶんただの偶然、ではないわよね」

 そこに女神アスタリテの意志が介在しているのは間違いないだろう。

 昨夜の話といい、思い詰まされる。

 この物語を形作っているのは何処まで行っても人の意志だ。自分も彼女達も現在過去の為政者たちも、そして魔王も女神すらも元はただの人。

 ある者は何かを信じ、ある者は悪意をむき出しにして他者を貪る。ただ、それだけ。

 とんだファンタジー世界に来てしまった。

「どうしてそれを今更?」

「罪悪感もあったのかしらね。何も知らないあなたを利用しているという後ろめたさと、それでも伝説の勇者の存在を信じたい気持ち。でも、一番大きかったのは昨日の出来事かしら。あなたが本当に死んだと思って、お姫様は相当ショックだったみたいだし、アルトちゃんやペコちゃんは暴露するのに反対してたんだけど、だからみんなで話し合って賭けをしてみたの」

 彼女達が昨日、異様に殺気立っていたのはそのためか。

 他人に試されるのは不愉快であるが、全部話してくれたなら納得するしかない。

「賭けには勝てたか?」

「どうかしら? それがわかるのはずっと先のことだと思うわ」

 彼女には何が見えているのかわからないが、自分の行動次第で変わるのだろう。

「だからってこんなやり方しなくてもいいだろうに……」

「そこはほら、サービス精神ということで♪」

 どこまで本気なのかはわからないが、エリヤは秘密めいた仕草で微笑んでみせる。

 明らかに誤魔化し笑いだが、追及する気力もない。

 その後、ドアの外で様子をうかがっていたフィナやペコとも顔を合わせ、少し気まずい思いをしながら朝食を摂ることにした。

 出来立ての朝食を前に、重苦しい雰囲気を打ち払うように口を開く。

「今日こそは30階層を突破しないとな」

「カイトさん……はいなのです!」

 神妙な面持ちだったリンティが笑顔で応じる。少し緊張していた現場の空気が、それで少しほぐれたのを感じた。

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