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女神の迷宮

 迷宮内で最初に出くわしたのは、大型犬ほどもある大ネズミだった。

「一匹だけか……これなら!」

 用意しておいた投げ槍を構え狙い撃つ。動きは素早いが、それでもなんとか突き刺さる。

 だが、一撃で仕留めきれない。

 大ネズミは胴体に槍を刺したまま、慌てて反転していた。

「逃がすな!」

「命令しないでよ!」

 前衛のアルトが弱った大ネズミにトドメを刺す。リンティはミジンコ以下だと言っていたが、少なくとも素人よりはマシらしい。

 多少はおぼつかないながらも、さすがに見習い騎士を名乗るだけはある。

「わわっ、なにこれ?」

 彼女の目の前で、大ネズミの死骸が掻き消えていた。代わりに赤い液体の入った瓶がその場に残る。

「ネズミがポーションになっちゃった」

「女神の迷宮は試練のダンジョン、敵も女神の用意した幻だと聞いたことがあります」

 まるでゲームのようだが、だったら入り口に戻る魔法とかアイテムとか存在しないものか。

“ないことはないけど、自力で探してね”

(うお、いきなり話しかけるな。というか心を読むな)

 いきなり耳元で囁く女神の言葉に思わず変な声が漏れる。

 とはいえいざという時の緊急回避手段があるなら、是非とも確保しておきたい。

「これってちゃんと使えるのかな?」

鑑定(アナライズ)を使ってみましたが普通の体力回復ポーションに見えますね」

 とりあえず敵からアイテムを入手できることは分かったが、逆に言えば食料などを安定的に供給できないことになる。

 地上で食料を入手できるからいいが、攻略が難航すれば真っ先に水や食料の確保が難しくなるだろう。

「とりあえず、アイテムは俺が預かっていいか?」

「そうですね、それが妥当だと思います」

「むー」

 アルトは難色を示していたが、二人とも自由に使えるストレージは持っていない。ガラスの瓶など攻撃を受けたら壊されるのは目に見えているので、必要な時以外はストレージに入れておくべきだろう。

 それに、使用後の容器があれば色々と作れる物も増える。

 拠点拡張の資材も入手できるといいが、さすがにそこまで都合よくはいくまい。

「む、またネズミか」

 引き続き探索を続けていると、今度は二匹の大ネズミに出くわした。この辺のフロアは大ネズミの巣にでもなっているのだろうか。

 アルトが大ネズミに齧られたものの、何とか撃退に成功するが、今度はアイテムはなし。

 収穫なしも困りものだが、ネズミは病原菌を持っているかもしれないので、あまり大勢に囲まれるのは避けたい。

 そうやって引き続き探索を続けていると、通路は行き止まりになっていた。何かが落ちている。

「見て! 宝箱!」

「あ、おい!」

 こんなところに無造作に宝箱が落ちてるとは如何にもゲームらしいが、場合によっては罠が仕掛けられているのもよくあること。

 興味本位で駆け寄るアルトを咄嗟に引き止めると、彼女の目の前を小さな矢が通り抜ける。

「い、今のって……」

「毒矢か? 初っ端から物騒だな」

 毒の回復手段がない現状、迂闊に毒に侵されれば彼女の耐久力でもどうなっていたことか。

 念のため他にも罠が仕掛けられていないか確認してから宝箱を開ける。専門のスキルを持った仲間がいれば心強いが、今は素人判断でも慎重にやるしかない。

「これは……緑色のポーション?」

「毒消しのポーションみたいですね。毒矢を仕掛けた宝箱に毒消しのポーションを入れるなんて」

 リンティは訝しんでいるが、いかにもなチュートリアルらしい仕掛けである。

 このあたりが初心者向けに設計されているとなると、10階層までなら何とか突破できるかもしれない。

「って、何やってるのです?」

「ん? これも貴重な素材だからな」

 壁に刺さった毒矢ばかりか宝箱すらストレージにしまい込む姿を見咎めて、リンティが呆れた表情を浮かべていた。

 だが、塵も積もればなんとやら。こういうのの積み重ねが明日の暮らしをよくしてくれると信じて。

 それからも探索を続け、アイテムや資材を回収しながら奥を目指す。

 一行は二階、三階と徐々に強くなる敵を倒しながら、確かな手ごたえを感じていた。

「なんだか少しずつ強くなってる気がするのです」

「私も! 剣の扱いもだいぶ慣れてきたかも!」

 二人とも実戦経験は少ないらしく、迷宮を進むうちに動きが洗練されてきている。

 かくいう自分も確実に成長していることを実感していた。これまではスキルだけで何とか戦っていたが、能力が身体に馴染んでくると自然と体が動く。

 おそらく“黒舵”の力も多少は強化されているかもしれない。

「とはいえ敵も強くなってるからな……油断せずに進むか」

 一つ収穫があるとすれば、フロアごとに小さな湧き水のある部屋が設置されていることだった。

 飲むと体力や疲労が回復する不思議な水の湧き出す人工の泉は、モンスターを寄せ付けない性質もあるらしく休憩するには最適で、誰からともなく女神の泉と呼び始めている。

 ここを起点に探索することで効率よくダンジョンを攻略することができた。

「この階にも女神の泉があるのです。必ず一階ずつ配置されているのでしょうか?」

「どうだろう。深層でも女神の泉が必ずあるとは限らないかな」

 5階層の女神の泉を見付けた一行は、軽く休憩しながら今後の方針を話し合う。

 これから先も安全な場所を確保できるとは限らない。休憩できるときに可能な限り休憩するとして、余力を持って攻略するというのが大筋の意見で一致していた。

 一つ気になることがあるとすれば時間感覚の喪失である。明かりこそ設置してあるものの、太陽の光が届かない空間というのは時間感覚を大いに狂わせていた。腹具合などを考えれば半日ほどしか経っていないように感じるが、実際の時間はわからない。

「泉の水で疲労も回復するのであんまり眠くならないんですよね。アルトさんはどうなのです?」

「私もあんまり眠くならないかなぁ。寝ている隙にそいつに変な事されないからいいけど」

「相変わらずだな……」

 アルトは仲間として指示には従うものの、相変わらず距離を置かれている。

 男嫌いは仕方ないにしても、リンティとの会話すら遮ろうとしてくるのが鬱陶しい。

「この水、持ち帰れれば便利なのですが」

「ストレージに入れてもただの水になってるからな。単純に時間経過というわけじゃないみたいだ」

「おそらく泉自体の力が影響してるのです。本当に不思議なところですね」

 そうやって話し込んでいると、いつものように横から話に割り込んでくる。

「ねーねー、せっかく泉があるんだし、水浴びしない?」

「いきなり何を言い出すかと思えば……でも、アルトさんの言うとおり、ちょっと汗が気になるのです」

「でしょ? じゃあ決定!」

 会話を遮ったアルトの提案で、いつの間にか女性二人が水浴びすることになっていた。

 泉は水の湧き出す台座と足湯程度の深さの水場という構造のため、飲み水を汚すことはないだろうが……露骨に追い出しを掛けてくる二人にやむなく部屋の外へ退散する。

「いい? 絶対に覗かないでよね!」

 それはネタ振りか何かだろうか。

 まあ覗く気もないので部屋の外で大人しく待機していると、部屋の中から女の子二人の戯れる声が聞こえてきた。

「えへへー。リンちゃん、少しは成長したかなー?」

「ちょ、アルトさん、変なところ触らないでください」

「んー、あんまり大きくなってないね」

「燃やしますよ?」

「それいいねー♪ おんっせんっ♪ おんっせんっ♪」

 モンスターの徘徊するダンジョン内でいい気なものである。

 なんとも甘美な情景が浮かび上がる会話だが、妄想していても仕方ないので武器の補充をして過ごすことになった。


  ※


 5階層からさらに下に進むと敵の中にもラットマンなどの姿が混じるようになってきた。

 ラットマンは小型の獣人種で戦闘力はそれほどではないが、それなりの知能を持っており道具を使ったり数で攻めてきたりと油断はできない。

 特にラットマンメイジなどが混じっていると非常に厄介で、威力の高い魔法攻撃を仕掛けてきたりと体力バカのアルトがいなければどうなっていたかわからなかった。

 用心している傍からラットマンの群れに遭遇する。

「ッ、メイジ2体!? 片方は任せる!」

「了解なのです!」

 こちらは投げ槍、リンティは火球でラットマンメイジを仕留める。

 遠距離攻撃手段が複数あると厄介な敵を優先して排除できるので心強い。

 ただ、投げ槍は回収したり補充できるからまだいいが、リンティの魔法は回数制限もあるためあまり乱用はできなかった。

 残ったラットマンはアルトと二人で処理し、彼女の魔力を温存させる。

「これで全部だね!」

 飛び回る最後のオオコウモリを切り捨て、ようやく一息つく。

 敵の強さももちろんだが、迷宮の仕掛けも増えているので必然的に進軍速度は落ちてきていた。

 それでも何とか9階層の仕掛けを動かし、ようやく次なる階層への階段を見付ける。

「次は10階……何が待ってるんでしょう?」

 女神の言葉を信じるならば、ここにはおそらくボス部屋と、地上に戻るための扉が用意されているはずである。

 ここを乗り切れれば、迷宮から脱出できるだろう。

「なんか如何にもって感じの扉があるよ」

 地図を見る限りフロアの半分を占める部屋への入り口は巨大な扉で固く閉ざされていた。

 しかし、一通り回っても扉を開くための仕掛けは見当たらない。

「ここでも、か……」

 意識を集中して“黒舵(クロカジ)”を発動する。

 すると先程まで動かなかった硬い扉が驚くほどあっさりと開いていた。

 迷宮の入り口もそうだが、能力が鍵となるのは意図的に仕組んだとしか思えない。

 だが、それを問いただす時間はなかった。

「あれは……ラットマンキングなのです!」

 部屋の中央にたたずむのは、全長3mはあろうかという巨大なラットマンである。

 王冠を被り、マントを羽織り、王笏(セプター)を持ったネズミの王様。その周囲には数十匹のラットマンが控えていた。

 ソルジャーやメイジはもちろん、アーチャーの姿も見える。

 これだけの数、捌ききれるとは思えない。

「引き返すか?」

「いいえ、時間を稼いでください。大魔法で一気に仕留めるのです」

 一時撤退を提案するが、リンティは物凄いやる気である。ならば、引き下がるわけにはいかないだろう。

 キングが王笏を振るい、それに応えて兵隊達が襲い来る。

 ラットマンアーチャーの放った複数の矢が飛来するが、風の結界がそれを弾いていた。だが、魔法までは防げない。

 氷槍(アイシクルジャベリン)雷撃(ライトニングボルト)、そして火球(ファイアボール)。ラットマンメイジの唱えた魔法に対抗する手立てはなかった。

 普通の方法では。

「だったら魔法すらも支配してみせる!」

 “黒舵”の発動。仕掛けも生き物も操る力なら、あるいは魔法すらも支配できるだろう。

 その手から黒い波動が放たれる。能力が可視化するほどの力を引き出したのは初めてだった。だが、女神の迷宮で積み上げた経験は確実に成長に繋がっている。

 こちらに飛んできた魔法が空中でピタリと止まっていた。複数同時は一か八かの賭けだったが、これくらいでなければURスキルの意味がない。

 ラットマンメイジが必死に魔法の支配を取り戻そうとするが、もはや彼等の力では対抗する術はなかった。

「返すぜ!」

 魔法を完全に支配し、彼等に撃ち返す。それで片が付くとは思えないが、敵が混乱しているうちに十分に時間は稼げた。

「遠き炎の呼び声よ、彼方より来りてすべてを焼き尽くさん。炎よ唄え!

 みなさん、こちらに!

 いきます……エンシェント・フレイム!」

 リンティの呼びかけに応じ、時空を超えて炎の雨が降り注ぐ。いや、一発一発が通常の火球より強力なそれは、もはや流星雨に等しい。

 当然だがこんな狭い空間で使うような魔法ではなかった。

「これは……洒落にならんな」

 アルトの首根っこをひっつかんで後退する。いくら彼女でも、まともに喰らえばただでは済まない。

 リンティの周囲は先程よりも強力な結界で守られているから被害はないが、結界の外では今の“黒舵”でもまともに干渉できないほどの魔力が渦巻いていた。

 これならラットマンキングもあるいは……。

「やったの!?」

「いや……」

 揺れる炎の中からネズミの王様が姿を現す。王冠もマントも失い、もはや裸の王様といった出で立ちだが、その目から闘志は失われていない。

「来るぞ!」

「させない!」

 大上段からの王笏の一撃を、アルトが咄嗟に受け止める。衝撃で床にひびが入るが、ほとんど虫の息のはずなのに、恐るべき力だった。

 それを何とかしのぐ彼女も只者ではない。

 だが、ラットマンキングも容赦なく追撃を繰り出し、王笏の横からの大振りの一撃が騎士の少女を壁まで吹き飛ばす。

「大丈夫か!?」

「へーき、っ、それよりリンちゃんを……」

 思ったよりもダメージは少なそうだが、すぐに復帰はできそうにない。

 一方、リンティは大魔法の反動で動けないでいる。こちらも“黒舵”を連発できるほどの力は残っていなかった。

「ッ、やるしかないか!」

 投げ槍を手に強大な敵に立ち向かう。振り下ろされた一撃は、何とかギリギリ避けきった。

 リンティの魔法や先程の一撃で相当負担がかかっていたのだろう。地面を打った王笏が音を立てて砕け散る。ラットマンキングが一瞬だけ行動を躊躇していた。

 その一瞬の隙を見逃さず、キングの巨体を駆け上がる。

 咄嗟に振り払おうとしたときにはもう遅い。

「ここだ!」

 キングの右目を目掛けて投げ槍を突き刺す。それは容赦なく眼球を貫き、視力を奪い取っていた。

 だが、これで終わりではない。

「まだまだ!」

 ストレージから投げ槍を取り出し、次々と突き刺していく。もがき振り落とされても、攻撃はやめない。

 もはやハリネズミのような外見になりながら、それでもキングは咆哮する。尻尾を振り回し、反撃しようとするが。

「こっちも忘れないで!」

 ようやく戦線に復帰したアルトが尻尾を切り落としていた。弱点だったのだろう、苦悶の表情を浮かべ、再び咆哮し。

「そうだ、そのまま口を開けてろ」

 残された力を振り絞り、最後の“黒舵”でその動きを封じる。

 おそらく持続するのは一瞬、それだけで充分だった。

「リンちゃん!」

「リンティ!」

「これで……お仕舞です!」

 ようやく立ち直ったリンティの、放った火球がラットマンキングの口の中へ押し込まれる。

 炸裂する寸前、無理矢理口を閉じさせて。

 くぐもった爆発音がキングの体内から響いていた。同時に頭部が内側からはじけ飛ぶ。今度こそ完全に息の根を止めたらしい。

 ラットマンキングの死体が消え去り、あとには翼のような装飾品が残される。

「なんだこれ?」

「女神の翼……一日に一回、パーティを記録した場所に移動させることができるアイテムのようなのです」

 これが女神の言っていた帰還用のアイテムか。

 リンティの鑑定結果を聞きながら、ようやく戦闘が終わったことを実感できた。


  ※


“おめでとう、あなたたちは最初の試練をクリアしたわ”

 不意にどこからともなく声が響き渡っていた。

 自分だけに聞こえるのかと思ったが、リンティやアルトも驚いてるところを見ると全員に聞こえているらしい。

 さらには、部屋の中央に見覚えのある人影が浮かび上がる。実体ではないようだが、見間違えたりはしない。

「アスタリテ!」

「この人が?」

「女神様?」

 三者三様、反応は様々だったが、女神の映像は威厳のある声で言葉を続けていた。

“最初の試練をクリアした報酬として、神器を授けましょう。好きな物を一つ選びなさい”

 彼女の周囲に武器や防具、様々な道具の映像が姿を現す。

 神器というからにはそれなりの代物だろうが、ラストダンジョンで手に入るようなものをポンポンと渡していいのだろうか。

“神器には封印がかけられています。今は本来の力の10%しか出せませんが、試練をクリアするごとに力も解放されるでしょう”

 ご丁寧に説明してくれるが、どうにも真面目な口調だと違和感しかない。鼻眼鏡も付けてないので尚更である。

“あんまり余計なことを考えると帰りますよ”

「あ、いや、すまん。にしても、このダンジョンって能力を使わないと入れないようになってるが、最初から仕組んでたのか?」

“ここは選ばれた勇者のみが試練を受けられる女神の迷宮。その形は、その者に相応しい姿で現れます”

「要するに、俺に合わせて変化したって事か」

 対象に合わせて試練の内容が変わるとすると、アスタリテはこちらを本気で魔王にぶつけるつもりか。

「カ、カイトさん、先程から女神様に失礼なのですよ」

「そうよ、勇者とかなんとかわけわかんないし!」

 先程から様子を見ていた二人の少女が狼狽えている。いくら中身はポンコツでも女神は女神ということらしい。

 それを諭すようにアスタリテが口を開く。

“この者は魔王を倒すために私が異世界から呼び出したのです”

「やっぱりカイトさんは女神に選ばれた伝説の勇者だったのですね!」

「そんな……こんなのが勇者だなんて」

 二人の少女が別々の反応をするが、こちらとしては別に勇者になるつもりも魔王を倒すつもりもない。

 その魔王も女神が生み出したようなものである。

“コホン、そ、そんなことより、早く神器を選びなさいよ!”

 早速ボロを出す女神様であるが、貰えるものは貰っておいても損はないだろう。

「カイトさんが選んでください」

「そうだな……」

 リンティの進言に頭を悩ませる。彼女の火力もアルトの耐久力も問題ないが、自分としては“黒舵”だけに頼ってはいられない。

 火力の底上げなら武器を選ぶべきだろう。

「これは……」

 いくつも並んだ神器の中、一本の槍に目が留まる。少し長めだが、投擲用なのか穂先から翼も生えていた。

“それは神槍グングニル。投げても手元に戻る魔法の槍です”

「割と有名な奴だな……だが、相性は悪くないか。決めた、これにする」

“では、あなたに神槍グングニルを授けましょう。

 あとのことは、ちびゴーレム、あなたに任せます”

 そう言って女神の映像が掻き消える。

 最後に言い残したちびゴーレムというのが気になるが、グングニルを収納しながらキョロキョロしてると、足元に何か気配を感じた。

「まあ、そういうわけでご紹介にあずかりましたちびゴーレム1号ですけん」

「うお、なんだ!?」

 いつの間にそこにいたのか、身長30cm、二頭身の妖精のような姿をした生き物がちょこんと立っている。

 どちらかというと、ゴーレムというよりブラウニーといった方が近いかもしれない。

「か、かわいいのです」

「いやはや、褒められるのは満更でもなかとですけど、離してくれんと話もでけんとですよ」

「お前どこ出身だよ」

 ちびゴーレムとやらに抱き着いているリンティもどうかと思うが、やたら変な訛りで喋られても対応に困る。

 アルトが引きはがしてようやく解放されると、コホンと一つ咳払い。

「わてはみなさんの世話をするのが仕事ですけん、簡潔に説明させてもらいます。

 あんさん方が最初の試練をクリアしたことで、島があっぷぐれーどされたんですわ。

 まずは住居として丸太小屋(ログハウス)を一件、海岸付近に用意させてもらいましてん」

「おお、住居はありがたいな」

「それから、島の水路を開放します。飲み水としても問題ないですけん、安心してご利用くだし」

 なんだか至れり尽くせりであるが、スローライフには近付けたかもしれない。

「あとは見張り櫓を一基、南の海岸線に設置しとります。ここには普段、わてがおりますんで御用があったらお呼びくだまし。わてからは以上ですねん」

「ひょっとして女神の迷宮をさらにクリアすると、報酬とかも増えるのか?」

「わかりますか? 神器は勿論、わての仲間も増えますし、島ももっとあっぷぐれーどされます。魔王を倒してもらうには飴も必要ですけん、女神様も必死ですな」

 カラカラと割と本気でバカにしてるような口振りだが、それは仕方ないとして。

 島の充実のために女神の迷宮に挑むべきか、知らんぷりして細々と生活するべきか。

 だが、リンティはそれでも行くと言うのだろう。

「まあ、それは明日考えるとして……地上への出口は何処だ?」

「どうやらお疲れですな。地上への扉はこっち、11階層への階段はこっちですけん」

 さすがにこれ以上の探索は無理と判断し、とりあえず、出口への扉をくぐって地上に戻る。

 辿り着いたのは最初のエントランス、そこに新しい扉が設置されていた。

「ここからいつでも10階層に行けますけん、好きなところから探索を再開できるんですな」

 なかなか便利な機能だが、今は一刻も早く眠りたい。

 外に出てみると、空は茜色に染まっていた。ちびゴーレム1号が言うには女神の迷宮は時間の流れも特殊らしく、どれだけ潜ってもその日の夕方までに帰れるという。

「それって長居するとその分年取ったりするのです?」

「そうなりますな」

 女子二人が少し複雑な表情を浮かべていたが、とりあえず家路に就く。

 海岸付近まで戻ってくると、海を見下ろせる崖の上に小さな丸太小屋が建っていた。海岸線には見張り櫓らしい建造物も見える。

「それではごゆっくり。わては見張りをやってますので、安心してお休みしてくだし」

「ばいばーい」

 立ち去るちびゴーレムさんにアルトが手を振る。その背中には、寝息を立てるリンティの姿があった。

 帰宅途中、疲れからか完全に眠ってしまったのである。あれだけ頑張ったのだから無理もない。

「さて、俺達も小屋で休むか」

 丸太小屋は居間と寝室しかないこじんまりとした建物だったが、寝室には簡素なベッドが2台も用意されている。これならば、寝泊まりするだけなら問題ないだろう。

 だが、アルトは相変わらず不満そうである。

「まさか、一緒の部屋で寝る気!?」

「仕方ないだろ、ベッドはここしかないんだし。嫌なら一人で外で寝ろ」

「うぅ……わかったわよ! でも、あなたを信用したわけじゃないんだからね! こっちに来たら殺すわよ!」

「はいはい」

 相手をするのも疲れるので、無視してベッドに横になる。

 疲れからか、睡魔はすぐに襲ってきた。

 夜中に一度だけ起こされた気がするが、夢だったのかあまり覚えてない。

 ただ、女の子を一人泣かせてしまったような罪悪感が心の中で燻っていた。

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