サバイバる
そこは間違いなくただの無人島だった。
目算で直径3キロほど、北寄りに小高い山とその南側を中心に森が広がっているが、特に何の変哲もない孤島である。
植物など若干見慣れぬものも混じってるが、今のところ異世界ファンタジー感はあまりない。
「で、どーすんだよ」
虚空に向かって呟く。
ややあって、どこからともなく声が聞こえてきた。
“ごめんごめん、魔王の影響のない安全な場所がここくらいしかなくて”
「だからって、無人島に放り出さんでもいいだろうに」
ポンコツ女神アスタリテは臆面もなく言い放つが、そんないい加減なやり方で本気で魔王をどうにかする気があるのだろうか。
“そんなに言うなら、筏でも作ってちゃちゃっと島を脱出しなさいよ”
「うーん、工作スキルがあるから筏くらいは作れそうだけど……」
それができたとして、周辺地理がわからなければ陸地に辿り着ける保障はない。
最悪何もない海上で遭難するのがオチである。
それならいっそ、ここでしばらく生活するのもいいだろう。
「というわけで、ここを俺の島とする!」
“ちょ、何言ってんのよ!? 魔王はどうなるの?”
「知らん」
そもそも自分の不手際で魔王を生み出してしまった駄女神の尻拭いをさせられる義理も義務もないのである。勝手にしたとして文句言われる筋合いもない。
なおも文句を言い続ける天の声はキッパリと無視して。
「となると、まずは飲み水の確保かな?」
飲料水の確保はサバイバルの基本である。食料は野草を採ったり魚などを捕まえればどうにかなるだろう。
なので、まずは蒸留器の製作に取り掛かる。幸い工作【C】があるので、それほど手間はかからない。
まずは地面に穴を掘り、海水を流し込む。その辺に落ちていたヤシの実を加工して器にし、穴の中央に設置。ヤシの葉っぱで穴を覆い、中央に重しを載せて水蒸気を溜める。
鉄の容器などがあれば加熱式の蒸留器も作れそうだが、そんなもの都合よく見つかるとは思えない。
仕方ないので同じものを複数設置し、何とか飲み水の供給体制を整えることができた。
これなら、コンビニで買っておいたペットボトルの中身がなくなっても問題ないだろう。
「続いては食糧確保か」
手持ちの食料はカップ麺とおにぎり一つ。おにぎりは痛みやすいので先程の作業中に食べてしまったし、カップ麺はお湯がないとまともに食べれたものではない。
あとはおやつのチョコバーもあるが、保存のきく食料はなるべく温存しておきたかった。
「だとすると、一番確実なのは釣りだけど……」
釣りの道具は作れるが、おそらくその必要はないだろう。
海岸に行き、岩場で魚が集まっている潮だまりを探す。
ほどなくして、手ごろなサイズの魚が数匹泳いでいるのが見つかった。見た目はちょっと変わってるが、毒さえなければ問題ないだろう。
「さて、やるか」
目の前の魚に集中する。頭の中でガチャリと撃鉄を起こす感覚。そうして、獲物に向かって冷静に照準を合わせ、心の引き金を引く。
ビクン、と魚が震えていた。
しばらく行ったり来たりその場で回転したのち、魚はこちらに向かってスーッと泳いでくる。
そうして足元まで泳いできた魚の鰓と胸鰭の間を掴んで引き上げるまで、抵抗らしい抵抗はしない。
「……よし、上手くいった」
これが異世界チートガチャで引き当てたURスキルの“黒舵”である。と言っても、別に魚を獲るための能力ではない。
これを使えば、生物、非生物を問わず元々動くものなら自在にコントロールできるという、夢のような力である。
とんでもない能力のようだが、代償として制約も多い。
まず自分より強い相手にはほとんど通用しない。それに、一度にコントロールできるのも一個体のみ。
能力を使っていけばその制限も解除されていくとはポンコツ女神の弁であるが、果たして魔王に対抗できるのはいつになるやら。
ということで、最強のチート能力も今はただの釣り竿代わり。その真価を発揮できるのはまだまだ先の話になるだろう。
“黒舵”で呼び寄せた魚を手づかみで捕まえては、ヤシの葉を編み込んだ籠に放り込んでいく。
これを石製のナイフで開いて内臓などを下処理し、天日で干せば保存食として申し分ないだろう。
「さて、次は寝床の確保か……」
工作スキルがあるとはいえ、慣れない作業に疲れは溜まる。日も傾いてきているので、早めに休める場所は確保しておきたい。
だが、海岸沿いを一通り見回しても洞窟のような雨風をしのげる場所は見つからなかった。
寝袋くらいならまだしも、壁や屋根まで自力で用意するのは骨が折れる。
森の中を探索すれば何らかの休める場所が見つかるかもしれないが、未知の領域の探索は安全な拠点を確保してから進めたい。
「となると、やはり能力頼りか」
“黒舵”を使えば小さな木くらいは無理矢理動かせる。これで拠点を囲って、邪魔な枝を石斧で伐採し、隙間や天井をヤシの葉で埋めていけば、ひとまず簡易拠点の出来上がり。
最後にヤシの葉で編んだ寝袋を備え付ければ、当面の生活には事欠かないだろう。
「せめて大工道具でもあればいいんだが、ゲームみたいに上手くいくものではないな」
夜空の下、焚火であぶった干し魚をかじりながら、ようやく一息つく。ライターがあるので火種には困らないが、やはりもうちょっと道具が欲しい。
せめてどこかの船が通りがかれば救助してもらうなり、道具を分けてもらえるかもしれないが……いや、あまり期待するのはよそう。
「はあ……寝るか」
いつまでも星空を眺めていても仕方ない。
明日の探索に備えて、今日はゆっくり休むとしよう。
こうして異世界孤島生活一日目の夜はゆっくりと更けていくのだった。
※
翌朝、風の音で目を覚ます。
どうやら嵐が来ているらしい。
初っ端から災難ではあるが、これもサバイバル生活ではよくあること、じっとしているわけにはいかなかった。
まずは飲み水の保管、無事な水を空になったペットボトルに詰め替え、残りもコンビニの袋にためてストレージに保管しておく。
干し魚もいくつか風に飛ばされていたが、洗えば何とかなるとまとめて放り込む。
大変なのは拠点だった。
あくまでも軽い雨風のための簡易拠点、強い雨風までは防げないだろう。
拠点自体は作り直せばいいが、風雨に長時間さらされれば風邪をひいて体力を奪われるのも時間の問題である。
医者もいない無人島では、命にかかわる事態になるだろう。
どこかいい場所がないかと考えて、手頃な避難所を思い付く。
「ん? そうか……!」
試しにストレージを開き、いろいろ操作して自分を保存してみる。システム側が何やら逡巡するような間があったが、一瞬の暗転のあと、気付けば白い空間に一人でポツンとたたずんでいた。
先程適当に放り込んだアイテムも整列して転がっている。
念のため自分を取り出す選択をしてみると、何事もなかったように元の場所に立っていた。
「よし、成功だ!」
ストレージが簡易シェルター代わりになるなら、やれることは大幅に増えるだろう。
とりあえず、ヤシの葉の寝袋をストレージに突っ込み、雨が降る前に材料を可能な限り採取して自分ごとストレージに避難する。
嵐が通り過ぎるまでの間、ストレージ内で素材の加工。いずれ必要になるであろうロープや予備の寝袋など、作れる物は作れるだけ作って保管しておく。
少し冷えるのだけが困り者だが、ストレージ内で焚火をすると何が起こるかわからないので自重しておいた。
やがて夜になり、外は嵐が本格化してきたため、干し魚を食べて寝袋で横になる。
明日こそ島の探索ができるかと思い描きながら、眠りに就くのだった。




