プロローーグ!
「ぱんぱかぱーん♪ あなたは100人目の異世界転移者に選ばれました!」
唐突も唐突に。
目の前に現れた謎の女は、クラッカーを鳴らしながら何やら意味不明なことをのたまっていた。
鼻眼鏡に装飾付きの三角帽、どこぞのパーティー会場から抜け出してきたのかやたらハイテンションなのも気に障る。
あまり関わり合いにならないほうがいいだろう。
「間に合ってますので」
「ちょちょちょちょ、ちょっとー!?」
見なかったことにして先に進む。進もうとして、ここは何処だと思い直す。
確かコンビニを出て、それから……。
周りは真っ暗闇の空間。先程まであったコンビニの明かりすら存在しない。照明も何もない空間なのに、自分と謎の女の姿だけが浮かび上がっている。
その女はと言うと、こちらに向かって「聞こえてるー?」「大丈夫ですかー?」とか呼び掛けているが、お前が大丈夫なのかと問いたい。小一時間問い詰めたい。
いやまあ、自分の正気を疑った方がよさそうな状況ではあるが、それはさておき。
「で、ここは何処だお前は誰だ俺をどうしようってんだ納得のいく説明をしてもらえるんだろうな?」
「ちょ、そんなにいっぺんに聞かれても困るってば」
矢継ぎ早に尋ねると、謎の女も一瞬気圧される。が、自分の使命を思い出したのかコホンと一つ咳払い。
「ここは次元の狭間、そして我が名はアスタリテ! 女神アスタリテ様よ!」
「で、その女神とやらが何の用だ?」
「様を付けなさい、女神様! 確かにちょっと頼りないのは認めるけど……もうちょっと敬いなさいよね!」
鼻眼鏡を付けたポンコツ女神をどう敬えというのか。まあ、あんまりいじめると本気で泣きそうになってるのでやめておくとして。
「いい加減鼻眼鏡は取れよ」
「あ、忘れてた」
忘れてたんかい。
慌てて素顔をさらす女神は思ったよりもかわいい。頭の中はかなりアレだが。
「で、女神さまが俺に何の用なんだ?」
「ぐす……あなたには異世界に行って魔王を倒してもらうわ」
「なるほど、よくある話か。それで、嫌だと言ったら?」
「元の世界に戻すけど、トラックに轢かれたところを助けたから、すぐ死ぬわね」
「えぇ……」
そういえば、こちらに来る直前に何かデカいのとぶつかった気がするが……あのままいけばまず間違いなくあの世行きだっただろう。
だが、戻る選択肢がないとして、いきなりわけのわからない使命を託されても困る。
「だいたい、その魔王ってのは何なんだ?」
「えっと……その……」
急に歯切れが悪くなる自称女神。やましいことでもあるのだろうか。
「以前、異世界転移させた人に最強の力を与えたんだけど……その人自身が魔王になっちゃって。
そのあと何人か送り込んだけど、ことごとく返り討ちにあっちゃったの。
いやー、参ったね。アハハ」
てへぺろ、と駄女神が自分の頭を小突く。うん、よくわかった。こいつはとんでもないポンコツだ。
「つまり何か、お前は俺に自分の尻拭いをしろ、と?」
「そ、そうなるのかな?」
「かな? じゃねーし」
おどけたような口ぶりに、さすがに殺意が沸き上がる。
とはいえ仮に自分が異世界に行ったとして、チート持ちの魔王にどう立ち向かえばいいのやら。
「その魔王より強い力をくれるんだろうな?」
「えっとね、うちでは異世界転移者に与える能力をガチャで決める風習があって」
「悪い文化だな」
「だから、今からあなたにもガチャを引いてもらうわ!」
一体いつの間にそこにあったのか。
女神の指し示した場所に、ポツンとカードダスのような筐体が浮かび上がる。
見た目は何処にでもある機械、そこに懐かしさと情けなさが募るのは何故なのか。
「これってお金を入れるタイプか? まさか金をとるつもりじゃないだろうな?」
「失礼ね! これはあなたの人生の行いをポイントに変換してガチャを回せる優れものよ!」
「すると善行を積んでればそれだけ多く回せるって事か」
「そうよ。ええと、あなたのポイントは3450。11連ガチャ1回と、単発ガチャ1回が引けるわね」
それが多いのか少ないのかはよくわからないが、なんにせよ引いてみてから考えるとしよう。
おそるおそるガチャのハンドルに手を伸ばす。
「ちなみに、11連だとSR以上1枚確定だからね」
「それって上から何番目だ?」
「3番目かな? 上からUR、SSR、SR、R、UC、Cの六種類よ」
やたら種類が多いのはさておき、思い切ってガチャを回す。謎の演出とともに次々と吐き出されるカードだが、正直ロクなのがない。
「ええと、身体強化【D】に投擲【D】、こっちは工作【C】ね」
「こんなんで魔王に勝てるのか?」
「ま、まあ、まだ確定枠があるから……」
結局特に代わり映えもなく、最後に少し派手な演出が発生したかと思うと、筐体から金色のカードが排出される。
「SRのストレージ【∞】ね……」
「便利系能力か……せめてまともな戦闘系があるならよかったんだけど」
無制限に物を収納できるというのは便利ではあるが、それだけでは異世界で生き抜くのは難しいだろう。ましてやチート持ちの魔王の相手がつとまるとは思えない。
どこぞの青狸だって、空っぽの四○元ポケットじゃ何もできないというのに。
「まだまだ、最後に単発ガチャが残ってるわ!」
「あんまり期待できそうにないな……お」
軽い気持ちでガチャを回し、すぐさま異変に気付く。やたら派手な演出のあと、ガチャの筐体が真っ黒い光を放出している。
「な、なんだ?」
「きたきたきたきたきたーーーーーーーーっ! この反応はURの黒シリーズ、間違いなく最強確定!」
「おお、なんか知らんが期待できそうだな」
排出された黒いカードを手に、安堵の溜息を漏らす。
どうやら爆死だけは避けられたらしい。
そうして能力の説明を軽く受けたあと、見知らぬ世界へと降り立つ。
そこは白い砂浜と、一面に広がる青い海。水平線の向こうには何も見えない。
「ん?」
嫌な予感がする。慌てて異世界転移者基本能力の一つ、俯瞰視点を広域モードで表示し、自分の居場所を確認するが……そこは紛れもなく。
「島スタートかよぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」
無人の孤島に、悲痛な叫び声だけがこだましていた。