本物はどれだ!?
「やったー、今日も俺の勝ち!」
「くっそー、いつかお前のことを打ち負かしてやるからな!」
今日もこの部屋に賑やかな声が木霊する。後者の声の響きは、少しだけくぐもっているように思われた。そのやり取りを傍らで見ていたハサミくんが、たまらずイロガミくんに声をかける。
「おいおいイロガミくん、そろそろガンセキくんを放してやれよ」
「おうとも。全くこいつ、百年前から進歩してねえでやんの。笑える」
くすくす、とイロガミくんは声を漏らした。彼の頬は、どこか赤らんでいるように見えた。どうやら、ガンセキくんを寝技で抑え込んでいたときに、相当力を込めていたようだ。事実、イロガミくんがふわりと立ち上がった瞬間に、ガンセキくんは怒鳴り声にも似た大声をあげた。
「おうこらイロガミいいいいい!」
「やあやあなんだいガンセキくん」
「てめえ、俺を殺す気かってんだいよてめえよお!」
「だって、何年経っても俺に負け続けてる君の姿がとても面白くて。笑える」
人を小馬鹿にしたような声に、ガンセキくんの頭は沸騰寸前だった。さすがのハサミくんも、これには呆れていた。だが、彼にはガンセキくんには無い、イロガミくんへの必殺技がある。だから、ハサミくんはガンセキくんの肩をとんとんと――いや、こつこつと叩いた。
「待つんだガンセキくん、ここで君がイロガミくんを殴ってしまっては、君が悪者になってしまうよ」
「ハ、ハサミ……」
「いやまあ、ガンセキくんが向かってきても、俺は君のことを優雅に包んでしまうだけだけどね」
「イっ、イロガミてんめえ……!」
ガンセキくんが、ハサミくんの制止を振り切ってイロガミくんに襲い掛かろうとする。だが――それは未然に防がれた。ハサミくんの刃先がガンセキくんから離れた瞬間、ハサミくんが歩みを止めたからだった。それは、ハサミくんの大声によって、であった。
「イロガミくううううううううん!!!!!!!」
その場にいた全員が、体をビクウッと震わせた。それは、ハサミくんさえも――。
「な、なんだよ、ハサミくん……」
恐る恐る、イロガミくんがハサミくんに声をかける。この声で、ハサミくんは意識を取り戻した。そう――彼は自らの声で意識さえ飛ばしてしまっていたのだった。
「いっ、イロガミくん、俺と勝負だ!」
だが、そこはさすがのハサミくんだった。少し怯えながらも、言うべき言葉は噛まずに言えた。彼は何たって、暴れん坊のイロガミくんとの喧嘩で負けたことがいまだかつて無いのである!
「なっ、なん……だと……!?」
だからこそ、イロガミくんは狼狽を隠せなかった。彼は、分かっているのである。体の材質的に、ハサミくんに勝つのは不可能であると……!
「まさか、ガンセキくんにあんなことをしておいて、受けないとは言わないよね、イロガミくん。行かせてもらうよ、彼の敵討ちだ」
やる気まんまん、ハサミくん。彼の眼には、イロガミくんとの勝負に負けるという未来は映っていない。見えているのは、栄光の勝利のみ!
「はっ、はっはあぁ~ん、いいよ、今日こそ引導を渡すときだね、ハサミくん」
もう一度言う。彼は、分かっているのである。体の材質的に、ハサミくんに勝つのは不可能であると……!
「じゃあいくよ、ハサミくん」
「いいよ、準備はオッケーだからね」
「頼んだぞ、ハサミ……!」
「じゃーんけーん――」
いよいよ二人がぶつかると思われた、その時!!!
部屋には、別の者の声が木霊していた。
「騙されないで、そいつは偽物よ!!!!」
ぽかーん、である。
部屋の入口の、すりガラスがはめられたスライドタイプの扉は開けられ、そこには刃が床に突き刺さった形で、持ち手が上にある――ツルギちゃんがいた。
「だっ、誰だお前は!!」
「じゃんけんで最も出されやすい、最高強度のツルギとは、私のことよ!!」
その刀身にきらきらと光を反射させながら、ツルギちゃんは叫んだ。ガンセキくんとハサミくんとイロガミくんは、どこから声を出しているのだろう、とまるで場違いなことを考えていた。
「なあに一人で出しゃばってんだよ、ツルギ」
後ろからとてっとてっと現れたのは、長い木の持ち手の先に、小さな刃がくっついている――ヤリくんだった。彼の刀身には僅かに水滴がついていた。ああ、あれは汗だな――ハサミくんは思った。
「やあね、ヤリ。私があいつらにやられると思ってんの?」
「いいや、そんなことはこれっぽっちも。俺はツルギの強さを信じてるから」
「でしょう?」
「でも、万が一ってこともあるからな。一人で突然突っ走っていくのは止めてくれ。心臓に悪い」
「……ヤリ……ごめん、次から気を付ける」
「助かる」
し、心臓……? とハサミくんは思った。
「で、あいつはまだなの?」
「ふうむ、確かにちょっと遅い――おっと、来たみたいだ」
「ちょっ、ちょっとお……ツルギぃ、ヤリぃ、進むの速過ぎぃ……」
あとからびよん、びよん、と跳ねながらやってきたのは、しなやかに曲がった竹に弾力ある弦が張られた――ユミちゃんだった。
「私らが速いんじゃないのよ、ユミ。あなたが遅すぎるの」
「ちょっ、ツルギ、言い過ぎはよくない――」
「あっ、いやっ、いいよヤリくん、ツルギちゃんの言ってることは本当なんだし……」
そう言いながら、ユミちゃんは目を伏せた。その目に浮かぶ色が一体どれほど鮮やかなものか、知る者などこの場にはいない。
「そもそも!」
沈黙を振り払うようにツルギちゃんは声を上げた。彼女は目線をハサミくんたちに合わせる。久々にハサミくんたちが話の輪の中に戻ってきた。
「なっ、なんだってんだ……」
ガンセキくんがぼやく。その声がヤリくんの耳に届くか届かないかというところで、ツルギちゃんの刀身がガンセキくんの体に突き刺さる。部屋が一気にざわついた。
「なっ……ちょっ、なんで彼を殴ったんだいレディ。僕たちは君たちに何かしてしまったのだろうか」
「レディとか。気持ち悪いわよ、あなた」
言葉の暴力である。こみ上げる怒りを抑えて紳士的に接したつもりだったイロガミくんは、その場にぺたんと項垂れた。その間に、うんしょうんしょとツルギちゃんはその刀身をガンセキくんの体から外している。部屋の床に、石の粒が少しだけ落ちた。
「というか、あなたたち、なんでその存在自体が悪だと分からないわけ!?」
またもツルギちゃんが声を張り上げる。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。きっとガンセキくんに突き刺さったのが相当痛かったんだろうな、とハサミくんは思った。
「いやいや、訳が分からねえだろオイ!?」
「何がよ」
「俺たちの存在自体が悪たあ、一体どういう了見で生きてんだべやおめえよお!」
「語尾がごちゃごちゃ。知能の低さが出ているわね、あなた」
「あんだとごらあああん!?」
ガンセキくんはツルギちゃんの言葉の暴力に屈しない。むしろ、その心に宿る炎はどんどん燃え盛る。だが、このままでは埒があかないなあ、とハサミくんは思っていた。
「まあまあ、ガンセキくん、ちょっと彼女たちの話も聞いてみようじゃないか」
「なっ……ハサミ、お前はいいのか、あんなこと言われて!」
「いやよくはないけど、話を聞かないと何も見えてこないじゃないか」
「……まあ、お前がそう言うなら、いいけどよ……」
「全く、初めからそうやってハサミくんの言うことを聞いておけばよかったのさ」
「うるせえぞイロガミ!」
ガンセキくんが再び怒り始めそうになるが、何とかそれをハサミくんがなだめる。その行動に一区切りがつくまで、武器三人組は待っていた。律儀。
「……ねえ、そろそろいい?」
「うん、大丈夫だよ。お待たせしちゃったね、ごめん」
「いや、別にいいわ。じゃあ、何であなたたちが存在しているだけで悪なのか、分かっていないようだから、教えてあげる――」
ごくりと、ハサミくんたちは唾を飲み込んだ。緊張の一瞬というやつか。
「今や、三すくみのじゃんけんなんて時代遅れの偽物よ! これからは、硬さこそが世界を制する、一方通行じゃんけんこそが本物の時代! 剣は弓と槍に勝つ! 槍は弓に勝ち剣に負ける! 弓は剣と槍に負ける! そんなわけで、あなたたち二人は時代に偽物と判断された、じゃんけんにはいらない子なのよ! だから、今すぐに始末してあげる!」
「なっ、なんだってええええ!?」
ガンセキくんは基本素直である。言われたことはだいたい信じる。なのでこのツルギちゃんのお話も普通に信じた。いやいや、とイロガミくんは冷静に反応した。
「一方通行じゃんけんとか、一番弱い手がある時点でじゃんけんとして成立してねえよ……」
「何を言ってるんだお前は」
ここで、今まで黙っていたツルギちゃんの後ろからぬうっとヤリくんが前に出てきた。
「さっきから、黙っていれば好き放題言いやがって。何様だお前ら。お前らはいらない子なんだよ。てめえらだけのじゃんけんは、もう、終わってんだよ!」
びりびりと。部屋に木霊した声がその震えを止めたとき、冷静にハサミくんは言葉を紡いだ。
「……さっき、そっちの女の子が、二人はいらない子、と言っていたように聞こえたけど」
「ああ、そりゃあそうだろうよ。だってお前、体が金属で出来てるだろ」
「……え?」
「ハサミ、お前の体は金属だろ。硬いだろ。つまり、今後も必要なんだよ。お前だけはな」
「……!」
ハサミくんは考え込む。なるほど確かに、硬さでは、ハサミくんは他の二人を上回っている、と思えた。
「……じゃあね、二人とも。俺は新時代のじゃんけんでも、うまくやっていくよ、二人の分まで」
「なっ、てめえ、俺たちを裏切りやがるのか!」
「さすがに、ハサミくんはそんなことをしない人だと思っていたのに、残念だよ。これは――」
イロガミくんが、体をしわしわにしがから力を込める。
「君のことも、包み込んであげるしかないよなあ!?」
そう叫びながら、イロガミくんがハサミくんに襲い掛かる。切り刻んで終わらせてやる、ハサミくんが思った、そのとき。
「待つのだ、我らが同胞、イロガミよ」
荘厳な声が部屋に響き渡る。自然と、その場にいた6人全員が姿勢を正した。
「だっ、誰だ!?」
ガンセキくんが声を上げる。暫く部屋を沈黙が支配したが、やがてことん、という声がして、部屋の入り口のところに長方形の影が現れる。今までそこにいたはずのツルギちゃん、ヤリくん、ユミちゃんの三人は部屋の中に入ってきていた。
「全く……お主ら、一人前に石拳について語っておったというのに、儂の声に覚えがないのか……悲しいことじゃな」
入口のところに姿を現したのは、王冠をかぶった人の絵が描かれた長方形の紙だった。左上と右下に大文字のアルファベットでKと書かれている。
「いえ、王よ。民衆は王のことをご存知の者ばかり。であるならば、王の声を即座に王の声だと判別できないこの者らが異常なのであります」
次に出てきたのは貴族衣装の男が描かれた長方形の紙だった。左上と右下に大文字のアルファベットでJと書かれている。
「いやいや。儂も己が地位にかまけておったところもある。精進せねばなるまいな」
「王のその姿勢、私も見習いとうございます」
「ちょっと!」
この二人の静かな会話に果敢にも切り込んでいったのはツルギちゃんだった。
「あんたたち、いったい何者なのよ!」
「おい、貴様この方をどなたと心得る!」
「王様でしょ! 絵で分かるわ!」
「なっ、絵、だと……」
「抑えよジャック。儂はこのような態度も好みじゃぞ」
「しかし王……」
ジャックが王の顔を見たとき、その表情は柔らかさに包まれていた。その顔を見て、ジャックはそれ以上口を開くことをやめた。
「すまぬ娘、頭の固いこの者のことは気にするな」
「もちろん、はなっから!」
ジャックの心は少し傷ついた。
「で、我らが何者か、であったな、娘」
「ええ! せっかく今こいつらに新時代のじゃんけんを教えているところだったのに、それを邪魔されて、私怒ってるんだからね!?」
「新時代の、石拳……じゃと? ふふふふ……ふはははははは!」
「何だよ王様、何がそんなに可笑しい?」
王様の突然の笑い声に、ヤリくんは明らかにイラついていた。
「ふははははははははははははは……」
「何だって、言ってんだよ!」
「ちょっ、ヤリ、やめようよぉ……」
今にも王様に向かっていきそうなヤリくんを、ユミちゃんは必死になだめる。その間ずっと「ふはは」と笑っていた王様は、ちょっとむせた。
「ヴェエッホ、ヴェッホ、ヴェッホ!」
咳が止まらない。ガンセキくんは、その場でぽつりと「大丈夫かあれ」と呟いた。
「ねえ、大丈夫? 無理してずっと笑い続けるからだわ」
突如として王の隣に現れたのは、特徴的な頭飾りをかぶった絵が描かれた、長方形の紙だった。左上と右下には、大文字のアルファベットでQと書かれている。
「う、うむ……すまぬな、苦労をかける」
「もう、あまり昔みたいに丈夫というわけではないのだから。ご自愛なさらないと」
「そうだな……」
「ちょっと! 私の質問完璧に無視しないでよ!」
またしても二人の会話に切り込んでいったのはツルギちゃん。鉄のメンタルである。
「ああ、すまぬ……さて、新時代の石拳、ということであったが」
「そうよ! 時代は硬さの時代! そしてじゃんけんは、一方通行の時代へ――」
「ふっ、たわけめ」
王様の一言が、ツルギちゃんの言葉をばっさりと切り捨てた。その言葉に籠っている力に、ツルギちゃんも思わずたじろいでしまう。
「石拳とはな、勝ち負けを厳格に決めるのが本質ではないんじゃ。そこを履き違えておる時点で、お主らは誰もが分かっておらんというものよ」
「なっ……!」
王様は、あくまで優しく語りかけるように、ツルギちゃんの目を見ながら話していた。だが、その言葉は、部屋にいる全員の心に、衝撃を伴って出迎えられた。
「かっ……」
それでも、ツルギちゃんは屈しない。ツルギちゃんは、負けない。
「じゃんけんは勝ち負けじゃないって言うなら、いったいじゃんけんは何だっていうのよ!」
半ば吐き捨てるように、ツルギちゃんは王様に向かって叫んだ。その態度を見たジャックがツルギちゃんを押さえようとするも、それを王様は目で制した。そして、王様の傍らに立っている女王が、王様の一歩前に歩み出る。その様子は、さながら――さながら、何だろう。
「ねえ、あなた。お名前は何と仰るの?」
「……ツルギ」
「あら、とても素敵なお名前ね。では、ツルギさん」
「……はい」
ひたすら、圧倒されていた。ツルギちゃんだけではない。部屋にいた、ガンセキくん、イロガミくん、ハサミくん、ヤリくん、ユミちゃん、さらには長年付き従っているジャックさえも。誰もが、女王の言葉遣いと、そこから漏れ出てくる雰囲気に圧倒されていた。
「ツルギさんは、石拳をしているとき、楽しく感じているの?」
「えっ、それは……どうだろう」
じゃんけんを、純粋に楽しむ。そりゃあ、勝負に勝てば嬉しく感じることはある。しかし、じゃんけんそのものを、純粋に楽しんだことはあるか――。ちょっと、分からない。
「人と人とが、簡単にできる遊びで、笑いあう。それってとても、楽しいことだと思わない?」
楽しいこと――考えたこともなかったその言葉に、心が、動かされていくような気がした。
「石拳とはな、本来は勝ち負けなどどうでもよいときに、それでも何かを決めるために行われたものなんじゃよ。そして、その結果には互いに文句を言ったりせず、その後の状況は互いに楽しむ、そういうものじゃ。つまりの、じゃんけんは、その後の結果も含めて、楽しむことが大切なんじゃ。そこが分かっておらぬなら、新時代の石拳など言うても、下らぬものとなるじゃろうなあ」
その場の誰もが、涙する。女王の、じゃんけんを楽しむという精神に。王様の、じゃんけんに対する思いに。そして――勝ち負けしか見ていなかった、自分たちの浅はかさに。
「お、王様……俺、間違っていた。あんたは俺のことを同胞だと言ってくれたが、俺にその資格なんて……」
「いやいや、お主は、自分たちと楽しむことをやめようとしたハサミを怒っておった。それだけで、我らの同胞としては十分じゃ。自分で分かっておるか知らんが、お主の心は、まだ石拳を楽しむことを忘れてなぞおらぬよ」
「お、王様……」
「あと、お主の体の材質は我らと同じであるしな」
「……ちょっと、最後のそれで台無しじゃね!?」
「ふぉっふぉ」
王様は、答えを濁した。だが、はっきりと答える必要なんか無かった。だって、もうその部屋にいた全員は、じゃんけんを楽しむ心を取り戻したのだから……!
「まあ、じゃからこそ、我らの石拳こそが本物、ということになるんじゃがな」
「……はあっ!? 何でだよ!!」
ここで叫んだのはガンセキくんだった。久々の登場である。
「何故なら、我らの石拳のみが、楽しむという心を忘れておらぬ、真なるものであるからじゃ」
「そもそも、あなた方もじゃんけんの手として使われているのですね、驚きです」
イロガミくんも久々に会話に復帰である。ハサミくんは、その様子を傍らで眺めているだけだった。
「もちろんじゃ。王が女王に勝ち、女王はジャックに勝ち、ジャックは王に勝つ、という具合じゃ」
「何故、ジャックは王に勝つのですか?」
純粋な疑問なのだろう、イロガミくんが問いかける。その質問に、王様は僅かに眉をひそめた後、口を開いた。
「……初恋の女を奪った相手が、憎いんじゃろうなあ」
「ちょっ、王よ、それは言わない約束では!?」
「まあ、観念せい」
うわー、きついだろうなあ、ジャック。そうハサミくんは思った。
「しかし、弱りましたわ」
「む、どうしたのだ」
女王が王に語りかける。その表情は、少し曇っているように見えた。
「この場には、『じゃんけん』というものが3つも存在しています。どれが本物で、どれが偽物なのでしょう」
「それはもちろん、我らの石拳こそ――」
そこまで言いかけて、王はその部屋にいる全ての者の目を見た。皆、私たちこそ本物、その自負が強く宿った瞳であった。
「……あの」
ひとつ、か細く、だがしっかりと芯のある声が部屋に響く。それは、ユミちゃんの声だった。
「皆さんで、実際に勝負をしてみて、勝ったのが本物、というのはいかがでしょう……?」
その提案を受けて、皆が考え込む。それはいい、それしかない、そうするのもまた一興、様々なかたちではあれ、ユミちゃんの提案自体には賛成の者ばかりであるようだった。
「いやだが、皆のじゃんけんはルールとか手が違うんだぜ? どうやって勝負するんだよ」
ヤリくんがユミちゃんに問いかける。言葉尻に少しだけびっくりしていた様子のユミちゃんだったが、背中を「大丈夫よ、落ち着いて」とツルギちゃんにさすられて、落ち着いたようだった。そして、しっかりとヤリくんを――いや、部屋にいる皆を順番に見据えて、最後にハサミくんを見て、それから答えた。
「私たちのルールは、一方通行なので、出したら絶対に勝てない手が存在するので、ダメです。また、王様たちのルールは、王や女王の手に遠慮してしまうかもしれないという、ある種の権威が存在するので、これもダメです。なので――」
ユミちゃんは、ひとつ間を置いて、改めてハサミくんの目を見る。
「ハサミくんたちのルールに則って、勝負してみるというのはいかがでしょうか」
その後、部屋をしばらく支配したのは何度目かの沈黙だった。その中で最初に口を開いたのは、またしてもツルギちゃんだった。彼女の果敢さはこんな場面でも発揮されるのだった。
「私、それでいいと思うわよ」
その声をきっかけにして、部屋には次々と賛成の声が満ちてゆく。少し不服そうであったジャックも、皆の声を受けてしぶしぶユミちゃんの提案に乗った。
「じゃあ、あんたたちのルール、教えなさいよ。分かりやすく、ね」
ツルギちゃんが、ハサミくんたちに向かってそう言い放つ。その声に反応したのは、イロガミくんだった。
「いいのか、君、あんなに俺たちのこと、偽物とか言ってたのに……」
「はあ!?」
またしても、ツルギちゃんはばっさりと彼の言葉を切り捨てる。しかしそれは、暴力ではない。彼女なりの、優しさだった。
「あんた、今まで何の話聞いてたのよ。ユミの提案、あんたも乗ったんでしょ? だったら、それに従ってやるしか、ないじゃない」
「でも……」
「ああもう、うじうじ考えるやつね。それ、嫌われるわよ」
今度のはちょっと暴力だった。ふふふ、と王の隣に立っていた女王が笑いを漏らす。
「いいのよ、別に。偽物とか、ただあんたたちが気に食わなくて言っちゃっただけだし。この勝負に勝てば、私たちが本物ってことになるんだから。大事の前の小事よ」
「……それもそうか」
語り終わった二人の表情は――言うまでもないかもしれない。
「じゃあ、俺たちのルールを教えるから、皆こっちに来てくれ!」
その声を合図に、皆がわらわらと集まり始める。その輪の隅で、ぼそぼそと小さな声で会話する者が2人。
「あら、どうしたのですか?」
「なんじゃ、儂の顔に何か付いておるか?」
「いいえ、そうではないけれど。なにかとても、嬉しそうな顔をしていらっしゃいますから」
「いやなあ……」
しみじみと、目の前の光景を一瞥。
「この光景こそ、『じゃんけん』の本質なんじゃなあ、と思うとっただけじゃよ。さ、我らも参らねば。我らの石拳こそが本物じゃと、皆に示さねば」
「……ふふふ、そうですね」