アタシのダーリンさっ!
「あは。ごめんね。哀しそうにしてるとね、未来も哀しいものになっちゃうからさ! せっかくセイダ君と空中デートしてるんだし、アタシも楽しまなきゃだね!」
すこし涙目になっていた愚者ちゃんが、急に笑顔に戻った。
「よーし、東京上空、ぜーんぶ一周しちゃおう! 行くぞおっ!」
愚者ちゃんの飛ぶスピードが急に加速した。
「うわあああああ、まるでこりゃジェット機だあああ」
愚者ちゃんに抱かれたまま清陀はもがきながら喚いた。
「うわああ愚者ちゃんんん、加速し過ぎだよおおおおおっ!」
「え? なあに? 聞こえないよー」
愚者ちゃんは嬉しそうに清陀を見て笑う。愚者ちゃんは下降してそのまま雲の下へと突き抜けた。
「わあ、東京タワーだよお」
「わあ、お台場だよ」
「わあ、あっちに富士山が見えるよ」
「わあ、これがスカイツリーかあ」
……などなど、愚者ちゃんがいろいろ話しかけてきたのは分かるが、清陀はあまりにも速すぎる愚者ちゃんの飛ぶスピードに景色を楽しむ余裕も無く、地上に降りてきた時にはもうヘトヘトになっていた。
「お帰りなさい。どうでした? 自由を味わうことは出来ましたか?」
清陀が地上に戻るなり、そう話しかけてきた愛流華奈は、歩道の片隅に置かれたテーブルで椅子に腰かけたまま何かの本を読んでいたようだ。
「もう、クッタクッタだよ……愚者ちゃんってさ、スピード狂なんじゃないの? ものすっごい勢いで飛ぶんだぜ? ありゃマッハいくつだったんだ? って感じだよ……」
頭をボサボサにして、やつれた様子で清陀はドタン、と歩道の上に仰向けに倒れこんだ。
「……うああ、自由ってホント、疲れるんだなあ。風で髪の毛ボサボサになるし、空の気圧で耳はずっとピーって鳴っているし、身体はヘトヘトになるし、ああ、もっとリラックスできる自由がいいなあ……」
「まあ、愚者ちゃん、クライアントさんを振り回しちゃったのね? ダメじゃない、自分だけ楽しむなんて! ちゃんとクライアントさんの気持ちを考えてあげないと……」
愛流華奈が愚者ちゃんに向かって小言を言う。
「えへへへ。セイダはもう、クライアントなんかじゃないもん。アタシのダーリンさっ!」
愚者ちゃんは悪びれもせず、あっけらっかんとした口調で笑って言った。
「はああ? ぼ、僕が愚者ちゃんのダーリンって、一体なんでだよ? 僕は愚者ちゃんを彼女にするだなんて言ってないのに……」
清陀が慌てて起き上がり、愚者ちゃんに詰め寄ろうとすると、
「ふぁ~あ。アタシ、飛ぶのに張り切り過ぎちゃったから、また眠くなっちゃったあ……また眠ろう。セイダ、おやすみ! また遊んでねー」
愚者ちゃんは口に手を当てて大きなあくびをすると、ボムッと黄色い煙に姿を変えてスウウッとテーブルの上に置かれていた『愚者』のカードの中へと吸い込まれるようにして戻っていったのだった。