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ただいま……

「はあ……やっと家に帰れたわ……」

 愛流華奈は独り溜め息をついた。


 大通りの喧騒から離れ、すこし奥に入った閑静な住宅街の一角に、木々の生い茂る立派な庭のある二階建ての洋館があった。黒い外壁に、三角屋根が特徴的な、石造りの年代を感じさせる建物の玄関扉を開けてその中へと入っていく。


「ただいま……」

 愛流華奈は家の中に足を踏み入れると同時に独り呟いたが、答える声は無かった。


 私にも昔は「おかえり」と言ってくれる人がいたのにな……


 心の中から聴こえる声に、寂しさがこみあげてくる。


 いつからだろう、「ただいま」に答える声の無い日々が始まったのは。独り記憶の底を辿ろうと試みようとしたが、今日はそんな元気もなくなってしまった。


 長く空き家となっていたこの家を見つけ、引っ越して来てまだほんの数日しか経っていない。新しい学校に慣れるまでは時間がかかるだろうと思っていたが、それも杞憂だったようだ。


 この町に慣れようと大通りに簡素なテーブルを広げ、道行く人々に占いをすることで、まずはこの町の風に触れようとした。


 しかし、占いを頼む人は皆無だった。唯一、高校の制服姿の少年だけが、こんな自分が行なうタロット占いに興味を示してくれた。たった一枚のタロット・カードを引いただけなのに、とても喜んでくれて、自分の行なう占いを褒めてくれ、認めてくれた。


「清陀さん……」

 気が付けば、その少年の名を呼んでいる自分がそこにいた。


 今までも転校というものを何度か経験してきた。その度に新しい学校に馴染むことが出来ず、クラスの中でも一人、浮いてしまっていた。


 今度の学校でも友達は出来ないんだろうな……


 そう思うのが当たり前だったのに、あの少年はそんな自分を受け入れてくれた。


 色とりどりに様々な絵が描かれていると言っても、ただの紙切れに過ぎないカードで自分の身に起こる運命が分かる、というだけでも人々は胡散臭がるものだ。


 それなのに、カードから生身の肉体を持った少女達が飛び出して来るのだ。


 初めは物珍しさに自分に近寄って来る者も多く、ちやほやされ、持て囃されるものだ。しかし、人間、自らと異質な者に心を開き、自らと異質な者と共感し合う、ということはなかなか難しいものだ。初めは物珍しさに近寄って来た者たちも、しばらくして我に還れば、物珍しさもただの異質さに変わっていくのだ。


 そうやって離れていく者たちが多かったなかで、あの少年は果たしてどうなのだろうか。


「清陀さん……また明日も私に笑ってくれるのかな……」

 愛流華奈の心に、一抹の不安がよぎるのだった。


 愛流華奈が二階の寝室の窓から夜空を見上げてみると、大きな満月が輝いているのが見えた。


「あら……さっきまでお月様なんて出ていなかったのに……」

 愛流華奈は夜空に浮かんだ満月に語りかけるかのように言った。

「きっと、一人で寂しがっている私を慰めようとしてくれているのね……」


 その時、寝台の上に置いたタロット・ポーチから煌びやかな光が発せられた。


「誰かしら……」

 愛流華奈がポーチの中に納められているタロット・カードの束を取り出すと、その中のカードの一枚がまばゆい光を発しているのが分かった。


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