空中デート楽しんじゃいなよ
「わああっ、う、浮いてる?」
清陀が周囲を見回すと、民家の屋根が足元に見えたり、ビルの屋上が自分の目線の位置に見えるなど、明らかに自分の身体が宙に浮かんでいるとしか思えない光景が目に飛び込んでくるのだった。
「うん、キミ飛んでるんだよ」
清陀のすぐ目の前で愚者ちゃんが笑う。清陀は愚者の姿の女の子と抱き合ったまま空中を飛んでいるのだった。
「あー、キミの背中の後ろから抱きつけば良かったかなあ? つい、キミの正面から抱きついちゃったね、アタシ。なんだか、こうしてお互い向き合ったまま抱き合って飛んでるとさあ、キミなんて胸がドキドキしちゃうんじゃない?」
愚者ちゃんはすこし意地悪いトーンでそう言った。しかし、気のせいか清陀には愚者ちゃんの頬が赤く染まっているように思えた。
「ど、ドキドキなんか、しないさ」
清陀は高鳴る胸の鼓動を感じながらも、口では愚者の少女にそう言うのだった。
「ふーん? キミの心臓のドキドキしてんのが、アタシの胸にすっごい伝わってくるんだけど?」
愚者ちゃんは意地悪く清陀を見つめ笑う。
「まあ、どっちでもいいけどさ! せっかくだからアタシとのさ、空中デート思いっきり楽しんじゃいなよっ!」
そう言うと愚者ちゃんは高度をさらに急上昇させ、雲の中を突き抜けた。
「わあ、まるで夢を見ているようだよ」
清陀と愚者ちゃんは雲の上を飛んでいた。太陽が間近に感じられとても大きく見えた。沈みかけた太陽が、遥か眼下の雲を赤く照らしていた。
「エへへへッ。アタシも夢の中にいるような気分さ」
愚者ちゃんは頬を赤く染めて笑った。
「ねえねえ、キミの名前は? 何て言うの?」
愚者ちゃんが興味津々といった様子で清陀に訊ねる。
「ぼ、僕は清陀。海野清陀さ」
清陀も笑い、愚者ちゃんに自分の名前を言った。
「ふーん、セイダ君ね。ねえ、セイダ君ってさあ、女の子みたいな顔をしてて、とっても可愛いね。アタシ、セイダ君のこと気に入っちゃったあ」
愚者ちゃんがパッチリとした瞳を輝かせて清陀を見つめる。
「え、こんな僕のことを? き、気に入ったって言うの? 愚者ちゃん?」
清陀は唐突に言われた愚者ちゃんの言葉に動揺した。
嬉しいけど、こんな僕なんかのこと気に入ってくれる女の子なんて本当にいるのかなあ?
愚者ちゃんって、なんかいい加減でお調子者で、軽い冗談のつもりで言っているようにも聞こえちゃうなあ。でも、たしかに僕、「女っぽいね」ってよく言われる。僕はこれでも男の子として日々、男らしく見せようといろいろ頑張っているのになあ。
清陀はすこし長めの髪で、前髪を下ろしておでこを髪で隠している、すこしお坊ちゃんタイプの雰囲気だった。目はクリッと丸くて、男の子にしては睫毛が長かった。背は160センチと、男の子としてはやや低めの部類に入っていた。
……でも、そう言えばたしかにこの愚者ちゃんにも、僕は変にドギマギしないで安心して話せるなあ。一体どうしてだろう。愛流華奈ちゃんという占い師の女の子といい、愚者ちゃんといい、ふだんなら女の子とうまく話せなくなる僕が安心して話せるのってどうしてだろう?
清陀は抱き合ったままの愚者ちゃんの身体の温もりを感じながら、そう思うのだった。




