杏奈先生の屁理屈
「そうね! ねえ、上井戸さん。もし良かったら、この時間を使ってちょっと誰かを占ってあげてくれないかしら? 私も上井戸さんのタロット占い、ぜひ見てみたいわ!」
生徒たちの思わぬ盛り上がりぶりに、杏奈先生もその真ん丸な瞳から好奇心を覗かせ、愛流華奈に向かって両手を合わせて、
「ね? どうかな? どうかな?」
と、おねだりポーズで囁くのだった。
「わあっ、愛流華奈ちゃん、凄いなあ! これ程までに、クラスメイトの皆も、杏奈先生も、君がタロットで占うのを期待するだなんてさあ!」
清陀が隣の席から愛流華奈に向かって嬉しそうに言う。
「せっかくだからさ、皆に君のタロット占いを披露してあげなよ! 愛流華奈ちゃんの占いが凄く当たるってことを、僕はよーく知っているけどさ、クラスの皆はまだ知らないんだからさ!」
「清陀さんまで、私の占いをそんなに褒めてくれるだなんて……」
愛流華奈は、称賛する清陀の言葉に照れて、その頬を赤く染めた。
「……でも、貴重な授業の時間を使って、私が占いなんかをしちゃって本当に良いのでしょうか……?」
愛流華奈はそう言って、教壇の森咲杏奈の顔色を窺うのだった。
「あら、上井戸さん、いいのよ。私が教える倫理の授業ってね、言ってみれば、『人生の生き方』の授業みたいなものなのよ。ソクラテスとかプラトンとか、イエス・キリストとかね、歴史上の偉人の教えを知るのももちろん大事だけれど、偉い人の言葉を知っただけで、今悩んでいる事の解決の答えがすぐに分かるわけじゃないでしょう? タロット占いで悩んでいる事の答えを知るのも、立派な倫理の授業なのじゃないかしら?」
杏奈先生はすこし屁理屈にも受け取れるような言葉を並べたて、愛流華奈に微笑みかけた。
「そうですか……先生にそう仰っていただけるのなら、ちょっとだけ……」
愛流華奈はコクン、と頷くと、自分の鞄を開け、鞄の中から赤いテーブルクロスを取り出した。
「まあ、占いをやってくれるのね! ありがとう、上井戸さん!」
杏奈先生が感激の声をあげる。
「ふん! バカバカしい! 占いなんて非科学的なことを授業中にやるなんて、私は賛成できませんわ!」
クラス委員長・青峰貴梨花がガタッ、と床に椅子を引きずる音を教室中に響かせて、いきなり席を立ち上がると、愛流華奈を指さして叫びはじめた。
「現行の学校教育制度のなかでは教育と宗教とは明確に分離されているはずです! この科学時代に、占いなんて迷信じみたことを信じるなんて、やっていることはいわば宗教と同じです。そんな宗教じみたことを学校教育のなかで行なおうなど言語道断! 予言者めいたインチキな占いでクラスメイトたちを惑わそうとする、愛流華奈さんの退学処分を学校側に要求します!」




