いつまでも明けない夜
「ちょっと、あなた! あはあは、うるさいですわよ! すこしは静かになさったらどうなの!」
漆黒の夜空を飛ぶ三日月の上に、青峰貴梨花の怒鳴る声が響く。
月ちゃんの『ヴェロモトゥール・リュネール』の一番後ろに跨った貴梨花には、先頭で操縦する月ちゃんが発するハイテンションな笑い声が耳障りに感じられるのだった。
「あははは! あは! あは!」
貴梨花の注意が聞こえていないかのように、月ちゃんは三日月の先頭で高揚したまま、笑い続けていた。
「貴梨花さん、我慢してあげて……ふだんから不安の強い月ちゃんが唯一、元気になれるのが、この三日月を操縦している時なのよ……」
月ちゃんと貴梨花の間に挟まれた愛流華奈が、申し訳なさそうに貴梨花に振り向き、月ちゃんの擁護をするのだった。
「まあ、仕方がないですわね……愛流華奈さんがそう言うのなら、私、我慢してあげてもよろしくってよ……」
貴梨花は不機嫌に返事をすると、
「……ところで今、何時ごろなのかしらね? ずうっと夜が続いていますわね。私がカードの中に入ったのは塾の帰り道でしたから夜の八時ごろだとすると、あれからもう何時間も経っていますわよね? ということは今は真夜中か、もう朝になっていてもおかしくないですわよね?」
と、愛流華奈に訊いた。
「そうですね。このトートの『恋人』の中の世界は、カインとアベルが描かれているくらいですから恐らく旧約聖書の時代に相当し、今のような機械式の時計自体が存在していないみたいですね。なので、この世界での時間を正確に知るにはどうしたらいいのか私にも分かりません……」
愛流華奈はそう言ってローブの懐から懐中時計を取り出し、蓋を開いて文字盤に目を落とした。
愛流華奈の懐中時計はカレンダー付きで、その日付は既に翌日となり、その針は七時を指していた。従って、既に翌日の朝七時を迎えているはずである。
「私の懐中時計ではもう次の日の朝になっているのですが……まだ夜が明けませんよね?」
愛流華奈はそう不安げに貴梨花に言うのだった。
ヴェロモトゥールは相変わらず漆黒の夜空を飛び続けている。
星ひとつ出ていない、暗黒の夜空。
飛行するヴェロモトゥールが発する黄金の輝きだけが、かろうじて、この闇を照らしているのみであった。




