現実逃避の帰り道
「はあ、僕って本当にツイてないなあ……」
気がついたら独り言が口から漏れていた。
海野清陀は学校帰り、気の向くままに寄り道をしていた。閑静な住宅街にある自宅とは反対方向、ふだんなら通らないような交通量の多い大通りを一人、ただあてもなく歩いていたのだった。
寄り道と言っても、心がウキウキするような好奇心に背中を押されてのことではない。
ただ、どんよりとした憂鬱な気持ちに胸が覆われていた。いつもならば、放課後に真っ直ぐに自宅に帰り、録画しておいた深夜アニメを観たり、ゲームに興じたり、それなりに楽しく過ごすのだが、どういうわけか今日はそんな気分にもなれなかったのだ。
高校に入学して、早くも半年が過ぎ、季節ももうそろそろ冬を迎えようとしている。
元々の人見知りな性格もあって、
「高校でこそは女子にモテたい! 彼女を作るんだ!」
と入学当初は意気込んでいたものの、いざ学校生活が始まってみると、恥ずかしくて女子とまともに喋れない、というか女子にまったくと言っていいほど相手にされない。
話しかけたって、
「え? 海野君、ボソボソしてて、ちょっと何言ってるのか分かんないよ?」
とか言われて、ソッポを向かれてしまう。そんな毎日を繰り返していた。
それだけじゃない、頭も悪いわけでもないのに、テストの時になると、決まってお腹の調子が悪くなる。
「先生、トイレ行っていいですか」
「だめに決まってんだろう。どうせカンニングでもするんだろ」
というやりとりを中学時代から教師と毎度のことのように繰り返し、頑張ってテスト勉強をしてきた成果もロクに発揮できず、成績は振るわないまま。
生まれつきの運動音痴ってわけじゃないけど、スポーツもあまり得意じゃない。駆けっこなんかしても、必ず、転ぶ。すべる、落ちる、転ぶの三拍子揃うって言うのは僕のためにある言葉なんじゃないかなって思えるほどだ。
そう、僕は一言で言えば、「運が悪い」のだ。思い込むのは良くないって言うけれど、絶対そうだ。女子とマトモに話せないのも、彼女ができないのも、テストの成績が良くないのも、スポーツができないのも、絶対、「運が悪い」せいなのだ。
だって、道に落ちているバナナの皮で足を滑らせて転んだことだってあるんだもの。こんなマンガみたいな経験する奴なんてなかなかいないぜ。
きっと運さえ良ければ、女子の方から話しかけてきてくれて、女子の方から「付き合ってください」って告白してきてくれて、テストの日はお腹の調子も絶好調で成績も絶好調、スポーツだってお手のもの、道に落ちているバナナの皮だって踏んだって転ばないんだ。いや、そもそもバナナの皮なんて落ちていても踏みやしないんだ。
そうだ、運さえ良ければ、すべてが上手くいくんだよ、人生ってやつはさ……
「ほお……あなた、一言で言うと、『運が悪い』ですね……」
清陀が頭の中であれやこれやと自分の運の悪さに想いを巡らせていた、その時、まさに清陀の心の中を見透かすような台詞をつぶやく声が聞こえたのだった。
若い女性の声のようにも思えるが、まさか、こんな僕なんかに道端で声をかけてくる女の子なんていないよ、と清陀は心の中でその可能性を打ち消した。