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アビリティ・ハイスクール  作者: 千賀大和
9/9

これからのこと

「ほら、せっかく作ったんですから冷めないうちに食べてください」


未羽は朝の占いを見ながら焼いたパンを口にくわえていた。


「女の子はどうして占いってやつが好きなんかねえ。血液型、正座、名前、その他諸々。 よーわからん占い多いもんなあ」


「女の子は占いが命といってもいいんですよ、占いは女の子の命です」


未羽はトーストにマーガリンを塗り、豪快に頬張った。


サクッという音が部屋に響き、秀も席に着き同じようにトーストにマーガリンを塗る。


平和な朝だった。


グレイズの気配を感じ、朝食抜きで倒しに向かったこともないわけではない。 しかし、ここ数日の出現率から彩乃の言っていた機関がこの街の警護に当たるとのことで、以前よりは戦わなくても済むようになりそうだと起きてすぐにメールの内容を確認し理解した。


「ごちそうさまでした」


二人は食器を水につけると、それぞれ鞄を持って玄関へと向かう。


「行ってきまーす」


二人はそう行ってから鍵を閉めいつものように学校に向かった。




「あっ、あれは」


「あの女!」


姫華が二人の通学路の途中にある信号機の前で待っていた。


何も知らずにいたら見惚れたままこの場を通過したに違いないと秀は思った。


「おはよう、姫華」


「うん、おはよ」


姫華は長く綺麗な髪をなびかせてくるりと正面を向いた。


「ちっ」


隣で未羽が露骨な舌打ちをしているが、今のは聞かなかったことにしたい。


「私は別にあなたに挨拶する気は無いわよ、ロリっ子さん」


「なっ!? ろ、ロリはですね!需要があるんですよ! どこにでもいそうな平凡なヒロインとは違うんですよ!」


「なんの話をしてるんだよ、朝から喧嘩するなって、周りの人たちも見てるだろ」


通学時間帯というのもあるため、通勤途中のサラリーマン、同じ学園の生徒たちがチラチラと何事かと一瞬目を向けてはそのまま去っていく。


「ほら、遅刻するから喧嘩するならせめて歩きながらやれ」


「あなたのことは嫌いだけど、桐谷君の言うことを無下にするわけにはいかないから」


姫華はゆっくりと歩みを始めたので、二人もそれに続いていく。


「姫華、未羽ちゃんと仲良くしてくれないか、あいつ性格はああだけど悪いやつじゃないからさ」


秀の言葉に姫華は立ち止まり、ゆっくりと振り向いて答えた。


「嫌よ、私が一番嫌いなタイプの人間だもの。 いろんな人に媚び売って必要もないのに人から好かれてまるで自分が恵まれてます、幸せですよってアピールする人が」


「姫華、お前は」


「お兄ちゃんっ♡」


「……………もう校門か」


未羽は学校が近くなると、家では見せない外面用の別人のような顔を見せる。


まるでアイドルのような可愛らしく、眩しく惚れ惚れするような明るい笑顔を浮かべ、まるで恋人のように腕を組み幸せそうな雰囲気を醸し出していた。


「うっ…………」


長年の付き合いで本性が分かっている秀でさえ、未羽のこのあざとい演技にはドキドキしてしまうのは仕方がない、男の子だもん。


可愛い妹キャラとして学園で大人気の未羽に抱きつかれ、なおかつそれに対抗するように秀の制服な裾を可愛らしく掴む姫華、この側から見たらハーレムという状況を朝から見せつけられて機嫌のいい男子はいないだろう、周りの男子生徒たちは恨めしい視線を秀にぶつけて校内へと入っていく。


「あの、二人とも遅刻するから中入ろう?」


「嫌よ、この女が離さないなら私も離さないから」


「それはこっちのセリフです、私は幼なじみとしてお兄ちゃんに甘えられる権限があるんです、あなたこそ氷の女王なんてたいそうなあだ名つけられてるんですし、ぼっちを極めたらどうなんですか?」


「あんなのどっかの誰かが勝手に作って広めたあだ名よ、私が名乗ったことなんて一度もないわ、あんまりうるさいと氷付けにするわよ」


「私の方こそ流石にブチ切れそうなんでズタズタにしますよ、暴漢に襲われた方がましってくらいに」


「…………何してるのよ、朝の校門前で」


彩乃が一般的な通学かばんを肩に掛けて三人を怪訝そうに見つめていた。


「いや、観音寺さんこれはだな!つか助けて!」


「いちゃつくのは良いけどね、他の生徒の迷惑になるようなことしないようにね、じゃ放課後にね」


彩乃はそそくさと校内に入っていってしまった。まぁ、自分が彩乃の立場でも関わり合いになりたくはないが。







「疲れた、朝から何でこんなに疲れないといけないんだ」


秀は昼休みに友達がいない生徒がそれをごまかすために突っ伏しているような格好で机の上にだらんと体を投げ出した。


「ねえ、柳瀬さんと付き合ってるって本当なの?」


「えっ?」


顔を上げると同じクラスではあるがほとんど話したことのない女生徒が数名秀の席近くに集まっていた。


いまいち話が飲み込めないが、とこからそういう話になったのだろうか。


「いや、そんなことはないよ、友たちではあるけどそういう関係ではないよ」


「…………」


「ひっ!」


「桐谷君、どうしたの?」


「な、何でもないよ………………」


そういう関係ではないと言った瞬間に、隣にいた姫華に睨まれたのは気のせいだろう。そうに違いない。


「っていうか、何でそんな話になってるんだよ」


「この前河原に二人がいるのを見かけたのよ、それに朝二人で登校してきたでしょ? 柳瀬さんが誰かといるの見るの初めてだから付き合ってるのかなって学校中で噂だよ?」


「マジでか?」


姫華が人と会話しているのは確かに見た経験はない。 だとしても登校してきたからと言って付き合っているというのは安直ではないだろうか、実際あそこには未羽もいた。三人で登校なら何らおかしいではないか。


「いや、あそこには姫華以外に未羽ちゃんもいたし、二人きりではないって」


「えー、でも姫華って呼んでるってことは結構仲良いんじゃないの? 」


「まぁ、仲はいいけど」


秀は先に自分の席に着いた姫華の方をチラッと見る。


いつものように鞄から取り出した文庫本の小説を読んでいる、それはとても絵になっていた。


「俺はいいけど、姫華に迷惑だからそういう噂はあまり信じないであげてくれよ」


「おーい、席につけぇ」


担任の教師が教室に入ってくる、今日もいつものように学生の本分が始まるのだ。


「ねえ、桐谷君、ちょっと」


「なんだ?」


授業が終わり、やっと昼休みだと思ったら、姫華が小さな風呂敷に包まれた箱を持って近くにやってきていた。


「来て」


姫華に連れて行かれ校舎の人気無い教室に姫華が入っていく、それに続いて秀も教室に入る。

普段は倉庫代わりになっている、こっそり使用している生徒がいるのだろうか、ポテトチップスの袋が落ちている。


「姫華、どうしたこんなところに連れてきて」


ガチャとこの状況であまり聞きたく無い音が二人きりの教室に響いた。


「あれ?」


「桐谷君、私…………」


「ま、待て! 俺も年頃の男子としてだな、女の子とエロいことをしたい気持ちは多少…………いや、かなりある!しかしだな、恋人でもないのにそういうことをするのはどうかと思うぞ! いや確かに姫華は可愛いと思うしこんな綺麗な女の子とそういうことして大人になれたら〜なんて思うこともあるがしかし!」


「はい」


「??????????????」


秀は姫華の行動に理解が及んでいない、果たして自分は何をされているのか、この状況は何なのか。


「べ、弁当食べて」


「は?」


姫華は包まれていた箱を長机に置くとその包みを開ける。 中からは高級旅館で出てきそうな美しい和食が顔をのぞかせていた。


「こ、これは…………姫華が作ったのか?」


「うん、好みの味とかわからなかったから私の好みなんだけど」


「………本当に食べていいのか」


「うん、そのために作ったから」


秀は立てかけてあるパイプ椅子を開きそれに座ると用意してある橋を手に持ち、手始めに卵焼きを口に運ぶ。



「…………お、美味しい」


「良かった」


普段は冷静な姫華の頬が少し赤くなっているように感じるのは気のせいではないだろう。


「お母さんに昔教えてもらったの、好きな男の子が出来た時に作ってあげられるようにって。 その会話を聞いてたお父さん少し悲しそうな顔してた」


「………そっか」


「……………桐谷君は優しいんだね、親のこと聞かないんだ、クラスの人なら私が一人暮らしなの知ってるでしょ」


姫華の両親が姫華に対して放任主義、いや腫れ物のように扱っている噂はクラス内でも前々からあったのだ。


無論そんな読めない生徒はなかなかいないので姫華にそのことを訪ねる生徒はいなかったわけだが。


「桐谷君になら話してもいいかなって思うから話すね」


姫華は秀の隣に椅子を置き隣に座った。


ふわっと香水の臭いが髪になびき、秀の鼻孔をくすぐった。


「私ね、小学2年生くらいの時にお父さんとお母さんと一緒に海に行ったの。 忙しいお父さんがなんとか休みを取ってくれたから遊びに行けて嬉しかった。 その時にね、浜辺に小さな池みたいの作ってヤドカリをそこに入れたりしてて、それで砂を思いっきり水をバチャンってしたら凍ったの、水が」


「………力の覚醒か」


「うん、一緒に池を作ってたお父さんは目を丸くしてた、でも私は凍ったのが楽しくて周りをどんどん凍らせてた。 夏じゃなかったら大惨事だったなあって今は思う」


「…………………」


「家に帰った後、お父さんとお母さんの態度は明らかに変わった、私を嫌いとは言わないものの、なんかビクビクしてた。 私がお願いしたら好きなものを買ってきてくれたし、一週間お寿司を取ってくれたくらいだった」


秀はすでに食事を進める気にはなれなかった。 氷の魔女とまで言われた少女が自分に心を開い語りかけてくれているのだから何を優先してでも話を聞くべきだと考えた。


「しばらくして私はおばあちゃんの家に預けられた。 やっぱり怖かったんだよね、私のこと。 おばあちゃんも少しだけ力使えてたけど私ほどじゃなかった。 だからおばあちゃん私にはすごい優しくしてくれて高校入るまでおばあちゃんに育てて貰ってたのでも去年ガンになっちゃって死んじゃった。 お父さんが私におばあちゃんの遺産が全部行くようにしててくれたみたいで私はアルバイトしなくてもなんとか暮らしていけてる」


「今お父さんたちはどこにいるんだ」


秀は気になった、怖がりながらも子供を心配し子供にお金を渡す親が本当に姫華を見捨てるとは思えないのだ。


「実家、つまり私が前に住んでた家にいるの。あれから会いに行ったことないけどね」


「行こう、放課後ご両親に会いに」


「え?」


姫華は今まで見たことないほど目を丸くし驚きを露わにしている。


「俺もいくから。 ここだけの話、俺の両親なんかさ俺の力を見ても驚くどころかテレビに出して稼ごうとしてたくらいなんだぞ?」


「テレビ………マジックショーみたいなものにってこと?」


「うん」


「変なご両親だね」


多少話は盛ったのだが、姫華が笑顔になってくれたということで秀は少しホッとして胸を撫で下ろした。


「うん、わかった。 会いにいく」


「よし、そうと決まれば弁当食って腹ごしらえを」


長く話すぎていたのだろう、再び箸を手にして弁当に口をつけようとした際には時すでに遅し、昼休み終了のチャイムが校舎内に響いたのだった。




「こっちだよ」


「お、おう」


自分で啖呵を切ったはいいものの、いざ向かうとなるととてつもない緊張感が秀を襲った。


「そもそも、俺の存在をなんて説明するんだよ…………」


「ここだよ」


「…………え?」


いつの間にか姫華の家に到着していたようだ。


秀の家ともさほど変わらないような大きさの家である。 庭には薔薇だろうか、蕾は開いてないが何かしらの植物が花を咲かせようとしていた。


「綺麗でしょ、この薔薇お母さんが好きなんだ」


「俺の家の庭なんか雑草しか生えてないぜ、まさに草生えるわだよな」



「???」


「あっ、ごめん忘れてくれ」


「どちら様かしら?」


秀と姫華が振り向くとサンバイザーを被った女性が二人を怪訝ように眺めていた。


たしかに勝手に人の家に入り庭を眺めていたのだ、あまりいい行動とは言えないが、本来はこの家の人間である姫華がここにいるのだし問題ないだろう。


「…………お母さん」


「えっ」


「……………ま、まさか姫華…………なの?」


「うん、久しぶりお母さん」









「粗茶ですがどうぞ」


「い、いえお構いなく」


あの後二人は家に上がらせてもらい居間へと通された。


そして、やかんで沸かしたお湯と茶葉でお茶を淹れてもらったのだ。



「久しぶりね、姫華」


「うん、お母さん元気そうだね」


本当に親子なのかと疑うほどに二人の会話はどこかぎこちなく、遠慮気味にお互いの距離感がわかっていないような感じだった。


「彼は彼氏さん?」


「ううん、友達。 私の大切な」


「あ、あの…………俺なんかが立ち入る問題ではないんですけど、なぜ姫華と一緒に暮らしてないんですか、姫華の力がそんなに怖いんですか」


二人の態度ではいつまで経っても話は進まないだろう、それならば直球で聞くべきのはずだ、これははっきりさせるべき問題なのだから。


「そう、知ってるのね、力のこと…………私たちは迎えに行かなきゃとずっと思っていたの、でも無理だった」


姫華の母親は右腕で自らの左腕を強く握りしめた。後悔の念を表しているように。


「姫華を迎えに行ってどんな顔して会えばいいのかわからない、自分がお腹を痛めて産んだ子を捨てた親が親の顔できるはずないから」


「………お母さん、確かにお母さんがいなくなった時ショックだった。でもね………この力があったから彼と出会えた」


「えっ?」


「私の人生で初めて好きになった異性なの、この力がなかったら彼と仲良くなれなかったかもしれない。だから、ありがとうお母さん」








「えっと、お邪魔しました」


「ええ、また来てねいつでも来ていいから」


二人は見送られながら帰路への道を歩いていた。 姫華は卒業まで今の家から出るということはしないという話し合いで落ち着き、勢いのまま姫華とは恋人になってしまった。


「姫華って大胆だな」


「聞きたいことがあるんだけど、いい?」



「聞きたいこと?」


「友達になってくださいってこと言ってくれたのなんでなのかなってずっと気になってたの」



「…………入学式の日に、君に一目惚れしたんだ。 でも告白しないまま進学して、同じクラスになって口から出た言葉だったんだよ」


「そっか、なんか嬉しい」


「しかし、みんなに姫華とのことなんていうかな」


「そのまま言えばいいと思う。 この力を使って今度は私が人を助ける番」



姫華の小さな手を取り二人はゆっくりと歩き出した。 燃え盛る炎のような夕日を浴びながら。


end

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