未羽の力
「よくわからないけど、あれ普通の人は見えないとかそういう存在なんでしょ」
「ああ、多分だけど少なくとも一般に人であいつらが見える人はいないと思う。騒がないのは認識できないからだしな」
「まあ、ああいうのはお兄ちゃんの小説にいやというほど出てきましたし、本音を言うとお兄ちゃんの妄想が作り出したものが具現化してしまったのかと思ってましたけど、そういうのでもないですよね。小説に出てきてたのは天使と悪魔が合体したようなやつでしたっけ」
「こんな緊迫した場面で人の黒歴史漁るのやめてくれないな!?!?!?」
ゼーハーと息を荒くしてツッコミを入れる秀を見ながら、未羽は少し面白いものを見ているような顔をした。
「でも、こういう場面は主人公とヒロインが力を合わせて敵をやっつけるのがお約束じゃないですかっ」
「いや、そうだけど、俺はあの怪物が何なのかもよくわかってない、なぜ俺たちが見えて戦えるのかも」
「来ます!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「とりあえず逃げよう。 ここだと被害が増えそうだ」
「はい」
二人を追いかけるように、黒い怪物は勢いよく走っているが、いまだに何の動物なのか判別ができないで
いた。姿が醜いとは違う、どちらかというと自分の姿を形成できていないのではないかと秀は感じていた。
「あいつ自分が何者のなのか理解できていないんじゃ」
「それなら私たちに向かって火を吐いているのはなぜなんですかーーーーーー!!!!!」
「知るかああああああああああああああ」
しかし、このまま逃げ続けていたのでは追いつかれるのも時間の問題だが。
何か打つ手はないのか………秀の脳内は思考が巡り巡っている。結論が出る前に未羽がつぶやいた。
「そういえば、あいつ私とお兄ちゃんの邪魔しましたよね」
「え?邪魔って………っ!」
「うふふ………私とお兄ちゃんの邪魔をするものは何人たりとも許しません、排除します」
「み、未羽……………ちゃん? どうしたの? その全身から何か出てるよ」
「これがお兄ちゃんの言ってた能力ですかね、ならちょうどいいです」
未羽は革靴の踵をコンコンとたたいた。そして、にやりと笑った、決してかわいらしいと形容するべき笑
顔ではなかった。秀も思わず背筋に寒気が走ったが、今の未羽には秀も邪魔をしてはいけない気がした。
「殺します」
「なっ」
未羽が地面に手に平を向けると、地面いや未羽自身の影の中から漆黒の棒状の槍のようなものがゆっくり
と浮上してきた。
「これは………槍か?」
「いいですねえ。槍なら少しずつ苦しめて始末できます………ふふっ」
「未羽ちゃんが壊れた………俺のせい?違うよね?」
「さあ、遊んであげますよ」
「…………」
「何も言いませんか、まあ喋らせませんけど………ねっ!!!」
秀の目の前には信じられない光景が広がっていた、未羽が昔から妹のように自分を慕ってくれていた少
女。親同士の中もよく、家も近所で小学生の時は一緒に宿題をしたり、夏祭りに行ったり、
迷子になっていつも泣いていた未羽、あの泣き虫だった少女は今黒い謎の怪物をいたぶっている。
一方的な攻撃に思わず怪物が不憫に思えてくるが、
その怪物は未羽に対しての反撃ができないようだった。未羽が全くその隙を与えていない。
殴る、蹴る、槍で突くを繰り返し、怪物はみるみる疲弊していった。
「……………」
「さて、とどめです」
「いや、未羽ちゃん今のままだと俺たちただの残虐非道な連中なんだが」
「………は?こちら側は被害者なんです、命を狙われた側が防衛しただけの話でしょう、正当防衛ですよ」
「っ!!」
未羽の眼はひどく冷たい目をしていた、そこに意思はなく、何かにとりつかれているのではないかと思わ
ざるを得ないほど、冷酷で死んだ魚の眼という表現があるが、そんな言葉では片づけることは難しいとさえ思わせる。
「ど、どうしたんだよ!」
「…………私はいつも通りです、お兄ちゃんは何を焦っているんですか」
「未羽ちゃん………」
力を使う前の未羽は口調は悪いながらもいつもの未羽だったはずだ。それならばこうなった原因は未羽が
力に飲み込まれているのではないか。未羽に力を止めさせれば元に戻るはずだ。
しかし、今の未羽は秀すらも近づけさせないといった雰囲気さえ醸し出していた。
今の彼女は何かにとりつかれている、力の暴走なら今すぐ止めなければ未羽自身の肉体にも影響が出てき
てしまうだろう。
「伏せて!」
その時だった、どこからか少女の声が聞こえ秀はその声の通りにその場に勢いよく伏せた。
「六道の覇者 結界 畜生道!」
「っ、なんですか………これは!!」
地面から勢いよく飛び出た蔦のようなものが、未羽の小柄な体を縛り付けた。
「少し頭を冷やしなさい、そのままだとあなたはただの殺人鬼よ」
「殺してやる!! こんな蔦なんて、破壊してお前を!!」
「ふう、なんでこの力の持ち主はみんな高圧的というか血の気が多いのかしら」
「っ!? 観音寺? なんでお前がここにいるんだよ!」
観音寺彩乃、秀や姫華、未羽と同じ学園に通っている少女である。
家庭科部に所属しており、誰にでも優しく話しかける性格から男女ともに好かれ、告白し玉砕する男子は
後を絶たない。
「そんなこといいの、今は影鬼を落ち着かせないと」
「影鬼?」
「ええ、あの子桐谷君の彼女かなんか?」
「いや、違うけど」
「そう………彼女じゃないんだ、こんなとこにいたからてっきり…………よかった」
「お兄ちゃんのそばに寄らないで!!」
「無駄よ、いくら影鬼でも畜生道の蔦は破壊できない、その証拠にどんどん絡まるばかりでしょ」
彩乃の言う通り、未羽が蔦を解こうともがけばもがくほど、蔦は体に巻き付いていく。
「桐谷君、あの子が言われたらものすーーーーーーーーーーーーーーーーーーごく喜びそうな言葉ってな
いの?」
「は? 喜ぶ?なんのことだ」
「あの能力の発動条件は簡単に言うと怒ることよ、イライラすると影鬼は威力が増していくの」
「なにそのスーパーサ〇ヤ人みたいな発動条件」
「だからあの子のことを喜ばせなさい、幸福感を得ると能力が薄まるからあとは自力でどうにかするはず」
「わ、わかった。 と言っても未羽ちゃんが喜びそうなことって…………あっ」
「思いついたら早く言って、私の能力だってずっと発動できるわけではないの」
「お、おう! 未羽ちゃん!聞いてくれ!」
「っ!」
秀の声に反応した未羽は鋭い表情ながらもしっかりと秀の目を見つめてきている。
いけると確信した秀は「未羽ちゃん!可愛いよ!!!」腹から思いっきり声を出した。
「へ?」
鬼の形相をしていた未羽はけろっとした表情を取り戻した、どうやら力の暴走は収まったようだが、隣で
は納得がいかないという表情をしている彩乃が不満気に秀を睨んでいた。
「なんか納得いかないんだけど。私、それなりに暴走の止め方とか知っているつもりではあったんだけど、こんな方法で止めたの聞いた
ことないわ」
絶句、いや啞然だろうか、彩乃は驚きを覚醒ない様子で慌てふためいている。
「未羽ちゃんはかわいいって言われるの昔から好きでさ、結構猫被るときもあったんだ、
だから【かわいい】は彼女の好きな言葉なんだよ」
「ええっ……………」
彩乃が若干ひいてはいるが、そこは仕方がない。秀は未羽のもとへ駆け寄ると、未羽はちいさくぶつぶつ呟いていた。
「大丈夫? 痛いとことかない?」
「お兄ちゃん」
「うん?」
「い、いまのは………本音ですか」
「う、うん」
未羽が可愛いのは事実ではあると思う、贔屓目なしに可愛いし、未羽に同級生に告白されたという話は何度も聞いていたからだ。
「…………してください」
「え?」
聞き取れなかった、いつもの未羽の声量とは思えない声のボリュームで秀も思わず戸惑ってしまった。
「そこまで言うなら私と結婚してください!」
「…………えー」