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アビリティ・ハイスクール  作者: 千賀大和
3/9

死ねなかったから

「……………えっと、話ってなに?」


下校道を歩く中、沈黙に耐えきれず、秀が口を開いた。


姫華はゆっくりと立ち止まると、くるりと体を回転させ、秀の正面に向き直る。


「ここだと話しづらいの、だから人気の少ない場所に行きたい」


「この辺りで人気の少ない場所………………あっ」


秀の提案で、二人は学園近くの河原へとやってきていた。


この時間帯ならば、せいぜいランニングをしている健康的な人か、散歩目的の老人くらいしかいないはずだ。


秀が河原の草の上に座ると、姫華はスカートにシワがつかないように、ゆっくりと隣に座った。


「桐谷君、昼休みどこに行ってたの?」


先に口を開いたのは姫華だった。 秀は少し驚きつつ、姫華の質問に応える。


「えっと、お腹の調子悪くてさ、トイレに…………」


「黒い怪物に会ってたんじゃないの?」


「なっ!?」


秀はびっくりして思わず立ち上がる。


姫華は座ったまま、秀のことを見つめたままだった。


水晶のように丸く、透き通る瞳は全てを見透かしているのではないかと思うほどだった。


「……………なんで知ってるんだ、あれは普通の人間には気づけないはずだ」


「………………私は普通の人間じゃないから」


姫華は立ち上がると、河原の石と石の間にできている小さな水溜りに手をつけた。


「発動」


「水が!?」


小さな水溜りに溜まっていた水が一瞬にして氷へと変貌した。


「これが、私の能力。 だから、私も桐谷君と同じように普通の人間じゃないから」


どこか悲しげに見えるその顔に、秀は惹きつけられていた。


彼女に告白しようと試みる男子たちがいてもおかしくはない。


「じゃ、じゃあ駅前で俺が怪物に襲われた時に、巨大な氷柱が立ったのは君の能力だったのか」


「ええ、たまたま近くのコンビニに用事があったから」


「……………柳瀬さんがコンビニに用事が無かったら、俺は今頃亡骸か」


「桐谷君の能力は?」


「え?」


姫華の普段教室にいる時の寡黙さはどこかへと消え、普段よりも口が軽くなっているように見えた。


もしかしたら、同じタイプの人間がいたことで、多少の安心感を感じたのかもしれない。


「えっと…………これでいいか」


秀は足元に落ちていた紙の端切れを拾い、いつものように唱えた。


「発動」


「っ!」


さすがの姫華も驚いたらしく、思わず声を上げた。


火をつけた紙の端切れは小さく灰になって風に吹かれとんでいった。


「俺の場合は使い道を間違えると、火事になるから」


「そうね」


満足したのか、姫華は元の位置に座った。


「ねえ、桐谷君」


「ん?」


「神様っていると思う?」


「神様? 神社とか宗教とかの神様で合ってる?」


「うん」


秀は頭をポリポリと掻いた。


日本はクリスマス、ハロウィン、バレンタインデーを実施しながら、国民の多くは無宗教だと言われている国家だ。


それでも、八百万の神と呼ばれる神々が日本には数多く存在している。


「どうして、神様は私たちにこんな力をくれたのかって、考えたことある?」


「あるよ、初めて力を使えた時は流石に怖かったのを覚えてる」


「私はね、この力のせいで家族と離れて暮らしてるの」


「…………俺が聞いてもいい話かな」


姫華はそのままだまって頷き、一瞬の沈黙が2人の間に起きた。


「私は」


「柳瀬さん上だ!」


「!?」


ドスンっと思い音を立てて、グレイズが姫華の頭上に現れていた。


秀が一瞬気づくのが遅れていれば、姫華はグレイズに押し潰されていたに違いない。


「大丈夫か?」


「あ、ありがと…………………その、退いてもらえると嬉しいんだけど」


「ごめん、つい」


秀は咄嗟に姫華の体に抱きつき、傾斜になっていた河原を2人はゴロゴロと転がっていった。


「しかし、危なかった」


「あ、あの」


「やっぱり、普通の人には見えてないんだな、通行人は何事もなく歩いてる」


「む、胸が………………」


「え?」


「………………」


秀は自分の右手の位置を確認した、柔らかい何かの上にあるのはわかっていた。


しかし、てっきり河原の土が柔らかいと思っていたのだが、それは勘違いでしかなかった。


実際に秀の右手の下にあったのは、姫華の触り心地と形のいい柔らかいもの胸だった。


着痩せするタイプなのか、あまりパツパツのサイズを着ていないのだろう。


制服の上からでは分かりにくかったが、姫華はそれなりの物を持っていた。


「……………えーっと」


「………………エッチ」


「わ、わざとじゃないって! ってグレイズは!?」


グレイズは2人に気づいている様子はなかった。


犬のような姿をしたグレイズは、スーパーやコンビニで買い物をしている飼い主を待っている犬のようにおとなしくその場に座っていた。


「あいつ、何してるんだ」


「動かないなら都合がいいわ、倒さないと」


姫華は制服を着なおし、戦闘態勢に入った。


「っ、この気配!?」


「もう一体だなんて」


犬のような姿のグレイズの数メートル後ろからまだ姿が正確に整っていないグレイズかゆっくりと歩いてくる。


「あっちの方が警戒したほうがいいかもしれないな」


「うん、獣って感じの雰囲気がする」


グレイズは徐々に姿を整わせていき、犬型グレイズの座っている位置に来るまでに、虎の姿になっていた。


「…………グルル」


低い威嚇音を発しながら、ゆっくりと近づき「ガァァァァ!!!」


虎型のグレイズは犬型のグレイズの首元に噛み付いた。


「なっ!?」


「な、何……………あれ」


犬型グレイズの抵抗など皆無に等しく、自身の腹を満たすかのように、虎型グレイズはあっという間に犬型グレイズを食べ終えた。


「先手必勝!」


秀は河原の傾斜を駆け上がり、グレイズが2人に気付く前に、グレイズの顔面を殴打した。


「……………っぅ、いい加減にしろよな、硬えんだよお前ら!!」


鋼鉄か何かで出来ているのではないのかと疑うほどに、毎度毎度グレイズの硬さには驚くしかなかった。


「どいて!」


「っ!」


姫華は人間離れした高さに飛び上がった。


「氷の粒石!!」


空を切るように姫華は腕を横に振りきった。


「おいおいおい!?」


雨のように氷の粒がグレイズと秀の立っていた場所に降り注いだ。


「柳瀬さん、俺のことを殺す気か!? 」


「大丈夫よ、能力者は早々死なないでしょ?」


「………いや、そうだけど」


姫華の言うことは本当だ。


秀は小学生の後半の時期に、自身の能力に気が付いた。


運動会の練習中、組体操の山が大きく崩れ多くの生徒たちが入院するという大きな事故が起きてしまった。


無事な生徒は上段に乗っている生徒たちしかいないと考えられていたが、下の段に居たにも関わらず、秀は骨折や捻挫に当たる怪我をして居なかったのだ。


いや、性格に言うと山が崩れた時は秀もそれなりに怪我をした。


しかし、生徒たちがタンカーに乗せられ救急車で病院に運ばれ、事態が少し落ち着いた頃には秀の怪我は綺麗に治って居たのだ。


教師たちは打ち所が良かったのかと対して不思議に思わなかったが、その頃から秀は自分の体の変化に気がつき始めたのだ。


本気で走れば、陸上世界記録を更新しそうなほど速く走れる。


本気で飛べば10階建てのビルの屋上に行けるくらいの跳躍力を手に入れたのだ。


「死なないとかじゃなくて、死に辛くなっただけだよ!?」


「大丈夫よ」


「大丈夫って………」


「私は死ねなかったから」


「え?」


姫華は聞こえるかどうかくらいの声の大きさでそう言うと、右手を前に突き出した。


「これで終わり」


氷の剣が、姫華の手に現れた。


「グルルル…………」


「消えて」


姫華は躊躇いもなく、右手に持った氷の剣を振り下ろした。


「凄い」


「終わったわ、帰りましょ」


姫華は自分のカバンを拾うと、透き通った瞳で秀を見た。


「ありがと」


「う、うん」


「ありがと」と言った時の姫華の口元が少しだけ笑っているように………見えなくもなかった。


「なんだ、そういう顔できるんじゃん」


秀はニヤっと笑った。


それを見て通りすがりの親子が君悪がっていたことには、秀は気がつかなかった。

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