金髪と未来と畜生と僕と
「私は未来から来ました」
利発そうな少女が美しい金髪をなびかせながら、真顔で利発そうでないトンチキなことを言ったもんだから、より一層のギャップを感じずにはいられない。
「未来のあなたは私にメロメロです。ですから、私を飼ってください」
○
「えーっと」
よく分からない文脈に戸惑った僕は、まず最初に彼女にこう問いかけた。
「飼ってくださいだなんて、君はそういう趣味の人なの?」
「いいえ、飼うということに関しましては未来のあなたの趣向です」
「未来の僕はいたいけな少女を飼うという畜生な性癖の持ち主なのね」
今現在、全くもって、そんな趣味が僕を形成しているということはないから、僕はショックでたまらない。未来を迎えるまでに僕は一体何を経験していくのだろう。
「私が未来から来たことは信じるんですね」
少女は不思議そうに尋ねる。
「まあ本人が言うならそうなんだろうな、って」
「単純な方ですね」
「純粋と言ってもらいたい」
少女は表情を変えない。出会ってから今までずっと。
「それはともかく、未来の僕は君にメロメロなの?」
「はい、それはもう」
「どんな風にさ」
「そうですね。基本いつもベッタリしていて、私のあんな所やこんな所を撫で回し、抱きしめ、チューもしょっちゅうしますし、愛情のフルコースとでも言いましょうか。とにかく至れり尽くせりって感じですね」
「熱情的にもほどがあるよ」
話を聞けば聞くほど、未来の僕とは思えない。
「つまりそんな僕に嫌気がさしたものだから、過去の僕に厳重注意でもしに来たってわけ?」
「違いますよ」
少女は『わかってないですね』とでも言いたげに、フーッと長めの息を吐く。
「『飼ってください』って、最初に言ったじゃないですか。嫌気がさしたのであれば、わざわざ時間を遡ってまであなたに会いになんて来ませんよ」
「それもそうだ」
言われてみれば、その通りだろう。
嫌気がさした相手に『飼ってください』なんて、言うはずがない。
「飼う飼わないに関しては、ちょっと僕個人には判断しかねるな。両親も兄弟もいるし」
飼う飼わない__というか、仮に少女一人がうちに住むことになったとして、それに付随する費用は無視できないだろう。親に養われているという立場上、仕方のないことだ。
「まあ、安心してください。別に今すぐに、ということではありませんから」
「え?」
「あくまでも、私が生まれた未来で飼ってくださいということです」
「そうなの?」
「そうです」
なんだ、違うのか__
そう思うと、先ほどまでの危惧が杞憂に終わったことによる安堵で力が抜けた。
「でもさ」
僕はふと、疑問に思う。
「君って、僕が君にメロメロな未来から来たんだよね?」
彼女が生きる未来では既に彼女と僕は出会っていて、僕が彼女にメロメロだと言う。だったら、『飼ってください』なんてわざわざ言いに来なくても、僕が彼女を飼う__彼女と一緒に暮らすという未来は変わらないはずだ。
「ああ、そういうことですか」
彼女は少し難しい顔をする。
「まあ、確かにそうなのですが…… 未来のあなたは大変な浮気性でしてね。この時代のあなたとしっかり契約を交わし、首輪…… もとい、しっかりと繋ぎ止めておかないといけないと思いまして」
「おいおい」
本当に未来の僕は、そんなあり様になっているのだろうか?もしかすると、彼女はとんだ人違いをしているのかもしれない。
「人違いなんて絶対にありえませんね」
妙に自信を持った物言いだ。
「私、鼻が利くんです。あなたで間違いありません」
「……そっか」
彼女がそうだと言えば、きっとそれはそうなのだ。
僕は僕で、畜生な趣味を持たないように自制するように心がけよう。
「そろそろ時間がなくなってきたので」
未来の僕が健全でいられるよう自分に誓ったところで、彼女は僕に言った。
「契約を交わしましょう」
「さっきも契約って言ってたけど、何をすればいいんだ?はんこもペンも持ち合わせていないけど……」
「いいえ、何もいりません」
すると彼女は、僕に右手を差し出した。
「『あなたと出会う未来、私はあなたに精一杯の愛情を注ぐことを誓います』と言って、私の手にあなたの手を重ねていただければ」
「それだけ?」
「それだけです」
「わかった」
僕はひとつ深呼吸をして__彼女の手に自分の手を重ねた。
「あなたと出会う未来、私はあなたに精一杯の愛情を注ぐことを誓います。その過度な愛情によりあなたが嫌気をさし、過去へと逃げたところで私はあなたを追います。逃がしはしません。どの時代に遡ったところで私はあなたを見つけ出します。たとえこの命が尽きようとも、あなたを愛し、愛し、愛し抜きます」
「愛が重いです」
「君にメロメロなんだから、しょーがないだろ」
「でもこれで、契約はより一層の強みを帯びましたね」
彼女はそんなことを言って、初めて笑顔を見せた。
肩の荷が下りた__そんな嘆息だった。
「ではそろそろ、私は戻ります」
彼女が後ろを向いて歩み始めたところで、僕は彼女の背中に投げかけた。
「待って!」
彼女は歩みを止め、僕へ向き直る。
「……名前、まだ聞いてないよね。なんて言うんだい?」
彼女と再会した時に名前を呼べないのは、なんだか切ない気がする。
「名前ですか…… 名乗っていいものか分かりませんが」
彼女は少しの間、思案顔を浮かべる。だがそれもつかの間、彼女は案外あっさりと『いいですよ』と言ってくれた。
「というより、あなたが私に与えるべきものなんですけどね」
__しょうがないですね、教えてあげますよ
でも、絶対に忘れないでくださいよ__
彼女はそう言って、僕に告げる。
「私の名前は__」
○
そんな昔のことを。
僕の膝の上に乗った君を見て思い出す。
……まったく。
君だって単純じゃないか。
未来から来たから、って理由なんてさ。
「あー、駄目だぞケイくん。乱暴にしちゃ」
一歳になり、よちよち歩きになったばかりの孫のケイくんが、膝の上の君にちょっかいをかけた。僕はケイくんのその小さな手を取り、優しく諭す。優しくしたつもりだったが、ちょっと力が入ってしまったのか、ケイくんはその大きな瞳をうるうると輝かせてしまった。
「ありゃりゃ、泣かないでくれ。怖くないぞー、じいちゃんは怖くないぞー」
ケイくんの頭を左手で撫でてやると、次第に笑顔になっていった。
だが安堵したのもつかの間、今度は反対の手に軽い痛みが走る。
「つつ…… こらこら、噛むなって。……まったく、浮気のひとつも出来ないな」
私に精一杯の愛情を注ぎます、って契約したじゃないですか__
そんな声が、僕の膝の上から聞こえてくる。
「わかってる、わかってるって」
本当に、わかってます?
「もちろんさ。だって僕は、君にメロメロなんだから」
……なら、いいですけど
「やっぱり君は心配性だな。過去に遡ったりもするわけだ」
うるさいですよ
「ははは、怒るなって」
別に、怒ってませんけど
「まあ、何はともあれ」
彼女のあんな所やこんな所を撫で回しながら、僕は彼女に語りかける。
「これからよろしく、未来」
利発そうな彼女が美しい金髪をなびかせながら『ワン』と応えた。