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第二話 似て非なるモノ / 中話(1)〜2

Night


 そこは異国の地。荒れ果てた墓地に、放置された白骨化した骸。その目の無い眼が見ている空は稲光にしばしば照らされる。


  何かいる


〈……だ〉

 墓地に響く静寂の声。

〈王だ〉

 稲光に照らされている墓石は怪しき声を放つ。

〈我らが王の〉

 そこに声を出せる者などいない。

〈帰還だ〉

 喜びの唄が聞こえる。


 何かいる


〈王の帰還だ〉

 地面が怪しく蠢く

〈喜べ、同胞よ〉

 悦びの歌が聞こえる

〈機が訪れたのだ〉

 地より木が、

〈憎きあの地に再び〉

 白き木が、

〈王が再び〉

 地中に埋められていた骨が、

〈我らの王が〉

 木のごとく芽吹く

 それは言った


『我を祝福せよ』





「尼土様、今、お嬢様は他のお客様の接待をなさっております。ですが貴方様ならお通ししても構わないということになっておりますので、どうぞこちらに」

 いつものように朱水の家に来てみたら、珍しく先客がいた。いつもは私を見かけるだけで朱水の下へと案内してくれる執事さんが今日は私を制止したのだった。

「はあ。良いんですか? 私なんかが入って」

朱水は私なんかが想像できないくらい魔として重要な地位についていると聞いているので、私みたいな一介の学生が関わって良いような人物が面会に来ているとは思えないのに。

「はい。お嬢様が望まれております」

 そう言って執事さんはにこやかに笑った。そこまで言われて帰るわけにもいかない。覚悟を決めて失礼しよう。


「こんにちは、有」

 応接間に入るとそこにはなんだかご機嫌な朱水と、

「彼女が……アマヅチユウさんなのですね?」

 白銀の髪な異国の少女がいた。ややショート気味の髪が最初は少年の印象を与えたが、声で明らかに女の子だってことがわかる。宝石みたいな髪飾りが印象的だった。

「こんにちは、朱水。それと……」

「こちらはアイシス。こう見えても有名な魔法使いなのよ」

 朱水が少女の方に顔を向けて紹介してくれた。

「アケミ、それは違う。ボクは魔法使いとはまた別の物です」

 そう言いながら少女は立ち上がり、こちらに握手を求めてきた。差し出される手の白さに驚いたが慌ててその手を握り返す。

「こんにちは。ボクはアイシス・クラスエン。よろしく」

「よ、よろしく」

 少女は背が私達より頭半分低く、日本の感覚では中学生くらいに思える。

 そんなことよりも、その少女が異様に目立つ理由は……

「ああ、この目ですね。アルビノというのを知っていますか?」

「う、うん。色素がどうとか、ってヤツだよね?」

 初対面なのにどことなく話しやすく、思わず朱水に言うような口調で答えてしまった。

「ええ。だから眼が赤く見えるのです。もっとも、ボクはいろいろあった所為で更に赤くなっていますが。普通は何らかの対処をするのですが、ボクは内なるレイを使うことにより環境から身を守っています」

 そう、少女の目はとてもよく目立つ深紅の瞳だった。

「アイシスは私達の理解者よ。そうねぇ、魔法使いというよりは学者と言う方がしっくり来るわね」

「学者さんなんですか?」

 その小さい学者さんは大人びていて、今の私と比べてしまう程に理知的な雰囲気を持っていた。

「ええ。ボク、今はロシアに住んでいるのですが、アケミとはちょっとした仲で度々研究ついでに会いに来ています」

「彼女、天才なのよ? 魔法院内に新しい部門を作ってしまったのですから」

 魔法院……確か朱水が魔法使い達の大学みたいな物だって言っていたっけ。魔法学園というのが日本で言う中高一貫の学校として世界各地に存在するけど、その上に位置する魔法院は世界に4つしか無いって言ってたなぁ。

「前人に似たような考えをした者は沢山いました。ボクは運良く辿り着いただけに過ぎない」

 アイシスさんはさもつまらなそうに言った。

「あら、実証出来たのは貴女が初めてなのでしょう? それに、私達より若いのですから十分天才と評価されるべきだわ」

 二人はよくわからない会話をしている。わかったことは少女が見た目通りの年齢で良いということだけだ。

「アイシスさんは何を実証なさったんですか?」

「アイシスで良い。それに敬語を使われるのはあまり好きじゃないから、アケミに対してと同じような話し方をして」

 少女は……アイシスは急に冷めた顔をした。どうやら何かが気に障ったらしい。

「うん、わかった。アイシスは何を実証したの?」

「『レイ』と呼称される人間が備えている内なる力の存在をですよ。マナが魔法の基本だけど、レイは外界に作用する力はない」

「え? なら、何の意味があるの?」

「日本で育ったのなら『気』と言う物を知っているでしょう?」

「うん」

 アイシスは目を閉じ、人差し指を立てて得意げに説明する。先ほどとは違って今度は楽しそうであった。

「似たような物ですね。ただ違うことは、精神が関係しているのでなく、世界が関係しているって事ですかね。つまり『マナ』と『気』の中間みたいな物です。 面白いところは世界が関係しているわりには世界に干渉することはできないというところですね」

「…………難しい」

 私のその言葉を聞くと、アイシスは少女らしい笑顔を浮かべた。

「アケミの言っていた通りね。貴方は教えがいがあるわ」

「でしょう?」

 朱水までクスクス笑うし。

「もう。つまりはそのレイって言う物も魔法の一種って事なのかな?」

「ええ。概ね合っています。でも、他の魔法と違って即座に組み立てる事は出来ない。だから毎日少しずつ(こしら)えなければならないんです」

 うーん。何となくわかった気がする。何となく……

「具体的にはどんなことが出来るの?」

「そうですね。さっきも言ったようにレイは世界に働きかける事は出来ない。それは魔法によくある他者への攻撃手段としては使えないという事ですね。だからレイはまだ学問の域から抜け出せないのです」

「ならまだ何も出来ないって事?」

「まあ魔法使いとしては、ですがね。でも学者としてならこれほど便利な術はありませんよ? そうですね、わかりやすいのを挙げると……永久記憶術とか……瞬間治療……などですかね」

「へえ、永久記憶術か、何か良さそう。私にも出来ないかな?」

 それさえ出来ればテスト余裕だろうに、とずるいことしか考えられない私であった。

「有、私達には無理よ。レイは人間しか持てない力なのですって」

「そうなの?」

「ええ、残念なことに。人はこの世界から最も離れている生き物。だからこそレイという、世界の力の源であるマナとは違った線を持てると考えています」

「そういや私達の霊力はマナなの?」

 そう訊くと代わりに朱水が答えてくれた。マナという考えは以前に朱水からレクチャーされているため何とか話には付いていけている。

「すこし違うわ。マナというのは以前教えた通り私達の言葉では『虚』と呼ばれているモノなの。人間の魔法は虚を別のモノに変えて力としていますが、霊力は虚を虚のまま使っているの。でもだからといって霊力=虚という意味で無くて……」


 朱水が難しそうに説明するのでそれに見かねたアイシスが説明してくれた。魔法というのは粘土の様なモノで、『(きょ)』という粘土を『(えい)』というイメージによって弄くり、『(けい)』と言う作品を作る行為であるという。一方で霊力というものは鉄砲の様なモノで初めから『形』という銃身が存在していて、そこに『虚』を弾丸として詰め込むという行為に似ているらしい。


 うん、全くわからんね。


「マナが無いと魔も人間も生きられません。魔法とか霊力とか関係無くにです。まあ、マナはこの地球の何所を探しても見つかるくらい在りますから、無くなるってことはないでしょうから安心です」

 ………………。

「アイシス、有の頭が付いて来られていないわ」

「…………。まあ、難しい話は置いておきましょう。少なくともボクはレイの確立が目当てという訳ではないのです。ボクの目標はある魔法の完成、そのためにレイの存在を実証する必要があった」

「それは、何?」

 アイシスの目が急に鋭くなる。

「『死から始まる命』」

「何? それ」

「言葉の通りですよ」

 そう言われてもよくわからない。命がつきるのが『死』なのだから。

「アイシス、有に言っても無駄よ。私でさえ完全には理解していないのですから、まだ魔としての知識が乏しい有に理解できるわけ無いわ」

「ごめんね」

 実際全然理解できなかったから、素直に謝っておく。

「いいえ。ボクも少々興奮してしまっていたようです。貴方のようなアンコモンに出会えてボクの研究もはかどるかも知れないですから」

 だが、その言葉が終わる前に朱水が当たり前のことのように、

「だめよ。有は私の物ですから、実験などを許すつもりは更々無いわ」と、言い切った。

「むう。少しだけでも」

「だめよ」

 二人は私を放っておいて勝手に話を決めている。まあ、朱水がいつも通りになったみたいだから良しとするか。なんか前より凄いこと言っているけど。

「わかりました……彼女を対象にするのはやめておきます」

「わかればよろしい。で、有?」

「ん?」

「今日は何のようかしら?」

 そうだった。呼ばれて来た訳じゃなかったんだ。

「朱水といたかったから遊びに来た、じゃダメかな?」

 朱水は紅茶のカップを持ったまま何も答えない。でも口元の笑みがハッキリと答えていた。

「はあ。二人はとても仲がよいのですね。それではボクは帰らせてもらいますね」

「あら、もうこんな時間なのね。送るわ。有、貴女も来ないかしら?」

「あ、うん、いくよ」

 しかしアイシスは朱水に何やら耳打ちしている。その横顔は少し照れくさそうだった。

「は? はあ。まあ良いですけど。なら有も一緒で良いかしら?」

「ええ、構いません」

 そう言ってアイシスはドアから早足で出ていってしまった。なんだか楽しい事が待ち受けているような感じ。

「あらら、すっかり仲良くなったみたいね」

 朱水はクスクス笑いながらそれを追いかける。

「さあ有、貴女もいらっしゃい。そういえば詳しい紹介はまだでしたしね」

 そう言いながら朱水もドアから出て行ってしまった。何の話だろ?



「こんにちは尼土様」

 朱水の後を追うと何やら大きな部屋に着いたのだが……

「こんにちはです」

 そこにはいつか見た六人のお手伝いさん達がいた。

「こ、こんにちは」

「有、今更ですけど紹介するわ。(えんじゅ)、こちらに」

 朱水が呼ぶと一番背が高い人が私の目の前に立った。それでも朱水よりは小さく、その背丈は私と朱水の間くらいだった。遠目に見ていた時には気付かなかったが、初めて近くで見ると瞬時に誰かに似ていると思った。朱水だ……朱水に似てるんだ。

「こんにちは、尼土様。私は槐と呼ばれており、この家の家計管理をさせていただいております」

 正直、朱水と同じくらい綺麗だ。暗褐色の長髪を左肩の前でまとめて、頭の後ろに蝶の形をした髪飾りをつけている。朱水にお姉さんがいたらこんな感じなんだろうなぁ。じっとその顔に注視していると私の視線に応えるように槐さんの顔が綻んでいった。

「ちなみに槐は朱水様の湯浴みの相手もしているんですよ〜」

 槐さんの横にいた女の人が可愛い声で話しかけてきた。仕草は年上っぽいのに子供の様な可愛い声と赤紫色した短い髪のせいで逆に年下のように思える。でも槐さんを呼び捨てにしてると言う事は歳が近いのだろう。他の人は確かに槐さんの事を姉様等をつけて呼んでいたはずだから。

「ああ、私は槿(むくげ)って呼ばれています〜」

 槿さんも槐さんと同様に綺麗な微笑みを与えてくれるお姉さんの様な人だった。

「彼女はこの館の清掃係の一人よ。次は(あおぎり)

 窓の外をじっと見ていた緑がかったロングの女性が静かにこっちにやってきた。前髪の左側だけを後ろに持って行っておでこを露出させているアシンメトリーな髪型だった。あれ、どっかで見たような?

「梧です。お久しぶり」

 その静かな物腰を見ていると何故か恐怖感が湧いてくる。

「お忘れですか?」

 梧さんの目が鋭くなる。ああ、いつぞやもこの目に睨まれたような……

「ああ、あの時の」

 そうだった。あの訓練の時に私の相手をしてくれた使い魔さんだ。朱水と違ってその体の細さの割に男性的な凛々しさを持つ人だった。また、片目が髪で隠れているせいかミステリアスでもある。

「はい。料理を担当しております」

 では、と言ってまた窓辺へ行ってしまった。窓辺に行くと二度とこちらを振り返る事は無かった。

「次、(はじかみ)

 黄色いロングで横に髪の毛の輪を作っている女の子がずかずかと音を立てながら私の目の前に歩んでくる。

「椒です。他の者の援助役です」

 何だろう、椒ちゃんは私をずっと睨んでくる。そしてその口はいじけているように尖っていた。

「ちょっと、椒、貴女ね……」

 朱水の言葉を無視してアイシスのもとへ行って抱きついた。あんなにアイシスとは仲良さげなのに。

「ごめんなさい。あの子は私に特に懐いていてね、私に近づく者にああいう態度をとってしまうのよ。次、(くぬぎ)

 淡褐色のセミロングで横髪を三つ編みにし、それを肩より前に持ってきた後ろ髪と一緒にまとめている少女が目の前にふわりと着地した。今、私を飛び越えたような……。

「椚です。清掃係を槿姉様と共に担当しております。よろしくお願いいたします」

 深々とお辞儀をする。どうやらすごく真面目な人みたいだ。その静かな様子は梧さんと似ていると感じた。ただ一つ違うのは、梧さんは興味が無いという意味での無言であったが、椚ちゃんの無言は私の言葉を待っているような無言であった。その証拠に私をじっとその透き通った瞳で見返してきている。

「彼女は私の使い魔の中で一番身体能力が高いのよ。だから清掃を頼んでいるの。最後に(あずさ)

 アイシスと共に椒ちゃんに抱きつかれていた灰白色したロングの少女がとことこと走ってくる。そのふわふわした毛がワンちゃんの様で頭を無性に撫でたくなる衝動に駆られた。

「こ、こんにちはです。梓です。一応料理担当です。梧姉様と一緒です」

 梓ちゃんは私に握手を求める。両手でブルンブルンと握手するしぐさが可愛い。彼女達の中で梓ちゃんが一番小さかった。小動物、そんな単語が私の頭をよぎる。

「本当はもう一人いるのだけど……」

と、朱水が口を開くと、

「あんな奴、仲間じゃないです!」

 それを遮るように椒ちゃんが大声を上げた。その目はただ事で無い事を、事情を知らない私でも理解できるほどに憎しみの色にて教えてくれていた。

「止しなさい、椒」

 梧さんが(たしな)めようとするが椒ちゃんは更に大きな声を上げる。

「梧姉様だってそう思うでしょう? あんな奴がいたから槐姉様が……」

 興奮する椒ちゃんのその口を槐さんが手で優しく塞いだ。

「良いのよ。(からたち)は枳なりに考えがあったのだから」

 後ろから抱き締められる様に包まれると、椒ちゃんも次第に落ち着きを取り戻していた。

「でもあんなことをした枳姉様を仲間と思うことは私もできません」

 椚ちゃんも手をそろそろと上げる。

「好い加減になさいな。朱水様の前ですよ〜」

「そうですよ。御主人様の前ですよ」

 槿さんと梓ちゃんも口論に加わる。

「そうよ。私は気にしていないのだし、許してあげて」

 槐さんが椚ちゃんも抱きしめて二人の頭を撫でた。二人とも気持ちよさそうに目を細める。

「朱水様、この子達には私からちゃんと言っておきますので」

 朱水は槐さんの目をじっと見つめた後、小さく頷いた。何も言わず振り返り私とアイシスに目配せをする。

「そう、頼むわよ。アイシス、もう時間よ。さあ、有も一緒に」

「あ、うん」

 私は先程から口が挟めるはずも無く傍観していただけだったため、朱水の言葉が嬉しかった。一方アイシスは名残惜しそうに皆から離れた。よほど彼女達と一緒にいたいらしいね。部屋から出るまでの間に三回も振り返ったのだから。



 そうそう、さっきからどうも気になることがあるので聞いてみることにする。

「ねえアイシス、アイシスの一人称ってさ」

「はい?」

 車に乗る前に忘れ物が無いかチェックしているアイシスは手を止めてわざわざ顔を上げて応えてくれた。そこら辺は教師もやっているという所為か律儀だ。

「『ボク』って女の子にしては珍しいよね」

「…………アケミ?」

 アイシスは私で無く朱水に問う。どういう事だろう?

「有、ちょっとそれは!」

 珍しく朱水があわてている。聞いちゃまずかったのかな。

「アケミ、どういうことです? なぜアマヅチが不思議がらなければならないのです?」

「そ、それはね」

「確かアケミがボクに『貴方ぐらいの女の子は自分のことをボクと呼称する』と教えてくれたのでしたよね?」

 あ、朱水……ちょっとそれは……

「いえね、アイシスが自分のことをボクといったら可愛いかしらと思って……」

 ……………………

「アケミ、アマヅチが睨んでいますよ」

 アイシスがこっちを指差す。

「別に、睨んでなんていないよ。別に、ね」

「ゆ、有、私は誰にでも手を出している何て……」

「『手を出す』?」

 思わず低い声を出してしまう。

「いえ、ですから」

 何とか弁解しようとバタバタと身振り手振りだけが先行しているが肝心の言葉は喉につっかえて出てこない様だった。こんなカッコ悪い朱水は見たくないなぁ。

「もういいって。アイシスをお見送りするんでしょ? 早くしなきゃ」

「そう、でしたね」

「ふむ、面白いものを見せていただきました」

 アイシスの方はニコニコ笑っているし。

「お嬢様方、そろそろ時間かと」

 先程から時計をちらちらと気にしていた執事さんが車の窓から首を出しながら出発の時間が来たことを告げる。よほど時間にゆとりが無いらしい。

「そうそう。さ、二人とも早く車に」

 朱水は助かったとばかりに車に乗り込む。なんだかモヤモヤした気分でその後姿を見ている私に、アイシスは小声で

「アマヅチ、気になさらぬように。貴方がアケミの友となる前には、アケミには私しか対等に会話できる相手がいなかった。きっと楽しくて浮かれているのでしょう。だから大目に見てやってください」と囁き、私の横を通り過ぎて車に乗り込んだ。

「うわぁ、大人だ〜」

 アイシスの大人ぶりに驚きながらも、私も続いて車に乗り込んだ。



「アマヅチ、アケミから貴方の力のことを少々聞かせてもらいました」

 朱水と私の間に座っているアイシスが急に、彼女の赤い眼を私に向けながら言ってきた。

「う、うん」

「貴方の力を目の当たりにしたのではないのですが、ある程度までの工程は推測できます」

「え? 何のこと?」

 朱水はそんな私に助け船を出してくれた。

「貴女の力が世界に影響を与える、その工程の事よ」

「恐らく貴方の力、『創造』は複数の力が混ざって行使されているのだと思われます」

「複数の力……。そんなこと出来るの?」

「有、現に貴女がそうなのよ。魔というのは本来、地球が所持する武器みたいなモノなの。だから剣は剣、矢は矢、矛は矛である様に魔も普通、それぞれ単調な力を持っているものなのよ。ですが貴女は複数の力を持ち合わせているの。たとえるなら……十徳(じっとく)ナイフかしら?」

 いえ、朱水サン、それは武器ではないのでは?

「アマヅチの力の正確な数はわかりませんが、少なくとも一つだけわかっているモノがあります」

「それは?」

「言うならば『肯定』ですかね。貴方は頭の中に描いた像を『肯定』して、その像を世界に具現させているのだと思われます」

 アイシスが言うにはその『頭の中に描いた像』というのが、人間が使う魔法に似ているらしい。始めから与えられた姿で無く自由の幅があるとかどうとか、影がどうとかこうとか言っているけど良く分からないんだわさこれが!

「そう……有、貴女はその像の『存在』を『肯定』しているの」

「ってことは、もし私が嫌なことを思いついちゃったら?」

 しかし朱水は首を横に振った。

「違うわ。思いつくだけでは何も起きないのよ。具現するには貴女の『肯定』が必要なのよ」

「つまり貴方が、アケミや誰かから聞いた空想話を頭の中で想像しても、その状況がこの世で起きることは無いのです。ただし……」

「私がそれを完全に信じないかぎりは……ってこと?」

「そういうこと。まったく、貴女って人はなんてふざけた存在なのでしょう。現実を上回る『肯定』だなんて」

 そんなことを言われても……。

 しかし朱水は言葉とは裏腹に微笑んでいた。得意げに言葉を続ける。

「そうそう、有、アイシスが言っていたレイというのは幽霊の霊とは無関係ですからね」

「…………いや、そんなこと思いつきもしなかったよ」

 私の言葉を聞いたアイシスは急に吹き出した。

「どうやらそう思ったのはアケミだけのようですね。多量の知識は誤解を生みやすい、参考になります」

「む〜」

 多分朱水はアイシスに初めて説明してもらった時に勘違いしたということなんだろう。

「レイと言う名前には由来とかあるの?」

「ああ、それは……」

 朱水はアイシスに目配せをする。聞いちゃ不味かったのだろうか。

「かまいません。レイというのはボクの名前からとっています」

「あれ? でもアイシスの名前にはレイなんて無いんじゃない?」

「アイシス・クラスエンと言うのは日本での偽名です」

「偽名?」

「はい。私にはいろいろありますから、本国以外では偽名を使っているんです」

 いろいろって……そんな風に言われると怖いな。

「有、アイシスには彼女なりの都合があるのですから、深く追求したりしては駄目よ」

「わかってるよ」

 アイシスが私よりも年下なのに何所と無く大人びている理由はそこにあるのかな。彼女の赤い瞳は今までに何を見てきたんだろうか。私達の間で一時の眠りに入ってしまった少女の寝顔は幼かった。



「アイシス、また日本へ来た時には、我が屋敷に是非立ち寄ってくださいね」

「ええ、もとよりそのつもりです。しかしお二方の愛の巣にずかずかと入り込むのには気が引けますが」

 空港に着いたときには既に空は暗くなっていた。アイシスと朱水はまた何やらこっちをちらちら見ながら話している。

「ほら、有、アイシスに挨拶なさい」

「あ、うん。それじゃ、また」

「……すっかり尻に敷かれていますね」

「当然よ。だって有は……」

 言葉は途切れた。朱水は口を止めたまま動かない。まるで何かを聞き分ける様に自らの息を止めてまで何かを探っていた。

「どうかしたのですか?」

「…………いえ、何でもないわ。それより急がないと間に合わないのではなくて?」

「そうでしたね。それではお二方、またいずれ」

 アイシスは可愛く手を振りながら空港へと入っていく。しかし朱水はその後ろ姿に目を配る事無く宙を睨み続けている。

「朱水?」

「有、すぐに戻るわよ」

「どうしたの?」

「わからないわ。しかし確かに気配はしたの」

 そう独り言を呟きながら朱水は車内にいる執事さんに何やら小声で告げると、私に車に乗るよう指示した。


「どうしたのさ?」

 急発進した車の中で朱水は窓の外を睨み続けていた。

「有、貴女は何も感じなかったの?」

「ゴメン、何の話?」

「ならいいわ。私の勘違いかもしれないから」

「お嬢様、そろそろかと」

「爺、この近くに古い建物は無いかしら?」

「しばしお待ちを」

 そう言うと執事さんは車を脇に止め地図を調べ始めた。

「百年以上前に立てられた図書館がありますが」

「違うわ。私達に関係がありそうな建物よ」

「ふむ、ではこちらは」

 執事さんが地図の一点を指差す。

子沸(こふつ)神社、か」

 朱水の顔に顔をくっつけて横から覗きこんだ地図で見る限り、山と山の間に大きな神社が建てられている様だ。

「空港からこの神社の方向は……」

「朱水、その神社がどうしたのさ?」

「行って確かめないと何も言えないわ。爺、急いでここに向かって頂戴」

 それを聞くと執事さんは無言で頷き手袋を嵌め直し、制限速度ぎりぎりで山道を突っ走った。



「止まって」

 急カーブを曲がる度に寿命が短くなるような思いがしていたため、止まってもまだ心臓がバクバクいっている。心臓から汗が出てきたみたいな感覚だ。

「気のせいではなかったようね。ここから先は私達だけで行きます。爺はここで緊急時の逃げ足として残っていて」

 執事さんにてきぱきと指示を下しドアに手をかけた。

「わかりました。お気をつけて」

 その言葉をしっかりと確認すると朱水は車からさっさと降りた。

「え、ちょっと、朱水?」

「尼土様、車から出た際に飲み込まれないように」

 バックミラー越しに見た執事さんの目は何時に無く鋭かった。

「はい? 飲み込まれるって何にですか?」

 しかし執事さんの答えを聞く前に、

「有、武器を車内で携帯しておきなさい」

との声が聞こえたので、言われたとおり車の中で唯一まともに作れる武器を創る。

「有、そろそろ出てきなさい。けれど気を確かにね」

 二人とも何を言っているんだろう。

 私は二人が言いたい事をわからないまま車から出た。


 するとソレは私を包み、抉り、穿ったのだった。


「な、何、この感覚。気持ち悪い」

 ソレは生きたまま心臓を持ち上げられるような不快感、圧迫感だった。今までに一度も出会わなかった感覚だった。

「大丈夫?」

 朱水が心配して顔を覗き込んできた。その顔すら曇りガラスを間に挟んだように曖昧に見える。

「これ……何さ……」

 いけない、意識が朦朧として……き……………




「大丈夫、有?」

 目の前には朱水の顔があった。どうやら車の中みたいだ。そうだ、前にもこんなことがあったなぁ。

「あれ、私……」

「有にはまだ無理だったようね。起きられる?」

 朱水に肩を支えられて上半身を起こす。頭があった所には朱水の膝があった。

「あ、膝枕」

「ふふ、可愛い寝顔を堪能させてもらったわよ」

 スカートの皴をのばしながら微笑む。吐き気でどうにかなりそうだった私はそれだけで一気に回復する。

「あれ、何だったの?」

「恐らく、一種の結界ね」


 朱水の説明ではこうだ。神社には何か異常なモノが住み着いているらしい。私はそれが出す気にやられたらしい。朱水ですら近づくのを躊躇うくらい尋常じゃない気配とのことだ。


「そんなにすごいならどうして今まで気づけなかったの?」

「……わからないわ。空港でこの気を感じたのよ。それまでは気付きもしなかったわ」

 朱水は顎に手をやり考え込む。

「あれほどの気を感じ取れなかったというのは今までに一度も無かったわ。何故なのかしら」

 う〜ん、と朱水は唸り始めた。よほど不思議らしい。

「単純にその時に出てきたばかりだからなんじゃないかな?」

 よくわからないので頭に出てきた考えをそのまま口に出す。

「どうかしら。魔というのは生まれてすぐに第二として機能できるわけではないのよ。生まれたては未熟なものなの」

 だからその可能性は薄い、とのこと。

「でも何で私達が向かわなきゃならないの?」

「…………変ね。その通りよ。なぜ私は動いたのかしら。呼び出された? まさかね」

「どうしたのさ?」

「いえ、まさかね。でも顔くらいは拝んでおいた方が良さそうね。有、もう一度行くわよ」

 自問自答を終えた朱水は私の手を握り、車の外へ出ようとする。

「わ、待ってよ。私には無理だよ」

「大丈夫。もう貴女は自分で自分を守っているわ。外に出ればわかるわよ」

 抵抗空しく無理やり引っ張り出されたが、確かにあの不快感はそんなに覚えなくなっていた。

「いなくなったの?」

「違うわ。さっきと何ら変わっていないわ。変わったのは貴女の方よ」

 そう言うと朱水は私の胸を指差す。

「よく見なさい。貴女を覆っているものを」

 よく見るって……アレ?

「何か……薄く光っている」

 何だろう。あ、でも何か見覚えがある気が……これは、そう、あの時の、

「っあ」


 痛い……痛い……。おかしい、頭が痛い。目の奥から骨が割れそうだった。コレを思い出そうとすると頭が割れる仕組みにでもなっているみたいだった。

 そうだ……コレがあるから私は……なんだ……これこそ私と朱水を……繋げるモノ……


「有、有! ちょっと、大丈夫? 体が思い出そうとするのを許容しないなら無理しなくて良いのよ。とにかく貴女はもう大丈夫、それだけ理解して」

「ぃ痛ぁ。うん、もう大丈夫……。あっはぁ……はぁ……」

 まだ頭がズキズキいっている。でもなんとか持ち直せたようだ。目に映った世界は通常営業していた。

「ふぅ。何なんだろうね。もう大丈夫だよ、朱水」

「本当に大丈夫? 辛かったらもう少し休んでもいいのよ?」

 頬が両手で挟まれる。その指の冷たさにふわりとした感覚は吹き飛んでくれた。

「あはは、朱水の膝枕は魅力的だけど、本当に大丈夫だから」

「そう、ならこれを持って」

 そう言うとさっき私が創ったナイフを手渡してくれた。

「相手がどういう行動をとるかわからないから、私より前に出ないようにしてください」

「わかった。前に出る勇気は元々無いから安心して」

 そうして私達は暗闇の中をナニカがいる神社へと向かった。


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