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第五話 貴女と私 / 2


 人の声や獣の鳴き声も聞こえぬ静かな夜道には俺しかいなかった。

 いや、無音ではないな。電灯から静かに漏れる煩いノイズが俺の耳をさする。

 俺は暗闇とは言えない闇を一歩一歩ゆっくりと歩む。それがどうやら俺の頭を悦ばすようで、地に靴底が触れる度に俺の心臓は小さく跳ねる。

 歩く度に闇の影が遊ぶ。俺が足を地から離そうとする度に闇の中にある影から赤子のような手が伸びてくる。


 そして俺の足を掴んで止めようと喚く。俺はその喚き声が、腕の千切れる激痛に苦しむ叫び声に代わるのが楽しく一人夜道を陽気に歩いているのだ。


 無いはずの音が聞こえる。いや、無いわけではなく、気付こうとしていなかった音に気付けただけだ。嗚呼、俺は何て愚かなのだろう。


 こんなにも気持ちのいい音があるなど知らずに生きていたなんて。


 だが、無音の夜道である。






「よお」

 目的の地には既に先客がいた。

「先輩……」

 菅江由音、俺の後輩と言うべき人物が墓石の前に膝をついて何かを祈るように屈んでいた。

「お前もか。まあ今日じゃないと意味がないからな」

「そうっすね」

 由音はこいつらしくない曖昧な表情で答える。それも仕方ないことなのだろうが。


 由音は墓石の敷地内に立てた小さな蝋燭に明かりを灯していた。俺の持ってきていた魔法具とは違って暖かな炎で身を溶かすそれは、深夜の墓場にあっても人の心を落ち着かせてくれているようだ。


「ちゃんと引き取って貰わなきゃいけませんもん」

 由音は自分が持ってきた木札をその墓石の前に静かに並べ、そこに書かれている文字をちゃんと識別できるように蝋燭を近づけてその文字達を朗読し始めた。




「……今年は多かったっすね」

 全ての文字を読み終わった由音は最後に蝋燭の炎に息を吹きかけてかき消した。


 その儀式は死者の導きだ。殺した魔の魂をこの墓石に眠る者に引き取って貰うという、何とも御都合の良い儀式である。木札に書かれた名を呼ぶ事で魂を呼び出し、墓に一緒に眠って貰うという物だ。呼び出した木札を燃やすと依代を失った魂は墓の中に眠る物に引き込まれる。


「仕方ない。それだけ殺さなければならない輩がいたと言うだけだ」

「……そうっすね」


 危険因子とされた者は絶対の言葉の下に排除しなくてはならない。逃がしてはいけないのだ。尤も危険因子は人間と魔の双方にとって不利益な物となるため魔も協力的になる事があるため、排除自体は楽な場合がある。

 しかし俺達が殺す者は危険因子だけではない。人間が生活する上での敵となる存在、削強班に仇なす者、危険と判断した第一、それ以外にも多様な理由で命を奪ってきた。その全てが罪に問われる事が無いのだというのだから自分の事ながら驚きだ。


 俺も由音に続き引き継ぎの儀式を行う。その間、由音は静かに俺の様を眺めていた。


「終わったな」

「はい。お疲れ様っす」

 二人は目の前に積もっている燃えがらをそれぞれの思いで見つめる。


 その時、由音が不思議なことを訊いてきた。

「先輩は人間をどう思っていますか?」

「魔でなく、人間か?」

「そうっす」

 由音は恐らく俺の本性での答えを求めているのであろう。周りに人の気配が無いか気にしながら小さな声で訊いた。

「人間は……おかしな物を作る」

「それ、私達のことっすか?」

 由音の口から笑うように息が漏れた。自嘲の音を含んだその声は寂しく闇へと消えていった。

「そうだ。お前然り俺然り、そして決して完成されていない物を、な」

 そうだ、俺達は完成品ではない。

「……自分は先輩を補えられているっすか?」

「ああ、助かってる」

「そうっすか……何か嬉しいっす」

 由音は頬を掻いて恥じらうように小さく返す。


「由音、俺はお前の御蔭で人の心でいられる」

「はい」

「だから……死ぬな」

 あまりに利己的な意見だろう。だが俺はどうしてもこれを言わなくてはいけなかった。

「やはり最近は死に急いでいるように映ったっすか?」

「ああ」

 尼土有の警護に就いた初日に由音は敵と呼べるかは定かではないが恐らく尼土有を狙っていたであろう者との争いがあり、生き残った。その間、例え近くにいたとしても手を出すにはいかず、己が仕事をするしかなかった。


 何とやるせない気持ちだったことか。半身ともいえる存在の綱渡りを近くで監視することすら許されないのだ。


「少しで良い、自制心を持ってくれ」

「その言葉、先輩に言われたくはないっすね」

 由音はおちゃらけたように言う。

「それはそうだな」

 その態度に俺の口からも知らずと安堵の声が漏れる。


 何に対する安堵かは考えたくはないが。


「さ、もう行きましょうよ。こんな夜中に男女が二人きりって言うのは何かと誤解を招きやすいシチュエーションですし……ってあ痛っ」

 アホらしいことをほざく頭に拳骨を一発振り下ろした後、燃えがらを拾い集めて墓石の文字を灰でなぞる。

「お前は自分の墓場の前くらいは真面目になれないのか?」

「へへ、御免なさいです」




 その墓石には菅江由音と矢岩玄の戒名が掘られていた。




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