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第四話 イキトシイケルモノ / 7



「神は生きなくて良い……」

 寮での夕食中にテレビをじっと見ていた加々美はそう呟いた。

「急に何よ」

 加々美は、目はテレビの画面に釘付けのままだが、甘い物は別腹と言わんばかりに大きなプリンを掬い続けていたスプーンを止めてその切っ先を私に勢いよく向けた。

「ちょっとぉ、少し飛んだわよ」

 スプーンにこびり付いていた黄色い欠片が私に飛んできたのである。

「ああ、悪い」

 少しも謝る気のない態度で謝罪の意を言う。

「いや、何さ。ちょっと思い出してね」

「思い出したって、その神はなんたらかんたらって奴?」

「そう」

 『神は死んだ』なら分かるがこいつがそんな哲学チックなことを話題にするわけがない。

「神は生きる必要はない。何故なら神はその名が全てであり、その名だけが存在である、だったっけな」

「何の話よ」

「いやね、前に読んだネットの記事というか論文のような物に書いてあったんだよ」

 ああ、そういう事ね。恐らく今テレビで流れている映画に出てきている狂信的な信者であるヒロインを見てそのフレーズを思い出したってところだろう。

「それが意外なところにあったもんでさ、勝手に覚えていたみたい」

「何所よ?」

「聞いて驚け。何と魔法院だ」

 ……それは本当に驚いた。あの魔法院が神をそのように表現するような事を許すなんてにわかには信じられない。

「いや、確かだぞ。間違いなくあれは魔法院のページにあった。魔法院がネットなんぞに手を染めているとはいとをかしと思ってずっと覗いていた時期があってね、意外だったから印象深かったようだ」

 日本語を披露できる相手が私くらいしかいないのだろう、中学生レベルの古語知識を晒したようなことを言う加々美は部屋の隅に置いてある私のパソコンの電源を勝手に入れた。

「相変わらず新品同様だな」

「まあね。私はパソコンなんて興味ないからね」

「そのわりにはトンデモスペックな代物をお持ちで」

「それ、学校がくれた物よ」

 あらら、どうやら私の言葉は加々美の耳奥の何処かを刺激してしまったようだ。スイッチが入った加々美はいつもの「これだから優等生は」とほどほどに長く続く愚痴をこぼし始めてしまった。ま、今回は手だけはパソコンを弄っているので私は適当に相槌打っているだけで良いので楽でいい。

「おっとこれだ」

 どうやら目的の所へ辿り着いたらしく、愚痴をこぼすのを止める。

 そこには確かに加々美が言ったような内容の文章が掲載されていた。

「これ、誰の論文よ?」

「う〜ん、名前は書いてないな。でも院のページ内に掲載されているって事は少なくとも院生の物じゃないね」

 確かにそうだ。院生の論文を魔法院が公開するわけがない。そんなことしてみろ、例えそれが上質の物でも世界中の魔法使いが穴を捜し始める。そんなリスクをあのプライドの塊である院が進んで負うわけ無い。

「これは……」

 何かを見つけたらしく、加々美は手を止めた。画面のポインタは一点に止まり、その形容はポインタがリンクボタンの上に居ることを表していた。私はネットには疎いのだがそれくらいは分かる。しかしその部分には何もなく背景と同じ色であった。

「あ〜、飛んで良いか?」

「何よ急に了承なんて求めて」

 さっきは勝手にパソコンの電源入れたのにさ。

「いや、一応お前のパソコンだからね。もし変なページに飛んでしまったら、勝手にやった場合凄く責められると思ったんでね」

 はいはい。あんたはそう言うところだけはちゃっかりしてるわね。

「じゃ、押すぞ」

 何故かそう大層なことでもないのにゴクリと喉を鳴らす。

「……ああン?」

 加々美は何所ぞの不良ヨロシク、決して嫁入り前の女性が上げて良いような物では無い声を漏らした。いくら私しか居ないからって流石にそれは駄目でしょ加々美さんよ。

「何だこれ」

 そこには一色だけと言うシンプルな背景に小さな文字が打ち込まれていた。

「何々、『私は生きるのが嫌いである。これは生きるという行為が嫌いなのではない』……だとさ」

「いや、こっち見られても」

 加々美は言葉の最後の方で私の方へ首を振り向かせ、私の意見を求めるように語尾のイントネーションを上げた。

「『生きること自体に対する嫌悪感ではなく、自分が生きていることに嫌気がするのである』」

 ページ内に書かれている短い文章をゆっくりと読み上げる。

「『生物として間違っていることは分かる。しかしそれでも自分が生きることを正当化する寛容さを私は持ち合わしておらず、また、未来永劫得ることはないであろう。生を実感する毎にこみ上げてくる吐き気を我慢する度に私はそれを確信する』」

 そんな内容の文章が暗い背景に何のデザイン性もなく、淡々と白い文字で並べられている。

「『いつから私はこのようなことを考えるようになってしまったのか。いつから私はこのような人間となってしまったのか』だって」

 そこで文章は終えていた。本当に短い文章であった。先程の神云々(うんぬん)の文章の数十分の一の長さくらいしかなかった。

「まあ何というか『痛い』わね」

 パッと頭に浮かんだ言葉は『痛い』だ。

 こんな文章をインターネットに、しかも魔法権威の象徴である魔法院のページに載っけるとは、頭が残念なのかも知れないとしか思えない行為である。

「こいつは何がしたいんだろうな」

「さあねぇ」

 こんな到底知り合いにもなりたくないような雰囲気を醸し出す文を書く人間の考えることなど、私達のような一般人には理解し得ない物と決まっているものだ。

「でも一つ分かることは、この人は一種のナルシストなのかも知れないって事だわね」

「何でそうなる」

 私の意見に加々美は頭上に疑問符が浮いているような反応をする。

「さっきのページで神は生きている必要はないって言っていたでしょ。それとこの文章を繋げればこの人の考えていることが分かるわよ。この文章だけだと何か過去に辛い事があって死を望んでいるのかと推測してしまうけど、ひとつ前のページがあるとそうなるわね」

「へぇ、流石変人だ。変人同士理解し合えるって分けね」

 この子は何をおっしゃるのか。少なくともお前には言われたくはないわい。その周りの人間が避けるような変人に声をかけてきたお前にはね。

「恐らくこの人は自分を神聖視しているのよ。それが無意識かどうかは分からないけどね。だから自分が生きていることを実感する度に嘔吐感が沸き上げてくるんでしょうね」

 神は生きてはならない、ってね。

「それまた難儀な」

 難儀ねぇ。本人も自覚しているようだし何とも可哀想な人だこと。

「それにしてもこの人は誰なのかしらね。かなり気になるのだけれど」

「ここにも名前は書かれていないしね。でも間違っても直接院に尋ねちゃ駄目だゾ」

「分かっているわよ」

 当たり前だ。こちらから院に自分の存在を知らせるなどという愚行は例え血迷ったとしてもしでかす気にはなれないわ。あいつらは例え人生の敗者な落ちぶれ魔法使いでもきっかりマークするような奴らだからね。ま、そのおかげであれ程の知の群雄達の宝箱へと成長できたのだから褒めるべき習性なのかしらね。

「お、そろそろ消灯時間ね。んじゃウチは部屋に戻るわ」

 消灯時間三十分前を知らせる小さなベルを聞き取った加々美は、朗らかな笑顔を咲かせながら部屋を出て行った。人の気分をもやもやさせておいて何とも腹が立つ顔をするのだろうか。

「院にも面白い人間がいるにはいるのね」

 私はまた要らぬ興味を持ってしまったようだ。そしてまた死へと続く階段を登ってしまうことになるのだろうか。

「駄目ね〜。私ってほんと魔法使いには向いてない性格みたい」

 でも、だからといってこの刺激的な世界から離れる気なんて微塵も湧かない。


 そう、この世界こそ私の泳ぐ水なのだ。


「魔法院の変人、興味あるわぁ」

 ああ、つくづく死に急ぐ自分に呆れるわ。でもだからこそ私は生きているのかしら。

「あらやだ、まるで反対じゃない」


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