第四話 イキトシイケルモノ / 2
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ソイツはクラスではいつも独りだった。その容姿がそうさせるのか、誰もソイツに話しかけるようなことはしなかった。
右肩にかかる巻き髪を指でくるくると弄くりながらいつもすまし顔でいるソイツはそんな状況でも涼しそうに教室のど真ん中に座っていた。鋭い雰囲気を持っている割にはたれ目気味であり、声が不思議と通るので音読をさせられる時ひたすら目立っていた。
高海鏡、何処かで聞いた名だと思ったら意外なところでその名前を見つけた。
同じ地域出身の魔法使いの卵だったって事。それだけでウチはソイツに話しかけるチャンスを得た。いや、チャンスだという言葉は間違っているのかも知れないが。
「心臓透視能? 何よそれ?」
ソイツは安っぽいパンをその小さな口でちょびちょびと食みながらもウチの話はちゃんと聞いていたようだ。わざわざウチの顔の目の前まで自分の顔を持ってきて訊いてくる。こいつ、狙ってるのか天然なのか……。
「そのまんまよ。心臓の形を透視できるの」
「気持ち悪いわねぇ。そんな話を食事中にするんじゃないわよ」
聞いてきたのはそっちだろうよ。
鏡はその綺麗な目を少しも逸らさずにウチの目を覗き込んでくる。そんなコトするからウチはお前と目が合わせられないんだよ。
「でも結構便利な物よ。心臓ってね、わりと個人特定に使える物なのよ。だから容姿を変えても簡単に見分けられるってわけ」
まあ今まで生きてきてそんな事に使えた例など無いのだけれども。
「ふ〜ん」
「自分から話ふってきたのにその態度は何だよ」
ウチは手に持った箸を置いて、鏡の頬を思い切り抓って横に伸ばした。何とも柔らかい物である。
「なによぉ〜。いひゃいやないのぉ〜」
くそ、可愛いじゃないか。
目に涙を浮かべながらもウチを睨むその瞳は綺麗であり、ウチの心臓を大きく拍動させるにたる魅力的な光景であった。
「……まぁウチが誇れる異能はこれくらいかな。正直なところ親はウチ何ぞが唯一の子孫であることに嘆いてると思うぞ。だからウチは親の目から離れることが出来るここに入ったってわけ」
周りの目が辛かった。いつでも他の家系と比較して、ウチを娘として扱うことはなかった。
「大変ねぇ。ま、そんな奴はごまんといるわよ。気にするだけ無駄って事よ」
ははっ……鏡はウチの今までの人生全てをそんな言葉で片付けろとほざいた。無理に決まっているだろうに。
「で、お前は何かあるのか?」
「無いわよ。そんなの要らないし」
……こいつは本当に面白い奴だな。
「だがやはり他者に誇れる物が無いとこの世界では肩身が狭いだろ」
「無駄無駄。どうせ上には上がいるんだもの、そんなの気にしてる時点で人生の分かれ道を照らしてくれているお天道様を隠してしまうってもんよ。自分で出来ることをする、これが一番ね」
鏡は昼食用のパンを食べ終えて手持ち無沙汰となったのか、何故か未だ食事を続けてるウチの髪の毛を弄くり始めた。そう言えばこいつはよく他人に触る癖があるようだ。 講義中も横に座っているウチのスカートの端をよく弄くっていたりする。
「いい考え方なのかも知れんがウチは賛同できかねないね。次の瞬間には死んでいるかも知れないようなこの世界、やはり秀でた者の方が仲間という壁を作り易いだろうに」
「あ〜、私群れる人間が好きじゃないのよ」
鏡は嬌態に瞼を閉じる。その容姿があればそこらの男を利用し放題だろうに。いや、それを確信しての発言なのだろうか。
こいつは自分こそを一番理解しているんだと思う。たまに男と話す現場を目撃しているが、何とも気持ち悪いほどに媚びを売っていやがった。
そりゃ、ウチ以外の女友達がいないわけだ。あれを見てこいつと友達になろうと考えるような人間はまともじゃないね。ま、そのまともでないのが自分であるのだがな。
「鏡、それ少しくれよ」
鏡の机にはまだ開封していない小さなパンがある。ウチはそれをゆっくりと自分の机に箸で引きずってこようとしたがあっさりと鏡の手がそれを止めた。
で、こいつはこう言うんだろうな……
「いやよ、何で女に貸しつくんなきゃいけないのよ」
ってね。扱いにくい同性に貸しを作った所で利益が望まれないと言う考えとのこと。はぁ、何でウチはこいつが気に入ってしまったんだろうな……。