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第三話 水鏡 / 7〜中話(4)



 暗闇の中で一つの小さなキャンドルが灯っている。それはこの大きな部屋に対してあまりにも小さく、ほんの一部しか照らさないほどのわずかな灯りである。しかしその灯によって手元の本を照らされている私には十分な明りだった。他に注視する物も無いちっぽけな世界、それが私には心地よかった。


 古くから人間は闇を恐れて火を(もっ)て闇を追い払ってきたが、昔の魔は闇を好み闇に潜んだ。彼等にとって闇は命を守ってくれる母の様な存在であったのだ。人間達はその闇に潜む獣や彼等の様な不可解な存在を恐れて、その隠れ蓑である闇自体を恐れていたのだった。現代の魔は大方人間と同じ発想で闇を恐れるが、古の血が残る私は闇を好んでいた。流石に私でも真っ暗闇は苦手であるが。


 もう一つ、魔が闇を好む理由として有力な説がある。闇をもたらす夜は人間が休むからである。獲物が寝ている事程、狩る者にとって好都合となる状況は無いのだ。



「朱水様、お茶をお持ちしました」

 ノックの音はせず、扉が開かれ廊下の明かりが室内に零れた。

「そう、有り難う」

 私は読んでいた本をベッドに伏せて、槐を迎え入れる。

 槐は一礼してベッドの脇の小机に緑茶の入った湯飲みを静かに置く。私はその動きをぼうっと見続けていた。毎夜毎夜同じ事が繰り返されているため、槐の次の動きが自然と分かってしまう。ほら、ベッドの横の皺を伸ばしながらこちらに微笑む、いつも通りだ。

「他に御用は?」

 いつもの質問に、

「無いわ。有り難う」

いつも通りの答えを返す。

 再び一礼して槐は扉の方へと歩む。

「待って」

 しかし今夜私は『毎夜』には無い事を起こす。

 槐は驚いたのか、少しだけ体を硬直させた後振り返った。

「はい、何でしょう」

 槐はいつもの笑みを見せる。

 その笑みは有とは違う。有の綺麗な笑顔は私を中から暖める。槐のそれは私に暖かみを外から送ってくる。中と外、同じ結果でも大分違う物なのね。

「こっちに来て」

 槐はクスリと笑ったが無言でベッドに投げ出された私の足の横に座る。

「無礼かしら?」

「気にしてないくせに」

 槐は私の頬を軽く撫でる。これは彼女の愛情表現。


   それはあの人の愛情表現


「朱水?」

 槐は無言でいる私を不思議に思ったのか、私の肩を軽く揺すった。

「眠いの?」

「違うわよ。ただ惚けていただけ」

 彼女は組んでいた私の両手を解き、自分の手と繋げた。

「そう」

 私達はお互いに目を(つむ)る。ただそれだけ、ただそれだけでいい。

「今日は賑やかだったわね」

「そうね。朱水も随分楽しそうだった」

 槐も楽しそうに自分の妹達や有のことを話す。

「尼土様は他人をよく見ていられる方ですね。遊んでいる最中も全員の顔を見ていて、それでいて顔色をうかがうと言うよりは自らが中心であるようにも動く。なかなかいないタイプです」

「そうね。でも今一歩退いているのは過去の他者との触れ合いが乏しいからかしら」

 目を開くと目の前に槐の透き通るような瞳があった。その瞳に私は映り込んでいた。

「でも朱水はああ言う子が好みなのでしょう?」

 槐は絡める指を組み替えながらそう笑う。

「分からないわよ。だって有は初めての愛しい人だから」

「アイシス様は違うの?」

「アイシスは大事、有は大切、有だけは特別よ」

「べた惚れなのね」

 その時、槐は急に指を解き扉へと顔を向けた。

「何?」

「椒が危険を知らせてくれたの。でもまだ不確定ですって」

「やっぱり枳がいないと不便ね。貴女だけにしか繋がらないなんて」

 その言葉に不快感を得たのか、槐は「こらぁ」と私の頭を小突いた。

「あの子がいなくて『寂しい』でしょう? 今みたいな無機質な言い方は二度としちゃダメよ」

「そうね、浅はかな言葉だったわ」

 その言葉に納得した槐は再び私の手を取った。

「で、本当は何のようだったの?」

「…………菅江由音のこと、どう思う?」

 槐は暫し目を瞑ると朗らかに言う。

「あの子は安全よ。あの子だけは、ね」

「そう。なら双犬はやはり危険なのね」

「あの子と比べたらの話ですけどね。でも他の削強班の(やから)や 魔法使いに比べたら滅法増しよ」

「私では相手の態度からでしか敵意を感じられないから助かるわ」


 鬼神城である槐達は人の敵意を何もせずとも感じ取れる。これは門番に最も適した能力と言えよう。よってこの館に害をもたらすような存在は、監視の目を抜けて入ることは出来ないのである。

それにしても奇妙だ。あの双犬達は私の様な者こそ敵意を持って当たる筈なのに、それが薄いと言う。


「でも気を付けてね。あの子は尼土様の味方で、私達の味方では無いわよ」

「わかっているわ。でも有は私の味方でいるのだから結局同じ事よ」

 その言葉は槐の顔に苦笑を浮かばせた。

「そう。なら私はもう行くわよ。あ、さっき椒が安全だったって言っていたわ」

 槐は私の頭を軽く撫でると部屋を出て行った。


   その姿はまるであの人


 分かっている。求めても意味の無い物だと、得られても偽物だと言うことを。

 槐が『槐』であるのは私が求めたから。最初の鬼神城があの姿であったのは私の意志の所為である。

 小さな灯りに照らされる槐の顔は時々鏡に映った私に見える。


   当然だ。私が(ほっ)したのだから。


「有が(うらや)ましいわ」

 過去を引きずる私と、過去を見向きもしないあの子、その違いが二人の間を支えている。

「私って気持ち悪いわね」

 自分が犯したことで私は有と強い繋がりを持っている。それを喜んでしまっている私は『気持ち悪い』モノである。その繋がりが絆であると勝手に書き換えながら喜んでいるのだから。

「正常でないわ」

 壊れているのかも知れない。色々なモノを壊してきた私だ。いつの間にか自分自身を壊していてもおかしくない。

「いえ、可笑しいわ」

 笑えてくる。ただ笑いがこみ上げてくる。何かを無視するかのようにただ一つの感情だけが浮かび上がってきていた。

 笑わぬように必死に口を押さえる。誰もいないはずの部屋で誰かから顔を隠すように俯く。


   零れた雫が作り出した跡を見る度、笑いがこみ上げてきた。




     壊れている

     壊したのは私

     壊されたのも私





Sepia


「では、よろしく頼むよ」

 就任式とやらが無事に終わると自分に与えられた住処へと自然に足が動いた。

「これで良かったのよ」

 自分に言い聞かせる様に呟く。

 廊下では数人の男女が立ち話をしていた。その幾人かは私を見ると軽く手を振ってきた。


 見知らぬ人間がいっぱいいる。今までと違うのはその人間達が絶望の表情を浮かべていなかったり、壊れていなかったりと言う点だ。


 私はそれを無視して部屋へと歩む。別に集団が恐い訳じゃない。恐くなんて無い。


「よう、元気か」

 与えられた部屋の前にあの時の男が立っていた。私の首に剣を向けた男だ。いや、向けてくれた、の方が正しい表現かな。

「割と」

「そうか。良いことだ」

 それだけ言うと男は廊下の奥へと行ってしまった。それだけのためにここに立っていたのだろうか。だとしたら何とも暇な人間だ。

 ふと気になって既に遠い男に目をやると、遠目でも綺麗だと分かる女性に半ば抱きつかれるかのような姿勢で止められていた。

「何だ。あの人も同じなんだ」

 失望したわけではない。男はああ言うイキモノなんだ。そう、いつものことを思い出さされただけ。

「人間も化け物も同じ。男は汚いモノ、ただそれだけ」

 私はわざと大きな音を立てて自分の部屋へと入った。

「欲望を満たすだけに生きている、汚い生物だ」

 背中が(うず)く。痛みはまるで考えをやめるよう自分の存在を訴える。

「初めて痛みに感謝したや」

 私は自分が今口から溢した言葉の意味が分からないまま、痛みを忘れるためにベッドへと身を投げ出した。


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