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第三話 水鏡 / 3



 廊下に出ると丁度有が見知らぬ男子と話している最中であった。

「あ、朱水」

 バイバイと小気味よい別れをした後私に気付いた。

「誰?」

「同じクラスの子だよ。それより、何か用?」

「やっとあの三人との約束が終わったのだから、今日から又一緒に帰れるわよ」

「え、ホント? ちょっと待ってて。鞄取ってくる」

 有は嬉しそうな顔をして急いで教室の中に入った。本当にわかりやすいんだから。

 最近私は有と帰ることが出来なかった。魔狩り者の所為である。あの三人が先に屋敷に来ているというのは正直な話余り良い気がしない。何故ならあの三人は結局のところ敵であり、例え協力関係にあったとしても油断するわけにはいかないからだ。

 特にあの矢岩玄という男は異質である。あの様な人間は過去に一度も出会ったことがない。

「お待たせ」

 有は考え事をしていた私の目の前に立ち、エヘヘと照れたような微笑みを私に向けた。何とも癒される笑顔である。

「あ、そうだ朱水、明日からの三連休って予定ある?」

 携帯電話のカレンダーを確認していた。なんだかウキウキしていて心ここにあらずの様だった。

「特には無かったと思うけど。それがどうかしたのかしら?」

 有は私の手を取り、目を爛々と輝かせた。

「ならさ、何処かに行かない? 近場でも構わないからさ」

 三連休なんだから遊ばなきゃ損だよ、と他の生徒が振り返る程に興奮している。私といる事がこんなに彼女を喜ばせる事となるなんて本当に嬉しい限りだ。思わず抱きしめたくなったが公衆の面前だった事を辛うじて思い出せ、体を理性で縛る事が出来た。

「そうね、それも良いかもね」

 心の中では私もスキップしたい程にうずうずとしているがここはいつも周りから求められている私でいよう。

「やったぁー。何所行こうか?」

「余り人気の無い所が良いわ」

 遊園地などは正直吐き気がする。一度だけ家族で行った際に自分には向いてないのだと直ぐにわかった。私は人混みの隙間を擦り抜けるという行為がどうにも気分悪く思えてしまう。何時の間にそうなってしまったかは覚えていないのだが。

「そうなのね。あ、だったらちょっと遠出だけどあの大きな湖に行かない?」

 ピクニックだよピクニック、そう言う有は楽しそうだった。今から直ぐに出かけようと言わんばかりの勢いであった。

「そうね。あそこは人間がそんなに集まる場所ではないし良いわね」

「うんうん、決定だね。なら明日何処かで待ち合わせしようよ?」

「……そうだわ」

 楽しそうにしている有を見ていると私の頭に素晴らしい考えが浮かんだ。恐らくはしゃぎ方が梓の様だった所為だろう。

「ねえ、折角三連休なのだから、私の屋敷に泊まりなさいよ。それで二日目にあの子達と一緒に湖へピクニックしに行きましょうよ」

 梓が喜ぶ顔が浮かぶわね。いえ、一番喜ぶのは椒の方ね。

「え、朱水の家に泊まって良いの? うん、そうしたいそうしたい」

 有は又目を輝かせてうんうんと首を縦に振る。

「なら明日の昼頃に来なさいな。あ、昼食は食べずに来るのよ」

「あ〜、椒ちゃん?」

 今日の椒お手製のお弁当を思い出したのか、有は心なしか暗くなった。

「まあ、今日みたいのはもう無いと思うわ」

 今日の有のお弁当は途轍もなく妙なものであった。

 恐らく隣で梧が私の分の昼食としてサンドイッチを作っていたのに感化されたのだろう、サンドイッチのパンの間に炒飯を挟んだという何とも奇妙な料理がランチボックスに綺麗に整列していた。それを恐る恐る口にした有は「マーガリンまで丁寧に塗ってある」と涙目になりながらも決して残すことはなかった。

「あれはあれで、不味いって訳ではなかったんだけどね。ただ、何というか奇天烈な組み合わせってだけでその……フィルターが働いてしまうって言うか……」

 有は慌てふためきながら弁解の言葉を並べるが、私に言ったところでどうにかなる物でもない。

「そうだわ、有、貴女は料理できるの?」

「うん、まあまあ。叔母さんはよく夜にいないことがあるからその時は自分で作ってる」

 何とも頼れる言葉であった。これは良い機会だ。

「なら、椒の料理の先生をしてあげてくれないかしら?」

「え、教えられるほど上手いって訳じゃないんだけど。それに先生なら梧さんがいるじゃん」

「梧にそう言ったことがあるのだけど『椒が望まない』と言って嫌がるのよね。けど有なら大丈夫よ。頼まれてくれない?」

 有は少し悩みながらも承諾してくれた。恐らくもっと椒と仲良くなれると考えているのだろう。他の者なら嫌な気が私の心を曇らせるだろうが、あの子達と有が仲良くなる事はむしろ私も大賛成だ。

「あ、でも朱水の家で出るような料理は無理だからね。あくまでその場凌ぎの物しか作れないよ」

「構わないわよ。それに貴女なら椒も喜ぶでしょうに」

 二人の仲が急激に親密になっているのは火を見るより明らかだ。以前では椒は有に目線を向けようともしなかったが、最近では有が背を向けるとその後ろ姿をただただ見つめ続けているということがざらにある。そしてその後必ず私と目があって頬を赤らめ(うつむ)くのだ。

「……あれ?」

 有が急に立ち止まったので、私もそれに釣られ立ち止まる。

「どうしたの?」

 有は前方を見て呟く。

「アイシス……だよね?」

 有が指さす方向には異国の白髪少女が立っていた。


▽▽▽▽▽


「アイシス、どうしたのかしら? この前来たばかりじゃない」

 朱水はアイシスの来日を事前に知らなかったみたいだ。朱水の問いかけにアイシスはつまらなそうに答えた。不本意の行為らしい。

「魔法院が一時的に閉鎖されました」

「それは本当の事なの?」

「はい。有史初めての事です」

 朱水は驚きのあまり目を見開く。その驚き様ときたらまるで寝耳に水どころか寝耳にワサビ醤油柚胡椒和えみたいな感じだった。いや、耳の奥に入れた所で差が分かるかは知らないけど。

「それで原因は?」

「わかりません。巧妙に隠蔽されていて知ることが出来ませんでした」

 むぅ、なんだか二人はまたもや裏事情を知る者同士の会話をしている様である。私なんかが入りこんで良い内容ではなかった。

「そう…………貴女で駄目なら私の人脈を使っても無駄ね」

「ええ。折角の暇ですからまたここに来てしまったと言うことです」

 アイシスは私の方にも目を向け小さく手を振った。小さいながらも堂々とした風格は相変わらずでかっこよささえも持ち合わせていた。

「もうホテルは決めてあるのかしら?」

「いえ、計画性もなく来てしまったので」

 朱水はさり気なく私に目配せをしながらアイシスに提案する。

「なら私の屋敷に泊まりなさいな。丁度有も泊まりに来るのだし」

 朱水の提案にアイシスはコクコクと頷く。渡りに船と言ったところか。

「そうねぇ。有、泊まるのは今日からにしない?」

 朱水は折角アイシスが泊まるのだから私も今日泊まればいいと言う。

「お、いいねぇ。じゃあ一度帰って叔母さんにメモを残したら飛んでくるね」

「車には気を付けるのよ」

 冗談気に朱水は言った。お泊りと言う単語から遠足などの行事を思い出したのだろうか。

「子供じゃないんだから!」

 私は二人に手を振ってから走って家へ向かう。一秒の無駄さえも惜しい、そう強く感じて。




「ただいま〜」

 玄関を開けて目に付くのは脱ぎ捨てられた靴達の相変わらずの姿。叔母さんは本当に本当にこういう所はだらしないんだから。

「叔母さ〜ん、いる?」

 リビングの小さなテーブルには叔母さんの朝食の残りがほっぽらかしになっていた。せめてドレッシングが付いたお皿は水に浸けておいて欲しいもんさね。

「もう、だらしないなぁ」

 叔母さんは、仕事は出来ても家事一般は苦手って言うよくいる人間である。本当は直ぐにでも朱水の家に向かおうと思っていたのだが、流しに置きっぱなしの食器の山を見るとやっぱり気が引けてくる。それに『食器片付けておきました』って書いておけば急に外泊したことも大目に見てくれると思う……多分だけど。

「これで良いかな」

 取り敢えず周りを片付けてから二人の連絡用の小さなホワイトボードに友達の家に泊まることを書き込む。

「食器片付けといたから大目に見てください、っと」

 ただでさえ少女趣味なホワイトボードにはこれまた可愛らしいキャラクター物のマグネットがドーンと張られている。叔母さんはもうそれなりの歳なのにこういう可愛らしい物を衝動的に買ってくるから恥ずかしい。いやこの考えは失礼かな。

 ホワイトボードに用件を書き込んでから留守電の有無を確認して急いで自分の部屋に駆け上がり、お泊まりの支度をする。二泊はするのだからそれなりの準備はしなきゃね。

「行ってきま〜す」

 誰もいない家に向かって挨拶をし、ちゃんと鍵を掛けてからダッシュで朱水の家に向かう。

 空はただひたすら青く広がっていた。こうして体育の時間でもないのにただただ走るなんて久しぶりだなあ。

 そうして走っていると最近見慣れた後ろ姿が前方に見え始めた。

 その後ろ姿に走りながら近づくとその人は私の足音に気付いたのだろう、ゆっくりと振り返った。

「あ、やっぱ由音ちゃんか」

「おお、有君! ちぃ〜っす」

 相変わらず変わった挨拶をするその子は間違いなく削強班の菅江由音ちゃんであった。口からチラリとのぞく八重歯が輝かしくチャーミングである。ちっさい子の八重歯って何か好いよね。

「どうしたの? あ、朱水の家に用があるのかな?」

「う〜ん、まあ半分くらい正解っすね」

 由音ちゃんは私に指を向けた。

「残りの半分は有君に用があるっす」

「私に? 何かな?」

 だけど由音ちゃんは唸りながら何やら顔を難しくさせる。

「う〜、有君は今から何所行くんすか?」

 私が持っている結構大きな鞄を見て余所行きだと言う事を察したのだろう。

「何所って朱水の家だけど」

 由音ちゃんは「丁度いいっすね」と言って私の横に並ぶ。一緒に行こうって事なのだろう。以前同様に私の腕に体を絡みつけてきた。でもあの時の様に多少存在していた嫌気は今度は生まれなかった。もうお姉さんは由音ちゃん好きになっちゃったもんね。

「由音ちゃんは今日学校無かったの?」

 由音ちゃんは私服で歩いていた。彼女の明るいイメージとは逆に黒を基調とした落ち着いた服装である。そういや矢岩君も鏡さんも基本的に黒っぽい服ばっかり着ているな。そう言う決まりなのかな。

「う〜ん、まあそんな所っす」

 由音ちゃんは変な笑顔を作った。なんて分かりやすい顔だろう。

「あ〜、サボりだなぁ」

「まあ、仕事の方が大事っすから」

 由音ちゃんは恥ずかしそうに、今度は普通に笑った。

「あ、そうそう最近何か変わったことなかったっすか?」

「最近って言われても、由音ちゃんと最後に会ったのだって最近でしょ」

「まあそうなんすけどね」

 由音ちゃんは何か奥歯に物が挟まったように曖昧な話しをする。

 そうこうしている内に朱水の家に到着した。門の前にはずっとそうしていたのだろうか、椒ちゃんがつまらなそうな顔をしながら立っていた。

「お待ちしておりました」

 私の姿に気付いた椒ちゃんは一瞬だけ顔を綻ばせたけど直ぐに顔を膨らませてしまった。

「お迎えに来てくれたの? ありがとう」

「朱水様の命ですから……。それでそちらの方のご用件は?」

 椒ちゃんは丁寧なお辞儀をして由音ちゃんの用件を聞き出す。私の時の初対面とは随分態度か違うなぁ。

「一色さんに尼土さんについてお話があります」

 由音ちゃんも由音ちゃんでいつもとは違った凄く大人びた仕草でそれに応えた。

「……少々お待ち下さい」

 椒ちゃんは門の横に付いているインターホンに話しかける。

「お待たせいたしました。どうぞこちらに」

 椒ちゃんに導かれて私達は見慣れた応接室へと向かった。そこには朱水だけでなくアイシスも座っていて、扉から現れた私達をにこやかに迎えた。


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