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ファンタジー短編

衛士の疑念

「ふん、なかなかやるな」

衛士隊の隊長であるガーベンドはなるべく平静を装って剣を拾い上げた。

ガーベンド率いる衛士隊の前に数人の男女が立ちふさがっている。

風貌からして噂に聞く勇者一行だろう。


ガーベンドが仕えるコルエンド伯はここ最近特に評判が悪い。

いや、それは少し違うか。

コルエンド伯当主であるアグノスは、領民に過度な税を課すでも無く、何処かの商人と癒着するでもない。

しかし、1年前のある時期から館の一室に閉じこもるようになった。

どうじに、魔道技官を名乗る怪しげな人物が出入りするようになり、それに前後して領民の数が、徐々に減っていった。

気味悪がられている。

「もしや、魔物と繋がっているのでは?」

そんな疑問を、ガーベンド自身も拭えずにいた。


「おいおい、どうした?ぼーっとしちゃってよ~」

ガーベンドの剣を叩き落とした張本人が神経を逆なでするように声をかけてきた。

赤らんだ顔と微かに混ざる酒気が彼の普段の不節制を物語っている。

剣を構えながら、ガーベンドは考えていた。

なんでこんな男がいるのかと。

ガーベンドが唯一他人に誇れるのは、その剣の腕であった。

病的なまでに青白く、細い体だが、オーガにすら劣らぬ剛剣が彼の誇りである。

剣を得物に戦ってきたからこそ、分かる。

目の前の男は【本物】だ。

「名乗れ」

「へへ、ごろつきの親分に名乗っていいようなモンじゃねぇがね」

こちらの問いにいちいちむかつく返しをする男だ。

後ろで部下たちがいきり立つのが分かる。

「知ってっかい?オルファヌスってんだ」

部下の殺気が急に治まっていくのが分かる。

戦士を志す者なら、決して忘れない名前だ。

3年ほど前、突然戦場に現れたその男はありとあらゆる戦場を渡り歩き、《勝者》の称号を欲しいままにした。

だが、1年経ったころには、現れた時と同じように突然去ってしまった。


「ははは!おい聞いたかよ!」

部下たちが一斉に笑いだす。

それもそうか。信じれる訳もないだろう。

ただ、ガーベンドは違った。

多少怪しさは残るが、確かにその名を騙るだけの腕は備えている。

「俺はガーベンドだ。まだひよっこだったころ、貴様を遠目に見たことがある。」

「へぇ」

答えると同時にオルファヌスが動いた。

気怠げに、剣を握った腕をただ持ちあげたとしか形容できない動きだが、ガーベンドは受け止めるだけで精一杯であった。

重い。

そして何より、読めない、追いつけない。

振り上げた腕が、ありえないと思えるタイミングで軌道を変える。動きの最中に緩急が付く。

理屈は恐ろしいまでに簡単だ。

ただ俺の動きに合わせて関節を曲げ、勢いを殺せばいい。

ただ、普通はやろうと思ってうまくできるものではない。

大概は自身のペースを崩すか、仮にうまくいっても、腕に必要以上の負担をかけ、すぐに疲労する。


だが、目の前の男はすべてを完璧なタイミングで、最適な力で、そして絶え間なく続けてくる。

こちらが反撃に移る暇など、一分の隙も与えない。

むしろ、一撃毎に動きが磨かれていく。

「どうした?動きが鈍いぞ?」

返事をする余裕などあるか。

渾身の力で圧し返すも、全く気にする素振りも見せない。

(こいつ、俺の剣を!)

オーガやトロールの一撃さえ圧し返し、斬り裂いてきた斬撃がまるで通用しない。

幾度刃を交えたか……

ガーベンドは撃ち合いに違和感を覚えた。

「この感触は?」

思わず口にでた違和感はすぐに形になる。

刃が曲がった。

ほんの僅かにであるが、確かに曲がった!


「折れたか!このぉ!」

忌々しく思いながらも一縷の望みが出てきた。

オルファヌスの剣も歪んでいる。

どちらの剣が先に使い物にならなくなるか?

こればかりは実力もだが、運の要素も強くなる。

また、剣が歪んだことで一撃の威力が落ちている。

行ける。

タイミングさえ合わせることができれば!

伊達に隊長を名乗っている訳ではない。


意地だけで耐え続ける。

機会はすぐにやってきた。

オルファヌスの刀身が砕け飛んだ!

「もらったぁ!」

渾身の力で踏み込む。

「のぃわぉ」

奇声を発して、オルファヌスが仰向けに倒れた。

その反動で上がった脚が、ガーベンドを蹴り飛ばした。


痛みに呻きながらも立ちあがったガーベンドの前に、俺た刀身が落ちてきた。

その光景に、愕然とする。

刀身の落下地点は先ほどまで立っていた場所だ。

「まさか……」

信じたくは無いが……?

茫然と固まるガーベンドの前で、オルファヌスがそそくさと立ちあがった。

「ははは、負けちまった」

仲間に対してそう詫びているが、はたして偶然か?

ガーベンドの中に浮かんだ疑念はなかなか消えることは無かった。


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