表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

◆ 02 あなたはこれから女性になります

“女体化症候群――ディアーナ・シンドローム”という病気があることは二年前に知った。


 五〇歳になろうかという中年男性のわたしが、発熱と嘔吐を繰り返し、それまで八〇キロ以上あった体重が一気に半分近くになった。

 現代では珍しくなったといわれるモーレツサラリーマンだったわたしは、家族に請われて渋々病院へと向かい、そこで……。


「あなたはこれから女性になります」


 そう、医者に告げられた。


 “女体化症候群”は一種の遺伝子疾患らしい。

 難しいことはわたしには理解できないが、男性としての機能が働かなくなり、体が女性として作り替えられていくという。


 さらに、老化をつかさどる遺伝子も壊れてしまい、肉体が徐々に若返っていくというのだ。

 とても現実の話だとは思えなかった。


 若返りの方は投薬で進行を抑えることができると言われたが、すでに病気は一定以上進行してしまい「今から女性化を止めるのは無理」とのことだった。


 どうやら命を失うことはなさそうだったが、難問は山のように積み上げられていた。

 なにより問題だったのが、あまりにも珍しい病気ため健康保健の対象外だったことだ。

 多少の蓄えはあったが、一介のサラリーマンの稼ぎではとても治療費の捻出は無理だった。

 おまけに、病気の症状から考えて元の職場への復帰は絶望的だった。


 もっとも、その辺の問題はあっけなく解決した。

 とある海外の大手製薬会社が、実験に協力することを条件に莫大な報酬を支払ってくれることになったのだ。


 製薬会社の交渉担当者に提示された金額を見て、ぎょっとしたわたしだったが、

「一種の不老不死ですからね。お金持ちが資金を出してくれるんですよ」

 そう言われて腑に落ちた。


 わたしはある意味憧憬の対象なのだ、と。


 ともあれ、当座の生活には困らなくなった。

 ひと安心したわたしだったが、

 もちろんそれですべての問題が片付いたわけではなかった……。


    ◇    ◇    ◇


 きちんと着衣したわたしが、ダイニングキッチンで息子とふたりで食事の準備をしていると、やがて妻が帰宅した。

 ビジネス用には少し明るすぎるベージュのスーツだが、妻が着ると軽薄には見えず、ショートカットにした髪型とも相まってさっぱりとした印象を与えるのは不思議だった。

 これも明るく快活な妻の人柄のたまものだろうか?


 妻は黒のハイヒールを脱ぎ、「ただいまー」と言いつつ玄関からダイニングキッチンにやってきた。

「「お帰りなさーい」」

 と、わたしと息子が迎える。


 今やわたしの妻は、この家唯一の稼ぎ手である。

 妻は手付けとして払われた製薬会社からの生活資金を元手にビジネスを始めた。

 最初は近所の主婦を集めて、託児施設や総菜の販売などをスタートさせたのだが、順調に利益を増やし、いまや経済誌などでも取り上げられるカリスマ女性経営者になった。


 それまでも、コツコツとヘソクリしたお金で投資などをやっていたそうだが、一介の専業主婦という印象だったので、わたしは妻に秘められていた意外な才能に驚いた。


 ……今にして思えば、わたしが通っていた大学の三年後輩だった当時の彼女は、わたしよりよっぽど優秀だった。

 相思相愛だったとはいえ、卒業間近の彼女を妊娠させてしまい、家庭に押し込めていたことは、重大な社会的損失だったのかもしれない。


 しかし、妻はそんな風にわたしが言っても。


「あなたと結ばれて、息子を産めて。今の家庭を築けたのよ?」

 と、笑うだけだ。


 本当にわたしにはもったいない最高の女性だ。


 ただ、やたらとわたしに色々な服を着せたがったり、体を触りたがったりするので、ときどき恐くなることもあるけど。


 忙しい時間を割いて、彼女はときおりわたしと外出をする。

 食事をしたり映画を見たり、一緒に服や化粧品を買ったりする。

 サラリーマン時代のわたしには作ることができなかったふたりで過ごす時間だ。


 わたしの服を買うのには別の事情もあった。

 加齢治療とともに体型が変わったせいで、女性化したての時に買い込んだ服の大半が着れなくなってしまったのだ。そのため、衣類は新しく買い換えないといけなくなっていたのだ。

 それにしても、サイズの合わない下着というものがこんなにしんどいものだとは!

 男性だったころには想像もできなかった体験である。


 妻に言わせると、わたしには服の着せがい、化粧のさせがいがあるんだとかで、色々な店をさんざん連れ回された。

 他人の目があるとき、状況によってはわたしは彼女を「お母さん」と呼ぶことがある。

 この社会には見た目と整合性がとれる人間関係をアピールせざるを得ないこともあるのだ。


 意外にも彼女は積極的に“母親役”を楽しんでいた。

「ふたりめには女の子が欲しかったのよねぇ(笑)」

 とは彼女の言である。


 わたしと妻との関係は良好だ。

 情けないわたしを一方的に支えてくれる彼女の献身があってのことだけれども。

 妻は本当に聡明で、快活で……。

 なによりも愛情たっぷりの素晴らしい女性である。


―続く―


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ