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◆ 01 いつまでも裸でいるもんじゃない



緋衣草ひごろもそう

 サルビアの花の和名。花言葉は“家族愛”




「父さん! 何やってるの!」


 息子の声で「ハッ!」と我に返る。

 今、わたしは風呂から上がったまま体を拭くバスタオル一枚だけを羽織った状態で、冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出している。


 女体で。


「お、お父さんは昔から風呂上がりはこうだったじゃないか……」


 いかん。

 反論しているつもりだが、気圧されて声が出ない。

 こんな弱々しい声じゃ……。


「昔とは違うだろ!? 今の父さんは女なんだからそんな格好でうろうろするなよ!」


 ダイニングキッチンの入り口で固まっていた息子が、わたしの反論に対して声を荒げる。

 以前の体ならここで言い合いになったのだろうが、今のわたしには恐くて、とてもそんなことはできない。

 今のわたしの華奢な少女の肉体では、標準体型とはいえ一八歳の男性である息子に、体格的に抗いようがないのだ。


 わたしには「ひっ!」と悲鳴を絞り出し。

「ごめんなさい!」と謝るのが精一杯。


 これでも最近はようやく慣れて声が出るようになったのだ。

 以前はどうしても声が出せなくて、きちんと謝ったと認めてもらうまでさんざん息子に怒られていたのである。


 そんなわたしの態度がおかしかったのか、息子は「やれやれ」という苦笑を浮かべる。

 息子は大学から帰宅してきたところだ。

 Tシャツの上にシャツを羽織り、ジーンズをはいている。

 飾り気のない初夏の出で立ちだ。


 息子は肩にかけたカバンを降ろしながら、わたしのいるダイニングキッチンに入ってきた。

 わたしの小さな体が怖さで「ビクリ!」と反応してしまう。


 怒られる!?


 しかし、それは思い過ごしだった。

 息子は優しい声で……。


「ごめん……オレも怒鳴って悪かったよ」


 そう言ってポンポンとわたしの頭を叩いた。

 腰まで届くわたしの髪が、リズミカルに揺れる。


 これ以上怒られないという安心と、息子の優しい声を聴いたせいだろうか……。

 わたしは、つい「ふにゃー」と笑みを浮かべそうになる。


(いかんいかん! こんなことじゃまた息子に怒られちゃう!)


 わたしは一生懸命真面目な顔を取りつくろおうとするのだが、そのせいで、かえっておかしな表情になってしまったようだ。

 わたしの百面相を見た息子が、「ぷっ」と噴き出す。


 親バカなのかもしれないが、優しくて、良い笑顔だ。


 わたしもつられて一緒に笑ってしまう。

 ふたりで笑い続けた。


「くしゅん」


 と裸のわたしがくしゃみをするまで。

 …………

 ……

 うん。


 いつまでも裸でいるもんじゃないね。


―続く―


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