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円環のトワイライト  作者: potato_47
第一章 ホルン防衛戦
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7.戦いへの意志

 オーク襲撃の前日の真夜中。ホルンの街から装備で身を固めた一団が、闇を縫うように出発した。彼らは峡谷で宴を行うオーク達に奇襲を仕掛けることを目的に結成された部隊だ。

 宴を妨害すれば、襲撃が早まる恐れがあったために、出陣前の早朝を狙って奇襲を行い、出鼻を挫くの目的だ。

 参加するメンバーの中には、ルアとロッドの姿もあった。


「どうしてこんな危険な部隊に参加したんだ?」


 隣で身を潜めるロッドに言われて、ルアは肩を竦める。


「それは兄さんもでしょう」


「俺はいいんだよ、戦いたいだけだからな」


「それなら私もそういうことにしておいてください」


 ロッドはやれやれと溜め息をついた。ルアが危険を覚悟で戦いを早期決着できるかもしれない作戦に参加する本当の理由は、ホルンの街に住んでいる者なら誰でも気付いていた。彼は優しく、戦いにおいても他者を守ることに重きを置いている。そして、今回の戦いでは自身の故郷、そして何よりもリルが守りたいからだろう。


「分かった、もうこれ以上は何も言わんさ。いや、一つだけあったか」


「なんですか?」


「死ぬなよ」


「もちろんです」


 ゼナック兄弟は音を立てないように手の平を打ち合った。

 この奇襲が成功して、オークキングを討ち取ることができれば、希望的観測でしか無いが、街への襲撃自体が無くなるかもしれない。オーク達は統率する頭脳を持った個体が居なければ、ただの野蛮な集団に成り下がるからだ。


 奇襲部隊のリーダーが、後続にギルド式の合図を送った。右手を上げて手首を基点に回転させる。目的地に着いたというサインだ。


「各自配置に着け。オークの動きを見て攻撃開始の合図は送る。逸るなよ?」


「――了解ヤー


 ギルド式の応答で答えて、それぞれ作戦通りに散っていく。

 ルアは茂みに隠れて矢を番えた。緊張をほぐすために弦を引いて構えを取る。戦いは苦手であり嫌いでもあった。だが、誰かのためにならその力を振るうことを厭いはしない。そのせいで失われてしまう命があるのだから。以前のオークの襲撃で、家族を失うことでそれを思い知らされた。


 弓を引き絞る手から震えが無くなっていく。

 ルアは完全に平静へと戻り、木の幹を背もたれに一息ついた。





 奇襲部隊を見送った守備隊は、すぐさまトラップの設置に取り掛かった。戦いは拒否するアオリも、依頼に含まれる内容はすべて真面目に熟したおかげで、たったの二日で防壁の強化が完了したのだ。そのため、作戦の再確認を行う時間を変更して、より守りを固めることを選んだ。トラップの配置図は奇襲部隊に送られているため、殺傷系のものが多く設置されている。


 ギルドマスターのハリスは、魔法神算で仲間がトラップに誤って引っ掛かる確立を割り出して、ほぼゼロに近いことを確認すると、ギルド支部へと戻る。

 東の空を確認すると山陰が赤く染まり、既に日は昇ろうとしていた。ハリスは限られた時間で、オークが侵入してくるであろうポイントを回って、一つ一つ魔法神算で危険度を確かめていく。高ければトラップあるいは人員を配置していく。


「まさか左遷された先でこんなことになろうとは……いや、これで始末するつもりだったのか。やれやれギルドの未来を私にそこまで見られたくなかったのかな」


 ハリスが昇進するにつれやっかみが多くなっていった。立場が上になればなるほど、回ってくる情報は多くなる。情報が多ければハリスの魔法はより正確な未来を、より広い範囲で把握することができる。上層部が黒くなっているのは承知していたが、それは必要悪であると認識しており、上層部もハリスに秘密を知られながらも理解を示されていることに納得していたはずだ。


「何が原因だったか……」


 突如言い渡された転任。その指示を出した上司の顔は、何かに怯えているようだった。だが天下のギルド連盟幹部が怯える存在とは一体なんなのだろうか? たとえ大国の王に脅されてもビクともしないのが経済の要であり、世界を繋ぐギルド連盟なのだ。


「神か悪魔か……私は無意識に触れていたのかな? それとも、この地には私を必要とする何かがあるのだろうか」


 知ってはいけない情報を知ってしまったのなら殺すのが一番だ。死人に口無し。それこそが情報漏洩を防ぐ最大の手段。闇魔術師ネクロマンサーが魂を呼び寄せることが可能だが、死ぬ前に拷問にでも掛ければ魂は汚れ果て、精神は狂って情報は引き出せないだろう。洗脳を使っても同じだ。狂人はまともではないから狂人なのだ。


 今生きていることには意味があるはずだとハリスは思った。

 誰の思惑かは知らないが、自分はまだ死ぬべき人間ではないのだ。


「ならばせめて、オーク如きの襲撃……乗り越えてみせようか」


 ギルド連盟を脅かす程の存在が、生き延びさせているハリスを殺す筈が無い。ならば、今回の戦いは乗り越えられることが前提の戦いだ。


「――どうやら、神か悪魔が味方しているようですからね」





 ギルド支部二階の宿泊施設となっている。現在は住民の避難所となっており、その中にはアオリの姿もあった。彼は当初の予定通り戦うつもりは無かった。


 談話室となっている広いホールで、女と子どもが戦いに赴く男のために食料を用意しているのを、壁にもたれてぼんやりと見詰める。アオリ以外にも老人や怪我人の男が居るが、彼らは剣を研いだり女の手伝いをしていた。もしもオークがここまで攻め入ってきた場合、彼らが最終戦力だった。


 街の外へと非難した住民に付いていくという選択肢もあった。しかしアオリは最後まで防壁の強化に携わり、こうして逃げるにはオークとの鉢合わせの危険性がある時間になってしまっていた。


「まあオーク程度、単独なら突破可能でしょうけどね」


 どうでもいいという風に呟く。

 胸に抱いた青銅の杖の先端で水色宝石アクアダイトが輝いている。その杖は冒険者を志し、爵位は低いながらも貴族であった自分が、息苦しいかつての生活から脱却するために手に取った安物の杖だ。爵位を捨てて自らの力だけでギルドの依頼を達成して得た成功報酬で買ったのだ。


 長さは昔は妥当だったが今となっては長杖ワンドだったのが、短杖スタッフのようである。水色宝石も安物で、ずさんな加工のせいで魔素伝導率が低かった。それを流体操作の水令剣ウォータル・アーツで何日も掛けて磨き上げたのは、今となっては良い思い出かもしれない。


「はて、どうして私はこんなに感傷深くなっているのでしょうか」


 必死に生きようとするホルンの街の住民が眩しいからだろうか。

 それとも、彼らを見捨てる選択肢をなんの感慨も無く選べる自分に今更ながら嫌悪しているのだろうか。


 そうなると、どうしてそこまで嫌悪する存在に成り果てても戦わない自分が居るのだろう。

 アオリは自分が何かから逃げているのを思い出しかけて、すぐにその記憶に蓋をした。それを思い出せば戦えるかもしれないが、逆に魔法すら使えなくなってしまうような気もした。


 すぐ横を姿見を運ぶリルが通った。窓の近くに配置して外を確認するために使うのだろう。


「プライドばかり高くなったものです」


 横を通る一瞬で鏡に映る自分。心の底から嫌悪した貴族の姿がそこにはあった。





 サオはアオリと同じくホールに居た。隣にはそわそわと落ち着きの無いエンカが立っている。


「エンカちゃん、さっきから小動物チックに可愛い……じゃなくて、何かあったの?」


「え? あ、えっと……リベルが居ないんです」


「リベル……?」


「は、はい……あの、ワタシの幼馴染です。昨日からずっと姿見てなくって」


 雰囲気から察するにただの幼馴染ではなく、大切な人のようだ。

 サオは日が昇り始めた外を見て黙考する。果たしてここを出て探しに行けるだろうか。今朝は外を出歩いているだけで、エンカ共々怒られてしまい、なんだか申し訳なくって仕方なかった。


(いや、待てよ。僕は女装だけが取り柄じゃない)


 隠密行動スニーキングもまた得意分野だ。伝説の蛇や天誅な方々に匹敵する気配殺しは、共に行動する者にまで補正効果を与える。それはまるで馬鹿の近くに居ると引きずられて馬鹿になるようにだ。


 現代においては、気配を絶ったサオとその友人達を『見えざる者達(ダークゾーン)』と呼ばれたぐらいだ。主に友人に悪用されて女子更衣室の覗きなどに用いられていた。また羨望の眼差しを向ける(向けようにもたまに見えない)男達からは、『這い寄る変態(ニャルラトホテプ)』と呼ばれ、入手した写真はニャル様コレクションとして学校の暗部では高値で取引されていた。また、その恐るべき隠密スキルは麻雀においても発揮され、捨て牌を隠し、リーチ宣言すらも気付かせない。その恐るべき手腕から放たれるロンは、ニャル様に肖り『輝くトラペゾヘド・ロン』と呼ばれている。


 閑話休題。


 その能力も多少は当てにしているが、サオが最も信用しているのは、変態センサー(仮)だった。真夜中に近い時間にエンカに起こされた時、曇天空を見上げていると、周囲に純粋無垢なエンカが居ただけなのにビリビリと首筋に電気が走ったのだ。


 最初はエンカが実は百合属性(その時は体は男だったが全員から女だと思われているので)で、二人っきりになったタイミングを狙って美味しく頂戴しようとしているのかと思ったが、考えてみれば初めての出逢いが二人っきりでその後もずっと二人で行動していたので、それはないだろうと思い直した。

 首筋に意識を向けると、そのビリビリが複数の感知を同時に伝えているのだと分かった。


『今日は早いのね』


「……魔女さんまだ居たんですか」


 独り言だと思われてエンカには不思議な顔をされたが、あの時は魔女こそが最も頼りになるとそのまま相談したのだ。

 即ち変態センサーの正体について。


『よくもまあ変態センサーだと思っていたわね。……とりあえず、それは魔素感知よ。魔素の塊の魔獣や魔素を知覚できるようになって、より感覚が研ぎ澄まされたんでしょうね。後は私との思念通信も多少は干渉しているかもしれないけど』


 ――人生16年。長い年月気付かぬまま僕はどうやら魔法を無意識に使っていたようです。


 という真実に気付いたために、変態センサー改め魔素感知の能力を有するサオは、水属性という特性から湿度の高まった曇り空に、ますます感覚は鋭敏になり、街内の人間すべてを把握できてしまうぐらいだった。


 サオは魔素感知に意識を傾ける。


 たくさん人が集まるホールは、魔現色で埋め尽くされ感知モードの目で見ると、カラフル過ぎて目が回りそうになる。感知は一流だが、その感知を扱う操作が未熟なために、魔素の大小どころか人間の形が把握できない。例えるなら絵の具を紙にべちゃっと着けた状態のアイコンで埋め尽くされている状況だ。


「でも、対象を絞れば人の形を把握できるし、行けるかな?」


 もしも失敗したところで殺されたりはしないのだから問題ないだろう。


「エンカちゃん、まだ襲撃までに時間があるだろうし、探しにいってみようか」


「えっ……でももしもの時に危険です」


「大丈夫。エンカちゃんが守ってくれるんでしょう?」


「それは……はい、もちろんです」


 サオの説得にエンカは揺れていた。無茶ばかりする幼馴染がこんな時に現れないのは、きっと今回もその無茶をしようとしているに違いないからだ。


「分かりました。リベルを探しに行きましょう」


 サオは頷いたエンカの手を引いて、隠密行動スキルを駆使してホールを脱出する。

 背中にエンカの小さな声が聞こえる。


「ごめんなさい。サオ様を言い訳に使ってごめんなさい」


 サオは賢い子だな、と思った。顔は前に向けたまま、魔素感知でエンカの形を認識して、トンガリ帽子ごしに頭を撫でた。


 オーク襲撃を前に二人の小さな冒険が始まった。


 ――そして、それと同時に前線である奇襲部隊がオークへと攻撃を仕掛けた。

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