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円環のトワイライト  作者: potato_47
第一章 ホルン防衛戦
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2.遥か未来

 大きくなったらね小人さんになるの。そんな馬鹿げたことを口にする友人が居た。きっと何かのネタだったのかもしれないけど、紗緒は真顔で「それって小人なの?」と返した。しかし、突如女になるという現象を考えるに、あるいは大人になった瞬間に小人になる可能性もあるように思えて――いや、そんな話はどうでもいい。


 紗緒は先程自分を助けてくれた二人の男に保護されてテントで横になっていた。

 青年の方はルア・ゼナック。

 大男の方はロッド・ゼナック。

 家名が同じ通り二人は兄弟で、ロッドが20歳、ルアは17歳らしい。余り似ていないと思ったが口にはしなかった。


 二人は森の奥にあるアングラ炭鉱――といっても今はオークの巣になっているらしいが――へギルドの依頼で調査に向かった帰り道らしい。

 ギルドとかオークとか、全くファンタジー過ぎてついていけなかったが、とりあえずは、二人がブタの怪物――オークとは敵対しており、自分の貞操を守ってくれた命の恩人であることは分かった。


「テント借りちゃって悪いなぁ……」


 彼らは断固として紗緒が外で寝ることを拒否した。


『いやぁ、女を外に放り出して寝たらそりゃあ男の恥だぜ』とロッドは言い、

『男だけの旅だったので少し不便かもしれませんが、自由に使ってください』とルアにも言われた。


 紗緒は大きくため息をついて、胸に手を伸ばした。

 ムニムニ。少し控え目ではあるが柔らかい感触が両手に返ってくる。

 思い切って貸してもらった男物の旅装束を捲り上げる。


「…………」


 やはり、なだらかながら、形の整った胸がそこにはあった。

 更に思い切ってズボンを膝まで一気にずり下ろす。


「…………………………」


 下着はペタリとしており、なくてはならないものが明らかに付いていない。

 そうオークは勘違いしていた訳ではないし、ゼナック兄弟も男の娘にときめいてしまう変態ではなかった。正しかったのは紗緒ではなく世界だったのだ。


「いや、ありえん」


 服を調えた後、小さな手鏡で容姿を確認した。

 どう見ても自分の顔だった。違うのは胸があって、息子が居ないだけだ。あとは、余りよくわからないがボディラインが少し丸くなったような気がするぐらいだろうか。


 ――結論。どうやら僕は女の子らしい。


「いや、ありえへんって」


 ある日 森の中 豚さんに出遭った♪――すると女の子なっちゃいました☆


 訳が分からん。

 新たな結論。寝よう。きっとこれは悪い夢だ。

 ゼナック兄弟には非常に申し訳なかったが、紗緒は現実逃避のために睡眠を選んだ。疲れているのは確かだし、それ以上にこんな現実を直視するのは疲れる。


「全部夢でありますように……」


 そんな願いを込めて、紗緒は眠りに着いた。





 ――朝起きると、僕は男の娘に戻っていました。


 だが森の中で目覚めてすぐに見えたのは、テントの天井だけだった。


「ますます訳が分からない」


 胸は見事な平面、息子さんは朝からブイブイいっている。というより、紗緒はそれで自分が男に戻っていることに気付いた。生理現象は偉大である。

 紗緒はもう深く考えるのは諦めることにした。


「それにしても……一晩中地震が無いなんて変な気分だな」


 一日に最低でも五回は地震が起こり、月に一回は世界のどこかで大地震が発生する。それが数年前から当たり前になっていたため、夜中に起こされないのが新鮮だった。

 手鏡で最低限に髪を整える。ゼナック兄弟は男旅のために、女性用の道具は何もなかった。そのため手櫛で我慢する。女装を始めた当初は嫌で嫌でしょうがなかった化粧も、今となっては外出の際にしない方が気持ち悪い。


「おはようございます」


 自分は女だと念じ込み演技開始。女装スキル、隠密スキルに続いて鍛えられた演技スキルは、老若男女すべてを騙し、女の自分でクラスメイトに別人として友人になれるほどだ。もはや諜報員が教えを乞うレベルである。


「ああ、昨夜は眠れましたか?」


「はい。お陰でぐっすり眠れました」


 紳士なルアに笑顔で応対する。

 ルアはオークとの戦闘で使用した矢を回収して、緑色の薬物を垂らして鏃を磨いていた。


「再利用せずに、優雅に使い捨てしたいんですけどね。私の家は貧乏なもので」


 紗緒は貧乏という発言だけでファンタジー住人に親近感を覚えた。


「あの、ロッドさんは?」


「兄さんはちょっと近くの川に水汲みにいっています。そういえば、ミヒラサオさんは水浴びしたいですよね。案内しますよ」


「い、いえ、大丈夫です。それより、僕の名前はミヒラサオではなく、ミヒラ・サオと区切ります。ええと、この世界……いや、この地方だと、サオ・ミヒラですね」


 今の体で水浴びして、もしもゼナック兄弟が目先の欲求に負けて覗こうものなら、不幸にも野郎の裸を見るだけで終わる。それは期待に胸を膨らませた男を裏切る行為であり、同じ男として(今は女だが)、余りに悲しい結果を生むことになる。知らなかったとはいえ、野郎の裸を見るのに必死になる自分、という数分前の過去が後ろ指を差すのだ。


「珍しいですね。家名が先に来るんですね。どこの出身かお聞きしてもよろしいですか」


 ルアは紗緒――サオが失礼なことを考えているのを、もちろん読めるはずも無く会話を続けた。


「ええと……」どう応えれば怪しまれないか考える。しかし諦めて、「ニホンです」と正直に答えた。


 ルアは驚愕の眼差しを向けてきた。


「まさか極東の方ですか……ここまでどうやって、いや……それ以上は――」


 極東とルアは言った。まさかこの世界には、日本が存在するのだろうか。


(ん? 待て、そもそもどうして日本語で会話できているんだ?)


 新たなる疑問が浮上する。


「すみません、失礼ですが……僕の言っていることは正しく伝わっていますか? 言語体系が近いものだと思いますが、もしかしたらニュアンスや解釈のずれがあるかもしれないので」


 ルアはほのかに微笑んで、首を横に振った。


「寧ろその心配をするのは私たちの方でしょう。極東は魔法文明の始まりの地ですから。あなたが喋る言葉こそが、世界で最も正しい言語ですよ。まあここまでスムーズに会話ができているのです、私は自分が誇らしいです」


 ルアの話にサオは激しく混乱する。一体どういうことなのだろう。

 サオは自分の最大限の演技と話術を駆使して、この世界についての情報をルアから聞いた。





 この世界には名前はなかった。サオは改めて考えてみると、それが別段不思議ではないことに気付く。観測者が居なければ、そもそも世界に名をつけたりはしないだろう。サオの生きていた世界にも名前などなかったのだから。

 極東という言葉が気になり、実際に世界地図を確認させてもらうと、それはまさしくサオの世界の地図と余り変わりはなかった。日本を中心に描かれた地図の存在が逆に空々しく感じられるぐらいだ。


「魔法文明の始まりは、遥か古に聖者サオによってもたらされた奇跡です。当時の文献はほとんど残されていませんが、月並みの言葉ですが聖者サオは世界を魔法で救ったのです。その時に使用した魔法こそが、人類が初めて行使した魔法でもあったのです。極東人に歴史を語るのは、釈迦に説法でしょうね……まあ、だからこそあなたは私に尋ねたのでしょうけどね。この地方に伝わる歴史は、本来の極東史とはズレが小さい筈です」


 ルアは好意的に解釈してくれたらしく、改めて歴史を尋ねることに疑問を抱かれなかった。名前がサオだったことも、「肖ったものなのでしょう。私の国にもたくさん居ますよ」とどうやら一般的だったために、特別なリアクションするものではないことが分かった。


 どうやら日本は過去に存在しており、そして皮肉な運命を感じるが、サオという日本人が初めて魔法を使って世界を救ったらしい。聖者とは呼ばれているが、その後の運命は、人体実験や世界を救うために馬車馬の如く働くことを強要され、幸せな人生ではなかったようだ。いや、だからこそなのか。ただ人類のために無心に働いたからこそ。


 聖者の頑張りのおかげか、滅びる運命だった世界は、なんとか半壊程度で済んだ。それでも人類は今までの文明を失ってしまい、魔法という新たな力にすがるしかなかった。

 聖者が日本人であったために、魔法は基本的に日本語で紡がれる。そのため、一度文明がリセットされた人類の標準言語は自然と日本語へとなった。

 だからこの世界では日本語が通じる。


(……つまり、この世界は……いや、この時代は僕が生きていた時代の遥か未来だということかな?)


 地図が似ているのではない。時代が違うだけで同じ地球なのだ。

 異世界ではなく未来へのタイムスリップ。何が原因で起こったのか改めて考えてみると、特に原因が思いつかない。そもそもタイムスリップするような原因とは一体どんなものなのか。


 紗緒は不意に現代の奇妙な現象について思い出した。

 地震に伴う消失現象。大地震が発生した際に、その震源から近い地域で、人や物が突然消え去るという光景が目にされている。街に設置されたカメラなどにも映像の記録が残っており、それは本当に(地震を除けば)前触れもなく発生する。


 もしも寝ている間に大地震が自宅の近くを震源に発生して、消失現象が起こり――それがタイムスリップを意味するのなら、一応の辻褄は合うかもしれない。

 情報が少なすぎるためにまともな考察もできない。


 ならば、今は動く時なのだろう。

 紗緒は極東列島ニホンへ行くことを決めた。なんとなくではあるが、そこに真実が隠されているような気がしたのだ。

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