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円環のトワイライト  作者: potato_47
第一章 ホルン防衛戦
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1.目覚め

 紗緒が目覚めたのは暗い森の中だった。


「ん……?」


 夢の中なのかと思って寝返りを打つ。


「んん……?」


 おかしい。確実におかしい。どうして床ではなく地面?

 流石にこれはまずいと気付き、紗緒は体を起こした。辺りを見回してみても、ずっと鬱蒼とした森が続いている。むせ返るような緑と土の臭いが鼻腔をくすぐる。

 見上げると、折り重なる木の葉の間を縫うように、月明かりが差し込んできていた。この明かりが無ければ、自分が森の中に居ることすら気付けなかっただろう。それぐらい深い森だった。


「誘拐?」


 自分が女装したまま寝てしまったことに気付いて馬鹿な想像をした。商店街の買い物の時にストーカーまがいの者に出遭ったりはしたが、すべてうまく撒いたはずだ。女装スキルと共に鍛えられた隠密スキルは伊達ではない。

 だが、途中で男だと気付いて山の中にぽいっ……というのなら、実に現実的な状況の帰結にはならないだろうか。なってもらっても困るのだけれど。


「ええと、まずはどうしよう……」


 仕方ないので歩くことにした。遭難した場合はその場を動かない方が良いという話もあった気がしたが、そもそもこんなところに誰かが都合良く通りすがるとは思えないし、自宅から近い場所にこんなグンマーのような自然がハッスルしている土地は無かった。


 紗緒は女装するようになってから身に付けたポジティブ思考で、森の中を進んでいく。

 人生為せば成る。女装の変態野郎でも幸せな人生を歩めたのだから、きっとこんな状況でもなんとかなる筈だ。

 それから一時間歩き続けた結果、ようやく月明かりと星の輝き以外の光源を見つけた。


「焚き火……かな?」


 紗緒は首の後ろがピリピリするのを感じた。これは変態が近くに居る時のみに発動する、第六感からの合図だ。弱ではかゆみ程度。中だと今回のようにピリピリとする。それ以上だと、全身を雷撃が駆け抜ける。人生で一度しかそれには遭遇していないが、一度でも多い。あれは人知を超えた名状しがたい何かだった。見ただけでSAN値が削られたぐらいだ。


 自分の勘を信じて、紗緒は草むらに身を潜めながら光源へと近づく。近づくに連れて、そこが木の無い広場になっていることが分かった。その中心で予想通り焚き火が燃え上がっている。


「――っ!?」


 予想外だったのは、その焚き火を囲むのが人間ではなかったことだろう。


(グンマーではなく『静かな丘』の方だったかっ!?)


 三頭身のブタのような怪物が下劣な声を上げている。全部で3体。歌のつもりなのだろうか、3体が声をそろえて濁声で同じフレーズを繰り返して、焚き火を中心にステップを踏みながら回っている。

 怪物は人間のように皮の衣服をまとい、腰には出刃包丁に似た剣を下げていた。


 余りの恐怖にスカートの中の息子共々竦み上がった。

 紗緒の第六感が判断するのは相手の変態度だけだ。つまり、直接的な被害の恐ろしさは分からないし、相手が何者なのか、そもそも人間かどうかも判断できない。

 ただ分かるのは、中レベルの変態――レイパーと同ランクということだけだった。


(ブタのレイパーっ! 初めてが女じゃないどころかブタ!? レベル高すぎるよ! 青姦で獣姦とか勘弁!)


 悲鳴を上げずには済んだが、とてもじゃないが冷静に状況へ対応できる状態ではなかった。

 紗緒は恐怖から後ずさる。その時、不運にも木の根に転んでしまい、小さいが音を立ててしまった。だが怪物は耳聡く、3体とも紗緒が隠れる茂みへと、その淀んだ目を向けた。


 ブヒブヒとゲヒゲヒの間ぐらいの人間には発音し難い穢れた声を上げる。

 首筋の痛みが強くなり、焦燥感が募る。しかし足がうまく動かせない。単純に怖かった。そもそもポジティブ思考でなんとかやってきたが、森の中で一時間独りでさまようというのは、現代日本人の平凡な男子高校生には過酷過ぎたのだ。


「やだっ……死にたくないっ」


 意味不明な状況だが、人間としての本能が死を予感していた。

 このままでは死ぬ。心ではなく本能が逃げろ逃げろと心臓を暴れさせて騒ぎ立てる。

 しかし、一歩も動けないままに、怪物は紗緒にたどり着いてしまった。

 茂みを剣で掻き分けて、ブタの頭が覗き込んでくる。


「ブギャァ!」


 雄叫びを上げて、紗緒の細い足を掴んだ。


「きゃっ、触るなっ!」


 女の子のような悲鳴を上げて、紗緒はただ必死に掴まれていない側の足を蹴り上げた。

 運良く蹴りは怪物の顔面に直撃し、その拍子に掴まれていた足が解放される。一矢報いたことが心に余裕を生んだ。だが、ただの学生である紗緒には怪物と戦う力など無かった。


 なんとか立ち上がったが、仲間が攻撃を受けたことで怒り狂う残り二体の怪物が、突如飛び掛ってきたのだ。避ける間も無く、紗緒は地面に組み伏せられた。

 怪物は剣を捨てて、腕の鉤爪で紗緒の服を切り裂いた。姉からのおさがりのシャツが裂かれ玉肌が露になる。服を裂かれたところで悲鳴は上げない。紗緒はたまに自分でも忘れることもあるが男だ。


「はなせよっ!」


 渾身の力で拳を振るおうとするも、先程蹴飛ばした怪物が戻ってきて、両腕を押さえつけられてしまった。

 怪物はスカートまで引き裂いて下卑な笑い声を上げる。


「マグワル、マグワル!」


 紗緒の両足を開いた間に座る怪物が、不器用な声で意味のある言葉を喋った。

 露になっていく肌だが、怪物の一体に頭も押さえつけられているため、風のあたる箇所で露出度を確認するしかない。まだ腹しか出ていないようだが全裸にさせられるのは時間の問題だ。


(ちょい待て、マグワル……交わるってことか!? いや、無理! 性別的に無理!)


 絶対にこいつらにも女だと思われている。女だったらそれはそれで嫌だが、男だとばれたら絶対に殺される。


「くぅっ!」


 抜け出そうにも3対1では力押しでは無理だ。

 それに、なんだか体の芯が熱いというか、何か妙な感じがして、込める力が弱くなっていっている気がした。


「くそっ……」


 どうしようもない状況に悪態をつくと、紗緒は全身から力を抜いた。なんだかもうすべてどうでもいい……というより、これは夢に違いないと思い直した。

 すべてを諦め切ろうとしたその瞬間――


「――動くなっ!」


 鋭く若い声とヒュンヒュンと風を裂く音が二度響き、くぐもった悲鳴がすぐ耳元で聞こえた。どさりと遅れてブタの怪物が2体地に伏した。見ると頭に棒……いや、矢が刺さっていた。

 最後の一体が剣を取って立ち上がり咆哮する。


「黙っていろ、耳が腐る!」


 太く野太い声が上がり、月光を浴びて鈍く輝く大きな刃が怪物を横へ真っ二つに引き裂いた。


「ふんっ、盛りやがって、糞オーク共が」


「うん。うまくいって良かった」


 紗緒は見た。

 身の丈に迫る巨大な斧を背負った軽装の大男と、それとは正反対に線の細い弓使いの青年が月と焚き火をバッグに微笑むのを。

 二人とも青い髪で、日本人とは思えない顔の作りだった。

 青年が弓を背中にかけてから手を差し伸べる――と思ったら手はそのままに目線を逸らした。


「失礼……お嬢さん、お怪我はございませんか」


 紗緒は視線を逸らされたことに疑問を抱いたが、それよりもブタの怪物や斧や弓を使う人間――丸っきりファンタジックに染まった現実に遅れて戸惑う。危機が去り落ち着いた心は、現実を直視することを拒絶する。


 紗緒は頭を抱えてうずくまろうとした。もう何がなんだか分からないし、とりあえずいつものように体を丸めて横になれば、きっとこんな最悪な夢から覚められると思った。

 俯くように頭を下げて――


「えっ?」


 そこで最大の混乱が襲った。

 それは、近くにありながら遠くに感じられたファンタジーよりも身近で、何よりも受け入れやすい非現実的な現実だった。


 紗緒の悲鳴が森中に木霊した。


 ――16年間慣れ親しんだ肉体はそこにはなく、明らかに女性特有の膨らみと丸みを帯びた体が、引き裂かれた服に扇情的に隠されていた。

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