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円環のトワイライト  作者: potato_47
第二章 王家の墓
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17.迷宮

 世界中に蔓延した純粋魔素エーテルの活性化が進み、獣は魔獣へと変貌し、自然は迷宮を創り上げた。その中でも、人間の意志――つまりはその個人の想いが乗せられた魔素が交じり合うことで、人工物が変異することもまれにある。


 大大陸を支配するフレイ王国の王都フレイヤの西側に広がる草原に、代々の王家が眠る墓がある。

 そこは一年前、王女が若くして亡くなり埋葬されて以来、迷宮へと成り果てた。迷宮とは人を迷わせるが、決して最深部に辿り着けないものではない。


 ――王女は待っている。


 誰かが迷宮を踏破して、深い迷宮の最奥に隠された真実を告げる相手が訪れるのを。



    *



 ホルンの街を旅立ってから二週間の時が流れた。サオの生きていた現代からどれだけの歳月が流れているのかは不明だったが、少なくとも太陽は一つで、月も一つ、時間の流れに変わりはなく、24時間で一日は終わり、始まった。正確な時を刻む時計は所持していないが、魔法とは便利なもので、詠唱鍵を唱えた後に「時刻み(デイト)」と口ずさむと、それだけで日付を空間に文字を刻んで教えてくれた。


 肝心の年は、「時刻み」を開発した魔法使いがフレイ王国出身者であるため、王国暦となっており、それがいつからなのか分からない。月日と曜日は、極東文化は色濃く残っているようで、表記は現代と変わりなかった。


 ――王国暦594年4月12日(木)


 科学文明が滅びた後、人類は魔法に縋った。しかし、その期間の歴史はどの国にも残されていないという。聖者サオを信仰する聖王教会には僅かながら当時の資料が保管されているというが、それが本物なのかは誰にも判断できない。


 魔法文明が聖者サオによって始まり、様々な奇跡によって世界は救われた、それだけが共通認識であるようだった。

 サオはつくづく聖者サオは同名の癖して優秀だな、と思う。それと共に思い出すのは、森の中で見つけた三平紗緒の墓だった。


(はぁ……頭痛がしてきた)


「大丈夫ですか、サオ様」


 頭を抱えていると、隣を歩いていたエンカが心配そうにトンガリ帽子の中から黄色の瞳で見上げてくる。


「ああ、うん、大丈夫だよ」


『幼い子に心配掛け過ぎよ、あなた。それでも男の子?』


 エンカの肩の上に乗る黒猫――ミヤの中に宿る魔女が、視線を合わせて思念通信を送ってくる。


『今は女ですけどねー』


 サオは溜め息をついた。エンカがまた顔を見上げてくるが、微笑んで首を横に振って問題ないと伝える。

 脳内魔女も確かに得体の知れないものだが、それよりも色々と危険な女体化への悩みは耐えない。女体化のせいでこの二週間で様々な要らない苦労をする羽目になった。


 ローブ越しに胸を持ち上げる。少し大きくなった気がする。

 相変わらず原因は不明であるし、気付いたら戻っているし、とにかく服を脱がない限りはばれないようなので、普段の生活では隠し通せる……と思っていた時期がありました。


 風呂は一人で入れば問題ない筈だったが、以前に寂れてはいたが極東式の宿屋があって、風呂場でリベルとのニアミスをしたことがあった。露天風呂に郷愁から興奮して、自分が女であることをすっかり忘れて突撃してしまったのだ。


「露天風呂だぁぁぁぁっ!」


「え、ええっ!? サオさん!?」


 とリベルと遭遇してしまい、湯煙でなんとか身体は見られなかったが、反射的にタオルで身体を覆った。


(あれ? 僕は男だよ! 今こそそれを暴露するタイミングじゃないかなっ!)


 そう気付いたサオは、すぐにタオルを取ろうと思ったが、悪戯心が沸いて、リベルと背中洗いっこをした。こちらを完全に女だと思っているリベルが面白くて、からかいながら背中を泡立てたタオルで擦る。女装の時の演技テクニックで悪魔っ娘らしく誘惑して内心で爆笑する。リベルは耳まで真っ赤になっていた。


(小さいのに立派な背中だなぁ。もやしっこの僕には無理だね。最近なんて胸板が厚くなるんじゃなくて、胸が膨らむもんね……)


 自虐ギャグを脳内でしながら、リベルの背中の泡を桶に入ったお湯で流し終え、さあ、交代だ! とテンション上げてリベルと位置を交換する。

 胸まで隠すように巻いたタオルを外して、「実は僕、男です!」と言ってやろうとした。現代では一度もできなかった性別暴露への反応が楽しみでしょうがない。


(むっ、流石に緊張する……それに、なんでだろう、妙にドキドキするんだけど。おかしいな。まるでリベルくんに裸を見せるのが恥ずかしいみたいじゃないか。いやいや、僕は女じゃないんだから、それにノンケだし)


 いざ――と構えた時、風呂場の引き戸がカラカラと開かれて、エンカがハイライトのない瞳で立っていた。


「……………………」


 沈黙が痛かった。

 サオはそれでも思い直す。


(寧ろ逆転ホームラン! ここで、同時に性別暴露で、僕の女装人生に終止符を打つ!)


 さあ、とタオルに手を掛けて――胸の膨らみに気付いてしまった。

 どうみても女体化してます。ありがとうございました。


 その後の修羅場のことは思い出したくない。ちょっとした悪戯でことはおさまったが、今でもたまにエンカの瞳が怖くなる。


 他にもお金(びっくりなことに通貨の単位はエン(漢字ではない)だった)の都合で、宿屋では一部屋しか取れず、大概はベッドが二つのところが多く、エンカと同じベッドで眠ることが多かった。ロリコンではなくても拷問だ。


 結局は本当の性別が告げられず、女体化のトラブルに困りながら旅は無事に続いている。


 フレイ王国の王都フレイヤへ向かう道中は、行く村々で路銀稼ぎのために色々と魔法で手伝いをしたりした。その度に「聖女サオ万歳!」などと言われてしまって、挙句にはギルドからは色々とあれこれ報告されているらしく、大きな街へ入るのが怖くなってきた。


 自分にですらできる簡単なことをやってきただけ、とサオは言うが実際はすごいことしている。エンカからも「こんなことするのは、サオ様だけですよ」と言われているが、曲解して「普通の人だったらもっと効率的にやりますよ」と解釈して凹んだりしている。実際は「見ず知らずの人のために、たいした褒賞もないのにそこまでの大規模な魔法を行使する人は居ません」ということだった。


 水不足に困っている村ではサオが魔素感知で地下水を探り当てて、エンカと協力して即座に掘り進めて、井戸を作り出した。


 ぬかるみにはまった隊商キャラバンの馬車は、エンカに地面を硬質化してもらい救い出し、魔法の練習ついでにとサオは馬車を水を弾くようにコーティングしたり、馬の疲労を取り除いたり、輸送中の物資に加護をしたり――色々とやらかした。サオは調子に乗ったので、何をしているんですか! と商人にすごい剣幕で怒られてしまった……と思い込んでいる。実際は余りの驚きから語気を荒げて、またそこまでの魔法してもらっては御礼にできるものがないことに混乱していたのだった。サオはびくびくしながら「す、すみません……勝手に色々としてしまって……」と謝って、脳内では魔女から『魔法の安売りし過ぎよ』と追加で怒られており、商人との誤解はそのままになっている。


 そんな風に、自分の魔法の力の強大さに自覚のないサオは、聖女サオとして皮肉ではなく、本当に名を高めているのであった。


 サオが純極東人であるのも、その名声には大きく起因していた。

 魔法文明が始まり、世界は魔法使いを中心に復興を始めた。その先頭に立ったのは、日本語を母国語とする極東人であり、魔法の呪文は日本語のみに反応するために、やがて世界は極東文化へと染まっていった。


 聖者サオの顔や具体的な功績は知らずとも、誰もが根源的に感謝しているのだ。

 パニックになった時に名も知らぬ神へと祈るように、魔法文明を生きる人々は、聖者サオへと祈りを捧げる。祈りは想い、そして想いは魔法を生む。つまり、魔法文明において宗教と魔法は密接な関係にあるのだ。


 サオはエンカとリベルから旅の道中で、この世界について色々と訊いた。

 その一つに、魔女の警告にあった聖王教会の存在があった。


 聖王教会は、聖者サオの血筋である極東人を『聖王』として崇めている。全世界で聖者信仰はされているので、実質世界規模の宗教だ。人々は基本的にイクリプト神の加護を教会で受けることになっている。たとえ入信はしなくとも、自然と関わることになるのだ。


 世界は聖王教会、ギルド連盟、僅かに残る大国によって成り立っている。

 そして、それらは敵対状態にまではいかなくとも、確実にお互いを警戒し合い、密かに牙を磨き合っていた。


 ――いつの世も、争いと陰謀に満ちる。人が人であるがために。





「……妙な音がする。丘の向こうだ」


 先行するリベルが警戒心を滲ませた声で言った。サオの意識は目の前の現実へと浮上して、自然と戦闘体勢を取る。短い旅とはいえ、魔獣との戦闘を幾度か経験したサオの体は、魔法文明へと順応した精神と同じく、命を奪われるのが普通の世界に適応していた。

 サオはすぐさま魔素感知を行った。


「――なに、これ?」


 サーモグラフィーの熱分布のように、魔素の色で世界を見ることができるサオの眼が映したのは、ノイズ混じりの真っ黒な世界だった。どす黒い粒子が宙を乱暴にたゆたって、色取り取りの世界を汚していく。

 隣で同じ景色を共有するエンカが肩を震わせた。


「怖い……」


 エンカは捻じれた木の杖をぎゅっと握り締める。体内の魔素が異物に反応してざわついている。額に脂汗が吹き出して、頬を伝って落ちていく。


暗黒魔素ダーストね』


 魔女の思念通信が、黒い粒子の正体を言い当てた。


「暗黒魔素……」


 サオはエンカとリベルへと伝えるように、魔女の言葉を繰り返す。

 二人はぎょっとしてサオを振り返った。どうやら見るのは初めてのようだが、知識としては知っているようだ。サオはどうして二人がそれを恐れて、震えているのか理解できない。だが、本能へと訴える暗い衝動だけは強く伝わってきた。


冥界クリフォトよりいでし、呪われし力。七つの大罪を担い、人類の天敵にして消えない影。おめでとう、あなたはもう一つの世界を知覚したわ』


『何をいっているんですか、魔女さん』


『あなたが知りたくて知りたくてしょうがない世界の真実が、きっとこの先に待っているわ。だから、おめでとう、なのよ。恐ろしいでしょう? 本能をざわめかせるでしょう? この黒い魔素は人の悪意そのものよ』


 魔女が言いたいことが半分も理解できないサオだが、少なくとも暗黒魔素の流れを辿れば、求める真実があるというのは分かった。

 ならば、やることは簡単だ。

 サオは魔素感知へと傾ける意識を強める。こんなもの、魔法妨害片チャフを受けているのとそう変わりない。


「僕の魔素感知を舐めるなよ」


 探知範囲の拡大。魔素の細分化。認識阻害を伴う魔素の除外。

 脳内に流れる魔素操作の術を次々と実行して、画像処理を行うように視界を鮮明化する。鋭敏な視覚のフィルターを掛けて、世界を望んだ色に見えるようにした。


「むっ……魔獣だ、反応が3つ。他に人間1人、……ええと、変なのが1体」


 サオは魔素感知の映像化で捉えたものを言葉と画像情報として、リベルとエンカに網膜投影で伝える。二人は丘の向こうで、誰かが魔獣に襲われているのを理解して、すぐさま駆け出した。


『作戦はいつも通りで、メインはリベルくん、後方支援にエンカちゃん、補助で私がつきます! 二人とも絶対に生き延びましょう!』


『――了解ヤー己が生命のために(エルピス・ロード)!』


 ギルド式応答『己が生命のために』。意味は自分の生きるために、すべてを糧とする。あるいは自分の生命のために大切なものを守り切る。


 それは、軍隊や大規模戦闘で掲げられる『我らに栄光ある勝利をアクシオス・グローリア』とは違い、小規模パーティなどでよく用いられている。様々な意味の解釈があり、しかしそのどれもが『幸福な生命』を意味することから好んで使われるのだ。


 サオは明瞭な視界と周辺情報の収集を維持するために、二人に遅れて徒歩で追随する。直接的な戦闘能力は残念ながらこの世界の平均より下にあるサオでは、魔獣との戦場に踏み込むのはリスクが大きいのだ。また、サオの魔法特性から完全に補助向きであるため、無理をして戦場へと赴く必要もなかった。


『――ヘルハウンドです!』


 現場に到着したエンカの報告と共に、視界の情報が更新される。

 それは、赤黒い犬だった。全長は一メートル。腐った胴体からは肋骨が半分剥き出しになっている。赤くただれた顔面に、とろけるように目玉が蠢く。鋭い牙が抉られた皮膚から覗き、己の血か獲物の血か真っ赤に染まっていた。


「うわ、これはきつい」


 戦闘に集中する二人には聞こえないように、口だけで呟いた。

 ヘルハウンドは全部で三体居り、腐った肉体ながらに強靭な四肢を駆使して、連携を取りながら攻撃を仕掛けてきていた。魔素を取り込んで異常強化されれた四肢は、筋肉を隆起させてはちきれている。魔素へと完全に適応できなかった哀れな生物こそが、魔獣なのだ。理性を奪われ、激痛を伴う強化を施されて、暴れることしか能を持たない。


 オークはその中でも、文化を築ける程の理性を保っていたが、彼らの意識は魔素の干渉で混濁状態に近い。魔法文明後期に誕生した魔獣でさえ、そんな有様なのだから、初期から歪められる犬、猫などから生まれた魔獣は、ただの本能の塊だった。


 サオは襲撃を受けた人物と、魔素感知で特定できなかった謎の生物が視界に映った部分をスナップとして切り取り、視界の右端に配置する。


 襲撃を受けていた人物は、端整な作りをした顔の男性だった。一目でどこかのぼっちゃんに思えるその容姿と腰に下げた豪奢な剣から、金持ちだと判断するが、それを裏切るような質素な旅装束に違和感を覚える。

男は肩上で揃えた赤髪を揺らして戦闘へと参加していた。緋色の瞳は鋭く細められ、リベルを的確に援護している。どうやら戦闘訓練を並以上には受けているようだ。


「んんっ……?」


 魔女からの補助で高速・並列思考で戦場を把握しながら、もう一体の謎の生物を凝視した。

 それは、まさしく歩く木だった。全長は30cm程の小さな木だ。二本の太い枝を手のように扱い、二本の太い根っこを足代わりにしている。幹には目と口を形作るように黒い穴が開いており、


『アブナイ ツリー!』


 と実に香ばしく甲高い声で叫んでいる。

 今まで会った中で、一番ファンタジックな生物かもしれない。

 とりあえず、喋る木は男の味方のようで、ヘルハウンドの足に飛びついて妨害したり、踊って挑発したりしている。感性のずれたサオにはそれが可愛く見えて仕方なかった。


「なにこのマスコット、欲しいんだけど」


 緊迫した戦場を見守る思考と、喋る木に和む思考。偉大なる高等魔法は残念な使い方をされていた。

 エンカの的確な石柱の構築によって、リベルの独壇場フィールドが完成する。


『はぁぁぁっ!』


 リベルの掛け声を魔素が想いに反応してキャッチする。時雨は蒼の残滓を宙へと描きながら、高速の剣撃でヘルハウンドを追い詰めていった。

 サオはホルンのギルドマスターであるハリス・ラインが得意とする魔法神算を模倣して、周辺情報をありったけ高速思考で処理して戦場の終局を予知する。擬似的に辿り着いた未来の情報から、サオは誰もが無傷であるのを確認して安堵の息をつく――


「あれは、まずい!」


 ――間も無く、思考と視界をアラートマークである赤色の『!』が埋め尽くした。


 サオはリベルの視界の端に黒い塊を捉える。暗黒魔素を凝縮して、世界そのものをぽっかりと黒く塗りつぶすようなそれに、サオは全身が凍りつくような恐怖を覚えた。


 黒い塊は背中を向ける男へと漂っていく。風に揺られるように左右にふらつく動作の中に、透けた手足を幻視する。サオは直感的に黒い塊が人間であるのを悟った。

 どす黒い思念体であるそれは、物理的接触を受け付けない。魔素は想いであり、殴ることも蹴ることもできないのだ。


 サオは情報が乱れるのを覚悟ですぐさま駆け出した。小さな丘を越えて、肉眼にも黒の塊を捉える。戦闘を繰り広げる三人と一体もまた、その存在に気付いて振り返った。


『戦闘に集中! あれは僕がなんとかする!』


 対象を定めず全員に思念通信を飛ばす。エンカとリベルはすぐに残ったヘルハウンド二体と対峙した。思念通信を初めて経験したと思われる男は、丘を駆け下りるサオを見つけて驚愕に眼を見開いた。


「間に合えっ!」


 サオは懐からゼナック兄弟から貰ったナイフを取り出す。

 がむしゃらにナイフへと想いを込める。


 ――鋭く、強く、きみは自由な刃。空を飛び、僕の願いを叶える。


「だから、応えてみせろ! 黄昏トワイライト、世界を切り裂け!」


 サオの平凡なスピードから投擲されるナイフは、放たれた瞬間、爆発的な加速をした。たとえ物であっても想いは宿る。魔素はすべてに平等に内在する。それを呼び起こすことができるのは極僅かな使い手だが、サオの魔法特性クオリアは長年の研磨と研究を覆して、直感的に高度な魔法を実行した。


 奇跡は魔法にあり。どんな幼子であっても、強い想いがあれば、必ず応える。

 それこそが魔法の素晴らしい特徴であり、最も恐るべき危険性でもあった。


 高速で飛来するナイフに、男は回避動作を行う暇もない。勘違いした男は眼をつぶって最後を覚悟する。それを尻目に、ナイフはすれすれで躱していき、背後から迫り来る黒い塊へと突き刺さった。


 黒い塊は淡く発光し始めると、光の粒子を天へと立ち上らせながら浄化されていく。濃密なサオの魔素――純粋魔素に近い力を叩き込まれた暗黒魔素は、相克作用によって世界から弾かれて、あるべき世界、冥界へと還っていく。

 最後の抵抗か、黒い塊は腕を振り上げた。その手には巨大な鎌が握られている。


「危ないっ!」


 サオは男に向かって振り下ろされる鎌を視認して、すぐに男を突き飛ばしながら倒れ込んだ。覆い被さるように地面へと倒れ伏す二人の頭上ぎりぎりの空間を、鈍い刃が刈り取った。振り切ると共に、世界へと存在を維持するための力を失ってそのまま霧散した。


「うぐっ……」


 突然押し倒されて、状況を把握できていない男が、眼を白黒させる。生死を確かめるように手を開け閉めしようとして、


 ふにょん……。


「ひゃあっ!」


 サオは自分の変化する肉体に男の手の平が触れていることに気付いて、女の子染みた可愛らしい声を上げる。

 男は自分の触れているものに気付いて、顔を髪色と同じように真っ赤にした。


「す、すまないっ!」


 男はすぐに手を胸からどけたが、逆にサオはバランスを崩して、正面から抱きつくような体勢になってしまった。


「うわ、わわわっ!」


 サオは自分が男であることを忘れたようにてんぱった。自慢の高速・並列思考もいつの間にか解除されており、ただの平凡な男の思考は焦りで一杯になる。

 男の方も方で、柔らかい胸を押し付けられて、かといって身動きを取ろうものなら、逆に酷いことになる未来しか見えずに、申し訳なさに一杯になりながらも動けない。


「あの……サオさん」


「ええと、サオ様」


「ツリー」


 リベルとエンカと何か変な生物の声が聞こえる。

 サオははっとした。


 高速・並列思考が解除された理由。そんなこと考えればすぐに分かることだ。

 つまり、戦闘は既に終了している。

 リベルとエンカが顔を赤くして、そっぽを向いていたが、サオの方をちらちら見てきていた。


「違いますからね!」


 サオは訳が分からないが、何かのために反射的に叫んだ。





 サオはなんだか気まずいので、年長者でありパーティのリーダーでもあったが、仕方なくリベルから男に話を訊いてもらうことにした。


「私の名前はフロ……フロトです」


 男はまず始めに曖昧に名乗った。

 その次に、何故かサオのローブを引っ張って遊び出す喋る木が自己紹介した。幹をしならせてお辞儀をする。


「ツリーツリー」


 とりあえず日本語でおk状態だったのだが、サオのつぼにはまってしまった。


「可愛い……」


 他の三人は「えっ」と言っていたが、サオは気にしない。

 喋る木を抱き上げて、近くで観察してみる。見れば見るほどそのシュールな見た目にサオは胸の高鳴りを感じた。


「よし、名前はモッキー、異論は認めない」


 こうして、喋る木は『モッキー』という安易な名前を頂戴することになった。本人……本木は「モッキー ツリー ナマエ モッキー」と言っていたので、恐らくは気に入ったようだ。


 閑話休題。


 フロトと名乗った男は、自分の素性などは明かさなかった。雰囲気や丁寧な口調から悪人とは思えず、腰に下げた剣や旅人らしくない「小奇麗な姿」から三人は有名な貴族の子息ではないかと考えた。

「この喋る木」男が語りだしたところで少し距離を置いていたサオが睨みつける。「ええと、モッキーは守護精霊のようなものです。旅の途中で気に入られたらしく、私のことを守ってくれています」


「マモル ツリー」


 サオの腕に抱かれたモッキーは、えっへんと胸を張る。

 フロトはその姿を見て微笑んだ。


「私は目的があって旅をしています。あなた方は、先程の戦闘からさぞや有名なパーティなのでしょう。名を知らぬ無知な私をお許しください」


「いえ、ワタシ達は旅立って間もない名無しのパーティですよ。それと、そんな堅苦しい口調は無しで大丈夫です」


 エンカに言われても、フロトは余り堅い口調は直らなかった。


「ありがとうございます。……命を救われ、更に不躾なのですが、私の依頼を引き受けていただけないでしょうか。報酬は満足するものを約束します」


「依頼内容をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 サオは相手の堅苦しさに合わせて、丁寧な言葉遣いで対応した。


「はい。私を連れて行ってほしいのです」


 フロトは、ここからは見えない旅の目的地を遠くに見る。


「――フレイ王国の王家の墓に」


 切ない響きを持った声が静かに世界中に満ちた純粋魔素エーテルへと溶け込んでいった。

 お久し振りです。お待たせ致しました。

 第二章『王家の墓』スタートです。


 世界観の設定をちりばめながら、これからのメインキャラになる変人共を登場させていくつもりです。

 もう既に一体変なのがいますが……気にしたら負けです。


 想いは魔法。魔法は想い。

 これって現実でもそうなのではないのかな、と思ってみたりみなかったりする今日この頃です。

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