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円環のトワイライト  作者: potato_47
第一章 ホルン防衛戦
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13.最後の奇跡

 ガネルは目の前に立つアオリの背中を見詰める。


『私が奇襲部隊の全員を障壁で守ります』


 二日前の襲撃の時、アオリは逃げたのだ。傲慢な口振りで戦いを拒否した。今日の戦いにも今まで何をしていたのか分からないぐらいだ。

 そんな彼を信じることはできようはずも無かった。守衛隊の者達が口々に思念通信に参加してアオリを拒絶する。


 アオリは俯いて何も言わなかった。


「お前を信じていいんだな」


 ガネルに声を掛けられて、アオリの肩ビクリと跳ねる。

 振り返る彼は涙を流していた。くしゃくしゃに歪んだ顔は様々な感情が入り混じっており、一体何を考えているのか推測もできない。ただ必死さだけは伝わってきた。


「守衛長、私を信じられますか」


 アオリの言葉にガネルは頷かない。


「そんなもの結果で示せ。息子を頼む」


 ガネルは頭を下げた。信じるのではなく、信じさせてくれと懇願した。

 前線を支える守衛隊の者達が、思念通信でガネルに訴える。


『隊長、そいつは裏切り者です!』


『そうです、戦いのできない口ばかりの臆病者です!』


『生産系の魔法使いの出番なんてありませんよ!』


『そいつは戦わないんじゃない! 戦えないだけです!』


 ガネルは部下達の声に大剣を叩きつけて一喝する。


「馬鹿共が、そんな無能が、こんな土砂降りの中で、器用に涙を隠さないわけがあるまい」


 バケツをひっくり返したように降り注ぐ雨の中で、アオリの服は濡れていなかった。彼を濡らすのは二つの眼から流れ落ちる悔恨の涙だけだ。それは凄まじい魔素の操作によって成されていた。地面で弾かれる水の粒子すらも対象に選択され弾いている。

 ハリスはその流体操作の極致を眼にして息を呑む。


『――私も彼を信じよう。だが、作戦の決行は奇襲部隊の人間に関わるすべての人間――つまりは、ホルンの住民の総意とする』


 沈黙が訪れる。

 アオリの傲慢な姿は誰もが知っていた。そして、アオリもまた周囲の評価を理解しており、その沈黙の痛みを受け止める。信用されない理由は腐るほどあった。以前の襲撃では活躍したものの外部の冒険者だったアオリの存在は遠い記憶だろう。


 ホルンの街で知られるアオリの姿は、傲慢な魔法使い、ただそれだけなのだ。

 雨を弾くアオリは暗い鉛空を見上げた。


「タニア……私はやはり駄目だ……きみが居ないと何もできない」


 アオリが漏らした言葉に、弓隊の一人が反応した。


「タニアって、まさか以前の襲撃の時に居た赤髪の冒険者のことか? まさかお前は、アオなのか。不器用な水使いのアオ」


「えっ……」


 アオリが顔を上げると、周りに立つ弓隊達も顔を見合わせて当時のことを語り合う。


「あの酔っ払いタニアの相方か! ははっ、水使いの癖して酒も飲めない下戸野郎だったな!」


「覚えてるぞ、そうだアオってタニアに呼ばれてたな。無口で一度も言葉は交わさなかったが、アオリって名前だったのか。すっかりアオって名前だと思ってたぜ!」


「おいおい、ってことはよ、お前さんたった数年でそこまでの魔法使いに成長してきたって訳か。すげぇじゃねえか、お前の背中を最後に見た時、もう駄目だと思ったんだが」


 最初にアオリのことを思い出した弓隊がアオリの肩を叩いた。


「お前がその力を得たのはタニアのためなんだろう? 信じてやるよ。あの時の弱いなりに必死に戦おうとしたお前の心が変わっていないってさ」


「ああ、最悪の絶望から帰ってきたお前を信じてやる」


「そしてお前を信じたタニアを」


 冒険者と守衛隊の思念通信に、一気に賛成という声が上がり出す。


「タニア、やっぱりきみはいつも私を救ってくれる……」


 更に涙ぐむアオリだったが、一般人の方からは賛成の声がまだ少数しか上がっていなかった。


『アオリさんを信じてあげてくださいっ!』


 思念通信にリルの叫びが全員を相手に送られた。


『みんなも覚えてる筈です。あの時、アオリさんがたくさんの人を救ってくれたことを。冒険者の人が陽気なタニアさんのことを覚えていたように、アオリさんはホルンの街にたくさんのことをしてくれました』


 どうか、思い出してくださいとリルは言った。


『破壊された水道設備を直してくれたのは誰だったか分かりますか! アオリさんです!』


 戦後処理で忙しいとは、アオリが仕事に没頭してタニアのことを必死に忘れてようとしたからだった。ハリスが心配するほどにアオリは当時、ホルンの街にたくさんのものを残していった。そして、感謝を受け取らずに去っていった。


『前も今回も防壁の材料を加工してくれたのは誰ですか! アオリさんです!』


 彼は前線には前も参加しなかった。彼の魔法はまだ未熟だったからだ。仲間を誤って傷つけてしまうぐらいに。だから彼は彼の戦いを見つけて懸命に戦い続けた。


『街中に侵入したオークから子ども達を救ってくれたのは誰ですか! アオリさんです! 私は覚えています。私も救われた一人だからです。どうか思い出してください、悲劇の中には悲しみだけじゃなくて、そうやって人々の優しさも詰まっているんです!』


 ホルンの街でも快活な性格で有名なリルの言葉に、住民達の心が動き出す。

 ハリスは揺れる心を思念通信から聞き取って、即座に発言した。


『私の魔法神算でも保障しよう。作戦の成功率はほぼ100パーセントだ。死者はゼロ。どうだ、今度は私達の意志で奇跡を起こしてみないか?』


 思念通信に賛成の声が溢れ出す。

 最後までアオリへの信頼は完璧にはならなかった。だが、頼れるギルドマスターや街で商店街で愛されるリル、街の守りの要を担う守衛長――数々の信頼を寄せられる人物からの間接的な信用によって、全員の賛成を得ることができた。


『――全員の賛成を確認した。それでは一同、門の中へ戻れ!』


 ガネルと弓隊が頷く。


「よしっ! 今日の祝杯は決まったな、タニア嬢の愛した『神無月』だ!」


 冗談めかした言葉で見送った。


「――了解ヤー


 対するアオリは正面で向き合って真面目に応えた。

 アオリは背中に「生真面目なのは変わらないな」という声を聞きながら水の加護を最大限に生かして、濡れる大地を滑走する。守衛達の守りを飛び越えていく。下で盾を構える守衛隊がギルドサインで「行け」「任せた」と伝えてくる。そのままオークの群れの中に着地すると、間を高速で縫うように突き進んだ。





『救助に向かった三人が奇襲部隊と合流した。すぐにアオリも到着する』


 目線を合わせてくるハリスに、サオは大きく頷いた。


『では、これから詠唱に入ります!』


 サオがゆっくりと紡いでいく詠唱がカウンドダウン代わりだった。


黄昏トワイライト! 天の涙よ、大地を満たす恵みの力、刃と変えて仇なす魔を貫け!』


 すべての想いと、全域に広げた魔素を雨粒へと宿らせる。

 誰もが固唾を呑んで見守る中、ハリスが静かに報告した。


『アオリが到着――防護障壁の展開を確認。行けます!』


 サオは両手を大きく左右に広げた。


『――はいっ! 聖 槍(ホーリーランス)・時雨!』





 曇天空から降り注ぐすべての雨が刃へと姿を変えた。高速で飛来する雨粒はホルンの街をすっぽりとくり貫いて、門の外で喚き立てるオークを串刺しにしていく。

 東門から出た先に広がる草原で、防護障壁を展開したアオリは、その凄まじい威力に障壁が長くは持たないことを悟った。


「ですが、水の操作において私以上は居ないと自負しています!」


 障壁の強度を巧みに操作して、雨の槍を防ぐのではなく吸収していく。


「水は水へ還る、それが自然の摂理です」


 奇襲部隊の者達の前に幻想的な光景が広がった。

 空から降り注ぐ雨粒がドーム上に障壁を覆い、その外では、くるりくるりと舞いながらオークが倒れていく。


 雨空に含まれた魔素が急速に搾り取られて空から雲が消えていく。

 最後はお天気雨となって降り注ぐ雨によって、散らばるオークの死体が一箇所へと流されていった。

 雲の間に覗く晴れ間に、アオリは微笑んだ。いつでも笑顔を絶やさず子どもっぽいけどどこか包容力の在る――そんなタニアの微笑を、太陽に見た気がした。


「タニア、きみのお陰で私は今度こそ人を救えました。それに……きみの死から、ようやく前へ進めそうです」


 天上の世界で眠るタニアの魂へと報告する。

 いつも襲い掛かる焦燥感はもう感じない。アオリはようやく心を休めることができた。




 司令部はお祭りモードだった。ハリスもまた魔法神算によって結果だけは知っていたが、綱渡りのように等しい奇跡の連続から、知っている未来だが心から喜ぶことができた。


「最善を尽くす、か……全くもって私の魔法は生者に厳しいものだな」


 会議室の椅子に深く腰掛けて、喜ぶギルド職員達を見回した。


「さて、戦後処理について話しても、こいつらは笑っていられるかな」


 くくっ、と意地の悪い笑みを零す。

 だが、今は素直に勝利を喜ぼうと思った。




 ルアは街内に侵入した残党狩りを終えてギルド支部に帰還した。


「もう魔素感知にも引っ掛からないから大丈夫だよ」


「ありがとう、ルア。もうこれで……アオリさんみたいな悲劇は起こらないよね」


「うん。本当に今回勝てたのはリルのおかげだよ」


 ルアはリルの頭の上に手を置いて微笑む。


「リルがいつも正直で嘘を吐かないからこそ、アオリさんへの信頼は本当になったんだ」


「ううん、私は本当のことを口にしただけだよ。信頼されるだけのことをやったのはアオリさんだよ」


 リルらしいね、とルアは笑った。

 そこでようやく気を抜いたルアはその場に倒れ込む。その拍子に押し倒されるリル。


「わわっ、ルア! そ、そんな、いきなりだなんて……って寝てる」


 リルはルアに膝枕をしてそっと髪を掬った。


「もう……お疲れ様」




 ガネルは気力で立ち続けていたが、作戦成功を聞くと膝を突いた。


「全くひやひやさせてくれる」


 そのままガネルは気を失うように眠りについた。


「あれ、隊長が一番に横になるなんて珍しいですね!」


「というか初めてじゃないか?」


「きゃぁ、隊長の初めてだなんてっ」


「おい、そこのホモは黙ってろ! って隊長! 血塗れなんですけどぉぉぉぉっ!」


「衛生兵! 衛生兵呼んで来い!」


「うわぁぁ、なんで幸せそうに笑ってるんですか隊長! 満足して逝くのは早いですって!」


「よしきた、衛生兵の到着したぞ! んで、隊長は無事なのか!」


「……おい、お前ら落ち着け。今すぐ診るから。ああ、なんだこの血はオークの返り血がほとんどだ。それと寝てるだけだぞ」


「いつもクールで冷静で落ち着いた衛生兵に涙が止まらない」


「いや、意味が三重で被ってるし」


 死んだ改め眠ったガネルの周りに一同座り込んで、


「とにもかくにも――」


 声を揃えて、


「お疲れ様でしたぁぁぁぁっ!」


 と叫んで一斉に地面に寝転んだ。


「…………なんだよ、その平和な締めは。まあいいか守衛隊のお気楽さは有名だし」


 クールビューティーで男口調な衛生兵さんは、やり切った清々しい笑顔の馬鹿共に溜め息をついた。




 草原に座り込んだ奇襲部隊の面々は笑い合う。


「いや、まさか全員無事とは、お前ら奇跡の安売りし過ぎだろ」


 隊長のロギスが呆れたように言った。


「勝ち取ったもんですから取り扱いは自由ですぜ。それに何人かはオークキングの足止めで重症だしよぉ」


 ロッドは斧を地面に突き刺して背もたれにしていた。オークキングの足止めをした一人としては、苦労に見合った結果を残せて安堵する。実はオークキングの身についたほとんどの血がオーク達のものだった。犠牲を構わず振るう刃によって仲間を巻き添えにしていたのだ。


「やれやれ、小さな勇者さんたちはおねむかな。全く子どもが参加する嫌な戦場だったが、最高の形で終わって良かったよ」


 奇襲部隊の冒険者達は手を繋いで、草原に丸くなって眠った二人を見詰めて微笑んだ。


「なんだ……私も他人の幸せを笑えるじゃないか」


 アオリは幸せそうな寝顔を見せる二人に同じく微笑んだ。

 リベルとエンカは互いの体温を近くに感じて、そのまま安心から深い眠りについた。




 サオは無事を伝え合い、被害がなかったことを全員が確認するのを見届けると、その場に倒れ込んだ。魔素感知と思念通信を切ると、頭痛の波はすぐに去っていく。その代わりに眠気と空腹感が押し寄せてきた。


「サオ様!」


 倒れたサオのもとへギルド関係者が走り寄ってくるが、サオの抜けたような微笑と、


「お腹空きました」


 という呑気な言葉に一同再びお祭りモードへと戻る。

 サオは立ち上がってなんとか椅子に座った。足元に黒猫が走り寄ってきて、膝の上にぴょこりと乗ってきた。


『満足いく結果は得られたかしら?』


『うんっ、協力してくれてありがとう』


『別にいいわ。ここでの大きな勝利は円環の道を近づける』


『円環の道?』


『あなたはまだ知る必要が無いわ。ただ、伝えておくわね、『聖王教会』には気をつけなさい』


 それだけ言うと、魔女を宿したミヤは膝から飛び降りて会議室を出て行った。

 サオは魔女の意味深な発言や警告を一先ず忘れることにした。

 今は勝利の余韻にひたりながら眠りにつきたい。


 目覚めた後は、ちょっとわがままを言ってご馳走を用意してもらおう――戦いに協力したからそれぐらいは許されるよね?

 サオは背もたれに寄りかかって眠りに着いた。



 現代日本人サオは、自分の行った魔法と成した功績がどれほどすごいことなのか理解しておらず、ただ自分の得意なことで協力できたよ! という程度にしか考えていなかった。


 そんな彼女の認識のズレが、やがて聖女伝説を生み出していくのだが――それは今後の物語。

 今は全力を尽くした戦士達に暫しの休息を。

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