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円環のトワイライト  作者: potato_47
第一章 ホルン防衛戦
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9.今の自分にできること

 西門の守備を任されていた者たちも、地鳴りとなって伝わってくるオークの侵攻に気付いて、それぞれ武器を構えた。


「下がってください」


 エンカは木の杖の捻じれた先端で、地面を二度軽く叩く。


「今から即席ですが、土人形ゴーレムを構築します」


 魔素マナを絡めた詠唱が、独特の振動で空間を揺らし、魔現色が全身から陽炎のようにゆらめいて世界へと姿を現す。

 サオは魔法を行使するエンカの背を魔素を宿した瞳で見た。すると、エンカの魔法特性が宙に浮かぶように表示された。


 十二宮サイン――磨羯宮カプリコーン

 魔法属性――地

 魔現色――暗灰色。性質は自我、冷静、堅実。

 詠唱鍵――『創作レッシュ


 エンカが膝を突いて、木の杖の尻の部分を地面に押し付けた。


創作れっしゅ! 土は肉に、水は血に、光は目に、魔素は命に――大地人形クリエイト・ゴーレム!」


 魔素は杖を伝って地面を走り抜ける。石畳で舗装された街内から抜け出ると、大地に潜り込んで土を貪った。地面がうなり形を変えていく。見る見るうちに土は人型を取った。

 大柄で全長は2メートルはある土人形ゴーレムが全部で5体、その巨躯を立ち上げた。しかし、動作は重苦しく果てしなく鈍重だった。


「仕方がないですね。本来は核となる触媒を用意するものですが、それすらありませんから。できればせめて、石人形ストーン・ゴーレムを造りたかったんですけど、ワタシの力不足です。せめて、疾風水晶シルフ・クォーツがあればマシなものができたかもしれないのに……」


「気にするなよ。お前が今の全力を出しているのは、誰も疑いはしないんだから」


 とんがり帽子を目深にかぶって顔を隠すエンカの頭を、リベルがぽんぽんと優しく叩いた。


「それに、壁にはあれで充分だ」


 リベルが背中の太刀『時雨』を抜き放つ。鞘から抜き出されると、刀身に宿る蒼い魔現色がより鮮明に映る。

 地鳴りではなく、目視で既にオークの群れが確認できた。

 弓隊は敵の数が多いために、狙いを気にせず速射を行う。


「おらおら、子どもばかりに活躍させるなよ! 的は腐るほどある、て射て射て!」


「はっはー! まあ的も腐ってますけどね!」


「全然うまくねぇよ! あ、てめ、それ俺が狙ってた奴じゃねぇか!」


 戦いに慣れている冒険者達は、身に迫る命の危機を軽い冗談で誤魔化して、必要以上の緊張感を払う。その余裕さが初の戦闘となる新参者にも伝播して、敗北という最悪の結末(バッドエンド)を勝利という眩しい最高の結末(グッドエンド)が覆い隠す。


 弓隊の攻撃を抜けて数体のオークが街へと侵入した。

 リベルはすぐさま反応して、エンカをかばうように前へ出る。防壁の上の弓隊以外は、近接武器を手に取って、オークの群れを迎え撃った。


 リベルの刀が、続けて大地人形クリエイト・ゴーレムを唱えるエンカを襲おうとするオークに振るわれる。上段から斜めに振り下ろされた剣閃を躱して、オークは木製の棍棒を横から大振りした。オークは自分を邪魔する人間を始末できた、と結果を予測して醜悪な顔を下卑た笑みで歪める。


 それに対して、リベルは会心の笑みで応えた。


「跳ねろ、時雨!」


 振り下ろされた刃は峰打ちとなっており、地面を打った瞬間、蒼い魔現色を弾けさせた。迸る魔現色にオークは思わず瞼を閉じた。だが、その一瞬ですべては決した。


 叩きつけられた刀身は、リベルの声に応えるように跳ね上がり、振り下ろしのモーションから合わせるとV字を描くように刃は宙を走る。リベルは時雨の特性を理解しており、体勢は最初から繋がっており、ただ体を流すだけで連続攻撃は放たれた。


 瞼を開けたオークは、赤い血が噴出するのを見た。最初それは、人間が出したものかと思ったが、全身から力が抜けていき凄まじい眠気が襲い掛かることから自分がしてやられたのだと気付いた。怒りに鼻息を荒げるが、もはや体を動かす余力はなく、背中から倒れながら事切れた。


 凶暴な眼光を宿したまま死んだオークを見下ろして、リベルは苦い思いに駆られる。一体殺したところで、復讐心は満たされなかった。それどころか、刃を振るった時も、止めを刺した時も、復讐の二文字を意識することはなかった。


「ありがとう、リベル」


 それよりも、背中でお礼を口にしてくれるエンカが無事だったことへの喜びが、感情のほとんどを支配している。


「なんだ……オレはやっぱり何も分かっていなかったんだ」


 どうして父が復讐心に駆られなかったのかよく分かった。

 それ以上に、守れなかったことが悔しくて、そして何よりも喪失感の大きさに、そんなどころではなかったんだ。

 父が復讐さえできない臆病な人間だと思ったこともあった。だが、それは間違っていた。


「親父は誰よりもあの時ことを悔いているから……」


 ――復讐を考えずに、ただひたすらに街を守る方法を考えたんだ。


 あの時は、今以上に幼かったリベルに言い訳ができるはずもない。元々親としては不器用であったし、何よりも父は過去に囚われながらも、守衛長として友を失った一人として、今を生きる人間を守るために前を見ていたのだから。


「死んだらすべておしまい、オレはその本当の意味を理解できたよ」


 鋭いだけで傷つけることしかできない復讐の刃はもう要らない。今自分に必要なのは、誰かを守りこれからを生きていくために必要な守護の刃だ。





 エンカは土人形ゴーレムを20体用意したところで、攻撃魔法に詠唱を切り替える。


創作レッシュ! 大地に眠る化石の子らよ、大いなる古の刃をここに示せ! 石飛槍ストーンエッジ!」


 サオはその意図を同じく門の外で強くなる魔素の反応から気付いた。


「オークメイジだ! 魔法を使う前に黙らせるぞ!」


 西側に広がる木々の陰から、魔現色の発光が見えた。弓隊は魔現色は見えずとも、長年の冒険で得た勘から、危険を感じ取ってすぐに防壁の上から飛び降りた。次の瞬間、小さな火球が防壁を逃げ遅れた守衛ごと吹き飛ばした。


「ちっ、あいつを黙らせないと、流石にまずいぞ!」


 皮装備に引火した火を払いながら、弓隊の一人が言った。

 その声に、エンカは詠唱を完了させてから応える。


「ワタシに任せてください」


 エンカの周りには石畳を加工して造り出された無数の石槍が滞空していた。


「ここから、魔素の反応を頼りに射抜きます。集中するから……リベル」


「任せておけって。エンカはオレが守る。安心して魔法に集中しろ」


 エンカは戦場には似合わない、いや戦場だからこそより映える幸せそうな笑顔で、「うんっ」と声を出して頷いた。

 暗灰色の魔現色を宿した石槍が防壁を超えて上昇する。先端を木々に隠れるオークメイジへと向けて構える。


「んっ……」


 エンカの額から汗が流れた。木々の間に魔素が充満して、相手の位置を捕捉できない。


「まさか魔法妨害片チャフか!?」


 魔法知識をかじった冒険者が、エンカの様子が変なことに気付いて、驚きの声を上げた。


「魔法妨害片……?」


 サオが首を傾げると、エンカが額の汗を拭いながら答えた。


「故意に周囲を自分に近い魔素を充満させて、自分自身を探知から隠す手段の一つです。純粋魔素――つまりはエーテル操作の初歩……低級のオークメイジにはできない芸当です」


 エンカの説明にサオは更に首を傾げた。


「えっ……でも、はっきり見えるけど」





 サオの言葉に魔法知識を持つ者は、驚愕の眼差しを向けた。


「あれ……もしかして、さりげなくすごいことでしたか?」


 思わず畏まるサオに、エンカがライブ会場で乗り乗りの人がやるみたいに、ぶんぶん激しく頭を揺らして頷いた。


「サオ様なら、木の陰と魔法妨害片を躱してオークメイジを攻撃できるんですね」


 今度は期待の眼差しを向けられてしまった。


「すぐに攻撃をお願いします。オークの侵攻が止まったのは、恐らく……熟練のオークメイジが大魔法を構築しているからです。もう時間の余裕はありません!」


(え、ええっ、ちょっと待ってよ……無理、無理無理無理! だって、魔法の呪文なんて未だに浮かんでこないし、基礎魔法だって結局習ってないんだし!)


 魔法の伝道者である極東人の実力に、誰もが完全に状況の打破を委ねていた。

 パニクること数秒。


(な、何かないか、僕の16年間で得た無駄な人生経験よ僕に救いを! ああ、なんで女装したときの記憶ばかり浮かぶ上がるんだよ!? もう誰か僕に同情をください! 意味不明な状況の挙句、ブタさんとの戦争で、現代日本人ならば僕の苦しみに共感を覚えてくれる……………………共感? ん? 待て待て、僕の魔法特性にそんな感じの――)


 サオは自分の魔法特性からヒントを得た。

 性質の一つに交感がある。それが言葉通りであり、魔法が想いに応えてくれるならば、これ程までに必死になる自分を見捨てるなんてことはありえるだろうか? いや、ない……はずだと信じたい。


「僕自身に攻撃魔法は今は使えません」


 その言葉に一同が失望の色を示す。エンカや魔法知識を持つ者は「それだけ精度の高い探知を使いながらでは無理か」と納得していた。


「ですが、エンカちゃんに協力することは可能です」


 一同の顔色が怪訝なものに変わる。


「どういう意味ですか?」


 エンカが不安そうに見上げてくる。


「大丈夫。僕は確かに無力だけど、何も難しい問題に一人で挑戦する必要はないでしょう?」


 サオは自分自身を信じて、手の平に魔素を込めてエンカの肩を叩いた。


黄昏トワイライト! 世界よ繋げ!」


 思いつくままに詠唱鍵を唱えた。

 交感の意思を持った無色の魔素がエンカに流れ込む。本来は魔素というものは、それぞれ固有のものがあり、決して混じることはない。無理に流し込めば魔力酔いを起こして体調不良に、酷ければ魔素を失うことになる。しかしサオのは限りなく無色で、なんの特性も持たない純粋なエーテルのようであった。


「これはっ!?」


 エンカが網膜投影された周辺情報に身を震わせた。それは魔素感知に優れたサオにしか見ることの叶わない世界の姿だった。木の陰に潜むオークメイジの形が、その赤茶色の魔現色が周囲に立ち込める濃度の薄い魔現色の中に浮き彫りになっていた。


「いけますっ!」


 上空で待機する石槍を操って、もはや丸見えになったオークメイジを正確にロックオンする。


「貫け、石飛槍ストーンエッジ!」


 エンカの魔素を込めた強い命令に応えて、石槍は凄まじい速度で落下する。オークメイジは自身の危機に気付く前に、その鋭い穂先に刺し貫かれた。


「――オークメイジの魔素の消失を確認しました」


 一同が拍手と歓声で、二人の協力魔法を称えた。


「まだ戦いはこれからです」


 サオは初めて自分の力が誰かのために役に立った気恥ずかしさを誤魔化すように、オークの群れへと指差した。オークメイジをやられたことに気付いたオーク達はいきり立っていた。


「エンカとサオさんばっかり活躍させないぜ!」


 リベルは時雨を低く構えて、最前線へと立つ。堂々としたその振る舞いは、もはや剣に振り回される少年ではなく、一人の立派な戦士だった。


 担い手の成長に応えて時雨の魔現色が更に強まる。

 魔法は想いに呼応して、よりその力を強める。


 時雨の能力は単純だ。峰への衝撃を吸収して刃の切れ味を高める。それと共に、衝撃の反発力により高速の剣撃を放つのだ。


 サオは交感魔法と魔素感知から、自分自身の戦いを見つけることができた。誰もが同じ方法で戦う必要もないのだ。リベルやガネルのように近接武器で敵と直接剣戟を繰り広げるのが得意な者も居れば、エンカのように後方からの魔法援護を得意とする者も居る。他にも敵を倒すばかりが戦いではない。リルのように兵站を勤める女達も居るのだ。


「皆さん……ここをお任せてしてもよろしいですか」


 サオの言葉に誰もが頷いて、


「――了解ヤー!」


 とギルド式応答を返した。


「僕は僕の戦いを始めます」


 サオは戦場に背を向けて駆け出した。今度は逃げるのではなく、自分自身の戦場へと向かうために。あの時、ガネルが戦う戦場から去る時とは違い足取りは軽かった。


 激しい剣戟の音が背後で響き渡る。

 振り返らなくても魔素感知で大体の様子は掴めた。

 土人形が足止めをして、その隙を狙い攻撃する。時折眩い魔現色が空を駆け抜けて、石槍が後方に潜むオークを切り裂く。


 サオは走りながら誰も居ない場所へと呼び掛けた。


「魔女さん! 力を貸してください!」


 自分にしかできない戦いを始めるために、未だ名を明かさないパートナーを呼んだ。

 ようやく主人公のサオが活躍させられました。

 ここまでただのヘタレな主人公に付き合って下さった皆さん、いよいよサオの逆転劇の始まり…………になるのかな?

 女装ヘタレ女体化脳内彼女持ちの駄目人間なので、程々に期待してくださると幸いです。……繋げるとすごい字面ですね。可哀想な主人公です。

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