ミケ
じっとりと汗ばむこの季節。青っぽく染まる夜空には都会で見えにくかった星の瞬きが眼前に広がっている。
夏真っ盛りなこの頃も、田舎に帰れば不思議と暑さは和らぐ。自然も海も空にさえも近づいた気分だ。
築何十年か知れない平屋造りの我が生家は、やはりあの頃に比べ少し懐かしさを纏ったように見える。縁側にひとり胡座をかいていると頬を風がすり抜けた。
この家には両親と爺ちゃん婆ちゃんが住んでいる。それから、居候している猫も居る。
「なぉん」
「おう、ミケ。お前しぶとく生きてるな」
「しぶとく、とは無礼な。縁側なんぞで黄昏てる奴の話し相手になろうと思ってな」
「黄昏てないわ、懐かしんでるの」
ぼてっとした体つきの黒猫で、名前をミケと言う。6年くらい前に帰省したら我が家の家族になっていた、しかも言葉を話す妙な猫。ミケは私の横まで来ると腰を下ろした。ぱたりぱたり、尻尾が床を撫でる。
こいつは元々爺ちゃんが拾ってきた猫で、妙ちくりんな名前をつけたのも爺ちゃんだ。本当のところは行きつけのスナックで断りきれずに貰ってきた猫で、そこのママさんの名前をとってミケとつけたらしい。沸点の低い婆ちゃんには口が裂けても言えないから、爺ちゃんと私の数少ない秘密事となっている。
「元気してた?私が帰ってくる間」
「騒々しいくらいにの」
「はは、そりゃ結構結構」
ミケは庭先に広がる闇へと目を細めているようだった。そして、
「夜風が温いな」
実に偉そうに猫は呟いた。伸ばした手の平にミケの頭蓋骨がぴったりと感触を落とした。やはりふわふわとした黒毛が心地良い。
「口喧嘩始まると煩いもんな、爺ちゃんと婆ちゃん」
「常に爺の方が劣勢だがな」
「父さんがなだめるのよね、母さんは呆れ顔で笑ってさ」
「貴様の考えるほど何も変わらん」
「まあ一年振りだからそうね」
顔を上げると、降り注ぐばかりの星空が広がっていた。星々の大河がうねりながら果てしなく流れていく。
「もうじき帰ってくるかな?」
「そうだな」
「そっかそっかー、どっこいせ」
痺れ始めていた足を無理にほどいて立ち上がり、夜空を見上げた。瞬く星々と少しだけ土臭くて、どこか懐かしい香り。風に吹かれて、少し伸びた髪がなびいた。
「もう少し休んでいけば良いものを」
吐き出すようにミケが伸びをしながら言う。床に引っ掻けた爪からカリカリと音がした。
「しんみりしていけないから。牛も待たせてるし」
「好きにせえ」
「うん、ありがとねミケ」
畳を歩くと独特の感触を足の裏に感じた。そして部屋の隅にある、小さな仏壇へ手を伸ばす。憎たらしいくらいの笑顔でこちらへ向いている、私の写真。
「今年もよろしく頼むよ、悪いけどさ」
「随分と今更過ぎるな」
「まったく偉そうだな、猫の癖に」
『ただいまー』
玄関でガラガラと戸の開く音と懐かしい声が響く。やっぱり変わりないようだ。
「じゃあ、また来年」
とぷん、と包まれる感覚。それから暗闇を抜けて白く暖かい場所へ。
「おうミケ、ただいま。いい子にしとったか?」
「なぉん」
おしまい。
2月22日は猫の日だったようですね。本当は昨日のうちに上げたかったのですがまったく間に合いませんでした(笑)
彼女は上京して一人暮らしをしていて、漫画家志望だったんですね。交通事故で死んでしまいましたが。
無駄に設定ばかり浮かんで、簡素な文になってしまいました。ました。