第一回 指輪のジン
第一回 指輪のジン
セーレ海の海賊の中に、女船長がふたりいた。
その内のひとりの女船長の名は、マリーベルと言ったが、仮の名前でしかなかった。
彼女は、海賊船バーチャル号の船長バルに、オールクロス島で、命を助けてもらったときには、すでに過去の記憶を一切、失っていたのである。
名前さえも・・・・・・。
そして、マリーベルとその仲間たちは海賊の島、フライング島のポート・ロームに上陸していたのである。
◇◇◇◇◇◆◆◆◆◆
港町ポート・ローム。海賊の楽園。
この町の酒屋は十六軒ある。その十五軒が海岸沿いにあった。そして、残る一軒は海岸沿いから離れた町にあったため、海賊のお客は、ほとんど訪れることは
なかった。だが今日は、海賊の客がいたのである。
「マーサ、もう一杯頂ける?」
マリーベルは、店の主人であるマーサにそう言った。
「はいよ」
と、マーサと呼ばれた店の主人は、差し出されたコップに、モモンジュース(*)を注いだ。
「ところで、ミミの様子はどうなの?」
するとマーサの顔は暗くなり、それが・・・・・・と話し始めた。
「相変わらず家から一歩も出ようとしなくてね」
「そうなの・・・・・・」
マリーベルも少し暗い顔になった。
「あっ! そうそう、ミミにプレゼントがあったんだ」
ゴソゴソと上着のポケットを探った。そのため、左肩にのっていた、マリーベルの相棒のバイロンが、バタバタと飛んで、カウンターに移動したのであった。
そして、出てきたのは透明の袋に入ったスプーンだった。
柄の先端にはペンギンの形をした飾りがついていた。それをマーサに渡す。
「まあ、かわいいじゃないかい」
「気に入ってもらえるかな?」
「ああ、きっと気に入るよ。あの子は動物のものなら何でも好きだからね」
「そっか」
それを聞いてマリーベルは安堵の表情に変わった。
また、相棒のバイロンがマリーベルの肩にのろうとタイミングを計っていて、今だとばかりに、マリーベルの左肩にのったのだった。
マリーベルは、バイロンの頭をなでてやった。
「マリーベル!」
突然、自分の名前を呼ばれて、マリーベルは声がした方に顔を向けた。
そこにいたのは、マーサの孫のミミの友達であるケンが立っていた。
「どうだったの? 今回の収穫の方は?」
マリーベルの隣に座ってそう言った。
「まぁまぁだったかな。それでね、ケンにも渡したいものがあるの。両手を出してもらえる?」
「うん。いいよ」
ケンは両手を、水をすくうような形にして、ミリアの前に出した。
そして、ジャラと一回だけ音が鳴り、数枚の金貨がケンの手に落ちていったのである。
「・・・・・・き・・・・・・金貨だ。これもらっていいの?」
「ええ、もちろんよ」
間髪を入れずにマリーベルは言った。
その時、おーい、注文をたのむと、お客の声がケンに届き、ただ今!と言いながら慌しくかけていったのである。
その様子をマリーベルは見届けた後、一口、モモンジュースは飲んだ。
「悪い、悪い。遅くなっちまって」
その声を聞いて、マリーベルはすぐに誰だか分かった。
命の恩人でもあり、師匠でもある、海賊船バーチャル号の船長、バルだ。
今ここにいるのは、師匠バルに呼ばれたからだ。
「いいえ。それで渡したいものって何ですか?」
冷静にマリーベルは答えた。
「その前に聞きたいことがある」
バルは、マリーベルの隣に座りなり、そう言った。
「あっ、ビール一杯でいい」
バルはマーサに注文した。マーサは、はいよと無愛想に返事をした後、ジョッキを片手に持った。
「マリーベル、記憶の方は何か思い出したことはあるのか?」
「それがまったく・・・・・・」
「そうか」
頼んだビールが届く。
「せめて名前ぐらい思い出せればいいな」
バルは、ぐいっとビールを飲んだ。
(本当にそうだ。どうして私には昔の記憶がないの・・・・・・?)
自然とマリーベルは、コップを強く握っていた。
「マリーベル、渡したいものはこれなんだ」
バルはコンと金の指輪をテーブルの上に置いた。
「指輪・・・・・・」
「ああ、だがただの指輪じゃない。はめてこすってみろ」
見た目は、ただの金の指輪に過ぎなかった。
マリーベルは、言われた通り指にはめてこする。
すると、指輪から煙が、どばーと吹き出してきたのである!