6 本当の気持ち
隣同士の親友の家に訪れるのはありふれた日常の1コマ。
お泊まり会といってもパジャマに着替えた状態で敷居を跨いで、子供部屋で寝るという適当なことも多い。
互いの学校行事を考慮すると、次にやるのは7月辺りになるだろうか。
ぼんやりとスマホを弄りながら考えていたら、凛花から通知が来た。
『両親が何日か家を空けるみたいだから、29日から31日まで来れる?』
内容を見てベッドの上で跳ねたくなってきた。
あまりはしゃいでしまうと、外から見える窓の向こうの凛花に笑われそうなので、小さくガッツポーズをするだけで我慢した。
『もちろん!』
ハチワレがサムズアップしているスタンプもつけた。
『それで、今回はがっつり一緒に泊まれない?』
これは、誰しもが想像するお泊りのこと。もしかしたら、普段のお泊まり会はパジャマパーティーの方がニュアンス的に近いのかもしれない。
今度はチョウチンアンコウに跨ったメンダコが『いいね!』と言っているスタンプを送った。
『それなら決定! よろしくね』
一気に埋まった週末の予定に充実感が出てきた。これから何をしようかと考えると、すごくわくわくする。
※
ついにこの日を迎えた。私たちの会は何時になったら始まるというものではなく、なんとなく相手の家に行ったら中へ通される。
いつものように夕方になった頃、隣のインターホンを押す。
「いいよ。上がって」
マイク越しの変わった声を聞いてドアを引く。鍵はかかっていなかった。
「よく来たね〜」
「よく来たって距離じゃないじゃん〜!」
「ふふっ。それもそうだね。晩ご飯どうする?」
「冷蔵庫の中覗いても……?」
「おお。陽菜の手料理」
中には使いかけの豚ロースと鳥もも肉、卵、パックに入った千切りキャベツがあった。野菜室には玉ねぎと何種類かのきのこ、ゴロゴロと転がるトマトが2個入っている。
「親子丼と生姜焼きだったらどっちがいい?」
「親子丼!」
「了解」
我ながら上手くできた。卵はとろとろで塩気がちょうどよく、お肉にも味が染みていてジューシーさがある。おにぎり海苔をちぎったものと胡麻を散らせば完成だ。
「私たちの共同作業だね!」
「うん……」
凛花が作ったのはお吸い物。
『共同作業』と言われるとやけにキュンキュンしてくる。この広い家にいるのは私たち2人だけなのだ。
「陽菜、美味しいよ! やっぱり料理上手だね。陽菜と結婚する人は幸せだろうなぁ」
「凛花のお吸い物も美味しいよ」
「そんなことないよ。ほんだしにわかめと豆腐を入れただけだし……」
「でも、分量を計らないで作ってたじゃん。作り慣れていないと、こういう風にできないよ」
「……ありがとう」
食後はネトフリで韓国ドラマを見た。大河的なやつで、家政婦っぽい人と王女様がだんだん親しくなっていく。
今のところ3話までしか見ていないが、wikipediaのあらすじによると3番目の王子が家政婦に一目惚れをするらしい。
「お風呂沸いたし入ろうか」
「一緒に……?」
「え? うん。どうせなら、一緒にいる時間が長い方がいいじゃん」
「凛花がいいなら……」
2人で丸裸になることなんて中学の修学旅行以来。やっぱり、凛花の胸はあの頃より大きくなっている。
健康診断の数字を見る限り、私の胸囲や身長も成長しているはずなのに、凛花の方が成長してしまっている。
親子丼を食べている時も、文化祭でやるチュロス屋さんのことを楽しそうに話していた。私たちの学校も体育祭を同じような時期にやるのだが、親友のように言えることは何もない。
「脱いだのは洗っておくね」
「ありがとう……」
バスルームはかなり小さく見えた。2人で入っていた頃は間違いなくずっと大きいと思っていたはずなのに。
「どっちか先に洗ってからの方が良かったかも……」
「あはは」
「シャンプーとか使っていい?」
「もちろん」
「じゃあ、まず私が背中流していい?」
「うん!」
凛花は泡立てたネットを優しく背中に当てる。泡は自分で立てる時よりずっとふわふわしていた。
「陽菜、大きくなったよね。こうして見ると」
「凛花だって──」
親友の匂いが私を包み込む。まるで、私自身が凛花になったみたいだ。
「今度は凛花の番だよ」
彼女の背中はものすごく綺麗で、滴る雫がとても艶やかに見える。細いながらしっかり筋肉がついた足も私の手で洗いたい。
「痛くない……?」
「そんなことないよ」
「小学校の時はこんな風だったのにね」
「そうだね……」
「前も洗いっこする?」
「……それはちょっと恥ずかしい!」
「ふふっ。陽菜ったら。私、髪が長いから、先湯船浸かっちゃいな」
「うん。そうする」
もわもわとした湯気は、凛花の匂いを漂わせながら天井に向かっていく。
お風呂の間はコンタクトを外しているので、湯船越しの親友のシルエットはモデルさんのように見える。
「いいな。私も凛花ぐらい伸ばせれば……」
「陽菜は肩下ぐらいだもんね」
「これ以上伸ばすと先生がうるさいんだよね」
「ええっ? 肩にかかるぐらいになったら、結べって言われているのに?」
「うん……」
第三者の方がうちの校則のおかしさを感じている。凛花ぐらいの長さがあれば、ヘアアレンジも色々できるはず。
あの学校の校則は式典がある時に少し厳しくなるぐらいで、『学生らしい容姿』なら特に咎められない。
「どのくらい髪を伸ばせるか気になるんだよね」
「でも、洗うの大変じゃない?」
「そうなんだけど、このシャワーヘッドに秘密があるの。なんか凄いイオンが出るみたいで」
「おお」
「髪洗う時、このモードにしておいた方がいいよ」
「やっぱり、何か違う?」
「うーん…… 分からない」
髪は『なんとかイオンモード』で洗ってみたが、1日では何とも言えない。分かったことは泡を流すと凛花が侵食してくることだけ。
「おいで。一緒に暖まろう?」
親友は湯船の中から手招きをしている。
「えーっ?? いいの??」
「うん。陽菜だから」
お湯が溢れないようにゆっくりとお風呂の中に入る。
小学校の時は私が抱きかかえていたのだが、今日は逆。
太ももに座った途端、全身を包み込む柔らかさが全てを受け入れたような気がした。
お風呂から上がってリビングに戻る。あのドラマを最終回まで見ると小さな達成感があった。
「あー、私トイレ。先に部屋行ってていいよ」
「うん」
全身が月形凛花となった今、制服を着てみたい衝動に駆られている。キャミも借りているのだから、あまりにもバッチリすぎる。
部屋に入ると、壁に合服と冬服が綺麗に掛けられていた。
冬服はサンシャインに行った時に着たので、合服に手を伸ばす。長袖なのと襟の色は変わらないが、大部分が真っ白。触り心地も少しざらざらしていて、軽やかな印象を受ける。
凛花にこんなことをしているのがバレたらとても気まずい。ほんの数秒だけ葛藤して、クローゼットの1番下の靴下入れから真っ黒なタイツを取り出す。
「これは……」
着替えて全身が映る鏡の前に立つと、憧れが具現化したような私がそこにいた。
「可愛い……」
左手を高く上げると、スカートのゴムと真っ白なインナーが見えた。
「わあ。合服もよく似合うね」
「わーっ! 勝手に着てごめん!!」
「ううん。寝るまで着てていいよ」
凛花の目の前で制服を着て過ごすのは恥ずかしさから躊躇いがあった。
私の頬は間違いなく真っ赤になっていただろう。
「私も着替えたら、同じ学校だね!」
親友が着替え終わると、私はスマホの電源ボタンを押した。特にSNSにあげる訳でもないのだが、体をくっつけてフィルターで加工したのと無加工なのを1枚ずつ撮る。
この時、今の私が本当に好きなものが分かってしまった。ちょっと体が当たっただけなのに、説明がつかない思いが形になった。
触れ合った時に自覚するぐらいなら、幼少期やさっきのお風呂でもおかしくないはずなのに……
最も身近な元親友にこんな感情を抱いているなんて、自分でもぞっとしてしまう。
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