カルテンブールへの旅
「みんな、準備はいいか?そろそろ行くぜ?」
俺は馬の轡を抑えながら、振り返った。
チーム全員揃っている。
皆、旅装束だ。
馬車を手配することも考えたが、結局、俺の馬一頭で済ますことにした。
俺が故郷を出る時にロバートとアリシアが餞別にくれた馬だ。
あの時は若駒だったが、もう立派な古馬だ。
と言っても、まだまだ若い。
カレドニアの馬は丈夫だ。
あと二十年は生きるだろう。
チームに俺以外に馬を持ってる奴はいない。
と言うより、オークやゴブリンは馬に乗る習慣がない。
フレッドも馬は持っているが、カサベラには持ってきていない。
俺の馬に重い荷物を持たせて、身軽な恰好で徒歩の旅をすることになった。
カサベラから王都に行くのであれば、セオリーは町の北側の渡し場でタージュ川を渡り、そこから北西に伸びる王都へ直結の西街道だ。
だが、俺達は川を渡らずにまっすぐ東へ行くことにした。
これには少し事情がある。
三日前、フレッドが言い出した。
「俺、仕事が終わったら、休暇を取るつもりだったんだがな…」
フレッドは顎をポリポリ掻いていた。
そうだった。
盗賊討伐の後、フレッドは休暇にして家に帰ると言っていた。
フレッドの妻と息子はカサベラから徒歩で一週間ほど東のカルテンブールに住んでいる。
普段はカサベラで稼いでいるが、年に数回帰っている。
「そうだったな。悪かった。今回は抜けるか?」
「いや、提案なんだがな。カルテンブール経由で王都に行かないか?」
「カルテンブール経由?そうか、カルテンブールから川沿いに下るのか。」
「ああ、カルテンブールから船なら三日ほどの寄り道、徒歩なら六日ほどの寄り道になるな。」
カサベラの北を流れるタージュ川を遡るように川沿いに続く西街道を北西方向に進めば王都にたどり着くんだが、タージュ川は王都のあたりで大きく南に曲がる。
その上流にあるのがカルテンブールだ。
カサベラからカルテンブール経由で行くとなると東にまっすぐ進み、カルテンブールからタージュ川沿いに北へ進むと王都だ。
四角の対角から対角へ行くのに、対角線を辿るか、一つの辺を辿り、角を曲がって、次の辺を辿るかという感じ。
「ま、普通、カサベラから王都に行くのに使う道じゃないけどな。」
フレッドが意味ありげに言った。
こいつも何か考えているのか?
でも、この提案は俺の考えにはぴったりだ。
「わかった。あの姫様にお伺い申し上げるかな?」
フレッドが笑った。
俺たちは陰でソニアをお姫様と呼んでいた。
身分を明かさないが、あきらかに大貴族のご令嬢のようだからな。
ソニアは随分、オーク達と気の合うお姫様だ。
普通、この王国の貴族階級は皆、保守的で、オークやゴブリンを忌み嫌っている。
しかし、ソニアはむしろ積極的にンダギ、ンダガ、ブロウと接している。
話してみれば気のいい連中だから、おかしくはないが、不思議な感じはする。
ンダギ、ンダガ、ブロウと盛り上がっていたソニアに事情とフレッドの提案を話した。
「ええ、いいわ。そうしましょ。」
あっさり承諾された。
意外にもね。
旅立って三日過ぎた頃には、俺の馬にはソニアが乗っていた。
馬に積んでいた荷物は俺達が分担して担いでいる。
最初から担げるように荷造りしていたんだ。
「まぁ、こうなるだろうと思っていたけどな。」
俺の言葉にソニアはカチンときたらしい。
「悪かったわね。こんな道悪だと思ってなかったのよ。」
いやいや。
この街道はなかなかよく整備された街道だ。
つまり歩きやすい。
「無理するなよ。慣れないのに無理して歩き続けて、まめでもできて歩けなくなったらどうする?ほどほどにしなよ。」
「私だって、結構、野歩きとかしてたのよ。」
「それはわかるよ。今日も午前中は歩き続けたじゃないか。初めての旅にしては立派だと思うよ。」
「何それ?あなた私のこと馬鹿にしてるでしょ?」
怒らせてしまったことを後悔してフォローを入れたつもりだが、よけい怒らせてしまったようだ。
実際、毎日、午前中だけでもしっかり荷物を背負って歩いているのは、貴族のお姫様にしては頑張っていると思っているんだけどな。
こんな時、うまい言葉をかけられないから転生前の人間関係は最低だった。
転生したからと言って、コミュニケーション能力が上がるわけではなく、相変わらず人付き合いは苦手だ。
ソニアは俺にンダギ、ンダガ、ブロウ達への態度とは明らかに異なる態度で接してくる。
エミィやフレッドとも違う。
この二人はクールだからンダギ、ンダガ、ブロウと同じ感じではないが、俺よりは親しくしているように思われる。
要は俺は避けられているようだ。
その上、俺はソニアを怒らせてしまったわけだが、それでもソニアは馬に乗っているだけでは退屈らしく、今は馬を曳いている俺によく話しかけてくる。
「あんたの馬、おとなしいわね。乗りやすいわ。」
「カレドニアの馬はさほど脚は早くないが、丈夫で力もある。ソニアが乗っても大して苦にならないんだよ。」
「カレドニアの出身なのよね?カレドニアって遠いのでしょう?どうして出てきたの?」
思い出したくない話題に持ってきたなぁ。
でもソニアの態度もえらく慎重な感じがする。
やっぱり避けられているのかね?
「ああ、魔法使いになる為にね。カサベラの魔法使い協会に伝手があったのさ。」
「あんた、魔法使い協会の協会員なの?正会員?」
「一応ね。」
「すごいじゃない。」
ソニアが感心したように言った。
魔法使いは大概、魔法使い協会の協会員だ。
協会に入らないと本格的な魔法は学べない。
しかし、普通は非正規会員と言って、定期的にお金を協会に収めることでなれる立場だ。
正会員は、それなりの才能、実力と地位のある魔法使いの推薦がないとなれないからこの世界ではちょっとしたステータスだ。
わりと尊敬される。
美人に感心されるのは気持ちがいい。
「ソニアは何か得意な技はあるのか?」
「私?私は…」
また、悪いことを言ってしまったか。
貴族のお姫様となると世過ぎ身過ぎの手段を気にかけることもないだろう、特にこれといった技術などないかもしれない。
貴族としての嗜み、社交術などはあるだろうけれど。
嫌味を言ったつもりはないのだけど、そうとられたかな?
「私、私ね。治癒師なの。あ、いや。治癒師といっても、治癒の術はできないの。医術もほんの少しだけ。だから、どっちかっていうと薬師ね。」
なんだかしどろもどろだ。
この世界では一言で治癒師と呼ばれる職は、三つの能力に分かれている。
治癒の術、医術、薬術だ。
治癒の術は治癒の魔法のことだ。
さすが異世界。
でも、よくゲームなんかであるような宗教的な魔法ではない。
それと外科的な効果に特化していて、内科的な治癒の術はあまりない。
解毒の術などが少しある程度。
風邪を治す治癒の術なんてのは聞いたことがない。
医術は転生前の世界の医術と同じだ。
もっともこちらの医術はかなり怪しい。
何と言ってもまんま中世ヨーロッパの世界だ。
薬術は同じく、薬剤師さんの知識や技術だ。
それぞれ別の技術なんだが、この世界では明確に分化していない。
治癒師と言っても、治癒の術専門で医学や薬学は疎い奴もいるし、医術に強くて、治癒の術は全く使えない奴もいる。
ソニアの場合は薬術特化らしい。
薬術特化の治癒師は薬師と呼ばれる。
「すごいな。薬師なら薬草とか詳しいのだろう?」
「ええ。今までもたまに薬草を摘んでいたのよ。」
そう言えば、休憩時によくンダギ、ンダガ、ブロウを引き連れて歩き回っていたな。
ソニアとの会話が少し弾んで俺は楽しかった。
カルテンブールへ向かう街道は左手に丘陵地帯が見え、右手はなだらかな下り斜面が続き、その向こうは平野部、そして、時折、遥か向こうに海が見えた。
そして気づかないくらい緩やかに登り坂になっている。
やがて徐々に海が見えなくなり、六日目には正面に山地が見え始めた。
山地の中ほどにある低い峠を越えると向こう側がカルテンブールだった。
カルテンブール周辺は魔王軍との戦争時、最前線だった土地だ。
当時、カサベラを含む王国の南部は魔王軍の占領下にあったが、ここは最後まで死守された。
領主のバロー家当主がなかなかの名将だったことと、タージュ川沿いに下れば王都に迫れる防衛戦略上の要地で王国軍の厚い援軍があったことによる。
その為、カルテンブール自体は戦渦に巻き込まれることなかった。
その後もバロー家の当主は優秀な人物が続いたようで、その治世も良く、土地は豊かで治安も良い。
フレッドが安心して家族を住まわせるのにカルテンブールを選んだ理由だ。
もっともフレッドの妻の父がカルテンブール出身だったこともある。
この世界は恐ろしく堅苦しい枠組み社会で、定められた枠組みの中でしか生きていけない。
現代日本のように、住みたいからと言って簡単に引っ越しできる世界ではない。
俺たちのような根無し草の傭兵は世間一般からはかなり忌み嫌われている。
フレッドも妻の実家の伝手がなければカルテンブールに家族を住まわせることもできなかっただろう。
フレッドの家に来たのは三度目だ。
昨年、一昨年とチームの皆で泊めてもらったことがある。
タージュ川を見下ろす丘の斜面に建つ、感じよい農家だ。
妻の叔父の持ち家だそうだ。
叔父はすぐ近くに別に大きな農場を営んでいて、面倒を見てもらっているらしい。
フレッドの妻アンナや息子のフレディ坊やに会うのは楽しみだった。
フレディ坊やの名はアンナの父親がフレッドと同じ名前を付けるようにと言い出して決まったそうだ。
フレッドジュニアだ。
俺達はフレディ坊やと呼んでいる。
初めて会った時に三歳だったから今年は五歳だ。
可愛い盛りだ。
フレッドも一緒に住みたいだろうに。
以前に訪れた時もフレディ坊やは俺達に懐いてくれて可愛かった。
カルテンブールは魔王軍の占領されなかった分、オークやゴブリン達の移住もなく、ヒト族やドワーフ、ノームばかりの地域だ。
だからフレディ坊やにとって初めて出会ったオーク、ゴブリンのンダギ、ンダガ、ブロウ、エミィを不思議そうに見ていたが、すぐに懐いてしまった。
幼児には偏見がない。
特にンダギ、ンダガ兄弟は優しくて面倒見が良いから、逗留中はずっと一緒にいた。
今回も元気なフレディ坊やと会えることを期待していたのだが…




