ヴァラキアの都 ブラド
ヴァラキアの都、ブラドはドルパツァ川の畔に築かれた都市だ。
クロンドロイもカサベラも大きな川の畔にあるが、大河はこの世界の流通の要だ。
しかも、転生前の世界のようなバラ積み船やタンカーが行き交う世界ではない。
この世界の船であれば、大きな川ならかなり上流まで行けてしまう。
カサベラはまだ河口に近いが、クロンドロイはかなり内陸部の都市だが、商船が集う港町でもあった。
転生前の世界だって、ブリストルは大航海時代の代表的な港町だが海に面しているわけではない。
エイボン川を少し遡ったところにある。
ロンドンだってそうだ。
テムズ川をかなり遡った地点にあるが、昔のロンドンの絵には船がいっぱい描かれている。
ブラドも同じことなんだな。
きっと。
ブラドは大きくうねる大河ドルパツァ川の両岸が隆起し丘陵地となり、川幅もやや狭くなり、橋が架けられる地にあった。
ドルパツァ川は北回廊海の北東部に流れ込む。
ここは海から内陸部の奥地へ続く流通の要であり、河口から一番近いドルパツァ川に架橋された地点だった。
最初にブラドを築いたのはオーク族と伝わっている。
そこにゴブリン族も集まって居住してきた。
大戦の度にこの都のオークやゴブリン達は殺されるか、逃げ去るかしてきたが、再び魔王が立ち上がった時にはここを奪還し、拠点としてきたのだ。
ヴァラキア魔王国の都だ。
第三次暗黒大戦以降は魔王軍が戦闘以外でヒト族を殺戮しなくなった為に、ヒト族の住人も多い。
数少ないがドワーフ族もいる。
エルフ族はいるが、スヴァート族のエルフしかいない。
ブラドの特徴はまずその色にある。
建物の大半が黒い。
この辺りで採石される石が黒っぽいこともあるし、意図的に黒く塗装されている建築物もある。
それに、主に銀色や金色をアクセントに使っているのが美しい。
流石に本物の金や銀はそう沢山は使えないから、それらしく見えるようにしているわけだが。
例えば黒い石の建物の四隅と窓枠だけは灰色の石を組んで、ぱっと見は黒に銀を差しているように見せているんだ。
意外と暗い印象はない。
重厚ではあるが、しっとりとして上品な印象だ。
服装も黒基調のものが多い。
黒をベースに何らかの色をアクセントにする衣装をよく見かける。
そういえばソニアがいつも着ている服も黒い生地でところどころに赤を効かせた服だ。
テルデサードでも見ない色使いではないが、一般的とはいえない。
ヴァラキア風の服装だったんだな。
ソニアの説明によるとヴァラキア地方で黒基調の建物や衣装が多いのは初代魔王にして背徳の神と呼ばれるメルコルに由来するらしい。
神話では神々は創造神が生み出した光にばかり夢中になったが、光が生まれることによって同時に生み出された闇にも愛を注いだのがメルコルとなっている。
神話ではここからメルコルが背徳の悪神へと変わっていく様が語られているわけだが、メルコルを神と崇めるヴァラキア地方の人間にとって、メルコルの愛でた闇は神聖なものとなり、黒色が好まれるようになったらしい。
アルフハイムのハイエルフやドワーフ、テルデサード王国を中心としたヒト族といった所謂かつての光の勢力の者達にとって『光=正義』、『闇=悪』という観念が存在するが、ヴァラキア地方の人間には光も闇も等しい存在で、自分達が敬うメルコル神だけが好んだという闇をより好んでいるというわけだ。
暑がりの俺は夏の昼間なら日陰の方がありがたい。
正直、ヴァラキア地方の人間の肩を持ちたい気分だ。
ブラドでもっとも重要な建物はブラド城、魔王の居城だ。
とは言え、都の中心部にあるからか、そこまでの要塞性はない。
宮殿と言う方が正確な気がする。
実際に一般的な呼称も『ブラド宮殿』だ。
ブラド宮殿は湾曲するドルパツァ川に三方を囲まれた小高い丘陵の頂上にある。
やはり黒い石で組まれた黒い城だ。
俺達はブラドに着くとそのままこの城に連れて行かれた。
城に入ると居心地の良い客間に通された。
客間には座り心地の良い椅子があり、旅で疲れた体をゆったり休ませてもらった。
いきなり王の応接室に連れて行かれて座らせてももらえなかったエルフの王城とはえらい違いだ。
暫くすると裾の長いチュニックを着たホブゴブリンが、軽食や杯がのったお盆を持つ給仕らしき人達を従えて入ってきた。
俺達が座っている椅子の前にある小さなローテーブルにそれらが配されていく間に、ホブゴブリンが挨拶をした。
物腰からよく漫画に出てくる金持ちの家に仕える執事のように思えたんだが、後で聞くと本当に執事だった。
でも前世で執事と言う言葉から連想する役職よりもかなり高位の役職だ。
宮殿内で働く使用人や下級役人を統率する立場だそうだ。
内向きのことに関しては、宮殿内に詰める役人のトップらしい。
ヴァラキアらしい黒い生地で襟元や袖口、裾に金糸の刺繡で装飾された裾の長いチュニックは確かに身分が高そうに見える。
「ソニア様、ケネス様、よくぞご無事でお戻りになられました。我らブラド宮に仕える者一同、心配しておりましたぞ。こうしてまたお仕えできること幸せに存じます。」
給仕をしていた人達もそこでうんうんと頷いている。
「心配をかけてごめんなさい。ジルワード。私も皆にまた会えて嬉しいわ。」
「すまぬな。クロンドロイを出た後は知らせを出すこともできなかったのだ。」
「いえいえ。こうしてご無事にお戻りになられたのですから何よりです。」
「ジルワード。ごめんなさい。もっとあなた達との再会を噛みしめて喜びたいのだけど、心配なの。私達の不在の間に起きたことがあれば何でも教えて!」
「さようですな…」




