アラン=シンクレア
「ダンカン聞こえる?」
ヴィーラの声だ。
むき身で空を飛んでいると風切り音がひどくて他に何も聞こえない。
魔法だな。
大気の精霊を使った魔法だ。
俺も戦闘中によく使う魔法だから返事ができる。
もっとも、飛翔するドラゴンの上と言う特殊な条件下だから、少し手こずった。
「聞こえるよ。」
「右を見て。」
右と言ってもどこまでも森が続いている。
そしてその向こうに山脈が見える。
左も同じだ。
アルフハイムの森は東西を山脈に縁どられている。
「あの一番高い山わかるかしら?」
延々と続く山脈だから、一つの山を特定するのは難しいが一番高いと言われればわかる。
「ああ。」
「あの山中にもワッサーブルクの採光窓が設けられているわ。そしてその手前の山々があるでしょ?あの辺りにワッサーブルクの東門があるの。もう少し南の山並み。真ん中の山が妙に尖った山並み、わかる?山頂に塔が見えているわ。あそこにはアイセンブルクの北門があるの…」
ワッサーブルクの東門があるという山並みはなんとなくわかったが、尖った山のある山並みは特定できなかった。
同じような山並みが一杯あるんだ。
それにエルフ族のヴィーラとヒト族の俺では視力に大きな差がある。
ヴィーラにははっきり見えているのかもしれないな。
「本当なら今頃、何もなくあそこを通っていた筈なの。ごめんなさい。」
「ヴィーラが謝ることじゃないだろ?」
「ありがとう、ダンカン。ワイバーンの速さでもまだかかるわ。ソニアをお願い。」
「あぁ。ソニアなら大丈夫だ。さっきから背中が痒いんだけど、それを言い出せないくらい必死にしっかりつかまってる。これなら落ちないよ。」
俺の馬鹿な冗談にも笑ってくれるヴィーラだ。
声が少しリラックスした。
あきれてないよな?
「わかったわ。彼女を任せたわよ。伝言の術はほんの少ししか大気の精霊を使わない術だけど、風に乗って飛翔しているワイバーン達にはノイズになるわ。これまでにするわね?」
彼女の声が途切れた。
そうか。
ワイバーン達は本当に翼の揚力で空を飛んでいるんだ。
きっと魔法なんて言ってごめん。
日没の少し前、左右の山脈が急激に近づいてきた。
足元の森も少し高くなってきている気がする。
山脈と山脈の間が最も狭まっている辺りで、森も一番の高所となりその向こうはまた下がっているようだ。
峠だ。
峠を越えればアルフハイムの森を抜けられる。
峠の向こうに広がる森はスヴァートエルフの領地、メルクハイムの森だ。
通称『闇の森』。
ライオスエルフの支配に嫌気がさしたスヴァートエルフ族が反旗を翻し、魔王陣営に加わった際に、ライオスエルフやヒト族達がそう呼ぶようになったんだ。
峠の右側は特に山脈から長く突き出した腕の先端と接しており、その頂点には塔が見えた。
さっきからソニアが何か叫んでいる。
よく聞き取れない。
最後にソニアは目いっぱい首を伸ばして俺の耳元で叫んだ。
「あれが『メルワスの塔』よ!」
とだけ聞き取れた。
正確には『メルワス』とまで聞き取れたわけではないが。
後から聞いた話だと、メルワスとは上古の時代にこの一帯を治めていたエルフ王の名前だそうだ。
まだ大陸の形も大きく違った時代だ。
アルフハイムの森もメルクハイムの森も区別なく一つの森として続いていた時代だ。
もっとも、今も峠を境に名称が異なるだけで事実上繋がった一つの森だけどな。
メルワスの王国は峠の両側に版図を広げていたそうだ。
そこでメルワスは自分の王国のどこからも見えるこの山の上に塔を築いた。
この塔に登れば王国全土が見渡すことができ、この塔で光を灯せば王国全土から見ることができた。
メルワス自身も家臣のエルフも実力のある魔法使いだったから、強大な魔法で魔力を発光させ、その明滅でメッセージを送ることができた。
転生前の世界で昔に鏡で光をチカチカさせて合図を送ってたとかいうあれだな。
今では国境を見下ろす場所にある塔だ。
戦略的価値は高かっただろう。
実際、大戦中は壮烈な争奪戦だったようだ。
しかし、終戦時はかろうじてスヴァートエルフ達がこの塔を確保していた。
だから、今もスヴァートエルフの所有となっていて、塔が立つ山もスヴァートエルフの領土だそうだ。
ライオスエルフからはかなりの抗議があったそうだが、ジャン王は譲らなかったらしい。
よく見れば、塔だけでなくその周辺を含めて要塞化されている。
そして今もメルワスの塔からは光が明滅されている。
塔の番人達から俺達へのメッセージだったそうだ。
そのメッセージに従ったのか、塔を越えると先頭のヴィーラ達が騎乗するワイバーンが右へ旋回し始めた。
続々とワイバーン達が旋回を始める。
俺は慌てて手綱を握りしめ、ワイバーンの首に張り付くように内股を締めた。
ソニアもわかっていたらしい。
しっかりとしがみついてきた。
メルワスの塔が立つ山を越えると森は広がり、左右の山並みは遠くへと離れていくが、その右手の高地にワイバーンは着陸した。
俺とソニアが騎乗するワイバーンが着地して降りやすいように首を下げてくれた時、先に降りていたヴィーラが叫んでいた。
「あなた!いったい何を考えているの!アルフハイムにワイバーンで乗り込むだけでも無茶苦茶なのに城を強襲するなんて!呆れてものも言えないわ!」
ヴィーラは傍らに立つ男に手を広げて抗議をしたり、襟を掴んで顔を近づけたり、今までにないような興奮ぶりだった。
でも、あれなんだかな…
男は黙ってヴィーラを見下ろしていた。
ヴィーラの剣幕に物怖じもせず被っていたフード付きのマントを外した。
驚いたその下の衣装はカレドニアの民族衣装だ。
俺もカサベラに移住するまでは着ていた。
隣でソニアがクスリと笑った。
「何とか言いなさいよ!いつも黙って、勝手に動いて!今回だってグリフォンの追手がかかっていたら大変なことになっていたわ!」
これも後から聞いた話だが、ヴァラキア軍にドラゴンやワイバーンがいるように、ハイエルフ達にはグリフォンやヒッポグリフがいるらしい。
本当に俺が転生した世界はファンタジーの世界だよ。
グリフォンもいるだと?
ヒッポグリフも?
俺のイメージだとグリフォンとドラゴンやその眷属ならそちらの方が強そうに思うのだが、そうでもないらしい。
ヒッポグリフはともかく、グリフォンはドラゴンと互角の強さで、ワイバーンなら速力でも力でも敵わない。
グリフォンの鉤爪にやられればワイバーンの翼など軽くもぎ取られるだろう…とか。
どうも俺がイメージしているよりもグリフォンはデカいらしい。
確か鷲の上半身と獅子の下半身だったよな?
多分、軽飛行機並みの大きさの鷲なんだろ?
もういいや。
ここは魔法が存在するファンタジーの世界だからな。
「あなた、この不始末どう責任取るつもり?ワイバーンで、ワイバーンで…」
ヴィーラが興奮しすぎておかしくなりだしている。
「アラン、久しぶりね。」
ソニアが割って入った。
いつの間にか俺の手を握って引っ張って来てる。
男はソニアの方を向いて頷いた。
どうやら口数の少ない男らしい。
「助けてくれて、ありがとう。」
ソニアは興奮でおかしくなっているヴィーラに笑いかけた。
「つまりヴィーラはそう言っているのよ。」
ヴィーラが何か言おうとする機先を制するように続けた。
「アラン、彼はダンカン。あなたの同胞よ。私の恩人。ダンカンも!挨拶して!彼はアラン。アラン=シンクレアよ。カレドニアのシンクレア一族の族長の後継者よ。」
驚いたな。
ワイバーンでエルフの都に乗り込んできた男がカレドニア人と言うだけでも驚かされたが、しかもシンクレア一族の御曹司とはね。
俺は慌てて手を差し出した。
「あ、えーと…どうも…」
急に紹介されても、俺はそんなにコミュニケーション上手じゃない。
アランは鹿爪らしい顔のまま手を握り返した。
かすかに頷いたようだ。
なんだ?
この重厚感?
歳は俺と同じくらいに見えるんだけどな…
でもこの不器用そうな感じ、少し親近感。
暫くしてヴィーラが我に返ったようだ。
「誤魔化さないで!アラン!あなた、ワイバーンを引っ張り出して、魔王殿の赦しは得たの?レネ殿は?」
アランがまた頷いた。
ちゃんと許可を取っているらしい。
「それにしてももっとスマートにやれなかったの?よりにもよって御前会議の真っ最中に王の広間の大硝子を粉々にするなんて!もう!頭おかしいんじゃない!?本当に!」
ソニアがそっと俺の手を引っ張った。
「ほっときましょ。」
「あなたは!あなたは!ねぇ!アラン!聞いてるの?」
多分、背後でアランはまた頷いているんだろうな。
「なんて言ったら良いのよ?だから!だから!」
ヴィーラのすすり泣きが聞こえてきた。
「嬉しかった…」
思わず振り返るとヴィーラはアランの胸元に顔を埋めている。
「なぁ?あの二人って?」
「ええ、そうよ。お似合いでしょ?」
俺達は次々とワイバーン達がブルーアワーの空を飛び去っていくのを眺めた。
「アランはアルヴァン伯父様の息子よ。」
「と言うことは?」
「そう。私の従兄ね。」
「先代ノルデル伯の息子と言うことは…」
「ええ、私と一緒にケネス叔父様に連れられて逃げたのよ。」
「私達、一度はカレドニアに逃げたのよ。カレドニアにいるシンクレア一族を頼ったのね。でも、フィリップも馬鹿じゃないわ。同族を頼ることは読まれていたわ。シンクレア一族の元も安全とは言えない。そこでシンクレア一族はアランだけを預かったのよ。シンクレア一族の族長の息子さんが病気で亡くなったところだったの。その子はアランと歳が近かったから、アランはそのシンクレア一族の息子と言うことになったわ。これはシンクレア一族の族長が言い出したことよ。」
「ソニアは?」
ソニアは自分の髪をつまんで見せた。
「私のこの髪と目の色、カレドニアでは目立ちすぎるわ。私がカレドニアに残るわけにはいかなかったの。」
ソニアは今はあのネックレスを外している。
「テルデサード王家には遠い昔に遥か東方の血が入ったことがあるそうよ。だから王家にはたまに私みたいな黒髪や黒い目の人が生まれるの。両方とも、それもこんなに黒いのは珍しいそうね。」
確かにソニアがカレドニアにいたら目立つな。
「だから、アランはそのままカレドニアに残って伯父様と私はヴィーラにヴァラキアまで連れて行ってもらったのよ。」
「そうか、君達を助けたのはヴィーラだったな。あの二人の出会いは…」
「そう!ヴィーラは今と変わらないけれど、アランは八歳の少年だったわ!」
そしてその八歳の少年が成長して、今は恋仲なのか。
へぇ~。
いいねぇ~。
別に妬いてないからな!
俺達は近くのスヴァートエルフの村に迎えられた。
そしてそのあとはスヴァートエルフが用意してくれた馬車でブラドまで旅をした。
ついにブラドに行けたわけだ。
ブラドでは色々な経験をさせてもらった。
しかし、ブラドに初めて着いた時の印象は強烈だ。
一生忘れないだろう。
それはその街並みの様子でも、宮殿の荘厳さでもない。
着いてすぐに伝えられた知らせの内容がショッキングだったからだ。
俺がブラドについて真っ先に教えられたこと。
それは…
カサベラの反乱だ。




