緑の党
御前会議が開かれる前日、俺達、俺とヴィーラ、ソニアの三人は城内の廊下でドワーフとすれ違った。
普段からこの都に常駐しているドワーフの大使やその部下、或いは先日のノーム爺さんのようにさらにその下で働いている者かもしれないんだが、とにかくドワーフだ。
そのドワーフから話しかけられた。
「これ落としましたよ。」
「いや、それは俺のじゃな…」
俺の話を聞かずにドワーフは強引に俺に何かを持たせるとさっさと行ってしまった。
「なんだ?あれ?」
「今はいいの。何もなかったようにそのままついてきて。」
ヴィーラに言われるがままに俺達は彼女の後を歩いて自分達の広間に戻った。
「彼は、この城に出入りしているドワーフの小役人ね。ロフト王の言うささやかな助けよ。きっと。」
ヴィーラに促されて俺はさっき渡されたものを出した。
メモだ。
こう書いてある。
『地下牢に極秘に繋がれた囚人あり。』
何のことだ?
「この城に地下牢なんかあるのか?」
「あるわ。」
「でも牢屋だろう?エルフが罪を犯すなんて想像つかないが、何かやらかしたものがいれば、収監されるだろう?」
「いいえ。普通の罪人をこの城の地下牢に入れたりはしないわ。あそこは戦で捕まえた敵の重要人物なんかを入れる場所よ。今は使っていないわ。」
「じゃあ、これ。」
「そうね。もし本当に地下牢に誰かがいるなら、気になるわ。」
「しかし、あのドワーフは?」
「恐らくこの都に常駐しているドワーフ族の大使の随員かその家族ね。間者よ。きっと!ドワーフ族も抜け目ないわね!」
ヴィーラが苦笑した。
「地下牢には行けるの?」
ソニアが妙に真剣な声で聞いてきた。
確かにどうもよい知らせな気がしないしな。
一体誰が?
「地下牢への道は間違いなく施錠されているはずよ。鍵も宮廷衛兵が厳重に管理しているはず。」
「無理なの?」
「それがそうでもないわ。地下牢には入れられるのは敵の重要人物とは限らないわ。この国の政治犯も地下牢に入れられるの。そして、そんな人物が入れられたなら、密かに会いたい者もいるの。だから、密かに造られた抜け道もあるわ。」
さすが上級王の娘!
そんな秘密も当然知っているわけだ。
しかし、よくよく抜け道とは縁があるな。
「この道は本来、地下牢への抜け道として造られたわけではないわ。」
俺達はメモのことを誰にも言わなかった。
皆には黙っておいて普通にふるまってもらう方が都合がいいからだ。
「じゃあ、どこに通じているんだ?」
俺達はランタンの明かりを頼りに地下へと向かう螺旋階段を下りていた。
「ダンカン、あなたにはかなり興味深い場所よ?」
「?」
「この都の成り立ちは知ってるわね?」
「上古の時代に神々が降臨して最初のエルフ族に様々な知識や技を教えながら、共に暮らした場所。」
と聞いているが、神話上の話だ。
どこまで本当なのか…
「そうよ。神々はこの山の頂点に自分達の住む神殿を造ったの。二度目の大戦の後、創造神が神々の世界と私達の世界を切り離し、神々は自分達の世界へ帰ってしまったわ。そして残された神殿の上に父達が築いたのがこの城よ。」
「じゃあ?」
「そうよ。城の基部の更に地下にかつて神々がおわした神殿が隠されているのよ。私達にとってはとても神聖な場所よ。この階段はその神殿へ行くための道よ。」
すごいじゃないか!
それはマジで興味がある!
「少しだけ神殿も覗かせてあげるわ。少しだけよ?私達の不在が長いと怪しまれてしまうわ。」
「わかった。」
一目でも見たい!
今、俺はただの歴史オタクみたいになっていた。
「やはり、ライオスエルフ族はこの神殿で礼拝とかするのか?」
「いいえ。神殿の存在は当時から生きている者だけの秘密。若いエルフはその存在は知らないわ。神殿に行けるのはほんのわずかな者だけよ。実際に神殿に行くことがあるのは父くらいね。」
「何をしてるんだ?」
「わからないわ。でも、父にとっては懐かしい場所なのよ。きっと。」
そうか、アルベリッヒ上級王達、最初のエルフには親がいないんだ。
彼らは創られると神々に面倒を見てもらったんだ。
もしかしたら彼にとっては神々が俺達にとっての親みたいなものなのかもしれないな。
子が親を慕うのは当然だ。
それも千年以上も離れ離れなんだ。
自分が生まれてすぐに神々と過ごした場所にくらい行くよな。
滅多に行かないそうだが、こんな時に限って鉢合わせにでもなれば、目も当てられない。
…などと思っていれば、本当にアルベリッヒ上級王は神殿にいた。
俺達は階段の下のかすかな光に気づいて、ランタンを消し、物音を立てないように一番下まで降りた。
真っ暗な中だ。
恐ろしく苦労した。
神殿はかなり広い遺跡のようだ。
『ようだ』と言うのは暗すぎてわからないからだ。
ただ、階段を下りた向こうの門の先は明らかに広大な空間が広がっているようだ。
地下にこんな巨大な空間があるとは…
そしてその中に光があった。
見たことのある光だ。
あの古城でヴィーラが放ったエルフの矢。
そう膨大な魔力を圧縮させて体外に出すことで光を放つ魔法の光。
あの光と同じだ。
但し、その大きさが桁違いだ。
ヴィーラのエルフの矢だって、俺達のような普通の魔法使いには到底真似のできない技だというのに、ここの光は遥かに大きい。
神殿の中心部に人よりも大きいような半球体の光があった。
神殿を構成する様々な石の構築物に隠れてよく見えない。
俺達は物陰から覗いた。
神殿の中央部で何か祭壇のようなものの上に魔法の光があり、アルベリッヒ上級王はその光に向かって跪いている。
何か話し声が聞こえる。
不思議な声だ。
内容はよくわからない。
断片的に言葉が聞き取れるくらいだ。
だが、何か恐ろしいことが起こっているのは間違いない。
俺達はアルベリッヒ上級王がとんでもない相手と話しているのではないかと思ったんだ。
恐ろしすぎて断言はできない。
しかし、今、俺達の存在を気取られることは破滅になりかねないことはわかった。
何と言うか…
魂が恐怖をヒステリックに訴え続けている。
ふと肩に触れられて俺は我に返った。
ヴィーラだ。
何が起こっているのか気になるが、こいつは絶対に見つかってはいけないやつなんだ。
俺達は音を立てずに階段まで戻った。
階段を少し上へ戻ると、ヴィーラが壁に手を当てて何か呪文を唱えた。
俺にはわからない古代魔法の呪文のようだ。
すると壁に入り口が現れた。
ヴィーラが無言で入っていく。
俺達も無言でついて行った。
色々、聞きたいが今は声が出せない。
俺達が入るとヴィーラは再び呪文を唱えた。
さっきまで階段が見えていた入り口がふさがった。
俺に何かが押し付けられる。
もう慣れている。
暗闇で俺に押し付けるんだ。
ランタンさ。
俺は便利な歩くマッチだからな。
ヴィーラなら俺よりもなんなく火をつけられると思うんだが、どうやらソニアにとって火付け役は俺と決まっているようだ。
ランタンの火が安定すると感謝されるでもなくソニアが前を照らした。
ヴィーラにとってはランタンなど不要だろう。
エルフ族はドワーフ族やゴブリン族ほどではないが、暗闇でも見ることができるからな。
新たな抜け道をしばらく行き、再びヴィーラが呪文を唱えるとその向こうに地下牢が現れた。
恐ろしい場所だ。
真っ暗な地下。
周囲は岩盤だ。
地下に岩盤の裂け目があり、その空間を利用した恐ろしく狭い地下牢だ。
岩を削って造られたと思しき格子の向こうをランタンで照らすとエルフがいる。
岩盤に打ち込まれた鉄杭に両手を鎖で繋がれている。
痩せこけている。
光に気づいて、弱々しく顔を上げた。
ひどい顔だ。
拷問を受けたに違いない。
目隠しをされている。
これでは流石に何も見えまい。
「ヴィーラ様…」
「メルヴェル?あなたなの?」
「ヴィーラ様、何故ここに?いけません。奴らに見つかれば…」
「大丈夫よ。メルヴェル。今助けるわ。」
「いけません。この手枷が外されれば、奴らに気づかれます。」
「魔法ね?」
「はい。捕らわれたものの中には強大な力を持った者もいました。このような手枷を外すくらいいとも容易くできるような者もいたのです。しかし、手枷を外せば魔法の知らせが衛兵に伝わるのです。脱出を試みた者は皆、殺されました。」
「なんてことなの!エルフが、エルフが、同族殺しをしたの?」
「ヴィーラ様、どうかお逃げください。何者かが党の秘密を漏らしたのです。同志の大半が捕らえられました。」
「他の者達は?」
「もっと奥に繋がれているのでしょう?しかし、今も生きている者が何人いるのやら…」
「わからないの?」
「はい。私達は時折、互いに声を掛け合うようにしてきたのですが、ここのところ誰の返事も聞こえてきません。衛兵達はたまに降りてきて、私達をいたぶっております。食事も与えられておりません。生きている者はほとんどいないでしょう。そして、たまに何かを運び出しているのです。もしかしたら、死んだ者を…」
「メルヴェル。もういいわ。静かにして。体力を無駄にしないで。今、治癒の魔法を使うわ。」
「なりません。魔法を使えば、それもすぐに検知されてしまいます。アルベリッヒ上級王は巧妙な魔法をかけられたようです。」
「父がやったのね?」
「ヴィーラ様、早くお逃げください。わずかではございますがまだ逃げ延びた同志もいます。」
「駄目よ。あなたを置いてはいけないわ。」
「いいえ。私はもう死ぬでしょう。目も潰されました。」
えぐい。
あの目隠しは潰した目を覆うためにくくられたのか。
「ヴィーラ様、あなたが語られた世界。エルフだけではない。オークもゴブリンもヒトもドワーフも。皆が共に暮らせる世界。平和な世界。どうか実現させてください。」
「お願い。メルヴェル、もう安静にして。お願い。死なないで。」
ヴィーラが泣いている。
「ヴィーラ様、覚えておられますか?私の息子は三歳でオークに殺されました。しかし、私も多くのオークやゴブリンの幼子を殺してきました。でもヴィーラ様は教えてくださいました。オークの子供と友達になったヒトの子供の話を。次に生まれてくるエルフの幼子はオークに殺されるのではなくオークの友達になるべきなのです。」
「メルヴェル、お願い。約束するわ。だから、もう静かにして。あなたに死んでほしくないのよ。」
「ふふ、ヴィーラ様。悲しまれますな。もしかしたら光の世で息子はもうオークの友達を作っているかもしれませんな?私はそれを見に行くのです。」
光の世か。
エルフ達は死後に霊魂が神々が用意した光の世と言われる世界に生き、そこで暮らすと信じているそうだ。
転生前の世界でいう天国みたいなところだな。
しかし、メルヴェルは正しい。
ここに長居しておれば、いつ衛兵に見つかるかわからない。
早々に退散すべきだ。
このエルフを助けることができたとして、無事生きながらえるかは微妙だ。
それに生きながらえることが今の彼にとって幸せなのか?
俺は非情な判断を下すような勇気はないが、それでもここは彼の思い通りにしてやった方がいい気がした。
「!」
メルヴェルが何かに気づいたようだ。
目が見えなくなった分、他の感覚が敏感になるのかもしれない。
ただでさえエルフ族の耳はいい。
彼はもう声を出さず、しきりに手振りで帰るように促した。
その時にはヴィーラの耳にも聞こえていたらしい。
彼女は声を出さず、唇を噛みしめ、最後にメルヴェルの方を見ると踵を返した。
俺達も声を出してはいけないことだけはわかっていたから、黙ってついて行った。
「おぉーい!ヴィエレン!ルヴォール!返事をしろ!」
突然、メルヴェルが大声で叫び始めた。
それに紛れてヴィーラはひそひそと呪文を唱えた。
現れた抜け道に最後に入ったのはヴィーラだ。
最後にまるで目に焼き付けるように大声で叫ぶメルヴェルを見ていた。
魔法により入り口が閉ざされるや否や、エルフの衛兵達の声が聞こえてきた。
「無駄だ。もう生きてる者などおらんだろう。そろそろお前の番だ。」
衛兵の嘲笑が聞こえてきた。
「リエラン!、エンダール!」
「うるさい!」
何かの打撃音と鎖がジャラジャラ鳴る音が聞こえてきた。
メルヴェルはもう虫の息だった。
最後に力を振り絞って叫んでいた。
何かされればすぐに死んでしまうだろう。
ヴィーラが離れていくのが気配でわかった。
俺はできるだけ小声でランタンに火を灯すとソニアと彼女の後に続いた。
衛兵達もエルフだ。
耳が利く。
メルヴェルに気を取られているとは言え、物音を立てれば気付かれるだろう。
メルヴェルは命を賭してヴィーラを逃がしたんだ。




