ドワーフ諸王(上)
「…、それで?そのエルフの女王様が一介の鍛冶師に過ぎない王様達との逢瀬を手配しろと?」
「まぁ、そう言うことなんだけどな…」
アルンが呆れるのも当然だ。
それが普通の感覚だ。
俺はここのところ、王女様や伯爵様や女王様に囲まれて感覚がおかしくなってきているが、普通の人にとっては皆、雲の上の人だ。
「アルン。無理を言ってごめんなさい。でもヴィーラには何か考えがあるのよ。きっと。」
ソニアは一度だけアルンと会ったことがある。
ヴィーラが比較的調子の良かった日に一日だけ俺達について来たんだ。
「あ、ああ。」
アルンは少し戸惑っている。
まぁ、可愛らしさだけは間違いのないソニアにあんなに近くまで顔を寄せられて頼まれるとね。
「しかし、あんたも王女様だったとはね。いや、皆、只者ではないとは思ってはいたが…」
アルンは咳ばらいをして威儀を正した。
「あー、俺達はただの人だぜ?」
俺はなにかと茶々を入れずには気が済まない奴だ。
よくフレッドに鬱陶しい癖だと怒られる。
しかし、ここは奴も後ろで頷いている。
「どうだかね?オークやゴブリン連れでこの都で上級王の客なんだ。まともには見えんがね。」
「なんとかならない…?」
ソニアが重ねて懇願する。
やや演技が過ぎている気がするけどね。
「わかった。とにかく、明日、皆でここに来てくれ。なんとかできるとは言えないが、王様達の一行の一人くらいはここに寄るだろうからな。」
ソニアがアルンの両手を掴んで大喜びする。
「約束はできんぞ!」
アルンが念押しするが聞く耳を持っていないな。
翌日、俺達は全員でアルンの鍛冶場に向かった。
塞ぎこんでいるヴィーラを元気づける為に、外に連れ出した、と言う体だ。
まぁ、どっちにしろ『曇り空』達はついてくるけどな。
アルンの鍛冶場は都を囲っているあの土塁の内側にある長屋のような建物の一角だ。
小さな橋を渡って行く。
「おう、来たか。まぁ、入ってくれ。」
アルンは俺達を見ると中に誘った。
珍しいな。
いつもは開けっ放しにしている鍛冶場で仕事をしながら、店の前に並べた椅子に俺達をかけさせるんだが…
遠巻きに見ている『曇り空』に気付くと不満そうに鼻を鳴らして扉を閉めてしまった。
「アルン殿、私はヴィーラと申します。この度は…」
「女王陛下、気にしなさんな。儂は堅苦しいのが苦手だ。まずはこちらへ。」
早速、挨拶しようとするヴィーラを遮って、アルンが奥へと入って行き、階段を上がって行った。
アルンの仕事場が二階建てなのは知っていたが、上の階に上がるのは初めてだ。
二階に上がると一目でアルンの生活空間とわかる部屋だった。
そこにも椅子やテーブルはあったが、アルンはそこに座らせるでもなく奥の扉を開いた。
「ヴィーラさん。ハイエルフから与えられたこの家屋を勝手に改築するのはご法度なのはよく知ってはいるんですがね。我らのようにこの都に住むことを許された他種族の者はやたら見張られているのがストレスなんでね…その、なんだ。ここはひとつ見逃してもらいたいんですがね。」
扉を開いたアルンが申し訳なさそうに言った。
扉の向こうは片側が土壁の廊下だ。
「これは?」
「どうなっているんだ?」
「おいおい。アルン、土塁の中にトンネルを掘ったな?」
俺達はわくわくしてはしゃいでいたが、アルンに叱られた。
「馬鹿もん!隣家の者にバレるだろうが!」
それからは俺達はこのアルンが作った違法通路を歩いた。
「二軒ほど挟んだ向こうにノームが住んでてな。やたらハイエルフの衛兵達に見張られるのが嫌で、こっそり行き来できる廊下をこしらえたのさ。」
「そんなに見張られるものか?」
「俺はまだよいが、そのノームはアイセンブルクからこの都に派遣された者でね。常駐の大使のような重要人物ではないがね、政治にかかわるものだからな。自由に行き来できるわけでもないのさ。」
ひそひそ声でそんなことを言いながら廊下の終わりにある扉をアルンが開いた。
「まぁ、あの鬱陶しい衛兵達にじろじろ見られること以外はどうってことはないんだが、なんだか癪に障るからな。遊び半分にこいつを作ったんだが…こんなところで役に立つとはな!」
扉の向こうは別の家屋の二階だった。
この土塁に埋め込まれた長屋の家屋は皆、二階建てで二階にテラスがあるらしい。
扉からは部屋越しにテラスが見え、その向こうにあのとんがり山の麓が見えている。
そして部屋の真ん中には四人のドワーフが座っていた。
この部屋の主と思しきノームの年寄りが出迎えてくれた。
「ささ、皆さまこちらへ。」
こちらもひそひそ声だ。
まぁ、声が響いて秘密の違法廊下がバレるとやっかいだからな。
俺達が部屋に入ると背後でノームが扉を閉じた。
部屋で座って待っていたのは普通の服装の平凡なドワーフのようにしていたが、一見してただのドワーフではないと気付いた。
皆、堂々としている。
不遜で、強面、俺達を見つめる眼光鋭く、貫禄がある。
ヴィーラが優雅に礼をした。
「偉大なるドワーフ諸王の皆様にお目にかかれて光栄です。」
礼儀正しいが、何か冷たい態度に見えた。
ソニアとノルデル伯も続く。
やはり優雅だ。
流石は王女様と伯爵様だ。
こちらはそんな冷たい感じはしない。
それにしても、目の前の何れも挙措尊大なドワーフ達は本当にドワーフ三大王家の王様達なんだな。
アルン、すごいじゃないか!
本当に王様達と会う席をセッティングしちまったのか!
アイセンブルクから派遣されて来たこのノームの爺さんと知り合いだった伝手からだな。
それにあの違法廊下、あれのおかげで見張りの『曇り空』達からはアルンが言うところの『一介の鍛冶師』の家に来て遊んでいるだけになっているわけだからな。
そんなことを考えていたものだから、俺はフレッドが咳ばらいをするまで突っ立ったままだった。
いつの間にかみんな跪いている。
「ヴィーラ殿、この前は本当にすまなかった。そんなつれない態度をとらないでくれ。」
向かって左のドワーフ王が言った。
俺達はアルンと部屋の持ち主であるノームにすすめられた椅子に座った。
腰を下ろしたヴィーラがツンと横を向いた。
「あの人はワッサーブルクの王様。ロフト様よ。」
ソニアがそっと耳打ちしてくれた。
ソニアも面識があるのか。
「ヴィーラ殿がカランデールに来られた時、儂は不在だったのだ。東の門に通ずる通りのいくつかで地崩れがあってな、視察に出向いておったのだ。」
「留守居役の方にお聞きしたわ。私達はいつものように通り抜けをさせていただきたかっただけだったのよ。」
「留守居の者を責めないでくれ。彼らの判断はあの時点では理にかなっている。ヴィーラ殿が教えてくださった情報の事。あれを聞いてしまっては、貴殿らを通り抜けさせては後に外交問題になりかねなかったのだ。」
ロフト王は本当に申し訳なさそうだ。
「オーク、ゴブリン追放令のことを正直にお伝えしたのも私よ。それだけではないわ。魔王殿の復活、転生者の到来、貴重な情報よ。少なくとも留守居役の方はご存じなかったようね。」
「さよう。貴重な情報だった。何れも我らは把握していなかった。テルデサード王国に常駐させている者からの使者はそなたらより一週間も遅かったからな。それにその使者どもは魔王の復活と転生者の到来は噂として伝えてきた。貴殿は我らに意図的に隠ぺいすることも、欺くこともなく、真実を打ち明けた上で我らを頼られた。貴方は誠に正直な御方だ。我らドワーフは何よりも貴方のような方を称賛する。ただ…」
「ただ?」
よく見るとヴィーラの口元には僅かに微笑が浮かんでいる。
言葉では責めてはいるが、本当に怒っているわけではないようだ。
「ヴィーラ殿、ロフトのこともわかってやってくれ。今もこうして隠れて会わねばならぬこともな。」
今度は右端のドワーフ王だ。
「ファイアーブルクのビュール王よ、ビュール三世王。」
またもソニアが耳打ちしてくれた。
「ビュールの言う通りだ。ロフトを責めるのは酷と言うものだ。もしロフトの留守居がそなた達の通行を認めたら今頃、罪を問われておっただろう。そして貴殿らが次に儂の国に来た時には儂が自ら貴殿らを拘束しておったであろうしな。」
次は中央右側のドワーフ王だ。
この人が一番偉そうだ。
顔も体も態度もでかい。
そして一番威厳があるように見える。
話す声も堂々としており、力強い低音が響いていて迫力がある。
いやありすぎる。
まぁ、俺には三人とも迫力がありすぎて圧倒されていたから、たいした違いは感じられないんだが。
とにかくこのドワーフ王こそが、三大王家の中でも宗家とされるアイセンブルク王だろう。
名前は確かグンナル王。
グンナル七世王だ。
それにしても先から話が見えないな。
通り抜けだとかなんだとか…
「皆様方、お客様からの差し入れの酒にございます。」
ノームの爺さんが盃を配りだした。
そうだ。
俺達が城からこっそり持ってきた酒を渡しておいたんだ。
流石はアルベリッヒ上級王の居城だ。
銘酒がごろごろある。
俺達にあてがわれている小広間にもいっぱい並んでて飲み放題だ。
前にも言ったがちょっとぐらい持ち出しても何も言われない。
だから今日もお土産に持ってきてたんだ。
グンナル七世王が吹き出した。
上着の中に手を突っ込んで同じ酒のボトルを取り出して掲げた。
「まったく!アルベリッヒの奴も芸がないな!わしの部屋に置いてあったのも同じ酒だったわ!」
呵々と大笑いするってのはまさにこういうのを言うんだろう。
迫力がありすぎて面白がっているのか、怒っているのかわからないがな。
「陛下、なかなかの銘酒でございますぞ?気前の良さは認めてやってもよろしいのでは?」
柔和な微笑を浮かべて窘めたのはグンナル七世王の横に座っている人物だ。
不思議だったんだ。
この人誰だろう?
ワッサーブルクのロフト王、ファイアーブルクのビュール三世王、アイセンブルクのグンナル七世王でドワーフ三大王家の王様は揃った。
もっと小さなドワーフ領を治める諸侯の一人かな?
「スリン。王たるものは全てにおいて度量を示すべきだ。儂の王城では全ての客に別々の、それでいて何れも最高級の銘酒をあてがうぞ?アルベリッヒも長く生きている割にはたいしたことないな!」
今度はロフト王もビュール王も一緒になって大笑いした。
ドワーフ族の連中ってのはエルフの悪口で盛り上がるのが大好きなんだが、王様達まで同じなんだな。
天に向かって大口を開けて大笑いする三人のドワーフ王と違って口に手を当てて皮肉っぽい表情で笑っていた謎の人物が声をかけた。
「ヴィーラ殿、まずは一献。少しは気持ちを和らげてくだされ。それから話し合いましょう。」
「こちらこそ興奮してしまって恥ずかしいですわ。スリン王陛下。」
スリン王?
やっぱり王様なのか?
改めてその顔を見た。
あ、この人、ノーム族だ。
ノーム族ってのはドワーフ族とそっくりだ。
ほとんど見分けがつかない。
この部屋の主もそうだが、ノーム族はドワーフ族よりも痩せている人が多く、細面なんだ。
この人は横長の顔だちをした三人のドワーフ王達と違って頬もこけていて細面だ。
ノーム族は独自の国家を持たない。
昔からドワーフ族に交じって暮らしてきた。
だから独自の王様がいるなんて知らなかった。
ノーム王っていたのか!
酒を飲んでいる間は少し雑談になったから、その間にソニアやノルデル伯から俺達は話を聞くことができた。
元々ヴィーラやソニアは峠を越えて北の荒れ地からアルフハイムの森を横断する気はなかったらしい。
ワッサーブルクには俺達が見たスカニア湾側から地下を通り抜けて山脈の東側、このアルフハイムに面した門へ抜ける道があるそうだ。
そして、そのワッサーブルクの東門からアルフハイムの森のはずれを少し南下したところにアイセンブルクの最北端の門があるらしい。
現在のアイセンブルクはかなり南北に長い。
アイセンブルクの最南端の門を抜ければそこはヴァラキア地方の西の辺境部だそうだ。
数か所、地表には出るそうだが、そこはアイセンブルク領内だ。
つまり、ほとんどエルフ達の国を歩くことなくヴァラキア地方に行く道があったわけだ。
因みに後から聞いた話では、幼いソニアやノルデル伯がヴァラキアへ逃げた時にヴィーラが連れて通った道もこの道だったそうだ。
王国の刺客に命を狙われている二人が密かに逃亡できるようヴィーラがドワーフ王達とのコネクションを使って案内したらしい。
なるほど、そんな道があったならカランデール行きの船を選ぶわけだ。
一方でドワーフ王達が言う通り、魔王の復活やオーク、ゴブリン追放令のことを知ってしまえばドワーフ達としては簡単に俺達の通行を許すわけにもいかないのは道理だ。
ドワーフ三大王家の王様達が揃って、テルデサード王国の特使の来訪に合わせて、この都へ来たのもオーク、ゴブリン追放令の公布と同時に始まるであろうヴァラキア地方侵攻についてアルベリッヒ上級王の御前会議で話し合うためだ。
もしかつての光の種族同盟が復活し、それにドワーフの諸王が加わるのであれば、俺達の通行を許し、逃亡を助けるのは利敵行為になりかねない。
今のソニアはあまりに政治的に微妙な存在だ。
俺ははっきりと思い出した。
カランデールでヴィーラとソニアが酒場に入ってきた時、外に一瞬見えたドワーフの後ろ姿。
あれはワッサーブルクの者だったんだな。
没交渉に終わった直後だったんだろう。




