父と娘と忠臣と
城へ続く道はずっと絶景だった。
このとんがり山の麓にある街並みも、山肌から見下ろすアルフハイムの森の景色も美しかったし、むき出しの岸壁や、その岩塊をくり抜いた隧道も見事だった。
そしてたどり着いたエルフの王城は更に見事だった。
町の門と同じくこんな建物どうやって建てたんだろう?
とんがり山の山頂だ。
本当に針の先端のようなところに建てられた居城だ。
かなり下の部分から基部の石が積まれている。
本当に石かはわからないんだが。
何か漆喰のようなものが塗られているからな。
確か同じようなところに建てられているよく似たノイシュバンシュタイン城はコンクリート造りと聞いたことがあるが…
城門をくぐると内陣の向こう側にもう一つの門が見え、その向こうは橋になっているようだ。
左右は城館に囲まれている。
そこには衛兵が配されている。
構えてはいないが弓矢を携帯している。
何かすれば、たちまちハリネズミにされてしまいそうだ。
反対側の門をくぐり、橋を渡った向こうは荘厳な門で遮られている。
その門の背後に巨大な城館が聳えていた。
こちらの城館が云わば本丸みたいなものか。
橋の下は深い谷間になっているが、後から聞いた話では岩盤をくり抜いて作った堀切らしい。
よくやるよ。
俺達は王の応接間に通された。
玉座のような椅子があったが、これが玉座と言うわけではないらしい。
正式な玉座は王の広間にあるが、いちいち玉座で対面するのは大層だから私的な会見や密談などをする時はこちらの部屋を使うらしい。
ヴィーラによるとヴィーラを家族として扱い、内輪の会見という位置付けでこの部屋を選んだのか、招かれざる客という侮蔑の意味で王の広間を避けたのかは微妙なところだとのことだ。
もっとも、俺には十分に立派な部屋に見えた。
ここを王の広間と言われても信じただろう。
途中で武器を取り上げられた。
まぁ、そうなるよな。
俺の杖もだ。
「年寄りから杖をとりあげるとは!それがエルフのやり方か!」
って叫んでやろうかと思ったが、俺、こちらの世界ではまだ若いからな。
ンダギとブロウの剣は渡されたエルフの方が辟易した顔をしていたな。
重くてギザギザしていて扱いにくいからな。
「大事に扱ってくれよ。」
ンダギは礼儀正しく話しかけたつもりだろうが、誤解を受けやすい見た目だからな、話しかけられたエルフは少し怯えたような表情を浮かべた。
二人がこれを振り回すことを想像すると怖いだろう。
部屋には十分に座り心地のよさそうな椅子があったが俺達は立たされたままだった。
やがて部屋の奥の扉からアルベリッヒ上級王が入ってきた。
俺達を囲んでいた淡いブルーグレー服の連中が跪いた。
ミディオールが目線と手振りで俺達にも従うように促したが、俺達は気付かない振りをした。
ヴィーラは何も言わない。
なら、それでいいだろう?
但し、ノルデル伯とソニアは優雅なお辞儀をした。
多分作法に心得があれば、それがより正しい選択だったんだろうが、俺達にそんな教養あるわけないだろう?
もちろん俺は地主の家で育ったからな多少の礼儀は躾けられているが、さすがにライオスエルフの上級王にどうふるまったら良いかなんて教わっていない。
しかし、アルベリッヒ上級王にとって、そんなことはどうでも良かったらしい。
自分の椅子に座る前、俺達の方へちらりと視線を送ったが、これといった反応もなく無表情のままだった。
俺は改めてアルベリッヒ上級王をよく観察した。
もしかしたら『天顔を仰ぐこと叶わず』なんてことで、見てはいけないのかもしれないがそんなこと知らないからな、普通に見たのさ。
どうやら、それは問題なかったらしい。
特に何も言われなかった。
アルベリッヒ上級王は美しいと言うこと以外には、あまりヴィーラと似ているようには思えなかった。
もしかしたらヴィーラに出会ってすぐの頃の俺だったら似ていると思ったかもしれないな。
恐ろしく端正で整った顔立ちで理想的な造形を求めて生み出された彫像のようだった。
彫像のように思わせるのはあまりに整った顔立ちだけでなく、表情に乏しいからだ。
ヴィーラも打ち解ける前はそう見えたな。
アルベリッヒ上級王は恐らくこの世で最も高齢な人物だ。
この世で初めて創造神によって創られた『言葉を話し、道具を使う生き物』の一人なんだ。
歴史上の人物、いや神話上の人物だ。
そんなやつが生きているのがこの世界だ。
改めてファンタジーな世界に転生したものだと実感したな。
しかし、アルベリッヒ上級王にそのような年齢を感じさせるものはなかった。
姿かたちは若者と変わらない。
でも彼を見て若者と思う者はいまい。
容姿が若者のようであっても、若さはそれだけでは伝わらないんだな。
そう彼には若者らしさは微塵もなかった。
まるで時とは無縁の存在のように思われた。
彼の年老いた姿は俺には想像できない。
何千年経っても同じ姿でいそうだ。
「ヴィーラ、我が娘よ。よく来たな。前にここへ来たのはいつだったか?今落ちつつある葉がまだ生える前ではなかったか?」
「父君。仰る通りですわ。前にここへ来たのは二つ前の夏のことです。」
「ふむ。我々にとってはほんの一瞬ではあるが、娘が父を訪ねる合間としては少し時が経ち過ぎてはおらぬか?」
俺は意外だった。
アルベリッヒ上級王は西方語で話し始めたのだ。
ヴィーラとの会話であればライオス語で良いだろうに。
しかも、さっきの言い回し、あれは明らかに俺達にもわかりやすいように言ってくれているよな?
確かに娘が一年以上会いに来てくれなければ俺達にとっては長く感じるが、一年を一瞬のように思える長命のエルフにとっても久しぶりに感じると解説してくれているんだ。
勿論、娘への嫌味も込めてだが。
アルベリッヒ上級王の気遣いか?
誰よりも俺達のことを虫けらくらいにしか思ってなさそうなんだけどな。
でも、そこはやはりライオスエルフの上級王と言うことか。
どれだけ軽蔑している相手であってもそんな気遣いはしてくれるんだ。
上級王の器だな。
「申し訳ございません。父君。暫く旅に出ておりました。大切な用事があったのです。」
「ふふ。そなたには大切な用事であろうな。我々と誼のある王国の姫君を捜しに行ったのだからな。」
上級王はソニアの方をちらりと見た。
「ええ、そうですわ。そして彼女は私にとってとても大切な友人でもあります。」
「そなたは友人が多いからな。」
今度は俺たち全員に目を向けた。
特に侮蔑する表情でもないが、親しみも一切感じさせない。
「ええ、その通りですわ。今は多くの者達と友人として付き合える時代ですわ。」
少しヴィーラの口調に緊張感が加わってきた。
しかし、アルベリッヒ上級王はいなすように微笑を浮かべた。
その微笑がまた相手の心をほぐすような微笑ではない。
どちらかというと氷のように冷たい印象を与える微笑だ。
「わたしとそなたではやや認識が異なるようだがね。」
「父君。この話はこれまでも何度も…」
アルベリッヒ上級王は片手を上げて話し始めたヴィーラを制した。
「しかし、ヒト族の王は私に近い認識に至ったようだがね。何か言うことはないのかね。」
『オーク、ゴブリン追放令』のことだ。
「失礼いたしました。父君。こちらの友人達を安全な場所まで送り届けましたら、ご報告するつもりでした。フィリップ王が…」
「聞いておるよ。」
「既に知らせがございましたか?」
「テルデサード王国からと言う意味では、まだ知らせは届いておらぬ。しかし、近々、特使をこちらへ寄こすと前触れがあったからな。そのことであろう?」
「では、テルデサード王国の宮廷に派遣している者から?」
アルベリッヒ上級王はまた笑顔を浮かべた。
「ヒト族の宮廷に派遣している者達はそなたの所管であろう?」
「失礼いたしました。今回の件については私自らお知らせしようと思っておりましたので…」
「まぁ、良い。」
アルベリッヒ上級王は後ろを振り返った。
「入ってまいれ。」
小姓?と思われる小柄なエルフがさっきアルベリッヒ上級王が入ってきた扉を開いた。
そこから入ってきたのは…
「カレイド!?」
ヴィーラが驚きの声を上げた。
カレイドは笑みを浮かべて部屋に入ってくると優雅に跪いた。
「女王陛下、無事、こちらにお着きになられて安心いたしました。道中の手配は万全を期してはおりましたが、これから暗い時代になりますからな。何が起きるかわかりません。」
しれっと言いやがった。
そうか、全てこいつの差し金だったのか。
「ヴィーラ、そう怒るな。カレイドは家臣としての務めを果たしておるのだ。そなたの安全を確保し、過ちを正し、正しい道へと導く。げに輔弼の臣とは彼のことだ。」
「カレイド、あなた!」
ヴィーラはアルベリッヒ上級王を無視してカレイドを睨みつけた。
カレイドはそんなヴィーラを恐れず恭しく頭を下げた。
「カレイド、そなたを娘に付けたのはやはり正しかったようだな。昔からそなたは娘が過ちを犯さぬよう気を遣ってくれる。」
「私が過ちですって!」
ヴィーラが激昂している。
ヴィーラはいつも冷静だ。
こんなヴィーラは見たこともない。
何かあった時に備えて俺は思わず杖を構えようとして、取り上げられていることを思い出した。
「私が何の過ちを犯したというのですか!?」
「そなたは一度、反乱を起こそうとしたな?」
「あれは父君が!」
「女王陛下、どうかお静まりください。」
カレイドが口を挟む。
「あなたは黙っていなさい!」
「あの反乱未遂の前にも禁を犯したな?アルフハイムの森にいてはならぬ者は匿おうとした。そなたは下らぬ情に流され過ちを犯そうとしたのだ。」
まずい!
ヴァーナのことだ。
ヴィーラを一番刺激する話だ。
ヴィーラ、お願いだから、ここは抑えてくれ!
「あの時もカレイドがうまく処理してくれた。」
「カレイドが?」
「うむ。秘密裏にあのオークの小娘をカレイドが連行してきてくれたのだ。だから、私はそなたに公に罪を問わずに済んだ。」
「カレイド。カレイド、あなただったのね。」
ヴィーラが聞いたことのないような、まるで軋み音のような歪な声で振り絞るように呟いている。
「カレイド!カレイド!カレイド!許さない!」
アルベリッヒ上級王はそんなヴィーラを無視して続けた。
「折角、カレイドの尽力で事を公にせずに済ませたのに、そなたがあの後、反乱を起こそうとして、それが発覚し、全て台無しになってしまった。私はカレイドに心からすまなく思ったものだ。」
「上級王陛下、恐縮でございます。」
カレイドがまたいけしゃあしゃあと言うのが腹が立つ。
ヴィーラはもっと煮えくり返っているだろう。
ヴィーラの後ろ姿からは凄まじい怒気が感じられる。
どうしたら良い?
思わず俺はヴィーラの方へ歩き出した。
すぐにアルベリッヒ上級王の直属兵達が俺を遮るように進み出た。
しかし、それをすり抜けるようにソニアがヴィーラのもとへ駆け寄った。
さすが、暗殺者としての訓練を受けているだけのことはある。
すごい動きだ。
エミィのようだ。
「お願い。ヴィーラ、今は我慢して。」
ヴィーラを後ろから抱きしめるソニアは泣き声だ。
ヴィーラの肩甲骨の辺りに顔をうずめているが、きっと大泣きだろうな。
ソニアはヴィーラの親友だ。
ヴィーラがヴァーナのことでどれだけ傷ついたかを誰よりも理解しているはずだ。
「娘よ。その姫君は確かにそなたの大切な友人のようだな。」
アルベリッヒ上級王は怒り狂う娘を無表情に見つめていたが、今の言葉だけはどこか温かみを感じさせた。
何千年も生きるエルフの親子の感情ってのは想像つかないんだが、今だけ一瞬アルベリッヒ上級王が普通の父親のように見えた。
そう、カレドニアにいるロバートのように。
「そなた達は我が娘の友人だ。賓客として迎えよう。この都にいる限り、そなた達は自由にしてよろしい。安全も保障しよう。」
再び、彫像のようになったアルベリッヒ上級王は冷たく宣言した。
これが俺達のアルベリッヒ上級王との初めての謁見だった。




