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転生者なんて負け組だ  作者: 荒野旅人
第二章 逃避行編

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神々の宿木

書物ではよくエルフの都は巨大な緑の城壁に囲まれていると記述されているが、俺にはどういうことかよくわからなかった。

俺に想像力は乏しいから何のことか理解できず、なんとなくデカい石造りの城壁をペンキで緑色にでも塗りたくっているのかと思っていたが、違った。

俺達はまさにその城壁沿いの道を歩いていた。

道の左手にずっと芝草で覆われた巨大な土の壁が続いている。

これが緑の城壁か。

転生前の世界で京都に旅行した際、御土居というのを見たことがある。

豊臣秀吉の時代に京都を囲った土塁らしいんだが、神々の宿木の城壁はこの御土居によく似ている。

但し、規模が全然違う。

俺が北野天満宮の近くで見た御土居の三倍くらいの高さはありそうだ。

これがずっと続いている。

森の中の坂道を登り続けて、この城壁沿いの道に合流してからもう二~三マイルは歩いているはずだが、城壁が途切れる様子はない。

道はわずかに左に向かって弧を描いている。

つまりは環状の城壁なんだろう。

道が城壁にぴったりと沿っている上、この巨大さだ。

内側の様子が全く分からない。

時折、石や木でできた塔の先端と思しきものがちらりと見えるが、ほとんど見えない。

もう少し城壁から離れれば何か見えるのかもしれないが、道の反対側は森だ。

森に入って行くのは大変そうだ。

それにそちら側は下り斜面になっているからな、仮に森の木を伐りはらっても、城壁の内側から何かがのぞいている様子は見えないのかもしれないな。

まぁ、それはそうなんだろうな。

何と言っても、こいつは防衛施設だからな。

敵に中の様子が見られるようでは意味がないか。

道をこんなに城壁にぴったりと沿わしているのも、道の反対側が一切伐採されていないのも、防衛上の理由なのかもしれない。

少なくともこの城壁の上に守備兵に立たれて、石か何かを落とされたら防ぎようがないな。

矢も同様だ。

かと言って、この森の中を歩くのはあまりに困難だ。

「おい、あとどれくらい歩くんだ?」

ブロウが遠慮の欠片も感じさせない口調で聞いている。

俺達を先導するエルフ兵は無視だ。

「お前達、西方語は難しすぎるか?」

ブロウは更に調子に乗る。

無視するエルフ兵の表情が険しくなっていく一方なんだが、まぁ、ブロウの思うがままだな。

ブロウはカサベラなまりを隠そうともしない。

ヴィーラによるとライオス族は皆、西方語を知っているが、彼らの話す西方語はクロンドロイ辺りで話す西方語に近いそうだ。

俺の転生前の世界で言えば、標準語みたいなものか。

俺達が容赦なく地元のなまりで話すと大半のライオス族にはわかりづらいらしい。

もっとも、俺はカレドニアなまりでも話せるが、こちらもクロンドロイ辺りの西方語とはかなり違う。

皆、標準語の西方語で話すことはできるんだが、まぁ、嫌がらせだな。

隣で俺達の中では、最も流暢に標準語を話すソニアがクスッと笑っている。

皆、不安で不機嫌だ。

ブロウの態度や言動は兵達を刺激しすぎだが、お陰で他の皆のガス抜きにはなっている。

その辺もわかっててわざとやっているのか?

どっちにしてもブロウらしいな。

「もう少しよ。ブロウ。あと十五分も歩けば正門前よ。」

ヴィーラが少し笑いをこらえるような声で答えた。

申し訳ないが、俺達と兵達の不満で板挟みになっているのがヴィーラなんだが、ヴィーラも少し面白がっているようだ。

俺達は昨日、馬車を下りて歩かせろと兵達に要求したんだ。

もう姿を隠しても意味がないし、ずっと馬車の中でうんざりしていたからな。

ライオスエルフの兵達からすれば、自分から歩かせろと言い出しておいて、あとどれだけ歩くんだと文句を言い出すんだ、腹が立つだろうな。

少しだけ兵達が気の毒に思えた。

少しだけだけどな。

こいつら大嫌いだ。

俺が持っていたハイエルフの悪い印象がそのまま実在化したような連中だった。

ライオス語がわかるソニアやノルデル伯によると連中は俺達に聞こえないところでたまに『獣』と言う言葉を放っているらしい。

昔、エルフ達が俺達ヒト族を数える際に『一匹、二匹…』と数えていた時代にヒト族を呼ぶのに使っていた言葉で、かなり失礼な差別語らしい。

流石に今ではライオスエルフの中でも、そう呼ぶことを禁じているはずなんだが…

こいつらが俺達をどう思っているかは明白なんだよな。


どうやらここまで兵達の一部が先行して、道を通行止めにしていたらしい。

確かにこちらに捕まってから、誰も見かけなかった。

都へ通じる道であれば、それなりの通行量があるだろうに。

しかし、正門前となるとそうも行かなかったようだ。

それなりに往来がある。

正門は見事な建築物だった。

緑の城壁よりも更に巨大な建物だ。

大聖堂のファサードによく似ている。

下部のアーケードは三連の強大なアーチ門で、中央のものがやや大きい。

三連であることで美しく見えているのだが、ヴィーラによると扉を三つに分けて、一つが突破されても大軍が一度に侵入できないようにしているとのことだ。

アーケードの上のトレサリーも見事だ。

思えばアーケードだの、トレサリーだの、アーチだのと、この世界に転生したおかげで俺もお洒落な言葉を随分覚えたものだ。

トレサリーの中央には巨大なバラ窓が複雑かつ精巧な造りで恐らく森の木々をモチーフとしたと思われる形状に見えたが、宿り木を表しているらしい。

更にその上にあるピナクルもヒト族の町で見かけるものとは比べ物にならないくらい優美だ。

一見、白っぽい石でできているように見えるが、表面は陶磁器のようにつるりとした質感だった。

本当に陶磁器に見えるんだが、何なんだ?

タイルのような細かいものならともかく、ほとんど継ぎ目がないからそんな巨大な陶磁器が焼けるとは思えない。

まさか魔法で?

何と言ってもライオスエルフの都だ。

ないとは言い切れない。

とにかく途方もない美しさだ。

本当にハイエルフ族と言うのは好かないが、彼らの創造物は素晴らしい。

正門の往来に俺達が近づくとたちまち注目を浴びた。

当たり前だ。

ヒト族はともかく、アルフハイムにいるはずのないオークやゴブリンが堂々と歩いているんだ。

エルフの子供がぽかんとした顔でンダギを指さして、傍らの両親に何かを言っている。

可愛いな。

君は嫌な奴に成長しないでほしいな。

ここまで俺達のまわりには少人数しか姿を見せていなかった淡いブルーグレー服の連中が、また俺達の周りを囲んで歩き出した。

正門をくぐると神々の宿木の様子がやっとわかった。

門の裏側は橋になっていた。

町を囲む城壁の内側は建物になっていた。

二階建ての長屋のような建物だ。

この建物に土を被せて土塁にしていたんだな。

そしてその建物沿いに運河が流れていた。

水堀のようだが、城壁の内側に水堀があるのは珍しいように思うが。

まぁ、あの高い城壁をやっと登っても、飛び降りた内側が水堀と言うのは攻め手にとっては悪夢かもしれない。

橋はこの運河を渡る為のものだ。

橋の向こうに町が広がる。

木造の建物もあれば石造りのものもある。

街路の往来にはエルフ族だけでなく、ドワーフ族やヒト族もわずかではあるが見受けられた。

商人かその関係者だろう。

許可を得た商人は直接、神々の宿木に商品を持ってきて商いをすることができるらしい。

ドワーフ族の中にはここに定住している者もいるらしい。

エルフ族とドワーフ族は仲が悪いが、古くから交流があるし、エルフ族はドワーフ族を見下してはいるが、その技術だけは高く評価している。

認められた職人であれば、定住も許されるわけだ。

町の向こうに、遠近感がおかしくなるような巨大な像があった。

見たこともない意匠の衣装をまとった膝をついて天に向かって弓を引く兵士の像だ。

こんな石像を作る技術も持っているのか。

と、驚いたが、ヴィーラから『あれは巨神兵の抜け殻』と言われてさらに驚いた。

巨神兵と言うのは第二次暗黒大戦の際に神々が現世に降り立ち自ら戦った際の姿だ。

神々というのは人智を超えた存在で、この世界に降臨できるような肉体を持つ存在ではないらしく、この巨大な像を作り、それを憑代にすることで降臨した…と言われている。

そして、大戦の終わりに創造神によって神々の世界とこの世界が隔てられた後にはこの巨大な石像が残されたそうだ。

多くの抜け殻が失われたが、世界にはまだ数体の抜け殻が残っており、エルフの都にも一体が存在することは知っていたが、実際に見ることになるとは…

その容姿はかなりエルフっぽい。

そこは少しムカついた。

そして神々の宿木で一番目を引くのは中心部に聳え立つ石柱のように細く高い円錐形の山だ。

遠くから見ると人工の山かと思うような見事な円錐形で三角コーンみたいだが、近くからよく見ると山肌には変化に富んだ地形が見受けられた。

断崖がむき出しの箇所もある。

まるで突き立てた指のような岩が天に向かって突き出していて、そんなところに何故?と聞きたくなるような塔が建っていたりする。

山を登る道が螺旋状に続いているのも見て取れた。

道は時には山肌のところどころに見える白亜の街並みの中を、時には眺望が良さそうな美しいテラスの下を優美なアーチに支えられて通り抜けていたり、飛び出した岩塊をくり抜いた隧道をくぐったりしている。

そして山頂には塔の多い城があった。

ヴィーラがその城を指さした。

「あれが父、アルベリッヒ上級王の居城、白角城よ。」

その城は名の通り白く、角のように鋭く天に向かって建っていた。

見た目はドイツにあるノイシュバンシュタイン城によく似ている。

規模は遥かに大きく、それでいて小塔の一つ一つがより繊細で優美であったりするのだが、見た目の印象はそっくりだ。

屋根の色はノイシュバンシュタイン城は確か紺色だったと思うが、白角城は青みがかった灰色だ。

空の色に馴染んで、白亜の壁を引き立てている。


「ところであなた達?」

「?」

ヴィーラは悪戯っぽく微笑んだ。

「これからあのお城まで歩いて行く気?」

勿論、願い下げだ。

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