王女捕らわる
翌朝、俺はあくびを噛み殺しながら馬車に乗り込んだ。
同じ馬車だ。
今回はヴィーラとソニアと同乗だ。
とは言え、二人は大の仲良しだ。
二人で盛り上がっている中、俺は一人で適当に相槌を打ちながらぼんやり景色を見て過ごすことになるだろうな。
まぁ、悪くはない。
絶世の美女ととびきりに可愛い女の子が楽しそうにおしゃべりをしているのを眺めながら旅をするんだ。
眼福じゃないか。
「ちょっと、こっちの街道を行くの?」
ヴィーラが御者側の窓を開けて聞いた。
「はい。陛下。宰相様の指示です。なんでも、南に向かう街道沿いの村で市場が開かれるようで、あちらは目につくだろうと仰られまして…」
「そう…」
ヴィーラは考え込むように黙ったが、すぐに切り替えたようだ。
「わかったわ。カレイドのことだから、よくよく考えてのことでしょう。『神々の宿木』には近寄らないわね?」
「はい。もっと手前で間道に入ります。」
「何かあったら、すぐに知らせて。」
「御意。」
「『神々の宿木』って?」
「私達の都のことよ。」
「すごい名前だな。」
「上古の時代、神々が居を構えて生まれたばかりの私達エルフに色々と教えてくれた場所、とされているわ。」
すごいな流石ハイエルフの都だ。
「それで『神々の宿木』ね。」
確かにそちらへ近づく道は剣呑だな。
しばらくは何事もない旅が続いた。
カレイドは時折、俺達がゆっくり休める場所を用意してくれていた。
馬車から出て気にすることなく歩き回れる場所だ。
カーテンを閉めきっての馬車旅だ。
そんな休憩がたまらなくありがたい。
ヴィーラの王国の国境を越えた後も、そんな場所を用意してくれていた。
さすが、やり手だな。
俺達はこのままアルフハイムを抜けられるのではないかと思い始めていた。
しかし、この時、俺達は既に敵の手中に落ちていた。
馬車が唐突に止まった。
御者台の方からノック音が聞こえてきた。
ヴィーラは腰の剣に手をかけて窓のカーテンをわずかにずらし外を見た。
「どうして!?」
「何があったんだ?」
俺も思わず、杖を引き寄せた。
やばいのは間違いない。
「待って、まだ顔を出さないで。」
ソニアがカーテンを開けて外を見ようとするのをヴィーラが止めた。
「何があったの?」
「わからない。でも囲まれているのは間違いないわ。あれは…」
「?」
「あれは、父の直属の部隊よ。」
俺達はアルベリッヒ上級王の兵達に包囲されてしまったらしい。
「陛下。奴らが主を出せと要求しております。上級王陛下の直属部隊とは言え陛下に対して不敬です。言ってやりましょうか?」
「いいえ。彼らに囲まれてしまったのなら、刺激をしない方が良いわ。私が出るわ。伝えて。」
ヴィーラが立ち上がった。
「あなた達は、じっとしておいて。まだどうなるかわからないわ。」
「ヴィーラ女王陛下のお出ましだ!お前達、控えろ!」
御者の声が響く。
ヴィーラが扉を開けて、馬車から降りた。
「その方達。我が一行と知っての狼藉か?道を開けよ!」
ヴィーラの凛とした、威厳のある声が響く。
相手の返答が聞こえるが、聞き取れない。
いや聞こえても仕方がないかもしれない。
ライオス語だ。
どうやらソニアは少しわかるらしい。
後から王族の嗜みだと教えられた。
中世イングランドでは身分の高い者はフランス語を覚えたという。
そんなものか。
「上級王からの迎えの使者、と言ってたわね。」
ソニアはもう馬車を下りていた。
「ダンカンあなたも一度降りて、彼らは全て知っているようだわ。」
ヴィーラの声が聞こえてきた。
仕方がないな。
俺は一応、杖だけは持って外に出た。
ところどころに金糸の刺繡が施された淡いブルーグレーの制服を着たエルフの一団に包囲されていた。
これがアルベリッヒ上級王直属兵団なのか。
ヴィーラは他の馬車にも声をかけて、皆に外に出るよう言って回っていた。
「これ、どういうこと?大丈夫って言ったじゃない?」
ユキーナが心のこもらない口調で文句を言っていた。
ヴィーラが詫びている。
ヴィーラだって責められても辛いだろうに。
なんなんだろうな?
ヴィーラに文句を言ってどうにかなるもんでもないだろ?
あれ?
なんかデジャヴだな。
そうか。
俺だ。
転生する前の俺だ。
いつも不満ばかり抱えていて、上司や同僚にも文句ばかり言っていたな。
もしかして、そういうところだったのか?
俺?
ヴィーラが任せろと言って、この道を選んだのは事実だ。
ヴィーラだってできるだけのことをして、それでもバレてしまったんだ。
ヴィーラが悪いのか?
ヴィーラの責任だったとしても、ヴィーラを責めたって何の解決にもならないんだ。
「はぁー。」
「どうしたの?」
「いやなんでもない。」
ソニアに前世のこと思い出してため息ついたなんて言っても、こんな時に何考えてるの?って言われるだけだな。
今更、気付きがあっても、今はこちらの世界で新しい人生を歩んでいる。
もういいさ。
「あなた達、西方語で話しなさい。」
ヴィーラがアルベリッヒ上級王の直属兵達に命令した。
西方語はウェスタリア地方全域で使われているヒト族の言葉だ。
ハイエルフ兵達は露骨に嫌な顔をしやがる。
兵達の中から一人が進み出た。
他の連中より少し偉そうだ。
隊長か?
「私はアルベリッヒ上級王陛下直属、第三兵団、団長ミディオールと申します。上級王陛下の命によって王女殿下をお迎えに上がりました。」
「ミディオール?どうしたの?今更。あなたのことはよく知っているわ。名乗りは不要よ。」
ヴィーラはやや不審な様子だ。
しかし、この隊長がわざわざ名乗ったのには遠回しな恫喝が含まれていたのだが、俺達は気付けなかった。
「父は私に何の用なの?私は急いでいるの。」
「王女殿下、申し訳ございません。上級王陛下より王女殿下と殿下のお連れ様を賓客としてお迎えするよう命じられているだけなのです。」
隊長はにべもなかった。
それにしても、ヴィーラの家臣らはヴィーラを『女王陛下』と呼ぶが、こいつは『王女殿下』と呼ぶんだな。
所属の違いなのかね。
どっちにしろ、逆らうことは無理そうだな。
「わかったわ。但し、私の友人達に失礼がないようにしなさい!少しでも無礼や粗相があれば、私が許しません。よろしいですね!」
ヴィーラの凛とした声には威厳が漂っている。
流石だな。
兵達も少し怯んだようだ。
「御意。」
隊長は言葉少なく答えると部下達にてきぱきと指示を飛ばし始めた。




