ヴァーナ(中)
ヴィーラは屋敷の裏手の木立を案内してくれた。
木立には小川が流れていた。
屋敷の庭には川や池があったが、どうやらこの小川から水を引いているらしい。
ここもヴィーラが木々に注文をつけて作らせた木立なのだろうか?
小川に沿った小径は屋敷に来るまでと同様に心地よい。
木立を抜けると小さく開けた場所に出た。
反対側は崖だ。
先程の小川の水源はこの崖の上にあるようだ。
小さな滝が崖の上から落ちて、小川に続いている。
息をのむような美しい場所だった。
花が咲き誇っていた。
「ここは一年中花が咲いているのよ。」
「そんな花がアルフハイムにはあるのか?」
「まさか。春に咲く花、夏に咲く花、秋に咲く花、冬に咲く花。皆にお願いして少しずつここで生えてもらったのよ。バランスを調整するのに苦労したわ。」
「ここも?」
「そうよ。さっきの木立からこの広場まで、かなり私の我儘を聞いてもらったわ。」
ヴィーラの表情が暗い。
思わずソニアを振り返ったが、彼女は妙に落ち着いた表情で花を眺めている。
何か知っているな。
知っていて俺を連れ出したのか?
ヴィーラは何を語ろうとしているんだ?
広場の真ん中に小さな石柱のようなものがあることに気付いた。
近づいてみると全ての面に可愛らしい花が彫り込まれている。
そしてその花に囲まれて小さな女の子がいた。
俺は更に顔を近づけてじっくりと観察した。
女の子は石柱の四面の全てにいた。
花輪を手にしている女の子は春の花に囲まれていた。
次の面は夏の花の面で、そこでは元気に走っていた。
秋の花の上では楽しそうに踊っている。
幸せそうに穏やかな表情で眺めているのは冬の花だ。
それにしてもこの女の子は…
「それはお墓よ。」
「お墓?これが?誰の?」
「ヴァーナ。花が大好きな可愛い女の子。」
「この女の子か?」
「そうよ。私が彼女の姿を彫ったのよ。」
「この女の子は…」
「ええ、そうよ。その子はオークよ。」
エルフ王国の中、それも女王の庭にあるオークの女の子の墓…
これを俺に見せたかったんだな。
「ヴァーナの話を聞いてくれるかしら?」
俺は頷いた。
「私がオークやゴブリン達と共に暮らせる世界を志したのはジャン王のおかげ。」
ソニアが横で頷く。
「でも、オークやゴブリンを殺戮することに疑問を持ったのはもっと前。第三次暗黒大戦の後半よ。」
第三次暗黒大戦の後半と言えば…
そうか、魔王軍が陥落させた町や村の住人の殺戮を止めた時だな。
ソニアの話では、魔王はある日突然憐みを感じるようになって、それ以来、魔王軍は不必要な殺戮をしなくなったんだ。
「そうよ。ダンカン。魔王軍が戦闘以外での殺戮を禁じたと聞いた時からよ。あの時の衝撃は忘れられないわ。オークやゴブリンは同じ人間ではない、無慈悲で邪悪な存在、見つけ次第殺せ。そう教えられ、信じていた私にとって青天霹靂のことだったのよ。」
ヴィーラはンダギ、ブロウ、エミィと仲が良い。
全く分け隔てなく付き合っている。
でもそれは昔からではないんだな。
「それまでの私は他のライオスエルフと同じよ。何の疑問も感じずオークやゴブリンを殺していたわ。第二次暗黒大戦での初陣以来、何人殺したかなんてわからないわ。兵士だけではないわ。非戦闘民も見つけ次第殺していたわ。生まれたての赤ちゃんも子供も…」
ヴィーラが青ざめている。
「だから第三次暗黒大戦の後半にヴァラキアの軍勢が陥落させた町の住人を保護していると聞いた時は信じられなかったわ。でも、私の軍がその町を再奪取した時、その町には元の住人が生き残っていたの。誰も傷つけられず。寧ろ戦争で食料も欠乏して困窮していたはずなのにヴァラキア軍から与えられた物資で不自由なく暮らしていたのよ。町の住人は逃げ遅れたオークやゴブリンの負傷者や非戦闘員、その中には子供もいたわ、を匿ってもいたの。私の部下はもちろん即座に殺したわ。匿っていたヒト族の住人も裏切り者として処刑したの。それがそれまでの『当たり前』だったのよ。私も心に引っかかるものは感じたわ。それでも当然のこととして部下を咎めはしなかった。町の住人達が解放者であるはずの私達を見る目は冷たかったわ。」
ヴィーラは軽くため息をついて、見てて辛くなるほど切ない笑顔を見せた。
「当たり前よね。今ならわかるわ。」
俺はヴィーラに見つめられてぎこちなく頷くしかなかった。
「あの町の住人達は私達が再奪取するまでオークやゴブリンに物資を分けてもらい、一緒に町を修繕し、助け合って暮らしていたのよ。ずっと敵と思っていたのに。ほんの数年、その町がヴァラキアに属している間にそうなっていたのよ。その周辺の村落も解放したけれど、どこも同じ。戦争で荒らされた村や農地をオークやゴブリン達に助けられて復旧し、彼らは元の暮らしに戻り始めていたの。ヒト族の子供の中にはゴブリンの子供と友達になったと言う子もいたわ。もっともそのお友達を殺したのは私達よ。」
ヴィーラはますます青ざめていく。
「大きなショックだったわ。噂は本当だった。そして、私達が解放したと思った人達から、残虐な侵略者と扱われたのよ。私の部下の中にはそのことに反感を持った者もいた。カレイドは何人かと一緒にその地域のヒト族を裏切り者として掃討して、その土地にエルフ族を移住させることを上申してきたわ。」
俺はカレイドや彼の周囲にいたヴィーラの重臣達のことを想い浮かべた。
なんとなくわかるな。
ヴィーラの手前、何も言わなかったが、俺を見る目は冷たく、ンダギ、ブロウ、エミィには見向きもしなかった。
心の中で何を思っていたかは、聞くに及ばずだ。
「でも、私は最初のショックが収まるにつれて、これまで自分が当たり前と思ってきたことに疑問を感じたの。だから、それ以降、私の軍が再奪取した地域ではオークやゴブリンの非戦闘員を殺すことを禁じたわ。」
「ヴィーラ、あなたは立派よ。そんなことをできたのはエルフ族で、いいえ、ヒト、ドワーフ、ノームの中でもあなたが初めてなのよ。」
どうやらソニアはこの話をよく知っているようだ。
「ありがとう。ソニア。」
ヴィーラは少し、心を静めるように間をおいて続けた。
「ダンカン、第三次暗黒大戦の後半に召喚者が出現して、形勢は一気に逆転して私達がそのまま勝利したのは知ってるわね?」
俺は頷いた。
こちらの世界では歴史上の有名な事実だ。
前の世界で言えば桶狭間の戦いよりも有名なくらいだ。
「でも、大戦の最終局面でヴァラキア軍が息を吹き返して一時戦局が膠着したことは?」
それも知っている。
でもこちらは歴史に詳しい者には知られているが、一般的には知られていない。
ヒト族もドワーフ族もこのことを話したがらないからな。
「それはきっと、ヴァラキア軍が変わったからよ。」
そうさ、占領した敵地で虐殺行為をするような軍隊とその地の住民を保護する軍隊、最終的には後者の方が強いのさ。
「私はそのことを学んだわ。でも、本当はそんなことじゃないのよ。大切なのは。」
俺は相づちを打つだけで黙っていた。
「オークやゴブリンもヒトやドワーフ、エルフと同じ人間なのよ。理由なく傷つけてよいわけないのよ。そんな『当たり前』のこと、私はそれまで気づけなかったの。」
ヴィーラは優しく墓石に触れた。
「その頃よ。ヴァーナと出会ったのは。」
優しく、愛おしそうに墓石に彫られたオークの少女を見つめるヴィーラはこれまでになく悲しそうだった。
「私達がヴァラキアから再奪取した町の一つで彼女はヴァラキア軍に従軍する両親に連れられて、暮らしていたの。両親は料理人で町では軍が設営した食堂で働いていたそうよ。食料が欠乏していた町に運んできた食料を調理して配給する食堂よ。多分、町の住人達に感謝されていたのね。私の部下がヴァーナの両親を殺害した時、彼女は町のヒト族によって匿われたのよ。私の命令はなかなか徹底されなかったわ。反抗されたから自衛の為に殺した。その頃、私が一番聞かされた言い訳よ。彼女の両親も無抵抗なまま殺されたと言う証言をする住人もいたわ。でも私は殺害した部下を罰することはできなかった。当時、私の命令は裏切り行為すれすれだったのよ。カレイドがうるさく諫めてきたのを覚えているわ。」
ヴィーラが苦笑する。
きっと今もそうなんだろうな。




