ヴァーナ(上)
森の中の屋敷では皆自由に過ごしていた。
フレッドは森の外れで弓の練習に余念がない。
ンダギ、ブロウもだ。
毎日あの凶悪な剣を振り回している。
俺やノルデル伯は屋敷にある本を読みふけった。
ハイエルフの言語で書かれている。
二人とも多少嗜んでいるから読めた。
もっとも、比較的すらすら読んでいるノルデル伯に比べて、俺の方はかなり怪しい。
辞書もないからわからないところはそのままに読み進めていた。
ノルデル伯は主にアルフハイム各地について述べた地理に関する書物を中心に読んでいた。
政治家らしいな。
俺は初め魔法に関する書物を読んでたんだが、理解が追い付かず諦め、歴史に関する書物に手を出していた。
こっちは半分趣味だから、多少わからない言葉があっても読み進められた。
『芽吹きの時代』初期、ライオスエルフの七大王家の諸王がともに協力して世界を統治しながらも、悲劇的なできごとにより一人、また一人と諸王が亡くなっていくという嘘くさい歴史書を読んでいた。
七大王家というのはエルフの伝承において創造神に初めに創られたというエルフの男女十四人がそれぞれ夫婦となってできた七つの家系のことだ。
全てのエルフはこの七組の夫婦から生まれた者達の子孫と言われている。
この本では世界を統治と言うが、第二次暗黒大戦時の各種族の記述を照らし合わせるとエルフが支配していたのは中回廊海北岸より北側までだ。
そして、そのエルフの支配地も七大王家によって分割され、それぞれが自らの王国を治めていたが、王国間で領土や覇権を争い、決して平和な関係ではなかったようだ。
エルフの歴史には記述されていないが、エルフには歴史とは別に『昔話』や『おとぎ話』と呼ばれる民間伝承がかなりあり、それらにはエルフの王国同士の争いにまつわる話が数多く残されている。
エルフ達はこれらを実際の歴史としては認めていないが、これらの民間伝承が『芽吹きの時代』に各種族に伝わり、それぞれの種族で語り継がれてきている為、それを基にした『エルフ史』がエルフ以外の諸種族では通説とされているんだ。
現在、七大王家の初代当主、即ち創造神に初めに創られた十四人で唯一の生き残りがヴィーラの父アルベリッヒだ。
他の十三人は皆、既に死んでいる。
ヴィーラは強大な力を持つエルフだが、彼女に言わせればその父、ハイエルフ王アルベリッヒは更に強大だそうだ。
初めに創造神に創られた男女十四人はいずれもそうだったに違いない。
それなのに生き残りが一人だけと言うのは不自然だ。
オークやゴブリンとの戦いで死んだ者もいるだろうが、全員がそうとは思えない。
今のようにエルフが一つにまとまるまでには、エルフが他の種族に認めたくないような陰惨な内輪もめがあっただろう。
俺の読んでいる本は、十四人の男女が共に助け合って、粉骨砕身して世界を治める中、悪神(メルコル?)に目をつけられ呪い殺されたり、悪の生き物(オークやゴブリン?)に襲われて殺されたりと犠牲を出しながらも世界を平和へと導く内容となっていて、読み物としては冒険小説のようで面白いが、歴史書としては胡散臭い。
とうとう飽きてしまった。
だから、俺は本棚にエルフの『昔話』や『おとぎ話』の書物を見つけるとそちらを手にした。
「ダンカン!あなたいつまでこんな薄暗い部屋に籠っているの?」
俺が新しく手に取った書物を開こうとした瞬間、ソニアが部屋に入ってきた。
「あら?伯父様まで?」
「エルフの書物を読む機会などめったにないからね。」
ノルデル伯は優しく微笑んだ。
失礼な姪にも寛大だ。
「ダンカン、ちょっと外を歩かない?」
「いや、俺はちょうどこれを読もうと…」
「早くしなさいよ!」
ソニアは俺の言葉に耳を貸さず、腕を引っ張る。
俺がノルデル伯を見ると、ノルデル伯は肩をすくめて首を横に振った。
『援軍は出せないよ。』と言ったところか。
ソニアに引っ張られて外に出るとヴィーラがいた。
「ダンカン、こんなに天気が良いのよ。少しは歩きましょう!」
ヴィーラの美しく優しい笑顔でそう言われるとそうしようという気になるね。
「わかった。」
俺は伸びをしながら返事した。
「ちょっとダンカン?あなた失礼じゃない?私が誘った時とは随分態度が違うんじゃない?」
「本当だ。今日は天気が良いな。散歩日和だな。」
今度は俺が無視をしてやった。




