カレイド(下)
「随分、冷めた目で見られたわね。」
ユキーナが口を尖らせている。
カレイド達のことだ。
「まぁ、厄介な客人だと思われているだろうからな。」
事前にヴィーラに聞かされている話ではカレイドは緑の党の一員ではないらしい。
ハイエルフ王自らつけられた人物だけにかなり保守的な思考の男らしい。
俺達のことは獣以下にしか見ていないのかもしれないな。
ただ、ヴィーラがオークやゴブリンと戦争し、相手の一族は例外なく虐殺することに疑問を持ち始めた頃から、その相談を受けてきたカレイドは批判的ながらもヴィーラの意思を尊重してくれているらしい。
その為、ヴィーラが外を放浪しオークやゴブリン達とも交流を持っていることも知っているし、事情により匿うことがあった時も黙認してきたそうだ。
今回、俺達は王国のとある町で急なオークやゴブリン追放令の公布によって行き場がなくなって困っているところをヴィーラに助けられたオークやゴブリンと追放令に反対してお尋ね者となってしまったヒト族の一団ということになっているそうだ。
ヴィーラは俺達を密かにアルフハイムの外れまで逃がそうとしていて、それをカレイド達に命じた…
まぁ、そんな設定だ。
素晴らしい。
ほぼ、事実だが、一番危険な情報は明かしていない。
それでいて、『オークやゴブリン追放令』というハイエルフ達にまだ伝わっているかわからない新情報を交えることで、真実味を加えている。
カレイド達との打ち合わせでは俺達を無事逃がす手筈だけでなく、放浪の旅で仕入れた『オークやゴブリン追放令』の発令という重要な報せをいかにハイエルフ王に伝えるかも話し合うそうだ。
エルフの女王として、いかにもその職責を果たしている…
ように見えるな確かに。
だから、そのバーターではないが、自分の信条に従ってわずかなオークやゴブリン達を助けることくらい見逃せと。
そんなわけだ。
ヴィーラ曰く、この程度ならカレイドからお小言はあるだろうが助けてくれるだろうとのことだ。
「みんな気をつけろよ。カレイド達、ヴィーラ家臣団の上位の者達はほとんど緑の党の者ではないし、ヴィーラの『悩み』にある程度理解はしてくれているが、本心では俺達を殺したいと思っている連中だ、くれぐれも大人しくな。」
ブロウが鼻を鳴らした。
まぁ、不満だよな。
けれど、文句は言わない。
今ではヴィーラのことが大好きだ。
ヴィーラが苦悩している様子を見れば、困らせはしない。
優しい奴だ。
「家臣団の端の方にいた一人が胸に緑の飾り羽根をつけていたな。」
エミィはめざとい。
「ヴィーラも今回の出迎えの家臣団の中にも数名党員がいるって言ってたしな。」
翌日には馬車は森に入った。
アルフハイムに入ってから道は目に見えて素晴らしいものになった。
平らに整えられ、見たところウッドチップのように見えるものが敷き詰められている。
それが衝撃を吸収してくれるのか、馬車の乗り心地が格段に良くなった。
馬車の性能のおかげでこれまでも十分だったんだがな。
今では、まるで家のソファで寛いでいるかのような快適さだ。
決して大袈裟なことを言っているのではなくな。
窓から見えるアルフハイムの森は美しかったが、あまりの乗り心地の良さに、そんな景色を見とれる間もなく寝入ってしまったものだ。
だから馬車が止まった時もヴィーラに起こされるまで熟睡していた。
「あれ?どうした?どこに着いたんだ?」
「私の屋敷よ。」
「ヴィーラの屋敷?それって?」
「ええ、そうよ。」
ヴィーラはこの辺りの女王だ。
つまり彼女の屋敷ってのは王宮だ。
俺は一気に目が覚めた。
窓からは道端の低い石積みとその向こうには眼下に森を見下ろす景色が広がっていた。
どうやら山の上らしい。
馬車の扉が開けられた。
降りてみると美しく立派な装束を身に着けたエルフの衛兵が両側にいた。
彼らが扉を開けてくれたらしい。
二十人ほどのエルフの衛兵が整列しており、指揮官と思しき男がカレイド達を率いたヴィーラに敬礼をしていた。
そこは坂道を登り切ったところにある平坦な広場だった。
坂道はこの広場を形成する環状の道で終わっていた。
中心部は花壇で美しい花が植えられていた。
俺の知っている花ではない。
花に興味があるわけではないが山育ちだからな、植物は詳しいんだ。
あとで知ったことだが花壇の花はいずれもアルフハイム特有の種らしい。
環状の道の片側は断崖だった。
馬車の窓から見えた石積みはこの断崖の縁だった。
そしてその反対側、馬車の向こう側には岩盤がそそり立っていた。
そして、その岩盤をくり抜いてトンネルがあった…
と言うと随分粗野な景色を思い浮かべるだろうがそうではない。
トンネルの周りは凝った彫刻が施され、随所に金や銀が使われ、彫刻にアクセントを加えていた。
素晴らしい出来だ。
トンネルの入り口の両脇には斧槍を持ったハイエルフの衛兵が立っていた。
門番だな。
ヴィーラに促されて俺達はトンネルへ入って行った。
その後ろにはカレイドを筆頭とした家臣団と衛兵達が続く。
トンネルの両壁面には見事なタペストリーが架けられ、天井にはシャンデリアが吊るされている。
あれだけの蠟燭に火を灯すのは面倒だろうな…
と思ったが、愚問だったな。
ここはハイエルフの国だ。
彼らなら火の精霊を使役して、サクッとやってしまいそうだ。
優雅な回廊だった。
流石はエルフ王国の王宮、見事なものだ…
と言いたいが、正直、期待外れだった。
王宮なんだ。
もっと広大で、豪華なものを想像していた。
美しい回廊ではあるが…
王宮の入り口としては素朴すぎないか?
回廊を通り抜けるとまた森の中に出た。
美しい森だ。
何と言うか、ノルデル領の古城のあったあの森のようなうっそうとした不気味な森ではない。
程よい密度で木々が生え、適度に陽光が地面に届くからか地面は美しい芝草や花に覆われていた。
その中を石畳の小道が続いていた。
まるでそう設計されているかのように陽が小道を照らしていた。
その道をヴィーラが歩いていく。
俺達もついて行った。
衛兵達は大半がトンネルの出口に留まり、ごく数名がついて来た。
「この森はね、私が作ったの。」
「作る?」
「ええ。第三次暗黒大戦でアルフハイムは荒廃したわ。私の王国も木々が無残に伐採されて酷いありさまだったわ。今の状態になるまでの月日はエルフにとっても長く感じられたわ。その中でこの山だけは私の好きにさせてもらったのよ。素敵な森になるよう木々にも色々と無理をお願いしたわ。この道も一番寒い冬場に一番陽の光が当たるように枝の伸ばし方にはかなり注文したわね。」
木々にお願い?
木々に注文?
そんなことできるもんかね?
自然を愛するエルフだ。
できるのかもしれない。
それにヴィーラだしな。
なんせ、この世で最初に創造神に創られた…
と言われているハイエルフ王の娘だし、何か特別な力くらい持っていても不思議じゃない。
「綺麗でしょ?」
確かに人工庭園のように美しい森だ。
だけど、決して人工ではない森だ。
何と言うか木々が人間に都合のいいように育ってくれた森?
そんな感じがする。
気持ちの良い森の小径を抜けるとそこに宮殿があった。
あったんだが…
これは宮殿なのか?
そこに建っているのはヒト族の町や村では見たことのないような瀟洒で凝った美しい館だ。
しかし、俺の生まれ育った館よりは立派だが、エルフの女王の宮殿と言うにはあまりに素朴すぎる。
今まで失礼かと思い遠慮していたが思わず声に出して聞いてしまった。
「俺、エルフの王城と言うともっとすごいのを想像してたよ。」
ヴィーラがクスッと笑った。
「失礼だと思って、今まで黙ってた?」
俺だけでなく横でフレッドも頷いた。
「あなた達が寝ていたのが悪いのよ!他の皆には話したけれど、ここは私の居城ではないわ。」
聞くところによるとここは離宮みたいなものらしい。
離宮と言うより、別荘か、一人になりたいときに籠る離れの自室みたいな存在らしい。
そう聞くと随分豪華なものに見えてきた。
俺のカレドニアの実家にも、ロバートが一人になりたいときに籠る小屋が館の裏の木立の中にあったんだが、それこそ本当にただの小屋だった。
ロバートはお気に入りだったが…
あれに比べれば、恐ろしく立派だ。
なるほど、エルフの女王様なんだな。
「私の王国と言っても安心はできないわ。私は領民全てに私の考えを押し付けているわけではないの。だから、人目につく王宮には連れてはいけないわ。」
ヴィーラが一人になりたい時に籠る離れのようなものと称する立派な屋敷に落ち着くとカレイド達は挨拶をして引き上げていった。
急激にリラックスできた。
カレイドは緑の党員ではないと言うし、明らかに俺達を見る目は鋭かった。
「あまり毛嫌いしないであげてね。」
「あいつは本当に俺達のことを上級王に知らせないかな?」
「彼は私に対してだけは忠実よ。そこは信じてあげて。」
まぁ千年以上仕えてきた一番の家臣だ。
まだ子供の頃に親元を離れて自分の王国に移って以来、ずっとカレイドがヴィーラを支えてきたんだ。
父親代わりのようにも思っているかもしれない。
自分の信念をいつかはわかってくれると思ってもいるだろう。
それに絶対に裏切らないと信じているから、部分的に事実を隠してはいるが、俺達を連れていることを伝え、密かにアルフハイムを通り抜ける手はずも整えさせたんだ。
とは言え、ハイエルフ王が自ら選んで娘につけた家臣だ。
その思考はハイエルフ王に近いだろう。
俺達に微塵も好意を持っているとは思えない。
カレイドはハイエルフの中でもかなり高貴な家の生まれだそうだ。
ヒト族でもこんな出自の奴は考え方が保守的なのが多い。
「わかった。俺達も彼の前ではおとなしくしているよ。」
ヴィーラは自信ありげな態度だが、あれは作ってるよな?
カレイドに裏切られた時、一番傷つくのはヴィーラだ。
ヴィーラが本当は一番心配しているだろう。
だから、俺は平気そうにふるまったのさ。




