ソニアとの約束
そこからは馬車での旅になった。
俺達は三台の馬車に分乗した。
馬車を操るのはヴィーラ配下のハイエルフ達だ。
エルフ達の用意してくれた瀟洒な馬車は恐ろしく乗り心地が良かった。
聞けばドワーフ製の馬車をベースにハイエルフ仕様にカスタマイズしたとのことだ。
恐らく、揺れない機構や頑丈な構造はドワーフの技によるもの、瀟洒な外見はハイエルフが手を加えた部分なのだろう。
ハイエルフ達は俺達ヒト族を見下しているが、ドワーフのことも見下している。
それに仲が悪い。
しかし、ドワーフの技術は信頼しているようだ。
ヴィーラによるとハイエルフの町や王城もドワーフの技術者を招聘して築いたらしい。
ハイエルフ達は一体俺達ヒト族の何を信頼しているのだろうか?
風景は峠から河口までとあまり変わらない。
河口で俺達の下ってきた川と合流する別の川沿いに今度は遡上している。
広い谷間を進む道はほぼ手付かずの草原に近い状態だ。
この馬車でなかったら辛い行程だっただろう。
それに早い。
この世界での旅ではよほど整備された街道でなければ、馬車よりも徒歩の方が早いものだが、馬も馬車も一級品だ。
素晴らしい移動速度なんだ。
つまり、快適な旅だ。
ただ、皆、景色に飽きて退屈していた。
扁平な灰色の石灰岩がごろごろしている木も生えない淡い緑色の草原がずっと続いていて、両側の山並みは美しい造形をなし、なかなかの絶景なんだが、同じ景色がずっと続くからな。
さすがに見飽きてしまうんだ。
俺もさすがに変わらない景色に退屈し始めていた頃だ。
「ブラドに着いた後はどうするの?」
俺はソニアと同じ馬車に乗っていた。
二人で馬車に乗っているのは俺達だけだ。
ンダギ、ブロウはヴィーラと同じ馬車に、フレッド、エミィ、ユキーナはノルデル伯と同じ馬車に乗っていた。
最初、フレッドが同じ馬車に乗っていたんだが、休憩の時に妙な微笑を浮かべてノルデル伯の馬車に移っていった。
「そうだな…」
俺は即答できなかった。
俺自身、どうするのかはっきりと決めてなかったからな。
ただ、できるだけ早くカサベラには戻りたかった。
オークやゴブリン追放令が公布されれば、カサベラが混乱するのは間違いない。
あの町はヒト族よりもオークやゴブリンの方が多いんだ。
今のクソ領主は王の命令を嬉々として実行するだろう。
どうなるか?
考えただけで恐ろしい。
あのクソ領主と奴が連れてきた衛兵どもを除けば、今までカサベラはどの種族も仲良くやってきたんだ。
あの平和を壊されたくはない。
とは言え、ブラドからカサベラは遠い。
俺の知っている世界の端と端だ。
その間に広がるのは今や俺がお尋ね者となってしまったテルデサード王国だ。
迂回すれば恐ろしく長い旅になってしまう。
「私ね…」
ソニアが言いにくそうにしている。
「どうした?」
ダメだな。
どうやれば相手が話しやすくなるかなんてわからない。
俺はなんでもないようなふりをするだけだ。
「私はどうしても戦争を止めたい。」
それはそうだ。
また戦争になれば大変なことになる。
これまでの暗黒大戦は毎回、世界中に甚大な被害を及ぼしているんだ。
「私、カサベラにいたのは数日だったけれど、大好きだったわ。」
「うん?」
ソニアがカサベラの話を始めたから驚いた。
「ンダギ、ンダガ、ブロウ、エミィ、皆優しいわ。あの酒場の人達、お店の人もお客さんもね。皆、仲が良かったわ。ヒトもドワーフもオークもゴブリンも。ヴァラキアみたい。」
俺はこんな時ソニアが話したいように話させた方が良いらしいとはわかり始めていた。
だから口は挟まない。
「カサベラやヴァラキアでできるなら王都でだってできるわ。皆で仲良く暮らすの。お父様は決して間違ってはいないわ。」
「そうだな。」
「だから戦争は止めさせなきゃダメなのよ。」
「そうだな。」
「今のままではいけないわ。フィリップは召喚者を呼び出してしまったわ。召喚者がいれば戦争に勝てると思ってしまうわ。そしてそう思っている間は戦争を止めようとはしないはず。」
「そうだな。」
どうも、俺はさっきから『そうだな。』しか言ってないぞ?
どうにもソニアが相手になると…
「召喚者をどうにかしないといけないわ。」
「そうだな。」
「召喚者を倒すのは無理よ。あの魔王様でさえ、これまで召喚者を一人も倒してはいないわ。」
「そうだな。」
「やっぱり、『送還の鍵』よ。」
「そうだな。」
「フィリップの隠し場所にはなかった。誰かの手に渡ったのよ。どこか別の場所に隠したとは思えないの。あのマントルピースに『送還の鍵』はなかったけれど、あの重要な書類はあそこにあったのよ。フィリップはあの場所なら見つからないと思っていたのよ。だから『送還の鍵』を今でも持っているならあそこにあった筈よ。」
「そうだな。」
「だから、『送還の鍵』は誰か別の者の手に渡ったのよ。」
「そうだな。」
「私、一度ブラドには戻るわ。でも、また旅に出るつもり。『送還の鍵』を捜さなければならないわ。」
「そうだな。」
「ダンカン、お願い。あなたに手伝ってほしいの。」
「そうだな。」
「本当?ありがとう!」
「そうだな…って、待て!」
「あなたはきっとカサベラに戻りたいと言い出すと思っていたわ。でも戦争を止めることが本当のカサベラの為になることなのよ!」
ソニアの笑顔が近い。
輝くような笑顔だ。
女性に慣れていない俺には毒なんだが…
だが、俺は身を引くのを忘れていた。
俺は彼女の笑顔に見とれていたんだ。
前世から今に至るまでで初めて俺は本当の自分の気持ちに向き合っているのかもしれない。
「そ、それはそうだな…」
「あなた達が手伝ってくれるならきっと見つかる気がするわ!」
「そうだな…」
「ありがとう。ダンカン、あなたならそう言ってくれると思ってたわ。約束よ!」
なんだ?
よくわからないうちに約束してしまったぞ?
ソニアの言うがままだな。
それにいつの間にか『あなた』から『あなた達』になってしまっているしな…
やれやれ、フレッド達を説得する役も俺がやるわけだな。
「『送還の鍵』の持ち主に心当たりはあるのか?」
「それは…」
それでは旅に出ると言っても、どこへ行くんだよ?
「それは一緒に考えましょ。」
「へ?」
「だって、あなたは賢いわ。あなたが一緒に考えてくれるなら目星がつきそうよ。」
無茶振りにもほどがあるだろう?
見当もつかないよ。
「見当もつかないんだが?」
「今は。でしょ?」
「まぁ、何か新しい手掛かりがあればな…」
「だったら、今はブラドまで急ぎましょ!」
「そうだな。」
ブラドに着いても『送還の鍵』探索の旅に出るまで時間がかかりそうだな…
「ブラドに着けば私達が旅をしている間のできごとも聞けるわ。
何かの手掛かりになるかもしれないわ。」
「そうだな。」
「でも、まだ安心できないわ。これからアルフハイムの森よ。ハイエルフ達に捕まればブラドに行けるとは思えないわ。」
「そうだな。」
「でも、今はヴィーラを信じるしかないわね。」
「そうだな。」
「あとは彼女の仲間達ね。頼りになりそうな人たちだわ。」
「そうだな。」
「あなたも一人と仲良くなっていたわね。最初に会ったハイエルフの一人よ。」
「そうだな。」
「ダンカン。あなたって、ぶっきらぼうだし、不器用だし、気もきかないけど、妙に人を惹きつけるわね。ンダギ達を見るとつくづくそう思うわ。」
「そうだな。」
「ね。彼らと出会った時の話を聞かせてよ。」
「そうだな。」
「ね。あなた、さっきから『そうだな』しか言ってないわよ。」
「そうだな。」
「わざと?」
「そうだな。」
「何それ?ひどいんじゃない?」
「そうだな。」
最後には俺も噴き出してしまった。
ソニアは怒っている…
いや、楽しんでいるな。
俺も楽しんでいた。




