手紙
ボートでの旅は丸二日続いた。
エルフのボートは恐ろしくよくできていた。
軽いのに水の上で抜群の安定感を発揮した。
櫂もかなり軽い。
このボートも土産に欲しいと思うくらいだ。
ロッホナラステア湖に送ってやれば、ロバートや村の住人が喜んだだろう。
流石はエルフ製品だ。
川の流れに乗る上にこのボートだ。
これは徒歩よりはるかに速いな。
二日目の夕方、もう薄暗くなった頃、川幅は広くなり、大きく蛇行を始めた。
河口に近い。
潮の香りがする。
俺達は砂地の岸にボートを押し上げた。
そこにもハイエルフ達が待っていた。
テントも食事も用意されている。
食事の最初の一口を口に入れる頃には真っ暗になっていた。
この辺りは秋になると日照時間が短い。
冬になると日が昇らない時期もある。
二日間でここまでこれたのもヴィーラとエミィがいてくれたからだ。
暗い中でもボートの舳先で二人が夜目をきかせて指示を出してくれたから、休むことなく旅を続けられた。
皆、食事を済ませるとさっさと寝てしまった。
慣れていない者にボートの旅は辛いからな。
俺だけは暫く起きていた。
ランタンの光をたよりに手紙を書いていた。
翌朝、起きるとハイエルフ達が朝食を用意してくれていた。
わずかに日がのぞいている。
日の出を眺めながら外側はサクッとしているのに中はふんわりとしたエルフのうまいパンを頬張った。
ディアリン達にもらったのと同じあの絶品チーズも一緒だ。
相変わらず肉は出てこない。
俺達の荷物の中にカランデールで買った燻製の肉があるが、彼らの前でこれ見よがしに食べるのは憚られた。
ヴィーラは旅慣れしているらしく俺達の食習慣にも抵抗感がないから良かったが、他のハイエルフ達を見る限り、その方が良いだろうと思われた。
俺達が食事をしているのは河口に近い扁平な丘の上だ。
向こうに遠浅の海が見える。
引き潮だろうか?
だだっ広い砂浜が見えた。
俺はこの砂浜を知っている。
この砂浜はずっと西のカレドニアまで続いている。
砂浜のカレドニア側はシンクレア一族の土地だ。
ノルデル伯のシンクレア家とは違うカレドニアに残ったシンクレアの本家だ。
シンクレア家はこの砂浜を通してハイエルフと交流があると言われている。
俺達から遅れて二、三日後にはディアリン達に連れられてヘイローがここに来る。
ハイエルフ達はヘイローをシンクレア家を経由して、俺の実家まで送ってくれるというのだ。
その時に手紙を一緒に渡してやると言われた。
俺が昨夜書いていたのはロバートやアリシア、パーシー達への手紙だ。
事前にディアリンに言われていたから船旅の間にずっと何を書くか考えていた。
書きたいことはいくらでもある。
しかし、先ずは大切なことを優先した。
ロバートへの手紙には、事実を全て書いた。
ロバートに王国の秘密を伝えることは危険だが、何も知らないといざという時に対処に困るだろう。
俺の身元がバレればマカリスター一族が捕縛されかねない。
警戒してもらわなくてはならない。
ディアリン達はシンクレア一族は信用できると保証してくれた。
あれほどヒト族に不信があるのにシンクレア一族とは信頼関係にあるらしい。
古くからの繋がりがあるのだろう。
だから手紙の中身を誰かに知られる危険はないと判断した。
アリシアには感謝の気持ちとカサベラでできた友人たちの話を書いた。
あと、何故かソニアのことを多く書いてしまった。
パーシーにはカサベラでのオークやゴブリンとの暮らしについて書いてやった。
あと、カサベラで学んだ新しい魔法のことも。
もしかしたらパーシーには幼稚に思われるかもしれない。
俺の中のパーシーは七年前のパーシーだ。
もうかなり大きくなっているはずだが、どうしても幼い頃のパーシーに向けた手紙になってしまう。
前にも言ったがこの世界に逓信制度なんてものはない。
俺は今まで手紙を送る機会がなかったんだ。
どれだけ考えて、どれだけ練っても、伝えたいことの半分も書けていない気がする。
砂浜を見ると強烈なホームシックになってしまった。
誓いも契約も捨ててこの砂浜を西へ旅したくなった。
砂浜を越え、シンクレア一族の土地を越え、カレドニアを横断してロッホナラステア湖とその周辺のあの美しい故郷へ。
「はー。」
「どうした?」
フレッドにため息ついたのを聞かれちまった。
「お前と同じだよ?」
「?」
「船からダーマス行きの船を眺めてた時、ホームシックだっただろ?」
「違うさ。あの時もそう言っただろ?」
「本当か?」
「本当さ。」
「俺は一瞬帰りたくなったんだよ。カレドニアにな。」
「遅くまで手紙書いてたしな。」
「まぁな。」
「お前は故郷に家族がいる。俺は故郷に誰もいない。そこが違うのさ。」
「今度、お前の話聞かせろよ。」
「何の話だよ?」
「何と言うか、子供時代の話とか、両親の話とかさ。聞いたことないぜ?」
「ふむ。」
フレッドは口に手をやって考え込んだ。
それ、俺の癖なんだけどな。
いつの間にかうつったようだ。
「そうだな。機会があればな。けれど、今じゃない。」
「?」
フレッドはぽんと俺の肩をたたいた。
「もう出発だ。早くしろよ。」




