ディアリン
ずっと仰ぎ見てきた峠を越えると今度は谷間を見下ろすことになった。
俺の故郷カレドニアの山々のようにあまり木が生えていない。
谷の中心部を流れる小川の周りだけにぽつぽつと針葉樹が見受けられる。
俺達はその小川に沿った道を下って行った。
とは言え川のように直線的に伸びているわけではない。
登りもそうだったが、斜度がゆるくなるよう蛇行した道だ。
流れ落ちた川の先には湖が見えた。
湖の向こうからはまた川が流れている。
湖と言うよりも流れが少し淀んでいるだけの大きな水たまりみたいな湖だ。
湖の端っこに着いた頃にはかなり日が傾いていた。
「野営の準備をするか。」
ブロウが張り切って、鉈を取り出すとヴィーラが止めた。
「待って。その必要はないわ。」
ヴィーラは背後を振り返って丘と呼ぶまでもない、少し盛り上がったところを指した。
いつのまにかそこに人影があった。
数人の男達が下りてきた。
ハイエルフ達だった。
それぞれ荷物を担いでいる。
最後の六人は三艘のボートを二人がかりで運んできた。
「ヴィーラ様お待ちしておりました。」
「食事と野営の準備をいたします。少しお待ちください。」
「ご指示のものは全て用意してあります。」
「どうぞ暫くお休みください。」
彼らは口々にヴィーラに報告しだした。
ある者達はテントを張っている。
俺たち全員が一度に休めそうなテントだ。
騎馬民族のゲルみたいだな。
別の者達は石を集めてかまどを作り、火をおこしている。
そう言えばこの辺りはあまり木が生えていない。
薪になりそうなものも見当たらない。
ブロウは鉈を持って飛び出してどうしようとしていたんだ?
俺達は彼らの仕事ぶりを眺めながら地面に座ってのんびりしていた。
手にはハイエルフ達から渡されたマグを持っている。
中身はなんだか飲んだことのない飲み物だが、うまい。
花やハーブのシロップを水と酒で割ったような飲み物だ。
よく冷えている。
山肌に木が生えていないようにここはかなりの北方だし、秋だからな、涼しいを通り越してそろそろ肌寒いくらいなんだが、ずっと歩いていて体がほてっている。
冷たい飲み物は大歓迎だ。
その夜はテントの中で休んだ。
ハイエルフ達はヴィーラの国の民で、彼女の臣下だそうだ。
多分、身分の高い連中だと思うのだが、特にそんな様子も見せない。
ヴィーラの言った通りだ。
彼らはンダギ、ブロウ、エミィを見ても特に反応はなかった。
挨拶はそっけなかったがな。
食事もそっけなかった。
もっとも、これは俺達の主観による。
ハイエルフってのは元の世界で言う菜食主義者みたいな食生活なんだ。
たしか森の動物たちを同胞のように思い保護しており、屠殺して食用にするなんてことはしないらしい。
とは言え、狼など凶悪な動物は駆逐するらしい。
たしか、鳥やリスのような小動物、鹿が保護の対象だったな。
あと意外なのがいたな。
そうだ、鷲、猪、熊もだ。
こちらから熊を同胞と思っていても、相手には伝わるまい。
腹を空かしていれば襲ってくるはずだ。
森でエルフとして暮らすのも大変そうだな。
魚も食べないらしい。
鱒や鮭は殺さないが、鮫なら殺すなんてのもあるのかね?
まぁ、そんなわけで彼らの食文化に殺した動物なんてのは含まれない。
要は魚肉料理がないんだ。
だから物足りないんだな。
味は悪くない。
というよりかなりおいしい。
豆がふんだんに使われている。
肉を食べない連中だが、エルフとてタンパク質は必要だろう。
豆類は主なたんぱく源なんだろう。
夜になると急激に温度が下がってきた。
彼らの出してくれた煮込み料理は肉がない分、物足りなくは感じたが、体は暖まった。
絶対、これに肉の塊入れたらおいしくなる奴なんだがな。
食後はチーズをかじりながら酒を飲んだ。
エルフ達は乳製品は食べるようだ。
チーズは絶品だった。
思わず土産用にもう少しくれと言いそうになった。
ンダギ、ブロウが酒とチーズでご満悦になり、いつものような馬鹿笑いで盛り上がり始めた頃、俺はテントを抜け出した。
自分の馬の面倒をみる為だ。
かなり暗かったから足元が怪しい。
暗がりのなか手探りで俺はヘイローの鼻面をたっぷりと撫でてやった。
ヘイローってのは俺の馬の名前だ。
転生する前の世界の有名な競走馬の名前だ。
と言っても俺から見ても昔の馬だ。
その馬の現役時代を俺は知らない。
ただその馬から多くの名馬が出ているからな。
なんだか縁起がいいと思ってそう名前を付けたんだ。
ハイエルフ達から借りたバケツに水を入れていたんだが、水を新しいのに変えてやった。
あと馬草も足してやった。
馬草もハイエルフ達からもらった。
彼らも馬で来たようだ。
カランデールを出てからは道端の青草で済ませていたからな。
ヘイローは馬草を喜んだ。
最後にブラシをかけてやっていると背後に気配を感じた。
振り返るとそこにハイエルフの一人がいた。
「随分と大切にしているようだな。」
「ああ。こいつとは長いからな。八年だ。」
「私達には八年と言うのはほんの僅かな時間に過ぎない。馬達も出会ってから死に別れるまでもすぐに感じるのだ。だからこそ、その短い時間を良いものとする為に、この者達を大切にする。そうかヒトは長く感じるからこそ大切にするのか。私達にとっては異質だ。」
「そんなに違うものなのか?誰だって付き合いが長かろうが短かろうが、友達は大切にするだろ?」
「ふむ。ヒトでも馬を、動物を友達と思うのか?」
「いや、皆ではないかもな。俺は田舎の地主の家に生まれた。多くの家畜に囲まれて育ったからな。親からも家畜も友達と思って大切に扱うよう躾けられたのさ。」
「それはこちらでの親ということか?」
こいつ、俺が転生者ともう知っているのか。
まぁ、いいや。
「ああ、そうさ。でも元の世界でも動物を大切にする奴はいっぱいいたよ。」
「別に悪いとは言わないが、お前達は動物を屠り、食べる。それと同時に動物を大切にもする。私達にはかなり異質だ。許容はできるが理解はできない。」
「オークやゴブリンもか?」
ハイエルフの顔が少し歪んだ。
「私は…私は女王様のお考えが崇高だと思っている。多くの同胞が彼らに殺された。だが、私も同じことを彼らの村落で行ってきた。それが当たり前だと思っていた。女王様から自分の同胞の命と彼らの命を同じように考えろ言われた時は衝撃的だった。」
ハイエルフってのは気に入らない連中だが、こいつらにはこいつらの悩みがあるらしいな。
「その考えを受け入れるのはかなり難しかった。ただ女王様に言われた通りゴブリンの赤子を殺す時にエルフの赤子を思い浮かべるようにすると、殺すことができなくなった。醜いゴブリンの子供に愛を感じることは私にはまだできない。ただ、今までのように何も感じずに殺すことはできなくなった。今の私に彼らを殺すことはできない。」
「じゃあ、少なくとも俺達を助けてくれるんだな?」
「それは私達の名誉にかけて誓う。」
堅苦しい奴だな。
でも、それだけに信用しても良いのかもしれないな。
「ありがとう。俺はダンカン。ダンカン=マカリスター。」
俺は右手を差し出した。
エルフ達に握手の習慣があるかは知らないけどな。
ハイエルフはぎこちなく、その手を握った。
「私はディアリン。ヴィーラ女王の廷臣の一人だ。」
ディアリンはエルフらしい美貌で泣き笑いのような顔をした。
オークやゴブリンを殺さないと宣言したり、ヒト族と握手一つするだけでそこまで苦悩するのか。
難しい連中だ。
だが、ディアリンのおかげで俺はこれまで抱いていたエルフ像をかなり修正することになった。
勿論、良い方にな。
確かにこいつは良い奴だ。
そして高貴な魂の持ち主であることも認める。
面倒くさい奴だけどな。
「ダンカン殿…」
「ダンカンでいいさ。」
「ではダンカン。先に言っておこう。あなたはこの馬と別れを告げなくてはならない。それに…」
その後、俺は暫くディアリンと話をした。
大した話ではない。
お互いがお互いの種族について偏見に満ちた知識しかないからな、自分達の故郷の話や子供の頃の話を少ししただけだ。
ディアリンには俺がロッホナラステア湖のマカリスター家の土地を離れた話は衝撃だったようだ。
ディアリンはエルフとしては若者の部類だそうだ。
『まだ大戦は二回しか経験していない』そうだからな。
何百歳なんだよ…
ディアリンの話は面白かった。
ハイエルフの幼少期なんて想像つかないだろう?
お互いに話し上手ではない。
だから盛り上がったわけでもなく、俺は馬の世話をしながらボソボソ話すだけだし、ディアリンもそれを後ろから腕を組んで眺めながら、やはりボソボソと話すだけだ。
世の中には長く付き合っていてもよくわからない奴もいるし、ほんの少し話しただけで友達になれる奴もいる。
ディアリンは間違いなく後者だ。
それだけは良くわかった。
翌朝、俺達はハイエルフ達が運んできてくれたボートに分乗した。
俺達の行先は川を下った先にある。
この辺りの道はあまり整備されていないから、徒歩はどうしてもペースが落ちる。
馬でもそうだ。
ボートの方が格段に速いんだ。
ヴィーラ達はかなり急いでいる。
もしかしたらアルフハイムを通り抜けるのにも急ぐ理由がありそうだな。
ボートはそれぞれ三人と荷物を載せるといっぱいだった。
馬は連れて行けない。
俺は毛並みや暖かさを脳に刻み付けるように体をさすってやった。
ヘイローは賢い馬だ。
俺との別れを察しているらしい。
しつこく甘えてきた。
俺は時間の許す限り相手をしてやった。
荷物を全て積み込み、皆ボートに乗り込むと俺は愛馬と別れなくてはならなくなった。
ヘイローの轡をディアリンに預けた。
「安心されよ。ダンカン。私達は馬の扱いを心得ている。そなたの…そなたの友人を大切にしよう。」
ディアリンが右手を差し出した。
俺はその手を取るとそのままハグした。
ディアリンの目が驚きで見開いている。
が、俺はそれを無視して言った。
「わかった。ヘイローを頼むよ。」
そして拳で軽く奴の胸を小突いた。
「あんたに預けるなら安心だ。友達。」
ディアリンを困らせる気はないから、俺はすぐに背を向け、ボートに向かった。
俺の背後でどんな顔をしているかわからないが、俺に見られてなければどんな顔をするかで悩まないだろ?
な、友達?




